6. 勝ち逃げは許さない
「痛った~い。 ちょっと、これどういうこと?」
Cさんは蹲った状態で、僕を睨んでいる。 VR越しなので表情は見えないのであくまでも雰囲気として感じられるだけなのだが。
ヤバイな~。 リアルでも僕の突きはチート級なのかもしれないな~。
「すみません。 マグレの突きが奇麗に決まってしまったみたいだね」
「マグレはいいのよ。 何でこんなに痛かったのかを聞いているの」
「えっ? そんなこと僕に言われても分からないよ。 さっきまでは僕が一方的にダメージを受けてたんだけど、そんなに痛いとは思わなかったよ?」
「おかしいわね。 VIPサロナーズオンラインのゲームではダメージを受けてもちょっと痛いだけで、これほどの痛みを感じたことはなかったわ」
「えっと、スーツに異常があるとかかな?」
それを聞いたCさんは、僕に突かれた部分――見た目コンバットスーツの胸部を撫でまわした。
う~んイイ感じじゃないか。 もっとやってほしい。
もし僕の突きが原因でエムレザー製のスーツに修復が必要なダメージを与えたとなると、後で事情を問いただされることになりかねない。 僕の頭の中ではゲーム内の悪夢がフラッシュバックしたので、小首を傾げてCさんのコンバットスーツを見つめて考え込んた。 その様子に気づいたCさんが噛みついてきた。
「ちょっと、何? 私を嫌らしい目で見ないでくれる?」
「ええっ? 僕はそんなことしてないよ。 万一Cさんを見てたとしても、VRゴーグル越しなのでCさんには分かるはずもないし、僕だってCさんの本当の姿が見えてないから嫌らしい目で見る理由がないね」
「ふん! どうだか分からないわね!」
実際には見つめていたのだから少しばかり後ろめたい気がしたが、けっして嫌らしいレベルではなかったと思う。 Cさんって、もしかして自意識過剰? それともいつもそういう目で見られてしまうようなナイスボディさんなのだろうか。
VRで加工されているとはいえ、Cさんのスレンダーな体形までは隠しきれていない。 まさか脱いだら凄いタイプとかか?
「それよりも、スーツは大丈夫だったかな? どこか異常はない?」
「なんか嫌らしい目で見られている感じがするけど、……そうね、チェックした部分には問題は無いみたい」
全く女の勘という奴は始末が悪い。 ヤバイところは見抜かれて、如何でも良い些細なところは誤解されて話がややこしくなる。 どういう超能力をもっている生物なんだろう。 僕には理解不能だ。
「無事で良かったよ。 スーツに問題があると危ないからね」
「じゃ試しに、もう一度だけ私に突きを入れてみてくれる?」
「ええ~? やるだけ無駄な気がするけど、……本当にやるの? HPがゼロの時に突きを入れる実験なんて大丈夫なのかな~」
僕としては危険なので突き攻撃はなるべく使いたくない。 もしもスーツを壊して問題になったら洒落にならないし、怪我をさせてしまうなんてとんでもない。 避けたい一心でできるだけ抵抗を試みてみた。
「ああっ! 私のHPがいつの間にかゼロになってる。 し、信じられない!」
「あれ? 気づいてなかったの? 今回は僕の勝ちだったね。 あっはっは」
「いや、それはマグレなのよ。 ノーカウントなのよ」
「マグレでも勝ちは勝ちだよ。 勝負には運もあるからね。 Cさん、男らしく負けを認めてはどうかな?」
「お、男らしくって。 ……分かったわ。 とりあえず今回は負けを認めます。 でも実験には付き合ってもらいますからね」
くっ、これは言い出したら聞かないタイプの人だ。 こういう場合には素直に付き合わせるのが無難だと思えた。
僕は観念して剣を構えて突き攻撃の体勢をとった。 僕の勘が示している有効な打点を微妙に外して且つ手加減して突きを入れてみることにした。
カツっ。
手応えは期待通りに軽かった。 これならば大丈夫のはずだ。
「あれっ? 全然痛く無い。 さっきの痛みは何だったのかしら」
「う~ん。 不思議だね~」
「……」
「じゃ終わりですかね。 ありがとうございました」
僕は満足したので練習を切り上げようとした。 これ以上練習を続けると本当にボロが出てしまう可能性がある。
「ちょっと待って! 勝ったからって止める気? 今のがマグレだって証明してやるから、もう一戦しましょうよ」
「ええっ? 僕はマグレだって認めてるじゃないか。 満足したので僕はこれでいいです」
「駄目よ、勝ち逃げは許さないわ」
「あの~、僕は一勝二敗で負けてるんだけど……」
「だって、貴方だんだん強くなってきているじゃない。 このままじゃ最後には私が負けたって事になると思うの」
「そんなこと言われても、……そうだ!」
「な、なによ?」
「ええと、”私困りますぅ~。 もう一度やってください~~お願いしますぅ” と頼まれたらお断りできないかも」
「なっ!!」
ふっふっふ。
こんなことを言われたら、流石にゴネないで諦めるだろう。 僕はニンマリとしてやった。
「……」
「クッ、 私困りますぅ~。 もう一度やってください~~お願いしますぅ」
「……」
僕は狼狽えた。
お断りするための必殺パターンが破られてしまったからだ。
まさかプライドが高そうな女王様タイプの女子が、プライドを捨ててまで僕の言った通りにやるとは思わなかった。 彼女にとって模擬戦で負けるというのは許しがたい屈辱なのかもしれない。 彼女のその執着心にちょっと怖くなってしまった。
「わ、わかりました。 ……あと一戦だけしましょうか」
結局4回戦目を始めることになってしまった。