79. 実験
僕らは一旦プライベートダンジョンの外へ出た。 まだお昼には時間がある。
そろそろミレイさん達のステータスが気になったの聞いてみた。
「マリ、ステータス飽和、じゃなくてスキルの上限(ステータスの上限のこと)には達したか?」
「いや、まだだな。 あと2回ぐらいはオーブ取りをする必要があるな。 まあ午前中には無理でも今日中には上限に達することができそうだ。 それまでは頼むぞ」
「ヨシ君、よろしく頼むわね」
「ああ、それは構わないけど、えっとミレイさん、僕も第15区画でオーブ取って来たんですけど使いますか?」
「その発言は以前も聞いた気がするんだけど、もう驚かないわ。 使わせてもらえるなら使わせてもらいたいわね」
ミレイさんは達観したように頷いたので、レッドカウからドロップしたオーブを見せた。 正確な数は数えていないが全部で180個近くあるはずだ。
「……」
「ふぅ、相変わらず凄いわね。 これって第15区画に”噛み付き石”が沢山いるってことなの?」
「いえ、レッドカウが沢山いたんですよ。 そいつを倒すのが簡単でさ。 めっちゃオーブを落とすんだ。 スキルオーブも偶にドロップしたよ。 マリ、スキルオーブも使うか?」
「い、いや、俺はいい。 少なくとも15区画には俺は入ってないからな。 それよりもレッドカウっていう魔物は何だ? 聞いたことがねーぞ」
「ああ、第15区画に居た赤い頭のバッファローみたいな魔物だよ。 大型トラック並みの大きさがあって迫力だけは一人前さ。 恐らく新種だと思ってさ、僕が命名したのさ」
「ほう、新種か。 見たいような見たくないような気がするぜ。 それにしてもお前にしてはまともな名前を付けたな。 褒めてやるぜ」
本当はミレイさんにこの前剣で叩かれた恨みを晴らすために、”レッドミレイ”という候補も考えたのだが、それは言わないでもいい事なのだ。
「なんだよ。 僕だってそれぐらいの常識はあるんだよ。 それよりもレッドカウの動画はちょっと撮りづらかったから後で手伝ってくれよな。 新種登録をしてみたいんだよ。 あ! でも生息地とか問われると困るかな」
「お、おう。 そんなのはどうにかなるんじゃねえか? とりあえず動画の手伝いは任せておけ。 公開するかしないかは別にしても情報は在った方がいいだろうぜ」
マリやミレイさん達は素直にオーブを使ってくれた。 僕の試算では、あと一回”噛み付き小石”とレッドカウを倒せば、マリ達のステータスはほぼ上限の域に達するはずだ。
それから僕らは本日2周目のプライベートダンジョンの攻略をこなすことにした。 僕も第15区画のレッドカウと再戦を行うつもりだ。
道中で例の”噛み付き大岩”を倒したが、緑色の剣はドロップしなかった。 それでもスキルオーブはドロップしたのでマリに使ってもらった。 マリは看破7を取得し、重複進化で看破15になったとのことだ。
これでレベル160未満の魔物の詳細情報が確認できるようになったのだ。 マリのスキル取得も偏りが出始めたようだ。 それなら次辺りにはアイテムボックスのスキルを重複させてくれるかもしれない。 そうなればマリのポーター役は安泰だ。
レベル160未満の魔物の詳細情報はマリが記録に留めている。 レベル的には今まで戦ってきた、殿様バッタとかオーガとかも普通記載されているレベルで間違いないようだ。
そして第10区画、ビッグキャットゾーンに来た。 ビッグキャットは僕達には雑魚なのだが、レベル40以上位でそれなりのレベルがある魔物だ。 魔法の練習には丁度いい。
「じゃあ、ウインドバリアを張るわね」
レイナさんが風魔法を使い、ウンインドバリアを張ってくれた。 今からやることはカナさんの火魔法の実験だ。 僕らはウインドバリア内に入った。 そしてそのバリアはレイナさんがMPを供給し続ける限りレイナさんを中心に消えないのだ。
そして僕たちを見つけたビッグキャットがやってきたところへカナさんが火魔法を浴びせた。
ボオン。
ビッグキャットが火に包まれた。 そして少し暴れた後に消え去り、エネルギー石へと変わった。
「今のってビックギャットを直接焼いたの?」
火魔法は厳密には燃やす魔法ではなく熱する魔法だ。 従って燃えない物に対しても効果があるし、空気に使えばその近辺が炎のように色づくのだ。 ダンジョンの外では試せないのだが、少なくともダンジョン内の空気は燃えているわけでないのに炎が発生したように見える。 こういうのは黒体放射だとか放射スペクトルがどうとか色々と難しい理屈があるようだが、少なくともダンジョン内ではそうなっているとのことだ。
「ええ、そうよ。 その方が効率がいいって聞いたことがあるの。 でも範囲攻撃となると周囲全てを熱することになるからMP消費が半端ないと聞くわね」
おお~。 カナさんは少しは勉強していたみたいだな。 まあ当たり前か。 さっきのオーブに関しては完全に失念していただけなのだろうな。
そして僕らは移動し、ビッグキャットの集団がいるところまでやってきた。
魔法が届く範囲からカナさんが火魔法の範囲攻撃を放った。
ドォ~ン。
凄い音ともにビッグキャット達の周辺がオレンジ色になってから爆風のようなものが襲ってきた。 爆風自体はウインドバリアによって阻まれたが、放射される熱線は防げなかったようで、僕の顔は熱くなった。
「あ! 熱い」
僕はVITが高いから大丈夫だったが、皆は大丈夫かと見回すと、皆はVRゴーグルを装着したフルフェイス型のヘルメットを被っていた。
ああっ。 コイツ等ずるい。
そう考えたが、これは僕が迂闊だっただけなので何も言えない。
「なるほど、一瞬で殲滅できたようね。 それに爆風はウインドバリアで防げたし、熱線はヘルメットを付けていれば全く大丈夫そうね。 まあヨシ君はヘルメット無しで試したみたいだけどね。 私たちにはそんな勇気はなかったわ」
そう言ってカナさんはオーブを使ってMPを回復し、ヘルメットを脱いで満足そうな顔をしたのだった。
あれっ? 僕は進んでヘルメット無しで試したという風に理解されているのか?
こ、これはちょっと煽ってやろう。
「ははは、カナさんの火魔法ごときでは僕には通じないかもね」
カナさんは驚いたように目を見開いて僕を見たが何も言わなかった。
「ヨシ、お前すごいな。 勇気がある奴だとは思っていたぜ。 次からも色々実験に協力しろよな」
「いやいや、僕だけ大丈夫なことを確認するだけじゃ不味いでしょ。 マリも次にやってみるといいよ」
「お、おい。 俺はな、お前が大丈夫だと確信できてから試すことにするぜ。 お前が実験体だ」
「……」
これでミレイさんの治療魔法以外の実験はひとまず無事終了したのではないだろうか。
まさかミレイさん、僕にわざと怪我をさせて実験しようなどと考えてないよね?