4. 女王様タイプ
メノコちゃんへ剣の打ちこみを開始してから10分ほど経過したところで僕の前に教官がやってきた。
「D君、剣の扱いは慣れてきたかい? 一応ゲームのような剣の使い方は出来ているようだね。 そのまま続けても良いけど、大分息が切れているようだ。 もう少しペースを落として体力を温存してみてください。 この次に実戦形式の打ち合い訓練をすることになるし、その後は魔物討伐のシミュレーションに入るからね」
「はい、わかりました」
僕はこの講習でD君と呼ばれていて恐らく僕のヘルメットには “Dさん“ の文字が浮き上がっている。 他の受講生の頭上には、Aさん、Bさん、Cさんなど文字が表示されている。 この講習では不必要な個人情報の開示を防ぐために匿名で訓練を受けており、短い呼称を使うことで早いコミュニケーションを可能にしている。
「では次の訓練に入ります。 AさんとBさん、CさんとD君、E君とF君でペアを組んで模擬戦闘を経験してもらいます。 ええと、お分かりだとは思いますが、相手のHPと自分のHPはVR画面に表示されています。 これからは本気で相手のHPをゼロにする気で戦う訓練を行ってもらいます」
教官は自分の装備に手をやって話を続けた。
「ステータスが初期値のはずの君たちの攻撃ではこのダンジョンドロップのエムレザー製の防具はビクともしません。 もちろんここはダンジョンの外なのでステータス自体関係ありませんが……。 とにかく武器を使った実践形式の練習は最初は怖いものですが、安全なので思い切ってやってみましょう」
「おっとその前に、相手の武器を狙っての互いに打ち合う練習をしてみましょう。 実際に武器を交える感触を体験してから実際の模擬戦闘に移りたいと思います。 何も質問がなければ開始してください」
僕は練習の相手をしてくれるCさんを見た。 Cさんは女性で僕と同じぐらいの背がある。
僕は男子としては平均身長よりやや小さいぐらいなので、Cさんは女性のスポーツ選手といった体格だ。
Cさんはヘルメットを被り全身コンバットスーツ姿である。 つまりVRシステムが全身タイツ姿をコンバットスーツ姿に変換して見せているのだ。 ダンジョン内の実戦で用いる防具もコンバットスーツのような見かけの装備が多い。 コンパットスーツはカッコよく実用的だから人気がある。 もちろん普段着のような見かけの装備もあるが、そういうタイプは大概非常に高価な装備である。 僕のような普通の人には縁がない。
Cさんって、な、なんかこう凛々しいじゃないか。
ラッキー♪、何か恋愛感情が芽生えそうな気がする。
だがしかし、惑わされてはいけない。 これは飽くまでもVRが見せている仮の姿なのだ。 現実は如何だか分かったものじゃない。
で、でも、こ、これはイイ。 僕好みだ。
「よ、よろしくお願いします」
僕はそう挨拶してから剣を構えた。 それなのに相手は沈黙したままだった。
あれっ? この人何か態度が悪くないか? まさか女王様プレイ系なのか?
まあ、だがそれはそれでイイのだが。
全員の準備が整ったところで教官の合図とともに打ち合いが始まった。
僕の相手は僕と体格が変わらないが女性だ。 彼女の実力の程は分から無いが、パワー的には僕が有利のはずである。
あれっ? 有利なはずだよね。 この人まさか女性のトップアスリートの類じゃないよね。 もしそうならパワー的には互角以下になってしまう可能性もあるよ。
最初は相手を気遣い、慎重に手加減して剣を交えたのだが、だんだん打ち合いが激しくなり、次第にむしろ僕の方が押されはじめてしまった。 そして最終的には一方的に速くて重い攻撃を受けるはめになってしまった。
何なんだ? この人は本当に女性なのか? 強すぎるだろ!
少なくともスピードは女性としてはトップアスリートの類とみて良いだろう。 技は鍛えられた普通のアスリート級か、剣道の有段者クラスか何かじゃないだろうか?
それが僕のCさんに対する正直な評価だった。
やがて武器の打ち合いの練習が終わると、一旦距離を取るように教官から指示された後、今度は模擬戦闘へと移行した。
模擬戦闘は僕が普段行っているVRゲームと異なり実際に体を動かさねばならないため、なかなか思い通りにいかない。 それなのに何故かCさんはそんな僕と違って鋭い動きを見せている。 結果僕は一方的に殴られ役――つまりサンドバッグ役を演じただけで、アッという間に僕のHP表示はゼロになってしまった。
「アハハハ。 弱い、弱すぎるわ貴方。 これじゃゴブリン、いやスライムより手応えが無いかもしれないわ。 アハハハハ」
今まで寡黙だったCさんに爆笑されてしまった。
ずいぶんと僕を煽ってきているようだが、確かにこちらからは全く攻撃できなかったし、戦闘がヘタだったのは事実なのだから言い返すつもりはない。
それにしてもCさんは女王様プレイが好きなタイプなのかもしれない。 それはそれでイイとも思える自分がいた。