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197.  サイボーグ化

 それから僕はピーケさんの指示に従って、カプセル型の生命維持装置と治療装置とはちょっと違った大き目の装置の中に入り、機能補助AIを埋め込む処置を受けた。

 当然眠らされて処置を受けたわけだが、その間には寝苦しいという感があった。

 

「吉田様、お目覚めのようですね。 今の御気分はいかがですか?」


 目覚めるとピーケさんが僕に手を伸ばして、処置装置?の中から出してくれた。



「う、ううん。 ちょっと体が(だる)いような気がするだけかな」 


「そうでしたか、それは何よりでしたね」



 ん? 何でピーケさんは()()()なんて言うんだろう。 だが、ちょっと疲れて酷く眠たいので聞き返す気力が萎えている。

 でも、……あれっ? 

 今まで寝ていたはずなのに僕は何故また眠くなってるんだ?


 ……あ、ああでも、そういえばそうか。 

 僕はマイクロコンピューターを生体内に埋め込む手術?処置?改造?を受けたばかりなのだ。 つまり今の僕は病人の(たぐい)なんだ。 そういう訳だから当然なことなんだろう。



「ピーケお姉様、お兄ぃは5日間もサイボーグ化装置から出てこなかったのは何故なの? それ自体はすぐに終わるって聞いてたのに。 ……エミちゃんも今後の参考のために知っておきたい。 やっぱりこういうサイボーグ化って肉体的に負担が大きいものなの?」


「エミリ様、サイボーグ化自体は装置内で5分程度で終わります。 ですがそれだけでは折角埋め込んだマイクロコンピューターの機能補助を使いこなせないのです。 吉田様が5日程要したのは導入訓練のため必要だったのです」


「導入訓練ってどんな?」


「はい、補助機能を使うための基礎を学ぶために睡眠学習を受けてもらったのです」



 そこまで聞いたところで、今度はハッキリと目が覚めた。

 ピーケさん、それはあんまりじゃないかな。



「ちょっと待った! これってまさか僕は騙されて知らず知らずの内に勉強させられてたってこと?」


「決して勉強などではございません。 機能補助を使うための感覚を磨くために基礎訓練を受けていただいたのです。 通常、オリジナル人類の場合には生後間もない時期に訓練を受けるのですが、吉田様の場合では思いのほか時間がかかってしまいました。 おそらくこれは成長途上の柔軟な脳と成人の脳との差異によるものかと存じます」


「まさか寝苦しいと感じたのは、勉強させられてたからってことなのかな?」


「吉田様、先程も申しました通り、これは吉田様がイメージしているような勉強とは異なります。 いわば手の動かし方を習うような訓練なのです。 早速と言ってはなんですが、御疑いを晴らすためにも、その感覚を使って訓練内容について調べてみたらどうでしょう?」



 ん? 感覚を使うって何? 

 一瞬そう思って戸惑ったが、考えてみるとダンジョンで新たなスキル取得した時みたいに、僕の中に何か別の感覚が増えているのが感じられた。

 

 反射的に僕はその感覚に()()()みた。

 すると僕が受けた訓練の概要について一瞬にして理解できてしまった。 もちろん詳細についても思い起こそうと思えば出来てしまう。

 ちょっとビックリだったのは、一度感覚に()()()しまった後、それは完全に僕の思考に同化してしまったのだった。



「あっ、うっ、こ、これは……。 う~ん、どう表現したらいいんだろう……」


「それでは改めてお伺いします。 吉田様、今の御気分はいかがですか?」


「う、うん。 これは悪くないかもしれない?」


「お、お兄ぃ、それってどういう気分でどうなったの?」


「ああ、エミリ。 僕はCPUになったんだよ」


「CPU? なにそれ?」


「えっ? まさかエミリはCPUも知らないのか?」


「そんなわけ無いじゃない。 それはお兄ぃといえども十分理解してるでしょ? エミちゃんは、お兄ぃが言ってることのイメージが分からないの!」


「じゃあ、この頼りになるお兄ぃさんが説明してやろう。 あ~、コッホン、僕の脳はCPUで最低限のメモリを実装していて命令を出すところだ。 今回獲得した機能補助はスキルみたいなもので、メインメモリ上にインストールされたOSみたいなもの。 そして知識は膨大なストレージ上にあってOSからアクセスできる。 そしてさらに通信機能で超大容量のサーバーも参照できるって状態だな」


「機能補助がOSって、……お兄ぃがCPUならもしかしてお兄ぃはOSによって操られてしまっている?」


「……あ、ああ、言い方が悪かったな。 CPUの内部に組み込まれているメモリの中に第一優先のOS、つまりファームウエア的な意思があって、メインメモリ上のOSはそれを補助して動いてるって感じかな。 でもまあ、メインメモリ上のOSも僕に同化されちゃってる気分だな」


「お兄ぃの意思がCPUにあるって、本当にそう?」


「言われてみれば、確かにそれを証明するのは困難かもだな。 オリジナル人類の叡知もってしても、人の根源としての意思の有り様、つまり魂の所在については結論が出ていないようだからね」



 その時僕は唐突に理解して愕然とした。

 オリジナル人類の目標、そして僕に期待されている使命について。

 

 な、なるほど。 

 ピーケさんの悪企みはここにあったのか。

 結局僕はピーケさんにまんまと()()()()()()ってことだ。 

 でもこういう事情なら逆らえない。 

 というか僕の意思としてやらねばならないということが痛いほど理解できる。

 強制的にやるべきというより、自発的にやりたいと思いに囚われる。

 でもそれは決してOSにコントロールされてるって訳じゃないことだけは確信できている。


 あ、いや。 もしかしてこの思いは知識を植え付けることでコントロールされてるってことかも……。

 で、でも。 いずれにしても、今さら悩んでも仕方が無い。

 こうなったら、自分のやりたい通りに行動すればいい。

 


 覚悟を決めた僕はピーケさんに向かって微笑んだ。 傍目から見れば、それは僕が悟りでも開いたかのように見えるはずだ。



「お兄ぃは何か嬉しそうだね。 そんなにサイボーグ化って良いものだったの? ならエミちゃんもすぐにやってもらおうかな」



 エミリには僕が喜んでいるように見えただけのようだ。 

 エミリにどう見えたかは別にしても、僕は決して喜んでいるってわけじゃないし、エミリにサイボーグ化も推奨したりしない。 今の知識から思うに、エミリが全てを知ることは、現時点では好ましくないからだ。 これはピーケさんも同意見だと思う。



「あれっ、エミリにはそう見えるのか? じゃあ次はお前の番だな。 これはいいものだぞ~……」


 僕は全力で演技した。 機能補助AIの助けを借りて、力の限りを尽くしてだ。



「ちょっとお兄ぃ、その目は一体何? まるで地獄に落ちた悪魔が道連れを探してるって雰囲気が、ヒシヒシと伝わってくるんだけど……」


「ふっふっふ、僕が可愛い妹にそんな真似をすると思うか? まあ、少しでも不安があるなら、僕の様子を暫く観察からでも遅くはないんだけどな」


「うっ、ううっ、な、悩ましいけど、……うん、そう思うけど、エミちゃんは暫くの間お兄ぃの様子を見守ってからにするね」


「ああ、それでもいいさ。 でも今から予言しておこう。 エミリは必ずサイボーグ化を希望するだろう。 そしてサイボーグ化によって新たなる高みへと昇華することになるのだ~」


「……」



(吉田様、エミリ様の事をご心配なさっているようですが、サイボーグ化処置を受けてもらっても弊害は無いものと存じます。 要は開示する情報を制限すれば良い事なのです)


 僕の頭の中にピーケさんの意思が直接流れ込んで来た。 これはいわばテレパシーのようなものだ。 しかしてその実態は機能補助AIを介してのアマルファ通信である。 ちなみアマルファ通信とは(くだん)のステルスタイプ探査ロボットとの通信などで用いられている特殊粒子――アマルファ粒子を用いての通信のことだ。



(ピーケさん、現時点ではエミリをこれ以上巻き込みたくないです。 ああ見えてアイツは結構勘が鋭くなることがあるんです。 普段は間抜けで鈍くて騙されやすくて、勘がはずれることの方が多いんだけど、稀に不可能を可能にするような大きな勘が働く、しょうもない奴なんです)


(承知しました。 でも万一エミリ様がご希望された場合には、どうしましょう? サイボーグ化処置を行って情報を制限するか、あるいは処置を行ったと誤認させるか、あるいは……)


(装置に不具合が見つかったとか、僕に異常行動が見られたので点検中だとか言って誤魔化してもらえればと思います)


(承知しました)


 そんな裏の会話に対して、表の会話はエミリにも美沙佳さんにも聞いて貰う必要がある現状についての確認を行うことにした。


「コッホン、それはそうとしてピーケさん、今の状況ってどう思う?」


「はい、吉田様がご不在の5日間の間に何があったかは、既にデータベースから読み取ってご理解されておりますね? その上で申し上げますが、私は正直迷っております」


「というと?」


「このまま詳細な方向へと調査を進めるべきか、或いは発見されたハイクマンと思しき知性を持った魔物に接触してもらうべきか……」


「は、ハイクマンは後回しでいいんじゃないかな。 それよりもステルスタイプ探査ロボットの投入数が当初言っていたよりも桁が違うのはどうして?」


「調査に進捗が見られなかったので優先的に増産したのです」


「でもさ~、40億匹を超えてるって半端ないと思うんだけど……」


「とりあえず、テロ警戒のために10億匹を投入しております。 つまり行動的な人間一人に一匹ずつ担当させることを目標にしました。 後はダンジョンの発見へ30億匹程、ダンジョン内の探索に1億匹を割り当てて投入しております」


「それは機能補助AIを通してわかっているけど、 やりすぎなんじゃ?」


「わたくしはまだ足りないと思っております。 核戦争抑止の件は順調に推移していると思いますが、お仲間の消息も掴めておりませんし、エクストラスペースの件も事前調査が進んでおりません」


 ピーケさんのその発言には今まで黙していた美沙佳さんが反応した。


「核戦争抑止の件、つまりテロ防止についてですが、どうして順調に推移していると言えるのでしょう?」


「それば僕からご報告しますね。 調べたところによれば、数十人規模以上の組織が関与する全ての核兵器の所在が確認できています。 ステルスタイプの探査ロボットや、アンドロイド型AIロボットの投入によって、危険な兵器の場所と、それにアクセス可能な情報機器と人間の確保、つまり監視と抑制ができるようになったってことです。 凄い事ですよね、ほんの2、3日で地球上の軍事勢力を(ひそか)に把握して、さらに必要ならそれを制圧できる体制が築けるなんてね」


「そ、それは本当に?」


「ええ、吉田様の言う通りで間違いございません。 ハイクマンの関与の可能性など、そういう根本的な原因が何かについて調べる余地があるとはいえ、とりあえず喫緊の課題 は解決したといえます。 どうぞご安心ください」


「あ、ありがとうございます」


 美沙佳さんは未だ少し懐疑的な表情を浮かべているが、僕は確信できていた。 このオリジナル人類の技術水準は想像以上である。 その程度の安全確保なんてお茶の子さいさいなのだ。

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[一言] 面白いです、良い物語をありがとうございます。
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