69. 怒りの炎
カナさんは、”噛みつき小石”に向かって緑の棒を構えた。 これもまた堂に入っている。 棒や杖がカナさんの得意武器で確定のようだ。
そしてカナさんは”噛み付き小石”に歩み寄ると青い丸盾で”噛み付き小石” を殴りつけた。
コーン。
丸盾と小石がブツかって、中々良い響きを奏でた。
あ、あああ。
カナさん誤解している、間違っているぞ。
棒だ、棒で叩くんだ!
棒こそ攻撃武器なんじゃないかな。 どうして盾で殴るんだ。
そのとたん、”噛み付き小石”に変化があった。 なんとあの弱点が表層側に少し動いたのだ。
「えええっ!!」
僕は思わず驚愕して叫んでしまった。
カナさんはクラっときた。
レイナさんもクラっときた。
マリもクラっときた。
マリっ、お前もか!!
「なんで、ヨシ君は叫んだの? ビックリするじゃない」
唯一ショックを受けてなかった、ミレイさんが僕に抗議の声を上げた。
「あ、ああ、すみません。 カナさんの攻撃にちょっとショックを受けてしまって」
「お前の叫び声の方が、俺にはショックだったぞ。 何なんだお前の驚き声はよ」
「マリ、何だって聞かれても。 う~ん、ちょっとした衝撃波じゃないかな?」
「ヨシ君。 それは違うと思う。 私は全然ショック受けてないもの」
「ミレイ様は、ショックを受けるポイントが違っているからじゃないかな。 ほら既にトイレに縛られてるから」
「ヨシ。 意味不明なことを言って煙に巻こうとしてないか?」
「マリ、それは誤解だ。 僕は真面目にこたえ……」
「ヨシ君! 私のことを”ミレイ様”って呼ばないでっていったでしょ?」
あ、あれっ? そうだったかな。
「じゃあ、女王様っ……」
バシッ。
僕はミレイさま……さんに、剣で叩かれてしまった。 もちろん緑色の剣ではなくミレイさんが元々もっていたやつだ。 さすがに刃の部分ではなくて腹で叩かれたんだが、どう見ても危ないじゃか。 ミレイさん暴力反対です!
「何するんですか、ミレイさ、……さん。 ちょっ、ちょっと危ないじゃないか。 や、やめてください」
「貴方はこのぐらいじゃ死なないわ。 VITをかなり強化してるんでしょ? 私には何となくわかるのよ」
「なるほど、全く痛くなかったのはVIT強化のせいだったか」
「……」
「おい、ヨシ。 話は終わってねーぞ。 それで何に驚いて叫んだんだお前は」
「あ、ああ。 カナさんが棒じゃ無くて盾で”噛み付き小石”を殴ったんだよ」
「ああ、そうだったな。 それで?」
「えっ? それって驚かないこと? ま、まぁそれはいいや。 それに盾で殴った後に”噛み付き小石”の弱点が表層側に少しずれたんだよ」
「言っていることのイメージが掴めねーが、ヨシが見えていた弱点が変化したということか?」
「ああ、そうさ。 まず棒で殴らずにいきなり盾で殴って、さらに弱点まで変化させたからショックを受けたのさ」
「つまり、私の手腕にショックを受けたわけね」
カナさんは得意げだ。 さっきまでの悲痛な様相は何処へ行ったのだろう。 もしかしなくてもカナさんって直情的で単純なタイプ?
「簡単に言うとそういうことです」
「で、私はどうするべきだと思うの?」
う~ん。 そこまで考えてないけど、もしかしてカナさんはカッとすると実力以上の力を出したりするのだろうか。
「えっとですね。 ”噛み付き小石”に怒りを向けて盾で殴る。 そして一呼吸置いて怒りをリチャージしてから一番憎い奴を思い浮かべて棒で叩くんです」
「ええと、憎いからって人を棒でなんかでは叩けないわ」
まあ、そりゃそうだよね。 普通は叩かないよね。
ミレイさん、君は普通じゃないよね……。
う~ん、それにしてもこの場合どうしたらよいだろうか。
「そうだ! カナさん。 あの時の感じです」
「あの時って?」
「ほら、ゲームで僕が覚醒した時に大魔法を使ったじゃないですか」
「あ、ああ。 あれは、確か怒りで正気を失ってしまって、……八つ当たりしたのよ」
「そうです。 その感じです。 それをイメージして怒りをチャージして棒で叩くんです。 あ、もちろん”噛み付き小石”をですよ。 間違っても僕を叩かないでくださいね」
僕はミレイさんに抗議を視線を送ったのだが、ミレイさんは両手を広げてポーズを取って見せただけだった。
「わかったわ。 やってみる」
カナさんは”噛み付き小石”に向き直り、構えを取って集中を開始した。
そして丸盾で殴った。
おお~、弱点が表層に浮かびあがって来た。
さてこれからだな問題は。
カナさんは集中して何かをつぶやいている。 そしてカナさんの周囲がゆらぎ始めた。その揺らぎはやがて赤い炎のような色に変わり緑の棒に纏わりついて行った。 その様子はカラフルで非常に美しく幻想的だ。 そしてカナさんが棒を”噛み付き小石”に叩きつけた。
どお~んん!
大きな音とともに”噛み付き小石”は消え去り、スキルオーブも無事にドロップしたのだった。
す、すごい。 棒で殴った時に文字通り火が出ていたぞ。 これって僕以外では最強の攻撃なんじゃないだろうか。 もしかして盾のアシストは必要なかったのか? ……いや、弱点付近に大きな攻撃を叩きこんだからこその結果だな。 威力は高くてもそれだけじゃ駄目だ。 それに今回は偶々攻撃が急所をついたようにも見える。
興奮冷めやらぬ中で、間髪いれずにカナさんはスキルオーブを使ってしまった。
その気持ちはわかるよ、カナさん。
「やっりー。 アイテムボックス・シックスーぅ」
そしてカナさんの勝利の雄たけびが響き渡ったのだった。
ああ、良かった。 よかったよカナさん。 安心したよ。
これで全員アイテムボックスを覚えることができんだ。
僕たち全員はやっと、やっと強くなれたんだ。
強くなれたんだ……。
あれっ? 本当に僕たちは強くなったんだろうか? ちょっと違うような気がしているのは僕だけだろうか。
それからマリ達は第14区画の”噛み付き小石”を次々に倒していった。 一匹平均4分程度といったペースだ。 ミレイさんもレイナさんもカナさんも何故か初回撃破のようには奴を倒せていないし、倒すのに要した時間にも大分バラツキがあった。 そして暫くして第14区画の”噛み付き小石”を一掃できたので、リセットするために一旦プライベートダンジョンを出たのだった。