199. ヒント
特殊マイクロゲートが発見された深海域は日本の領海内の海溝にあったので、その海上地点まではダンジョン自衛隊のヘリで移動した。 現地上空に到着すると、先ずピーケさんが操作するAIロボットがヘリから海面へ向かって投下された。 僕が操作するAIロボットも、同行したエミリのAIロボットも次々に強制的に投下されていった。
こんな乱暴な扱いを受けるとは思っていなかった僕は、空中へ投げ出された瞬間と海面に着水する瞬間に、心臓が飛び出る程、久しぶりに股間を濡らしてしまうほどの恐怖を味わった。 もっとも僕の生身の体はフルダイブ型のシミュレーターの生命維持装置の中に入っているので、単にそう感じただけに過ぎないはずである。
投下時の恐怖から立ち直った頃には僕等は海中をかなりのスピードで落下していた。
水深が深くなるにつれて辺りが薄暗くなっていくのだが、ロボットの目はそれを自動で補正できるため、僕等には周辺の様子が良く見えていた。 見えているといっても周辺には僕等しかいないため、まるで何もない宇宙の中で僕等3体のロボットが無音で浮かんでいる感じだった。 光が届かなくなる深度にに達してもオリジナル人類が開発した特殊なセンサーにより周囲の様子は良く見えている。 そして僕等は特殊マイクロゲートがある地点へと到達した。
「えっ? これって何処にゲートがあるっていうの?」
僕もエミリも事前情報として具体的な地点を教えて貰えてなければ、その近くまで来ているのにゲートの存在を認識できなかった。 ゲートが不可視であること自体は単に視認できないだけなのだが、普通はゲート感知システムにてその存在を知ることができる。 しかし今回はAIロボットに標準的に備え付けられているゲート感知システムでは感度が低すぎてマイクロゲートの存在が認識できなかったのである。
「こんなの良く発見できましたね~」
「はい、オリジナル世界の滅亡からアフィアリアの滅亡に到るダンジョンの歴史の中でも、このようなゲートは発見できておりませんでした。 探索条件的にこのようなシビアな可能性は排除されておりましたから」
成程と思いながら、ここで僕は、はたと気づいた。
あれっ? 僕は何も考えずに態々現場まで見学しに来てしまった訳だが、この行動って果たして意味のある行為だったかな?
現場に来ても生身の人間の目では当然見えず、AIロボットの目を通して遠隔操作で見ているわけだし、AIロボットの目を通してもマイクロゲートは視認できないし感知もできない。
……さてこれからどうしよう。
颯爽とここまで来ておいて、ピーケさんに”これからどうするんですか?”などと聞かれてしまったら答えに窮してしまう。
僕は身震いするような恐怖を感じてピーケさんAIロボットへと目を向けた。
するとピーケさんAIロボットは、その位置で“チャネル板”を取り出した。
ダンジョン付近では、アイテムボックスや異次元収納庫から、“チャネル板”や“ルーム板”を取り出して設置することが可能だ。
「吉田様、予想通りこの特殊マイクロゲートの先はダンジョンのようでございますね。 “チャネル板”が設置できたことからも確定でございます」
「そ、そうですね。 ……それじゃあ、無事“チャネル板”が設置できたから、拠点へ戻りましょうか」
「吉田様は何等かのアイディアを思いついたので、態々こちらへいらっしゃったのではございませんか?」
ぐっ、恐れていたことを言われてしまった。 今更ノーアイディアです、とかは言い辛い。
この場面でどう切り替えしたら良いかを直ぐに考えなければならない。
「え、ええと、どうしたら良いかのアイディアを閃くためにここへ来たんです。 それで状況は確認できたので一旦拠点へ戻ってから改めて作戦を練ろうと思います」
すると、すかさずエミリが僕に文句を言って来た。
「お兄ぃはノーアイディアだったんだね。 エミちゃんは折角お兄ぃが何かしでかすに違いないと思って期待してついて来たのに残念な」
「エミリ、僕がノーアイディアだなんて、どうしてそう思ったんだ?」
「えっ? 何か考えがあるの?」
し、しまった。
僕はノーアイディアなのに、ついエミリの挑発に反射的に乗せられてしまった。
こ、これはピンチだ。
ピンチだ、ピンチだ、ピンチだ。
「ピン」
「ピン?」
「えっと、……そう、この際だからお前にもヒントを上げよう」
「……ヒント? う~ん、分かった、お兄ぃ、お願い」
僕はややパニック状態気味だ。
こういう状況には慣れているはずなのだが久しぶりで不安である。
窮地に陥ると頭の中が何かを求めて目まぐるしく回転する。 そんな状態にこそ打開策へと繋がる道を閃くチャンスだ。 そう思えばこれは好ましい状況ともいえる。
だがアイディアっていう奴は毎度タイミング良く出てくるものではないらしい。
今回はアイディアを閃くためには試行錯誤するための時間が必要なようだ。
今は少しだけでもそのための時間的猶予がほしい。
「そ、そうだな。 今さっきピーケさんが、“チャネル板”を設置して見せただろう? それで何かピンと来ないか?」
「えっ? ヒントってそれ?」
「ああ、これは上級者向けのヒントだな」
「……」
「……」
ど、どうしよう。
僕も一緒になってヒントについて考えているが、未だ何も閃かない。
せめて先延ばしのためにエミリに与えるヒントのヒントでも思いつければいいのだけれど。
「お、お兄ぃ、エミちゃんには上級者向けは未だ早かったみたい。 なにも思いつかなった」
「そうか、そうか。 それならば、そうだな……」
「……」
「そうだな、今の状況を分析してみたらどうだ? これは中級者レベルのヒントだな」
「今の状況? そ、それは……。 う~ん、今エミちゃんはAIロボットに憑依して深海の中にいるんだよね。 そしてピーケお姉様が設置してくれた“チャネル板”がそこにあって、あそこに特殊マイクロゲートがあるんだね」
憑依ってなんだよっ? って突っ込みたくなる気持ちを抑えて会話を先へと進めることにした。
「ああそうだ。 そこでお前は何かピンと来ないか?」
「……」
「……」
「う、うう。 え、エミちゃんは中級者レベルの資格も無いのかもしれない……」
や、ヤバイな。
この期に及んでも未だ僕にもこれといったアイディアが沸いて来ていない。
このままでは本当の本当に窮地に嵌り込むかもしれない。
「お、お兄ぃダメだ。 次のヒントをお願い」
「そ、そうだな。 そうだな、そうだな……。 そ、ま、まあいいか。 次のヒントで当てればギリギリ中級者レベルでいいかな」
「そ、そう? じゃギリギリ中級者のヒントでいいからお願い」
「あ、ああ。 い、今の状況の問題点は何だと思う? これが中級者レベルでギリギリのヒントだな」
極度の緊張感の中で、苦し紛れだが、何とかヒントの言葉を捻りだすことができたのでホッとした。 だがすぐに次のヒントが必要になるかもしれない。
「今の問題点? 今の問題点は、う~ん、ここは深海で超水圧が高いから生身の人間のままでは対応できないことかな。 そして特殊マイクロゲートの先がどうなっているか分からないことと、その先をどうやって調査するかがわからないこと……」
「ああ、そうだよな。 特殊マイクロゲートの中に入ってすぐの場所がどうなっているかは、事前に現地へ向かわせた探査機の細長いセンサで調査したから分かってるんだ。 そこがダンジョンの中かどうかは確定できなかったけれど、中はガランとした空洞だったんだよ」
僕等よりも少しだけ早めに送り出して、ここへ到達した探査機によって特殊マイクロゲートの中の状況は確認できていた。 周囲はダンジョンの壁のようにうっすらと発光していて、温度も普通だった。 ただし見える範囲では、空洞の中に魔物はいなかった。
「そうだったんだ……。 うん? ところで、ゲートがあってその先に空洞があってダンジョンの壁のように発光してれば、その時点でダンジョンで確定してたんじゃないの? どうしてピーケさんは今更ダンジョンで確定したなんて言ったんだろう」
そう言われればそうだ。
その時点で特殊マイクロゲートがダンジョン内部に繋がっていると見て確定だったはずだ。
むしろそれ以外のケースが考えられるのか?
どうしてピーケさんは、“チャネル板”を出すことができることをもってダンジョンで確定と言ったんだろう?
僕は不信に思ってピーケさんのAIロボットを見た。
何となくだがピーケさんAIがニヤリとしているように思うのだが気のせいか?
あ、あれ?
ま、まさかこれってピーケさんが僕を窮地に追い込むためにワザと罠を仕掛けたとかか?
だとしたら……。
(ピーケさんやってくれましたね?)
(ふふふ、吉田様、一体なんのことでしょうか?)
個別通信で抗議の言葉を投げかけたが、とぼけられてしまった。 これだからオリジナル人類の意識を宿したAIは始末が悪い。
全くメンドクサイ。 ピーケさんの企みのせいで余計な言い訳を捻り出さなきゃならないじゃないか。
「いや、エミリ。 それだけじゃダンジョンであるっていう確証にはちょっと足りなかったんだ。 ほら今回のゲートはすっごく特殊だろ? だから念には念を入れる必要があったんだよ」
「そうだったんだ~。 そういうことならエミちゃんでも理解できたかも。 となると、後は水圧の問題と、中の調査方法をどうするかだけだね~」
まあ、でもエミリの奴が相変わらずチョロくて助かった。
この際だ、いい機会だから、トレーニングのためにも、もう少しエミリを追い込んでやるとしよう。
そうやって時間的猶予を稼いで、僕は対策を必死に考えよう。
「それでどうだ? そういう問題がある場合どうしたらいいんだろうな?」
「水圧が高い場合にどうすればいいかってこと? う~ん、例えば水圧が高いところで潜水艦とかが事故で動けなくなったら、……無理矢理ロープを使って引き上げたり、救出用に別の潜水艦を向かわせて、ドッキングして。 ってあっ、まさか?」
「エミリどうした? まさか?」
僕はドキッとしてエミリに向かって目を見開いた。
まさかお前、僕に先んじて何かを閃いたってわけじゃないだろうな?
「まさか、今回の特殊マイクロゲートに、“チャネル板”のゲートをくっ付けるってこと? そうすればゲートとゲートが接続されて水圧による障害が無くなるってこと?」
「………………。 ふっ、ふっ、や、やっと分かったようだな。 ふっふっふ、おめでとう、エミリは中級レベルのアイディアマンにギリギリ合格だな」
「お兄ぃ、ありがとう。 エミちゃんを中級レベルと認めてくれたんだね~」
ちくせう。
よもやアイディアの閃き勝負で、エミリに負けてしまうなんて思わなかった。
で、でもこれって僕がエミリを誘導したからこそ出せたアイディアだよな?
何となく後ろめたいが、そう思うことにしよう。
エミリも満足しているようだし、今回の成果は半々ってことでいいだろう。
報酬とか名声とか得られないし、自己満足だけなのだから問題ないはずだ。 問題がある場合には潔くエミリが出したアイディアだったと白状しよう。 それでいい。
「あ、ああ。 もう少し補足すると、ゲート付近では外部環境がどうなっていても守られる安全空間があるよな? 直接ゲート同士を繋げなくても、その空間どうしをくっ付けさえすればいいんだ。 もっと言えば、ダンジョンのゲート付近のその安全空間の中に“チャネル板”を設置できれば最高だったんだが、今回の特殊マイクロゲートの安全空間はそのサイズにも達していないかもしれん」
「そうなの?」
「それを今から確かめるんだよ」
僕はそういってピーケさんAIの方を見た。
(これでピーケさんの思惑通りになったかな?)
(はい、やはりエミリ様も吉田様の妹なのでございますね。 良い提案を頂けて感激しております)
「吉田様、了解しました。 ではできるだけ特殊マイクロゲートへ接続する方向で、“チャネル板”を移動いたしますね」
「ええ、ピーケさん、そういう感じでお願いします」
ピーケさんは特殊マイクロゲートの近くに“チャネル板”を移動させた。 その結果、無事に特殊マイクロゲート付近に展開されている安全空間と、“チャネル板”の安全空間とを接続することができたようだ。 つまり特殊マイクロゲートを、“チャネル板”の安全空間内に含ませるようにできたのだ。
その後僕等は一旦その“チャネル板”から拠点へと戻り、改めて安全空間内にある特殊マイクロゲートを観察することにした。
安全空間により深海の水圧は防がれているので、今度はロボットの遠隔操作ではなく、直接その様子を観察ことが可能になっている。 といってもゲートは不可視の性質を保っているので肉眼で見ることは叶わない。 しかしピーケさんがレーザーポインターで位置を示してくれているので、その位置だけは分かる。
「ではピーケさん進めてください」
「吉田様、承知しました。 始めます」
「お兄ぃ、ピーケさんに何をお願いしたの?」
「これからゲートにマイクロチューブを差し込んで、そのチューブの中を通して独立組み上がり方式のユニットを送り込むんだ。 最終的には送り込んだ先で自動的に探査機が仕上がるんだ」
「そうなんだ。 それで探査機を仕上げてからどうするの?」
「どうするって、それは調査をするに決まってるだろう」
「調査してどうするの?」
「えっ? 調査してどうするかって? そんなのはこれから調査してみなきゃ分からないね」
「……思ったよりも無計画だったんだね」
「前例のない新しい局面じゃ、こんなのは普通のことだよ。 特にダンジョン絡みの案件はオリジナル人類の技術でも解析不能な所が多いんだ」
「ふ~ん、……ということは、これからお兄ぃはまた“チャネル板”作りの作業に戻らなきゃってことなの?」
「……」
「……」
「それは何とか避けたいな……」
「じゃあ、どうすればいいと思う?」
「う~ん、どうしたものか……」
「エミちゃんは思うのです。 特殊マイクロゲートへのアクセスが簡単になったけど、それって本当に必要だったのかな~って。 今やっていることは深海の水圧下でもオリジナル人類の技術ならロボットだけで対処可能だったんじゃないの?」
「た、確かにそう言われればそうかもだな。 だが手間暇は大分違うことだけは確かだよ」
「どういう風に違うの?」
「水圧の心配がない分、マイクロチューブの強度とかの心配がないことが大きいな。 それに僕等も直接それに触れることができるしな」
「直接触れることに意味があるの?」
「直接触れることができれば……。 あれっ? 触れることができていい事ってあったっけ?」
「エミちゃんはそれをお兄ぃに問いただしているのです」
「う~ん、直接触れることでのメリットが何かってことか。 生身の人間にできて、ロボットに出来ないことってなんだろう? 大概のことはオリジナル人類のロボットならできてしまうよな」
「うん。 それで?」
「ダンジョンの中だけの限定なら、生身の人間にはスキルを使えるってことがあるな。 となれば……」
「ふんふん、となれば?」
「触れることで使えるスキルとなれば、“ダンジョン生成”かな。 実験してみるかな。 ってお前、まさかっ!」
「うん? まさかって?」
「まさか、エミリのくせに兄を誘導しようなんて思ってるんじゃないだろな?」
「えっ? エミちゃんはあくまでもどうしたらいいか分からないから聞いているだけだよ~。 お兄ぃのように答えが分かっていてヒントを出すような真似はできないかな~」
「ま、まあ。 それはそうだな」
ちょっと後ろめたい気がしたし、こう言われてしまってはエミリの回答に納得するしかなかった。