72. アニメ
翌朝マリからの電話で起こされた。 ホテルのロビーで一緒に値段の書かれていないメニューから朝食を選び食べた。 もう僕らの金銭感覚は麻痺し始めているらしい。 疲れているせいかレイナさんたちに任せて安心しているせいか、あるいはエネルギー石が高額で売れるのを確信しているためなのか。 手持ちのお金は少ないのにパーティ資金を当てにしてしまっている。
食事を済ませたあとホテルを出て、例のビルの例の2D版VRルームからVIPサロナーズオンラインへログインした。 やはりVIPはイイ。 アバターをスムーズに動かせるし、何よりもゲームへの没入感が半端ない。 運動にもなるから健康にいいし頭も痛くならない。 そして僕はクランハウスへと転移した。
クランハウスにはマリが待っていた。 ちょっとの差で僕よりも先に来たようだ。
「よう、来たな。 なんか彼女らはクランハウスにはいないようだぞ。 ログインはしてるみたいなんだがな」
「中へ入って、何か動画でも見てようか。 そのうちに連絡とかあるんじゃないかな」
そう言ってクランハウスへ入ろうとしたところで、彼女達が転移して来た。 誰だか知らないが、メガネをかけたOL風のお姉さんを伴っている。 もちろんそのお姉さんはリアルキャラではなくアバターだろう。 それに動きがスムーズなのでVIP仲間なのだろう。
「マリちゃん、ヨシ君、おはようございます。 丁度良かったわ。 中へ入りましょう。 あ、その前にアイラ455さんを紹介します。 私のお父さんです」
「「えええっ!」」
まさか、神降さんなのか? 余りのことに軽いショックを感じながらも、僕は彼女らを観察した。 僕の奇声に誰も反応していない。 どうやら奇声による威嚇はリアルの場でしか有効ではないらしい。
「やあ、君たち、ごきげんよう。 エネルギー石のことで相談があるんだ。 中でお茶でも飲みながら話をしよう」
「「おはようございます」」
神降さんもマリのようにボイスチェンジャーを利用しているようで、若い女性そのものだ。 まあゲームなのだから誰がどのようなアバターを使おうが自由だ。 けれどこういう立場の人が一般プレイヤーに混ざっていたらと思うと何となく怖いような気がしてしまう。
「おと、……アイラさん。 私たちの2D版VRの環境では、飲食のオプションは無いのよ?」
「あ、そうか。 なら、…………中で音楽でも聞きながら話そうか」
中に入り、全員でテーブルを囲むとアイラさんが話始めた。
「早速本題だ。 君たちから最初に託されたエネルギー石は、こちらで買い取ることにしたよ。 金額は2個で3200万円だ。 それで、あのプライベートダンジョンで預かった2つなんだがね。 一つは8100万円。 そしてもう一つは値段を付けられなかったよ」
「どういうことですか?」
「君の言う”噛み付き大岩”のエネルギー石は出力が大きすぎて我々には手に負えなかったということさ。 昔でいう所の原発1基分の出力、つまり100万KWに匹敵しそうなのさ」
「ということは8100万円より高いということですか?」
「そういう事になるね。 実際に出力の具体的な電力値が分かれば価格を付けられるんだがね、そこまでの出力を想定した測定装置が無いのだよ。 1億円で良ければ引き取ることも可能なんだが、それは流石に君たちに申し訳なくてね。 それに使い方の問題もあるし扱いが決められないのだよ」
なるほど大岩のエネルギー石は今売ると損ということか。 それでも昨日獲得した6個とそれまでに取得していた2個の合計8個だから8億円だな。 売っちゃおうかな? おっとその前に聞いておかなけば。
「ええと、僕が持っている”噛み付き石””噛み付き岩”のエネルギー石を引き取ってもらいたいんですけど、 あっ ”噛み付き小石”のもできれば」
「お父様、パーティで取得したエネルギー石もお願いしたいわ」
「ああ、もちろんだ。 後で担当を向かわせるよ。 それでどの位の量なんだね?」
「ええと僕のは確か、小石のが200個ぐらい? 石が46個で岩が10個だったかな」
「お父様、パーティのは、小石が41個で、石が6個で岩が2個です」
「……それを数日で手に入れたのかい?」
「はいそうです。 大岩のも僕は7個もってますが、これは売れないんですよね」
「「「 7個? 」」」
「な、何だよ。 驚くことか? ほら昨日あれから少し残業をしてみたんだよ。 合計9回も往復したんだよ」
「全く、ヨシ君って恐ろしい子ね。 まさかスキルオーブも結構手にいれたの?」
うっ、年下のミレイさんに、”子”って言われてしまった。
流石にこれは僕の許容範囲外だ。 許せん!
「そ、それならミレイさんは、ミレイさんは、恐ろしい小公女様だなっ!」
ミレイさん達は唖然としている。 ん? これは効いたか?
「お、おい、ヨシ落ち着け。 お前は突然意味不明な事を言っているぞ。 どういう意図でそういう発言が出てきたのか俺たちにはわからんぞ?」
「マリ、それはミレイさんが僕のことを”恐ろしい子”っていったからじゃないか。 それなら僕より年下のミレイさんは、女王様でなくて小公女様じゃないか」
「小公女って、な、なるほど。 お前は子供扱いされたのが気に食わなかったんだな」
「……」
「ハイハイ、そこまでにしましょう。 ミレイもヨシ君を子供扱いにしたつもりはないはずよ? そうでしょう?」
「え、ええ。 つい昨日放映されたアニメのセリフが言葉に出てきてしまったのよ。 ヨシ君ごめんなさいね」
うぁ~。 ミレイさんて女王様タイプなのに、昨日のあのアニメを見たのか。 ちょっと意外だが嬉しいぞ。 僕と同類ってことだよな。
「あ、僕こそすみませんでした。 僕もあのアニメのあの状況を思い返してつい」
「……二人とも、昨日のあのアニメを見たのね。 仕方がなかったのね」
れ、レイナさん。 その発言の意味していることは、貴方も見たということですよね。 僕のレイナさんのイメージが崩れていくんですけど。
「うおっほん。 君たちは何時もこんななのかい? 本当に楽しそうでなによりだ。 ところでエネルギー石の件だが、大岩以外のエネルギー石は引き取り可能だよ。 だがね送金は会社の決済の都合上少し時間がかかるよ。 即金で引き取れるのはせいぜい数個だね。 あと送金の口座はどうするんだい」
「あっ! 忘れてましたわ。 会社設立の目途がついてあとはヨシ君が電子署名するだけになっています。 それが終われば、会社の口座に送金してもらえば色々と面倒がなくなるわ。 個人で取って来たエネルギー石については、一応委託ということで管理しておくわね」
「あ、ああ、お願いします」
そうして僕達は会社を設立して、口座にお金が振り込まれる体制ができたのだった。 なお株式は僕が52%、マリ達が合計で48% ということになった。 会社のお金はレイナさん達が管理してくれるそうだ。
これで神降さんとの今後の取引はBtoBで行われることになった。 実務は会社に実装したAIにある程度任せられるし、その方が安心で信用されるし楽ができる。
そして会社から僕の個人口座に即座に1440万円が振り込まれたのだった。 後からまた追加で振り込みがあるはずだが今はこれで十分だと思えた。