60. 斬撃
僕は慌てたのだが、カナさんは気にしてないというか、ヤケになっているように見えた。
これでパーティが壊滅したら、僕のレベル上げは失敗してしまう。
そう思って焦っている間にカナさんの大魔法が発動してしまった。
どどぉ~ん!
そのモブに容赦なくカナさんの魔法がヒットし、一気に4割もHPを削ってしまった。
もちろん釣ってきて間もない敵にそんなことしたら敵対が後衛に向かってしまう。
攻撃を受けたモブはカナさんを睨めつけた。
ヤバイ! これは、何とかしないと!
僕は、僕だけに見えている急所に突きを入れようと身構えた。 そして突きを放とうとして我にかえり中途半端に斬りつけてしまったのだった。
ズバッン!
僕の斬撃がモブにヒットした。 そしてなんと! HPを一気に5割も削ってしまった。
えええ!! なんじゃこりゃ!?
ま、まさかこれって、弱めのクリティカルが出た? で、でもどうして?
そう思っていると、モブは敵意を僕に向けた。
ガッキン!
モブの攻撃が僕に向かい、僕はそれを剣で受け止めた。 だが少しダメージを食らってしまっている。
そこへマリと騎士さんが、防御無視で捨て身とも思える攻撃を加える。
バシュ、ズバッ。
その攻撃でモブは倒れた。
結果的には黒魔導士のカナさんと前衛の見事な連携でモブを倒した形になったのだ。
皆はその一瞬の出来事に頭の回路がショートしかかっているようで誰も動けない。
僕も何が起こったのか混乱して理解できていない。
……いや、分かっているはずだ。 そう、これはあの感じだ。 これは初めてモブの急所を突いた時に感じた手応えだ。
つまり僕は突きではなく斬撃で弱いクリティカルを発生させたのだ。
なぜ斬撃で急所を突けた?
それもたぶん分かっている。
見えていた急所の一点を巻き込むように剣の斬撃を浴びせたのだ。
そうに違いない、それしか考えられない。
おおおおお、突きを封じても弱めとはいえクリティカルを発生できるのか。
よ~し。 このアカウントでも、僕の時代が来るぞ~。
勝った、勝ったぞ~。
僕は喜びにうち震えた。
……いや、ちょっと待て。 これは、前の二の舞になるんじゃないか?
ヤバイ、ヤバイぞ、これは!
……いや、更にちょっと待て。
前のアカウントでの失敗は、いい気になって端から皆を――知らない人も含めて全員を助けまくって、頼られて、頼られきれなくなって破綻して、それで制限を儲けたことで起こった悲劇なのだ。
そうだ、その通りだ。 要するに、事の起こりの最初の方を抑えればいいだけだ。
限られた人達、つまり僕ならクランメンバーがいる時のみに、このクリティカルを発生させれば良いのだ。 そして外部からの依頼は受けなければよいのだ。
僕はやっと冷静さを取り戻した。 ならば次に行うことは。
「ほら、マリ。 惚けてないで次いってみよう~」
マリはその一言で正気に返り、釣りを再開したのだった。
それからは、非常に忙しくなった。
カナさんは平気で大魔法をぶちかますが、MP問題が顕在化したので注意を払うようになった。
支援職の方は、MP回復魔法やMP受け渡し魔法、バフ掛けで忙しい。
回復職の人は敵対を向けてしまい、ピンチになってしまった僕たちの防御や回復で忙しい。 盾役の人は文字通り前衛のところにモブを押しとどめること、そしてスタンで忙しかった。
もちろんマリは釣りと攻撃を担うので一番大変だ。 マリの大変さを解消させるために、僕らは移動しながら狩りを進めたりもしている。
そして僕だが、斬撃によるクリティカル発生をマリやカナさんの攻撃ヒットに合わせることに神経を注いだのである。 つまり、マリやカナさんがいないとクリティカルが発生しないよう見せかけようと頑張ったのである。
そうして約1時間程で雑魚モブの処理が終わり、その次のボスも20分ほどで撃破したのだった。 このペースは僕が僧侶でプレイしている時も含めても最速だった。
パーティが終わったところで聞きなれたメッセージが流れた。
<レベルがあがりました>
最近聞きなれたフレーズだ。 声色はリアルダンジョンとちょっと違うが内容は一緒だ。
それにしても僕の戦士はやっと念願のレベル100へ到達できた。
レベル100を境に使える装備の質がグッと高くなる。 それは僕が今までよりずっと強くなり、できることの幅が広がることを意味しているのだ。
「はぁ~ 楽しかったけど疲れたわ。 ヨシ君とパーティすると、疲れるんですけど」
「そりゃ、効率が高いと仕事量が多いからですよ。 僕がいると効率が高いってことですよ」
「おい、ヨシ。 まさかお前、今まで手を抜いてプレーしていたとか言い出さなだろうな。 途中からビックリするほどのダメージが出ていたようだぞ。 一体どうしたんだ」
「ああ、マリ。 それはね、……連携だよ。 カナさんが大魔法をぶっ放したことで連携に目覚めたんだ。 どうもカナさんやマリの攻撃に連携できるようなんだ」
「えっと。 それって本当なの? 何か信じられない気がするんだけど?」
「あのう、カナさんがあのタイミングで大魔法をぶっ放したのは事実でしょ? それでショックを受けて目覚めたんですよ」
「目覚めたとかはいいのよ。 連携って何? そんなことがあるの? このゲームに連携システムなんて無いはずよ?」
「あれっ? そうでしたか。 おかし~な。 じゃさっきのは何だったんだろう」
「そうよね、あれは何なのかしらね」
僕はカナさんと一緒に悩むフリをした。 まあこれで何とか誤魔化せるだろう。 この世には理解不能なことは星の数ほどあるのだ。 特に女性が何を考えているなんて僕には全くわからないのだ。
「……」
「カナよ。 そんなことはどうでもいいと思うぞ。 経緯はともかく、今までヨシが苦労してきた事がやっと報われる時が来たってことだ。 素直に喜んでやろうぜ」
「そ、そうね。 ヨシ、おめでと~、これで貴方もヘタレ卒業ね」
「そうだな。 それにこれでレベル100になっただろ? よかったな。 おめでと~」
「あ、ありがとう。 皆様のお蔭です」
僕は不覚にも少し目を潤ませてしまったのだった。
いや~ここまで長かった。 やっと僕の努力が報われる時がきたのだ。
これからは慎重に、そして存分にこのサロナーズオンラインのゲームを楽しんでいこう。