53. 忘れ物
第4区画、ゴブリンゾーンだ。
ここもゴブリンをできるだけ避けて、自転車で6人が一列縦隊で進んで行く。 これはサイクリングって感じで楽しい。 先導役は僕になってしまうので、女子達を眺めることができないのは残念である。 だだし振り返れば、顔は見れるのでそこは満足だ。
僕らはVRゴーグルのヘルメット防具を着けていない。 ステータスの高い僕らは、こんな低レベルの魔物では必要ないし、VRゴーグルはちょっとうざいのだ。 それでも一応魔物と対峙した場合には装着する準備はできている。
そんな感じで区画を進んでいったのだが、第5区画で僕は窮地に陥ってしまった。 何故窮地なのかというと、それは以前僕が用を足した時の”忘れ物”が干からびた状態で放置されているはずだったからである。
忘れてたっ!!
そういえばこのダンジョンは、僕が出て消滅させても、残してきた荷物はそのまま残るんだった!
「ねえ、あれも”噛み付き石”じゃないの? それにしては小さいね 何なのかしら?」
あれが何かを知らないミレイさんは、容赦なく僕を責め立てた。
「あ、あれは違うよ。 あれは以前、僕が落としたものだよ。 ちょっと拾ってくるね」
僕は自転車を加速させて、いち早くそれに辿り着こうとした。
だがミレイさん達も僕に合わせて加速して付いて来る。
付いて来ちゃダメ!!
僕は心の中で悲痛な叫び声を上げた。
僕は次第に”忘れ物”へ近づいていく。 ミレイさん達にその存在を知られては絶対にならない。 僕は鬼気迫る勢いでそれに近づいていく。 それはまるで映画のスローモーションシーンのように感じられた。
そして僕はそのままスピードを落とさずに、”忘れ物”をアイテムボックスの中に取り込んだのだった。
果たしてセーフだろうかバレてないだろうか。 僕は自転車に乗ったまま振り返り、ミレイさん達の様子を窺ったが、僕の懸念を裏腹に彼女らは全く気にしていないようだった。
僕はホッとして気を抜いた。
しかしその時、僕は自転車ごと何かにぶつかり、フッとばされてしまったのだった。
「グエッ。 痛って~」
めっちゃ痛かった。 ダンジョン内ではVITが高いのでこの程度では痛みは感じないはずなのだが、これはいったい……。
そう思い激突したものを見たら、そいつは”噛みつき大岩”だった。 つまり僕は”忘れ物”に気を取られて注意を怠ったせいで、壁から突き出た”噛みつき大岩”に自転車に乗ったまま激突してしまったのだ。
くっ、なんてことだ!
探知でこの辺に何かがあるのは分かっていたのに、焦ってしまったばかりに失敗してしまった。
そんな僕を知ってか知らずかミレイさんが僕に質問してきた。
「ヨシ君。 何やってるの? その不自然に壁から突き出ているのは、”噛みつき岩?”じゃないの? まさか自転車に乗ったまま何か突飛な攻撃を仕掛けようとして失敗した?」
僕は床につっぷしていたのだが、強い意思で立ち上がった。
言い訳は必要ない、というかできない。
”忘れ物”に気をとられて”噛み付き大岩”に気づかなかったなんてことは口が裂けても言えない。 ここはミレイさんの問いかけを潔く肯定しよう。
「ごめん。 一度こういうのをやってみたかったんだ。 なかなか上手くいかないな~」
僕は目を泳がせながらも、その場を切り抜けようと必死に平静を装ったのだった。
「ヨシ君って、いつもユニークなのね。 知ってましたけど」
レイナさんは呆れ顔で僕を褒めてくれたようだ。 僕にとってユニークであることは誉め言葉なのだ。
僕は気を取り直して、”噛み付き大岩”を指さした。
「ええと、これは”噛みつき大岩”で僕が倒した中では最強の魔物です。 この際だから倒しますね。 多分スキルオーブをドロップすると思います。 倒すまで結構時間かかるかもしれないですが」
そう言って僕は攻撃を始めた。
攻撃開始から5分経過。 マリやミレイさん達は僕の戦闘を見守っている。
10分経過。 彼女らは飽きてきたようだ。 なにやら雑談している。
20分経過。 彼女らは白熱した議論をしている? 内容までは分からない。
30分経過。 追い詰められたような会話が聞こえる。 僕は必死なので理解することができない。
そして40分経過で、”噛み付き大岩”は消滅し、予想通り、エネルギー石とオーブ6個、スキルオーブを1個、緑の棒を1つドロップしたのであった。 レベルも2つだけあがり、僕のレベルはLV88にまで上がっている。
前回よりも僕も大分ステータスが上がっているので討伐時間は短くなっている。 それにしてもこの大岩は今の僕でも中々タフな相手だ。 いくら攻撃してこないとはいえ、スキルオーブを確定で落とさない限りは戦いたくない奴だ。