68. ちょっと実験
なぜ彼女達がそこまで狂喜するのかは分からない。 女性に共通するものなのか、それとも3人だけにしか分からないことなのか。 とにかく僕やマリには分からなかった。
次はカナさんの番だ。
カナさんは、当然のようにレイナさんから緑色の剣を受け取ると、付近で見つけた”噛み付き小石”に攻撃を始めた。
ガッシン、ガッシン、ガッシン。
音が変だ。 というより剣の使い方が変だ。 カナさんが何を考えているのかわからない。
カナさんは剣の腹で小石を殴っているのだ。 当然、急所なんかに攻撃が届くはずもない。
「カナさん、それでは無理。 剣は刃を魔物に当てるものですよ? ちょっと剣を90度ほど回してですね、斬る感じでやってくれますか?」
「ヨシ君。 カナに剣は無理なのよ。 杖とか棒とかなら得意みたいなのだけど、鋭いものが嫌いみたいなの」
あ、ああ。 もしかしたら刃物恐怖症みたいな奴か。
これは困った、こんな攻撃じゃ流石にレベルが高い武器でも”噛み付き小石”は倒せないかもしれない。
ここはサポートすべきか? いや、サポートするとスキルオーブを落とさない気がする。 そもそも僕は”噛み付き小石”を200体ぐらい倒しているんじゃないだろうか、それでもスキルオーブは落とさなかったのだ。 ここは初回撃破ポーナスを期待してカナさんが独力で頑張ってもらうしかないだろう。
そういえば”噛みつき石”とかのドロップ品の中に緑の棒があったはずだ。 ちょっと見てみよう。
そう思って噛み付き石のドロップ品で武器と防具関係をアイテムボックスから取り出して見た。 緑の細い棒、黄色の剣、青い丸盾、白い杖、黒い腕輪 と実にカラフルだ。
これらの内でカナさんに使えそうなものは、緑の棒と白い杖とかなんだろう。 もしかしたら盾も指輪も装備可能かもしれない。
僕はツッツキ君をカナさんが戦っている”噛み付き小石”に向けてみた。 うん、弱点がハッキリ見える。 そしてツッツキ君の代わりに黄色の剣を同様に構えて見た。 ハッキリとは見えないが的が大きくなっている気がする。
これって気づかなかったが、鍛錬だけじゃなくて武器でも本人の持つ技術を上げることができて、スキルを持っていなくても偶には大きなダメージを与えることが可能になるってことなんじゃないだろうか。
ああ、それで武器とかの価格が倒した魔物のレベルに応じた価格になっているのか、つーか、これって常識だったのか? 武器の価格なんかは通常攻撃力と耐久性とかで決まるのかと思っていたよ。 なるほど武器によっては偶に引き起こすだろう準クリティカル的な与ダメにも影響するってことだな。
クリティカルは通常格下の魔物にしか発生しないが、格上にも稀に発生するな。 レベルの高い武器を持てばリアルダンジョンでも補正効果で大ダメージを発生させる確率を上げることができるってわけだ。
サロナーズオンラインのゲームや、探索シミュレーション系のダンジョンでは確かに武器や防具にステータス補正とかがついていた武器があった。 そして重要なのは武器だけでなく防具にさえ攻撃力とかを高める効果が付与されていたケースがあったことだ。
僕が考えるに、サロナーズオンラインのそれらは、リアルダンジョンで得た武器や防具の性質をトレースするように設計されていたのかもしれない。
改めて、先ほど出した武器と防具を見てみた。 そのうちカナさんに使えそうなのは、緑の棒と青い丸盾、黒い腕輪の3点セットか、白い杖と黒い腕輪の2点セットだ。
カナさんに視線を移すと、あいかわらず息を切らせて真剣に”噛み付き小石”を叩き続けている。 これには流石に僕も気の毒に感じてきてしまった。 そして僕は声を掛けた。
「カナさん、ちょっといいですか?」
「……」
返事がない。 ただただ真剣で周囲の音が耳に入らないようだ。
仕方がないので、カナさんの攻撃を僕のツッツキ君で妨害してみた。
ゴイーン。
思っていたより強い衝撃が手に伝わって来た。 思いのほか緑の剣は通常攻撃力も高そうだ。
「はぁはぁ、ちょっと何すんの? 邪魔しないで」
カナさんの顔を覗き込むと、なんか涙目になっているようにも思えた。 まあ僕はそういう表情を読み取るってのは苦手な方ではあるけれど、この時ばかりはそう感じられたのだ。
「カナさん。 そのまま続けてもたぶん倒せないと思います。 それはカナさんも薄々わかってますよね」
「……」
「それでですね。 ちょっと実験してもらいたいことがあるんですけど、協力してもらえますか?」
カナさんは、少し悲し気に武器を降ろした。
「ええとですね。 その緑色の剣は強力なんですが、カナさんには合ってないと思うんです。 それで試してもらいたいのは武器と装備を変えてほしいってことなんです」
「わかったわ。 ヨシ君。 ありがとう、是非やらせてもらうね」
「では、先ずはこの黒い腕輪を利き腕に嵌めてみてください」
「……で、これでいいの?」
「はい、ではこの白い杖に持ち換えてその”噛み付き小石”に攻撃してみてくれますか?」
カナさんは、白い杖を構えた。 緑色の剣の時とは大きく違い、堂に入っているように見えた。
ガンッ。
カナさんの攻撃が、”噛み付き小石”にヒットした。 僕の見立てではかなりいい線まで攻撃が届いているようだが、弱点からはずれているし、弱点付近に当たったとしても微妙に届かない気がする。 いい線だが攻撃力がまだ少しだけ足りないようだ。
ガンッ、ガンッ、ガンッ。
カナさんの表情には少しだけ希望が見えはじめたように思われた。 それからはかなり早い連続攻撃を始めた。 だが僕はそれを止めた。
「カナさん。 ストップお願いします」
「よ、ヨシ君。 この武器って素晴らしいわ。 これで攻撃すれば、そのうちイケそうな気がするの」
「その武器が素晴らしいのは分かるんですけど、もう一回だけ武器を取り替えてみてくれませんか? その白い杖の代わりに、 この緑の棒と、青い丸盾を使ってみてほしいんです」
「……」
カナさんは、考え込んでいる。 どうしたんだろう。
「あの、どうしましたか?」
「ええと、緑の棒はまだしも、青い丸盾を持つだなんて、ちょっと恥ずかしいというか何というか……」
「えっ? カナさんでも恥ずかしいことがあるんですか」
「えっ?」
「ヨシ君。 カナに失礼よ。 カナのことを何だと思っているの?」
ミレイさんとレイナさん、そしてマリまでもが僕に冷たい視線を送っている。
しまった。 本音を口に出してしまった。 これだから僕は駄目なのかもしれない。 僕の中でイメージするカナさんは、悪乗りして何だってやって見せるタイプだったのに。
「し、失礼しました。 失言でした。 イメージがそうだとか言っているわけじゃないんです」
「じゃ、なんなの?」
「い、いえ。 その、あの。 あ! そうだ」
「何、また閃いたの?」
「いえ、閃こうとしたんですが、閃きませんでした。 もう少し何かが足りないようです。 何が足りないんだろう」
「……」
「ミレイ、いいわ。 ヨシ君は良かれと思って私のことを考えてくれたのよ。 それはわかっているの」
そう言って、カナさんは僕の差し出した緑の棒と青い丸盾を装備してくれたのだった。
お、おお~。 カナさんは僕を信じてくれているのか。 ちょっとだけ感動したぞ。