56. VRルーム
高速に乗って都心へと向かう。 こんなメタバースが当たり前になった時代でも首都への人の集中は収まっていなかった。 地方とはかなり異なる雰囲気の無機質で高級感がある地区に入り、その中のタワーマンションのような建物の前でAI自動車は停車した。
僕たちは車を降りて神降さんの後を無言でついて行った。 その建物のエントランスは、想像通り高級感が半端ない。 建物の警備AIに導かれて、エレベータに乗り目的の物件へと向かった。 そこは5階で高層マンションとしてはある意味中途半端な階だった。 ドアを開けてもらい中に入った。 結構広い。 床面積は20m四方ぐらい? 天井の高さは見た目で4m以上もある。
「あれっ? ここは私たちが数年前まで使っていたVRルームの跡地ですか?」
ミレイさんが神降さんに質問した。
「ああそうだよ。 Ver.1で使われていたVRルームだよ。 今はVer.2の2D版や最近出たVer.3の3D版VRルームがVIPサロナーズオンラインでは主流になったからね。 こういう古いタイプの部屋は使われなくなったから改装しようとしていたんだ」
2D版VRルームは、ランニングマシンの2次元版みたいな移動する床がある部屋だ。 人が歩いたり走ったりしようとすると床が前後左右に動いて実際の移動距離をゼロにするのだ。 この前後左右に動く床とVRゴーグル、壁面カメラのモーションンキャプチャシステム、そしてAIロボットの補助により比較的狭い個室で、無限に広がるメタバース世界を文字通り体感できるのだ。
さらに最近実用化されたとされる3D版VRルームは、上下方向に角度が変化する移動式の床が使われており、地形の起伏も感じ取ることができるため実際に山を登ったり走る時の加速感をも再現できたりする。 ただし3D版VRルームでは天井の高さが6m程度は必要なため、僕たちが今いる旧VRルームでは天井の高さが足りないので改装しても対応できない。
今僕たちが見せてもらっている物件は、2D版のさらに一世代前の固定床版のVRルーム、つまりVR戦闘講習で入ったようなVR室ルームの内装を取り除いた部屋だ。
「お父さん、ここはずっと空き部屋になってたのね。 もしヨシ君のスキルがここで使えたら、私達がダンジョン探索用に使ってもよいかしら?」
「嶺衣奈がそうしたいんなら構わないさ。 もし必要なら下の階の2D版VRルームも使うかい? 丁度3D版VRルームへユーザーが移行し始めている時期でね、確か8部屋位は空きがあったはずだよ」
「お父さん。 ありがとう。 嬉しいわ」
神降さんは娘に随分と甘いらしい。 こんな一等地の高級VRルームの物件をポンとあげちゃうなんて、やはり富裕層は僕たちとは別世界の人間だ。 これはもしかして僕にも2D版VRルームを使わせてもらえる流れになるのか? もしそうならどんな感じなのか非常に興味がある。 でも今は目下の課題として必要なのはスキルを試すことだ。
「えっと、ここでスキルを試して見てもいいんですか?」
本当は聞くまでもないのだが僕は早速試して見ることを提案してみた。 特に意見は無いようなのでそのままコンクリートの壁に手を押し当ててスキルを発動させてみた。
「ダンジョン生成!」
すると押し当てた手の部分からモヤモヤが発生した。 そしてそれはゲートへと変化した。
「できました」
「できましたわね」
「おお~、ヨシやったな」
「これで休息所を気にせずにプライベートダンジョンへ潜れますね」
「ん? プライベートダンジョン?」
「えっ? ミレイさん。 プライベートダンジョンは今僕が生成させたダンジョンのことじゃないですか。 いやだなー」
「あのねヨシ君。 貴方はそれを ”プライベートダンジョン” と呼んでいるのね。 私たちは初めて聞いたのよ?」
「あれっ? そうでしたか。 僕はてっきり説明したと思っていました。 本当に初めて?」
「ヨシ。 俺も初めてきいたぞ? お前の頭の中じゃ普通に使う名前なんだろうがな」
う、うう。 そうだったかな? 僕が考えていることが皆に伝わっていなかったってことか。 これは考えていることを口に出すように日頃から心がけるべきだろうか? いや、これはマリの罠だ。 間違っても”これでカナさんも安心ですね”なんて言葉を発したらセクハラで糾弾されるに違いない。
「そ、そうでしたか。 これで休息所を気にせずにプライベートダンジョンへ潜れますね」
「……それはさっき聞いたわよ。 それで?」
「それで、それで……。 臭いも気にならなくなるから、その……」
「それで?」
「え、ええと。 やっぱり携帯トイレも持って中に入りますか?」
「……」
「私は今日は遠慮しておくわ。 流石にいろいろあり過ぎてちょっと休息したいかも」
「ええと、ミレイさん? 折角こんなに遠く来たのに何もしないなんて、勿体ない気がするんですけど」
「ああ、吉田君と泊里君にとっては、ここは距離的に遠い場所なんだね。 では隣のビルのホテルを予約しておこうか? これからはここが君たちの拠点になるかもしれないからね」
今日は皆に僕の秘密をいろいろと暴露したのだが、やはりと言っては何だが、皆をだいぶ精神的に疲弊させてしまったようだ。
膨大な利益をもたらす高品質エネルギー石、多量のオーブを使用、アイテムボックスの取得、そしてプライベートダンジョンの存在。 それらの一つであってもマリ達には衝撃だったにちがいない。
僕とマリは隣のホテルの泊まることにした。 費用はパーティ資金持ちだ。 神降さんがポケットマネーで出すと言ってくれたのだが、何か癒着しているみたいで嫌だったので遠慮したのだ。