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57.  チュートリアル

 今日はもうダンジョンに潜らず、ホテルに泊まるのを決めたのはいいが未だ日中だ。 それならゲームかなと思い、早めにホテルにチェックインしてVRセットをレンタルしようかと思ったら、ミレイさん達からVIPサロナーズオンラインに誘われてしまった。 つまりレイナさんの()()()()により2D版VRルームを使わせてもらうことになったのだ。


 おおおお~。 来た来た来た来た、きたぁ~。 憧れのVIPサロナーズオンラインだ。   


 僕とマリは管理AIから部屋の使用法の説明と講習を受けてから、安全のためにエムレザー製の防具をつけて2D版VRルームに入った。 2D版VRルームの部屋はそれほど広くない。 とはいえ5m四方ぐらいのスペースはあり、床には1cm角の黒く細かい正方形のタイルみたいなものが敷き詰められている。 

 この部屋の中で移動しようとすると、まるで氷の上で藻掻いているようだった。 どちらに進もうとしても床が動いてしまい部屋の中心から移動できなくなるのだ。 

 VRゴーグルを装着すると、歩こうとした方向に合わせて景色が移動した。 どこまで歩いても景色は移り変わって行き、まるで現実世界を散歩していると錯覚してしまう程だった。 


 もちろん違和感もある。 体の慣性が感じられないのだ。 一方向へ走ろうとするといきなりトップスピードになったり、斜面を登ったり下ったりしても足に負荷がかからないのだ。 この辺は最近使われ始めた3D版でかなり改善しているとのことだが、僕にとっては2D版でも十分衝撃的だった。


 2D版VRルームにはスライムのようなAIロボットが数体、障害物を物理的に再現するために設置されている。 これについては大分難しい技術を使っている様で説明されても理解できなかった。 ただ説明映像を見た限りでは、VR上で表示されている壁を手で叩こうとすると、AIロボットが叩く手を壁の部分でブロックするのだ。 実際に体験してみると少し違和感や不足点があるものの、確かに壁や机などの障害物がある程度大雑把に再現されているように感じられた。


 そしてVR手袋は手の甲には16個のスイッチが付けられているシンプルなもので、これを用いて戦闘する場合には、講習の時と同じように実物の模擬剣を使ったりもできる。 そして戦闘の相手はAIロボットが引き受けたりしてくれるのだ。


 視覚はVRゴーグル、聴覚はもちろん多重サラウンドシステム、触覚は2D版の移動床とAIロボットでのみで実現されている。 嗅覚についてはオプションが存在するが推奨されていないようだ。 魔物の(くさ)(にお)いは誰だって嫌だ。


 僕は基本講習が終了したので早速2D版VRルームでVIPサロナーズオンラインにログインしてみた。 すると無音でチュートリアルが始まり大自然の風景が一面に広がったのだった。 


 僕はしばらくその大自然の中を歩いたり走ったりして楽しんだ。 風を感じたり臭いとかはないが、立体的に見えるその風景の中を体を動かして進むのは実に爽快だった。 

 そしてチュートリアルの映像表示の指示通りに歩いていくと、やがて断崖絶壁へと到達した。 下を覗き込むと眩暈(めまい)がしてしまうような場所だ。 そんなところをチュートリアルは、空中へ踏み出せと矢印表示指示してきたのだ。 


 いやいや、これは恐ろしい。 恐ろしいのだが、これはシミュレーションなのだ。 チュートリアルが踏み出せと指示しているんだから大丈夫だ。


 僕は自身に言い聞かせて空中へ一歩踏み出した。 結果、なんの弊害もなく空中を歩けてしまった。 崖下を見るのは恐ろしいが、暫く歩いていると、やがて空中散歩にも慣れ、それを非常に愉快に感じるようになったのだった。 


 そうやってチュートリアルの画面矢印に従って楽しく空中を散歩していると、突然僕は崖から飛び降りたように風景が変化した。 そして高い崖から()()()()()凄い勢いで落下したのだった。



「あああああぁぁぁぁぁ~~~~!!!!」



 ()()()()()凄い勢いで崖下の地面に叩きつけられたが、当然シミュレーションなのだから痛みなど全くなく無事だ。 それでもあまりのことに動転した僕は、実際に倒れてしまって、ちょっとだけチビってしまった。 


 イヤイヤイヤ。 流石にこれは無い。 マジで死ぬかと思った。 

 チュートリアルって恐ろしい。

 侮っていた僕が恥ずかしい。


 その後もチュートリアルは続いたのだったが、落下チュートリアルが衝撃的すぎて、その後の内容が理解できていたかは微妙だった。 機械的にシミュレーション上で表示された指示に従って行動しただけだった。



 VIPサロナーズオンラインのチュートリアルが終わったところで、周囲の風景が僕の個人ハウスの中へと変わった。 つまりいつものサロナーズオンランにVIPモードでログインした状況になったのだ。 僕にはあの落下の影響でまだ体に震えが残っていた。



 僕は大きく息を吸い込んでため息をつくと、ハウスのAIに命じて着信がないかをチェックした。

 一件着歴があったので表示させると、クランからの定型文で、”クランハウスへ集合”とだけと書いてあった。

 僕はもう一度ため息をつくと、クランハウスへ転移した。



 クランハウスの庭から実際に歩いてハウスの中へ入って行くと、マリ以下3人の女子が待っていた。 促されたので、ソファーに座るとレイナさんが話始めた。


「マリちゃん、ヨシ君。 2D版VRの初体験どうでしたか? チュートリアルとか楽しかったでしょう」


「おう。 面白かったぜ。 実際に体を動かすだけであんなに現実感が違うなんて感動したぜ」



 あれっ? あのチュートリアルが楽しかったって? 君たちは頭おかしーんじゃないか?

 僕は耳を疑った。 少なくとも僕は死ぬ思いをしたのだから。



「あの崖から飛び降りる所なんてスリルがあったわよね。 事前に説明されてても恐ろしい体験だったわ」


「ええっ? 事前に説明されてたって? 僕は説明係の人から何も聞いてなかったし、マリも聞いてないよね?」


「ん? ヨシ、何のことを言ってるんだ? チュートリアルのナビゲーターが説明してたじゃないか」


「えっと、……ナビゲーターって何?」


「……」


「まさかヨシ君……」


「……」


「今確認しましたけど聞こえてないようね。 やっぱりヨシ君にはナビゲーションの音声が聞こえてなかったのだと思うわ」


「……」



「まさか、ヨシ君。 ナビゲーションの音声を切って事前説明なしに、あの落下をやったの?」


「あ、ああ。 そうでしたか。 どうりで……。 いや斬新だなーとは思いました。 あれは流石に焦って、ちょっとだけちびっ……、いや驚きましたよ」


「呆れたわ。 あんなの説明なしにやったなんて信じられないわよ。 流石ヨシ君だわね、やることがユニークよ」


 ミレイさんは僕を評価しくれたのだろうか。 だが僕の心情は微妙だ。


「あ、ありがとうございます」


「……褒めてないわ? わかってる?」


「わかりました」


「……」


 僕は、2D版VRデビュー――VIPサロナーズオンラインのデビューをこのようにして果たしたのだった。


 そしてその後すぐに僕とマリは彼女達から解放されてしまった。

 どうやら彼女達はVIP体験の感想を聞きたかっただけらしい。



 一体全体、なんだったんだよ! チュートリアルなんて大嫌いだ!

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[一言] 視覚情報と体感…特に三半規管で感じる加速度の情報がズレると… …酔うよ? 有名な自動車会社のテストドライバーがGT5やって、なまじリアルだったが為に普段の試験時のGを体が覚えてるから、…
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