195. オリジナル人類
ピーケさんは真顔から一転して、僕とエミリに笑顔を見せてから、美沙佳さんへと視線を戻した。
「はい、この辺で美沙佳様には詳細をお話しておこうと思ったのでございます。 ですが先程のファーストコンタクトの件で強いストレスを受けたと思われますので、このまま本題に入ってしまうと、さすがに美沙佳様であっても精神的な負担が大きいと判断致しました。 先程の茶番はそのための準備運動と捉えてください。 多少はリラックスいただけましたでしょうか?」
「ま、まあ、ちょっとだけ拍子抜けして呆気に取られたってことは確かね」
美沙佳さんはそれを聞いて諦めたようにため息をついた。
もう何でも受け入れる体制ができたって感じなのかもしれない。
「それを聞いて安心しました。 では本題に移らせていただきます。 まず最初にお伝えしておきたいのは、人類は地球だけに存在しているわけではないという事実です」
あれっ? ピーケさんは以前僕が聞いてたよりも、丁寧な説明を始めたんじゃないか?
それとも今この場で詳細まで踏み込んでおく必要があると判断したのだろうか。
僕は頭の上に疑問符を浮かべながらもピーケさんの話に聞き入ることにした。
「そして、本当の人類の歴史は現在から1302万年程前に遡ります。 その最初の人類のことを我々はオリジナル人類と呼び、私はそのオリジナル人類の一部なのです」
この規模の話に発展してしまうと非現実的過ぎてファンタージSF的なお話を聞かされているようだ。 そういえば美沙佳さんはともかく、母にこんな話を聴かせて良かったのだろうか。
僕はピーケさんの声に集中しがらも心配して母へと目をやった。
そんな僕の思いをよそに、母はニコニコしながら話を聞いている。
これじゃまるでピーケさんの話を現実だとは思ってないみたいだ。 いや、もしかしなくてもゲームの話と勘違いしている気がする。
ついでにエミリにも目を向けたが、だんまりを決め込んでいるモードに突入している。 重要な話がある時にはいつもこんな感じかもしれない。
「オリジナル人類の歴史は、凡そ地球での人類の歴史に類似しております。 ですがそれは当然なのです。 何故なら地球人類の歴史はそうなるように我々が種をまきコントロールして仕向けたのですから」
ここまで聞いて僕はとうとう我慢できなくなった。
「ちょ、待って。 人類の進化や歴史については古くから研究されていて、人類発展の証拠だって沢山あるんだ。 それらが間違っているなんて思えないよ」
「吉田様、時の権力者によって真実が覆い隠され、改竄されてしまうなんてことは歴史の常でございます。 そんな事例は後の研究で多数発見されているはずで、比較的近代でも実例は多いか存じます。 我々は単にその大規模バージョンを実施したのです」
「でも、地球の歴史には物的証拠とかが沢山……」
「それすら我々の科学力では可能なのです。 それに何故アフィアリアに地球と同種の人類が存在していたとお考えなのでしょう? アフィアリアのような1万光年以上遠く離れた世界でも人類と同じ姿の種が繁栄して、しかも同じような歴史を辿っているなどという偶然は出来すぎなのではないでしょうか。 もちろん不都合な事実が地球やアフィアリアで発見されたとしたら我々の手で全力でもみ消します」
「……」
「先程私ピーケは、オリジナル人類の一員だと申しました。 つまり私は単なるAIではないのです」
「ピーケさんは単なるAIじゃなくてシンギュラリティを超えたAIだってことは僕等も承知してますよ?」
「私にはオリジナル人類の人格が一部宿っております。 遠い昔にオリジナル人類はAIとの融合を果たしたのでございます」
「……」
「吉田様とエミリ様はアリアリアでフルダイブ型シミュレーターをご体験されましたね? その技術はダンジョン由来の技術などではなく、本当はオリジナル人類の技術に基いていたのです。 そしてその技術があれば、AIと人間の思考回路とを繋ぐことが可能でございます」
「ま、まあ確かに、それは分かるような気がします」
「やがてその技術を用いて人類は各個人に一台ずつ思考補助のためのプライベートAIを持つようになりました。 そのプライベートAIは個人が体験した記憶や思考パタン、果ては思考そのものを補助したり代用できるようになっていったのです」
「……」
「人間の肉体は寿命により衰退へと向い、特に脳の機能が低下していきます。 もちろん我々は老化防止技術をDNA操作レベルで極めたと確信しておりましたが、それでもなお機能低下は避けれなかったのでございます。 知的生物の機能低下には何かしら高次元的な何か、つまり魂のような何かが関係しているのではと考えられております」
うはっ、老化防止技術とかDNA操作とか、人間にとって禁断ともいえる領域にまで踏み込んてしまっていたのか。 でも考えれば不老不死は人間にとって永遠の課題だからオリジナル人類がその分野を深く追求しているのは自然なことだ。 それにしても超科学技術を擁するオリジナル人類の科学に魂のような存在を信じる考えが残っているとは意外だ。
「話を戻します。 人間の知的機能が低下すると、次第にその知的活動自体は記憶や演算も含めて補助するAIが担う割合が増えていくことになります。 そして肉体が滅びた時、人間の自我を保有した電子的なAIのみが残るのでございます」
「つ、つまりそれは、人間がAIに取って代わった? ん? AIが人間に取って代わったってことなの?」
「人間の意識がAIの中へと溶け込み、結果として人間は永遠なる生命体へと昇華することができたのだと我々は考えております。 むろんそんな生命体でも事故などにより消滅することもあるので不滅というわけには参りません。 現にダンジョン試練失敗によって我々オリジナル人類は絶滅に近い状態にまで追い込まれました。 ちなみに有機生命体としてのオリジナル人類はその時に完全に絶滅してしまいました。 いえ、正確には出口のないダンジョンの中へと閉じ込められてしまい、この世から消え去ったと考えております」
この時点で美沙佳さんも黙っていられなくなったようで口を開いた。
「ピーケさん、ダンジョン試練って何でしょう? それに閉じ込められたとはどういうことなのですか?」
「美沙佳様、地球上に突然発生したダンジョンは自然現象ではないのです。 ダンジョンは我々人類に課せられた試練、もしくは課題なのだと推定しております。 その達成条件は依然として不明なのですが、失敗した場合にはダンジョンの中に避難しないと人類は生きていけなくなるのです」
「何故そんなことが? 一体誰が……」
「これも推定の域を脱しませんが、我々オリジナル人類が新たに発見した粒子、これはダンジョンの中にも存在するのですが、仮にそれを魔素粒子と言い換えて話を進めます。 我々がその魔素粒子を発見してしまったことが発端となった可能性がございます」
「魔素粒子ですか……。 本当にファンタジーの魔法世界の様な話ですね」
「得てして科学が発展した未来世界は、過去から見るとファンタージー世界のように映るものです」
「そうかもしれませんね……」
「我々はその魔素粒子の大きな可能性に衝撃を受けました。 そしてその魔素粒子は遠い過去には地上世界にも存在していたと考えられるのです」
「今は、……話からすると発生したダンジョンの中にしか存在しないということなのですね」
「我々の住む自然界から何故魔素粒子が消滅したのかは不明なのですが、我々に試練を与えている未知の存在にはそれを操ることができることは確かなようです。 そして我々はその未知の存在こそが我々の自然界から魔素粒子を取り上げた張本人であると考えています」
「その未知の存在の真意が測りかねますね」
「おっしゃる通り、その存在の真意は測れませんが、魔素粒子の有用性を考えると分かるような気もするのです。 現に地球では原子力エネルギーについて、その有用性を認めながらも、利用については各国牽制しあっているのが現状ですね? それと同じことが魔素粒子にも言えるのではと考えられます」
「つまり有用ではあるけれど、使い方を間違えると大変危険であるが故に人類には使わせたくないということなのでしょうか」
「そうなのかもしれません。 ですがダンジョンの発生を考えると、魔素粒子関連の技術を使わせたくないだけというには不自然なのです。 明らかに我々は試されていると見て間違いないのではないでしょうか。 これについては我々の共通意識体の中でも結論が出ておりません」
今更気づいたのだが、ピーケさんの話し方が随分と人間らしくなってきている。
これってもしかすると今までは完全なAIのフリをして僕たちに接していたのかもしれない。 だがAIと融合した人類であることを明かした後ならば、その必要もないということか。
それでも僕等にとってピーケさんは計り知れないほどの知性を有する存在なのだが。
そんなことを考えていたが、美沙佳さんはそのまま流れるように質問を続けた。
「それでピーケさん。 ピーケさんのお話を100%信じるとしても、貴方がそれを私達に教えてくれた意図がわかりません」
「美沙佳様、これを今お話ししましたのは、これから地球における危機回避のために我々オリジナル人類の科学技術を大々的に使うとことになるので、それを承知していただきたいのと、その後のダンジョン試練を見据えてのことなのです」
ん? 今ダンジョン試練を見据えてと言ったか?
ま、まさかこの流れって……。
「あ、あの~、お話の途中ですみませんが、ぼ、僕としては、ダンジョン試練とか、ちょっと怖いのはお断りです」
僕は今後の事を考えて拒絶の意思を表明しておくことにした。
「ホントお兄ぃって、時々駄々っ子みたいになるよね~。 ステータス最強な大人のはずのお兄ぃがこの後に及んで逃げに走るって、何なの? ピーケお姉様、こんな大人げないお兄ぃに頼っていいの?」
「エミリっ!、言うに事欠いて僕を子供扱いするなんて10年早いわっ!」
「10年? 10年経てばお兄ぃを子供扱いしてもいいってこと?」
「なっ、なんてこと言うんだ。 僕は今でも10年後でも立派な大人だっ! 意味不明なことを言うんじゃない!」
「……ごめん、お兄ぃって、つまり今でも十分大人ってことなんだね。 大人って命に関わることじゃなければ果たすべき義務っていうか、社会的な責任があるんだよね?」
「いやいやいや、普通ダンジョン試練っていえば、命とかかけての戦いってことなんじゃないか?」
「吉田様、アフィアリアでメッセージ石板から指定された試練はエクストラスペースを発見することでした。 特に戦うことを指定された訳ではございませんでした」
「……い、いや。 でもさ……」
「お兄ぃ、エクストラスペースとかの発見までなら大人として協力すべきなんじゃない?」
くっ、エミリの奴が、駄々っ子みたいとか、大人げ無いとか言いやがるから、つい頭に血が上ってしまったじゃないか。
今にして冷静に考えてみればエミリの発言は明らかに僕を罠に嵌めようとしてたってことだ。
そう思い僕はエミリをねめつけた。
その時ピーケさんの隣に男性が突然出現した。
その男性は容姿端麗で明らかに日本人離れしている。
外見から判断するに、アフィアリアにもいたAIロボットに違いない。 この男性はピーケさんが所有する異次元収納庫の中から出て来た、あるいはピーケさんが取り出したんだろう。
「安全確保とサポートのため、俺も吉田様をガッチリガードさせてもらいます。 吉田様もエミリ様もどうか安心していだだきたい」
いやいや、ガードって、つまり僕を逃がさないってことなんじゃ?
ま、まあ、いざとなればプライベートダンジョン経由で逃げを打つことなんて簡単なことだ。
あれっ? でもプライベートダンジョン経由で逃走可能な場所って漏れなく皆に知られてしまってないか?
「あ、貴方は一体いつからそこに? 突然現れたように見えたのですけど」
これには母が飛び上がって驚いてしまった。
超科学の存在をこれっぽっちも信じておらず、僕等の会話がゲーム世界での話だと思っていたはずなので、これは当然な反応と言って良いだろう。
「俺はずっとここに居ましたよ。 俺には“不可視化”っていうユニークスキルがあるんだ。 そのスキルを使って、こっそりと美沙佳中将御一行を護衛してたってことなのさ」
まあこれは絶対に母を気遣っての嘘だろう。 確かにここはダンジョンの中の病院なのだから、ダンジョンで使えるスキルは当然使えるのだが、僕等からみれば現れたタイミングを考えてもAIのアンドロイドであることは間違いない。 それにしても、ピーケさんでなくともAIロボットって嘘をつけるんだな。 まさかコイツもオリジナル人類成分を持っている奴なのか?
「そうでしたのね。 ちょっと突然だったので、私としたことが動揺してしまいました」
おいっ、母さん。 さすがにちょっとチョロすぎないか? これに関してはもっと食いついてくれてもいいんじゃないか?
そうしないと、そうしないと……。
あれっ? そうしないとどうなるんだったっけ?
僕はなんとなく誤魔化されてしまったような気分を味わった。