32. 噛みつき石
そんなわけで再びやって来ました、2986ダンジョン。
ミレイさん、レイナさん、カナさんはこの前と変わらぬ雰囲気だが、マリはちょっとぎこちない。
なにせパーティメンバの3人が”疾風の白狼”に所属するスターだったのだから、気後れする気持ちは分かるし、僕だって彼女らのサインを貰いたい。
う~ん。 どうやってサインをもらおうか。
少し悩んだが、いいアイディアが浮かばないので後回しだ。 きっといつか貰ってやる。
そう心に誓った後で、マリを見ると、この場を仕切るべきなのにずっと黙ったままだ。
仕方がないので僕が話を切り出すことにした。
「ミレイさん、レイナさん、カナさん。 昨日はすみませんでした。 直ぐにダンジョンに入ります? マリの話じゃ、攻略目的って聞いたけど本当ですか?」
「えっ? マリちゃん、まさか私たちの話を盗み聞きした?」
「あ、その、うん、盗み聞きしたっていうか、聞こえて来たん……です。 スポンサーとかに追い込まれてるってのも聞こえたんだぜ、……です」
「ミレイ、レイナ。 こうなったら、もう隠さないで手伝ってもらおうよ。 所詮私たちだけじゃ攻略なんて無理だし、パーティプレイだって安定してたし」
「わかったわカナ、私はそれでいいわ」
「私もそれでいい……」
ということで、彼女らの本アカが、”疾風の白狼”の所属であること、それからスポンサーというのは富裕層の両親達であり、サロナーズオンラインのRPGに懐疑的な両親達から、実用的であることを示すように言われていることなどを説明されたのだった。
「マリ、どうする? 僕としては協力するのに吝かではないけど」
マリは少し元気を取り戻したようだ。 彼女たちが僕らを信用してくれたことに心が軽くなったのかもしれない。
「初級ダンジョンの攻略って、F2~F5級をすっ飛ばしてE1級になる資格を得るってことだろ? 攻略にはレベル上げの日数が足りないな。 少なくともレベル30相当は欲しいところだろ」
「私たちは、オーブでブーストしているからすでにレベル20相当以上の実力はあるわよ? あとは貴方達だけど、ヨシは根拠のない自信と度胸だけで何とかなりそうだし、マリちゃんは、……まあ何とかなるでしょ」
「マリ、行ってみようよ。 僕がフォローしてやるよ」
「う~ん。 無茶しないという約束でな。 特にヨシ、お前のことだ」
僕たちの2986ダンジョンの攻略が始まった。
攻略といってもダンジョンコアを破壊するわけでなく、タンジョンコアに到達した記録をもって攻略したことになる。 ダンジョンコアの近くに設置してある装置に、生体認証した冒険者タグを押し当てることでダンジョンコアまで到達したことが記録されるのだ。 タグを持った本人がコアにいないと達成されない仕組みなのだ。
高レベルの冒険者を雇うという手段も考えられるのだが、彼女等のミッションでは禁止されていた。 あくまでもF-1ランクの冒険者からなる6人以下のパーティでスタートすることがルールだったのだ。
冒険者のランクは大きくはA~Fの6段階に別れていて、同じFランク内でも5~1と5段階に細分化されている。 F-1ランクになってから、一定数の魔物を狩り、1年経過するとF2ランクに上がれるのだが、2986ダンジョンを攻略したとなると、E-1ランクへ一気にランクアップするのだ。
僕らのパーティは全員F-1ランクスタートだったので、彼女たちに課されたルール要件に適合していた。
ダンジョンの中を進んでいく。
スライム、ノミネズミの攻略は一瞬で終わり、ゴブリンの攻略を始めようとしたところで、マリ(泊里)が悲鳴を上げた。
「ぐっ、痛えぇ~~~!!」
「マリちゃん、どうしたの?」 ミレイさんが聞いた。
「この石に気づかずに躓いちまったんだがよ、めっちゃ痛かったんだ。 何で痛いのか理由がわからん。 それにHPがすこし減ったみたいだぜ」
「それって、時々発見される ”噛みつき石”だわね。 破壊もできないから近寄らないことね」
「ミレイはそんなこと良く知ってんな。 そんな情報は知らんぞ?」
「これって我らが軍師のカナから聞いたのよ。 そうよね、カナ?」
「ふふ~ん、そうよ。お父さん達から聞いたの。 間違いないわ」
「お父さん達って?」
「ホホホホホ、それはね、…ヒ・ミ・ツ。 カナのお父さんはトップレベルの冒険者パーティの所属とだけ言っておくわ」
「げぇっ、トップレベル冒険者か~。 お前ら、恵まれすぎにも程があるぞ」
「ふふ~ん」
僕はマリが躓いた石を見た。
<ダンジョン内探知>にも反応しているし、これってどう見てもあの石だよな。
どうしよう、やっちゃう? 今やっちゃう?
そんな事を考えていたのだが、欲求に耐えられなくなってしまった。 これはもう仕方のないことだ。
ガシュッ、ガシュッ、ガシュッ。
僕はその”噛みつき石”にツッツキ君で突きを入れ始めた。
「ちょっと、ヨシ何やってるのよ。バカじゃない?」
ミレイさんは呆れている。
レイナさんとカナさんは、僕を暖かい目で見守っている。 カナさんって意外とやさしいタイプ?
マリの奴は、ちょっとした復讐兼鍛錬なのだろうか、負けじと僕の反対側からその石を剣で殴っている。
ガシュッ、キン、ガシュッ、ガシュッ、キン、キン。
ものの5分程でその石は消え去り、エネルギー石と、オーブ4つをドロップしたのだった。