78. 魔法
僕は第14区画へ戻った。 そして様子を見たところ、マリらはあと3つの小石を残すだけまで討伐を完了していた。
思ったより討伐が早い気がする。 何か戦い方に変化があったのだろうか。
マリ達が最後の”噛み付き小石”を倒したところで聞いてみた。
「マリ、思ったより討伐が早かったな。 遂に覚醒したのか?」
「いや、覚醒したというか主に装備の差が大きいな。 カナとレイナは強かったぜ。 試しに一人ずつ分担して倒して見たが、俺やミレイよりも明らかに強かったぞ」
ああ、なるほど。
緑色の剣はレイナさんが使っているし、カナさんは青い丸盾と緑の棒、そして黒い腕輪を装備している。 それなのに、マリは赤い剣と緑の腕輪、ミレイさんは 黄色の剣だ。
ミレイさんの装備は明らかに劣っているし、マリもカナさん達と比較すると弱い武器だ。
やはりマリの言う通り武器の影響が大きいのだろう。 一応さっき取って来た青い盾をミレイさんに渡して見たもののやはり緑色の剣が必要な気がした。
「なんだ、覚醒した訳じゃなかったのか。 マリ、お前にはがっかりだよ」
「……」
「俺のことはまあ言い訳はできねーな。 それよりもカナが随分強いな。 武器だけじゃねー感じがするんだ」
「ふふーん。 私だってやればできる子なのよ。 盾と棒と火魔法の合わせ技ね」
「ええっ!? カナさんて火魔法を使えたの?」
「ぐっ、その驚きの声は止めよね。 ショックでクラっとしちゃうわ。 ……火魔法は最初に取得したスキルよ。 私が火魔法5、ミレイが治療5、レイナが風魔法7ね。 火魔法を使うイメージで少しだけMPを使って棒を意識すると強い攻撃ができるのよ」
「そ、そうでしたか。 知らなかったです。 それで何故今まで火魔法を単体で使わなかったんですか?」
「それはMPが勿体なかったからよ。 でも今はMPがかなりあるし火魔法も使ってもいいかと思っているわ。 でも”噛み付き小石”を倒すには棒に少しだけMPを使って魔法を込めるのがいいみたい」
「なるほど、MPですか~。 サロナーズオンラインのゲームじゃMP回復スキルとかがあるのにね。 このリアルじゃそんなスキルはないからな~」
「あら、ヨシ君は知らないの? オーブを使えばMPが回復するのよ? オーブは高価だからそういう使い方は一般ではないけれどね。 私たちはヨシ君のお蔭で、オーブには不自由しそうにないしその点MP問題もかなり緩和されるはずよ」
そ、そうだったか? そういえばオーブにはステータス上昇以外の効果もあると聞いたような気もするが、それがMP回復だったのかな?
「ええと、オーブでMPが回復できるってことは、魔法は使い放題ですね。 ”噛み付き石”とかにも効果がありましたか? 他の魔物には試して見ましたか?」
「いえ、試してないわ。 MPがもったい無いし、オーブはまだステータス上げに必要だから」
「えっと、ステータス上げにオーブ使っても、同時にMPも回復できていたのでは?」
「……」
カナさんは目を泳がせた。 明らかに狼狽えている。 これはもしかしたら、うっかりして気づいていなかったとかか?
「え、ええと。 その、……そうミレイよ。 ミレイのために……」
「……」
「カナ、私を引き合いに出すのは止めてよね。 カナには言い訳を捻り出す技は未だ無理なのよ。 もう少しヨシ君を見習って修行を積まないとね」
「ぐっ、そうね。 言い訳は止めるわ。 MP回復に気づかなかった私が馬鹿だったわ。 でも、道中で魔法とか使う必要なかったじゃない。 ミレイだって治療を使う場面なんてなかったでしょ?」
「カナ、まだ抵抗する気なのね。 私の治療魔法は怪我したときだけに必要な魔法なのよ? 貴方の言い逃れは無意味よ」
「……くっ、とりあえず一度火魔法は使ってみることにするわ」
「あはは、カナさんも修行が足りないね。 スキルの効果は直に確かめておかないと、いざという時に使えないじゃないか。 まったくこれだから……」
カナさんの目がキラっと光ったような気がした。
「ヨシ君、それじゃ、私の魔法に協力してくれる? 標的がないと発動させにくいスキルなのよ。 生憎この区画の魔物は殲滅しちゃったし~」
「いやいやいや、僕に向けて火魔法を試すつもりですか? そんな暴挙を良く思いつくね」
「大丈夫よ、パーティメンバーには直接の魔法攻撃は無効なのよ。 それは知っているでしょ? それにヨシ君ならVITも高そうだし、万一があっても死なないと思うわよ?」
「いや、カナさん勘弁してください。 万一があったら、……まぁ死なないか。 う~ん、でも怖いから嫌です」
「カナ、八つ当たりしちゃ駄目ですよ。 火魔法は危ないから、まずは私の風魔法を試してからにしましょうね」
ん? カナさんは本気で試そうとした訳では無かったってことなのか。
いや、それよりもレイナさん、風魔法を試すってまさか?
「あ、あのレイナさんも勘弁してくださいね。 僕、怖いの嫌いですから」
「ええと、ヨシ君。 ちょっと待ってね」
いや、その”待って”というのはなんなんだ?
レイナさんはそう言った後で、ぶつぶつと何かを行ったあと何かを行使した。
僕は一瞬たじろいたが、僕の懸念は勘違いだったようだ。
ん? これは風のカーテン、つまりウインドバリアか? これって防御魔法だよな。
風魔法は色々な応用がある魔法だが攻撃力としては正直微妙だ。 かまいたちの様な真空の刃も作れるががその威力は限定的だ。 下級の魔物に対しては有効だがオーク以上の防御力を持つ魔物には歯が立たない。 もちろん風で吹き飛ばすとかは可能なのだが、狭いダンジョンの中でダメージを与えるのは少しばかり無理がある。 風魔法は火魔法の熱を拡散させたり押し返したり、または火魔法に複合させて威力を増大させたりと補助系や防御系に優れるている魔法なのだ。
今レイナさんが使ったのは空気の流れを使った防壁だ。 鋭い攻撃には弱いが、物体を押し返す力はあるのだ。 目には見えないが風の流れでそう感じられる。
「じゃ、ヨシ君。 試しに私の防壁を突破してみてくれない?」
空気を操る風の防御魔法ならば突破しようとしても、押し返されるだけで安全だ。
僕はゆっくりとレイナさんの方へと歩いていった。 そしてある所から押し返される抵抗感があり、それ以上レイナさんへ近づけなくなってしまった。
僕のSTRはかなりのものだ。 だが近づけないのはSTRに問題があるわけではない。 ストレート型ダンジョンの床は引っかかりが殆どないので足が滑ってしまうのだ。 パワーがあるだけじゃ近づけない。 もっと体重がなければ無理だ。
それならば、僕も試してやろう。
僕は一旦退いてから助走をつけてレイナさんに向かって突っ込んだ。 結果、かなりの抵抗感はあったもののレイナさんのウインドバリア突破には成功した。
「わ、私の力じゃ、ヨシ君を遠ざけることは無理なのね……」
僕を遠ざけるってなんだよ!
そういう意図で発した言葉じゃないことは察せられるけど、ちょっと傷つくじゃないか。
えっと、本当にそういう意図じゃないよね?
そしてその後、僕と同じように、マリ、ミレイさん、カナさんが突破を試みたが、僕以外突破することはできなかった。
「良かったわ。 余程のことが無い限り防壁として機能しそうね。 これでカナが火魔法を使っても私たちは安全だと思うわ」
レイナさんは嬉しそうだった。
つまりカナさんが火魔法を使う前に防御を張っておくってことだよな。 魔法はパーティの仲間には効果が無いというが、それは直接的には効果がないということで間接的には影響を受けるってことだ。
ちょっと待て、これってヤバかったのでは?
カナさんが僕に火魔法を使った場合、直接火だるまにはできないけど、周囲の空気に影響を与えて間接的に焼かれる可能性があったってことじゃないか。 まあVITが高いからきっと無事だろうが、カナさんがどういう使い方をするか分からないから怖い。
「ええと、カナさんの火魔法は、第10区画あたりで魔物に試すんですよね? 僕に使うなんてことはしませんよね?」
「ええ、そうすべきです。 カナいいわね?」
「分かった。 直ぐにヨシ君で試したかったけれど後にする」
そして”噛みつき小石”を倒し切ってしまった僕らは、一旦プライベートダンジョンを出てリセットすることにしたのだった。