194. 冗談
「5箇所もダンジョンを回るかぁ~、思ったよりしんどいな、これは。 ……でもこうなればエミリと手分けをすべきだな」
「えっ? エミちゃんに何の関係が?」
「何をとぼけてるんだ。 お前も“雑魚掃除”のスキルを持ってるじゃないか。 ってことはエミリにもハイクマンを倒せるってことだよ」
「お兄ぃは怖いからって、今ここでステータスを上げたんだよね? エミちゃんのステータスはお兄ぃの1/10しかないんだよ? そこ分かってる?」
「エミリ、それは違うだろ? エミリのステータスは僕の1/8のはずだ」
「……」
よ、よし勝ったな。
だがこれは、僕が考えても流石に無理がある。
言い合いに勝っても、実質的な議論には負けている。
「ま、まぁ、今回はエミリを特別に休ませてやるとするかな。 でも、僕一人じゃ寂しいな」
そう言って僕はピーケさんに目を向けた。 しかし思わぬところから声が出た。
「なら私が同行しましょうか?」
「美沙佳さん、その申し出は嬉しいんですけど、美沙佳さんのステータスはエミリよりも、さらに1/8だから、さすがに絶対にヤバイです」
「えっ? 1/8の1/8って、どういう事? 貴方のステータスって今は幾つになっているっていうの?」
「えっ? まさか美沙佳さんって計算が苦手なタイプ?」
「んな訳ないでしょう! 単に驚いてるだけなのよ。 私が2000だから、吉田君は128000になってるってことよね。 それに貴方は確か“強化”スキルも持ってたはずだから256Kにまで高められるってことよね?」
美沙佳さんの剣幕に僕はちょっと怯んだ。 美沙佳さんは明らかに放電現象を発生させている。 お怒りモードに突入させてしまった証拠だ。
これは不味い。 彼女をどう宥めるべきだろう。 このままでは僕はともかく母もとばっちりで感電してしまうかもしれない。
「け、計算は得意だったようですね、ちょっとビックリしたけど安心しました」
「……」
美沙佳さんは僕の咄嗟の反応に対してため息をついてから目を瞑った。
そして放電現象も無くなった。
よ、よし。 何だか分からないが作戦を始める前に成功してしまった。
僕は何とか美沙佳さんのお怒りモードを鎮めることに成功したのだ。
「吉田様、もちろん私ピーケは吉田様に同行させていただきます。 そして美沙佳様にはダンジョンに入るところまでは、ご一緒していただくと助かります。 ですが私はその前にやっておくことがございますので、出発は明後日ということでいかがでしょうか?」
「ちょっ、そんなに早く?」
「エミちゃんは、お母さんと一緒にお留守番してるねっ!」
「私の見解を申し上げると、ピーケさん。 世界情勢は今、本当に緊迫しているんじゃないでしょうか。 こんな時にそんに悠長に構えていられないのでは?」
「美沙佳様。 私ピーケにできることは勿論やるつもりですし、既に始めております。 サイバー上での監視はもちろん、先程のように不測の事態が起こらないように妨害工作も行っております」
「それは十分承知しているのですが……」
「しかし過去の記録の洗い出しとなると地球のコンピューターや記憶装置の処理速度には制限がございますので、細部までの情報取得には時間がかかってしまうのです」
「今更過去の記録が必要になるのですか?」
「はい、ハイクマンが潜んでいると思われるダンジョンは5箇所と言いましたが、それはあくまでも確率的な判断によるものなのでございます。 絶対に潜んでないと断定できるのはイレギュラースポーンが起こらない攻略済、つまりトゥルーコアタッチ済のダンジョンのみに限定されます。 また確率的に低く杞憂なのでしょうが、大きな懸念も残されているのでございます」
「その大きな懸念とは何なのでしょう?」
「狂信者たちの中間幹部の中には、ダンジョンと無関係な人物が少なくない人数含まれております。 その人々が元々そういう思想の持ち主だったと断定するにはデータが少ないですし、それ以外の理由があるとしても、それが何なのかを突き止められないのでございます」
「成程、検討に時間を要するというのは理解できました。 しかしその検討は同時に行いながら、5箇所のダンジョン調査を開始することは可能なのでは?」
「その通り5箇所の攻略を同時に進めるという考え方もございますが、美沙佳様や吉田様のお仲間であるマリ様やミレカ姉妹様のことも考慮すると、今は力を蓄えておくのが最善であると判断したのでございます」
いきなりマリとミレカ姉妹の話が出て来た。 そういえば彼女達はどうしているのだろう。 母の無事が確認できたので、今度はマリ達のことが気になる。
「美沙佳さん、ピーケさん、マリ達は今どうなってるの? 何かヤバめな感じになってるってこと?」
僕の質問に対して、ピーケさんは美沙佳さんに目を向けたが、美沙佳さんはピーケさんに頷いた。
「では状況をご説明いたします。 結論から申し上げると、マリ様やミレカ姉妹様たちには連絡が取れない状態なのです。 正確にはダンジョン攻略中だったのですが、そのダンジョンの入口のゲートが消失してしまって状況が把握できなくなってしまっております」
「そ、そんな……。 それって入口付近の階層に強いイレギュラースポーンの魔物が出たってこと?」
「いえ、報告されている状況をからは、スイッチングゲートのダンジョンだったのだと判断されます」
ピーケさんの発言には美沙佳さんも少し驚いた顔をした。 そんなのは考えてなかったって感じだ。
僕とエミリの頭上には?マークが浮かんでる状態だ。
対して母はニコニコ状態だ。 明らかに現実の話でなくゲーム上の話だと思っているに違いない。
「た、確かに魔物がスポーンした場合のゲート封鎖とは明らかに異なる点もあるようでしたが、スイッチングゲートなんて言葉は初めて聞きました」
「美沙佳様、スイッチングゲートとは十年単位以上の周期で出入口が切り替わるダンジョンのゲートのことなのです。 当然ながらダンジョンが発生してから間もない地球上では未だ知られておりません。 アフィアリアではダンジョンの歴史が長いのでこの現象は広く知られております」
「ちょっと待って、ということは出入口は他にあるってことなの?」
「その通りでございます。 しかし切り替わった先のゲートから帰還していないということは、ダンジョン攻略途中で何等かのトラブルに巻き込まれてしまった可能性と、ゲートから出れない何かしらの理由がある場合の2つの可能性が考えられます」
これには僕も焦った。 トラブルって何だよ? まさか……。
「トラブルってまさかハイクマン……」
「ハイクマンが関係している可能性も否定できませんが、それよりもアリアリアの例から考えるとゲートから出れなくなっている可能性の方が高いのかと推測しております」
「それは何故?」
「ゲートは月面上等の宇宙空間や深海、果ては地下の空洞内に発生している場合もございます。 また切り替わった先のゲートがスモールゲートだった場合も可能性として捨てきれません。 もっとも宇宙空間のゲートやスモールゲートの場合にはそこからアンテナを伸ばせば無線通信だけは可能なので、連絡が付かないという事実から判断すると、それらの可能性は低いのでございますが……」
うぐっ、色々と新しい用語がでてきて理解が追いつかない。 月面上のゲートはシエラネバダダンジョンのケースがあるので理解できるが、地下の空洞ってなんだ? それにスモールゲート? 意味的には小さいゲートということなのだろうが、人が通れないほど狭いゲートとでもいうのだろうか。 もしそうなら絶対に帰還できなくなる。
「そ、それで、ピーケさんはどうするべきだと?」
「正直申し上げると、地下に発生したゲートを発見するにはかなりの時間を要します。 それに比べれば深海中のゲートの存在は比較的容易に発見することが可能です。 深海に発生するケースは少なくないので一番確率が高いと考えております」
「深海中のゲートなら容易に発見できるってこと? どうやって?」
「私達が製造したステルスタイプ探査ロボットを多量に投入するのです」
「ステルスタイプ探査ロボット? 多量ってどれぐらい?」
「ステルスタイプ探査ロボットは、昆虫のバッタに似せた探査マシンで、小さいことと昆虫に擬態していることから地球では発見が困難です。 それを最低でも1臆匹ほど全世界へ向けて放とうと考えております」
「深海中ですよ? それってAI搭載型の自立タイプロボットなの? それに水圧に耐えられるの?」
「水圧に対しては問題ございません。 ただし自立タイプとなるとなると、ロボットは大型になってしまい、生産にも時間を要することになります。 ロボットは全て我々の通信技術で遠隔操作します」
「深海まで届く通信技術があるんですか?」
「はい、未だ地球やアフィアリアでは発見されていない特殊粒子を用いての通信技術がございます。 その通信伝達速度は光速の1万倍、容量は1回線あたり1.2Gbps程度と少ないですが、回線数は無限と言えるほど多くのチャンネルを使用できます」
「もう驚くことには慣れたけど、ピーケさんって相変わらずチートだよね」
「ピーケさん、先程貴方はアフィアリアでは発見されていない特殊粒子のことを口にされましたが、どういうことですか?」
あああ、やってしまったようだねピーケさん。
というかこれってワザとだよね。 ピーケさんが考え無しにそれを話したとは到底思えない。
「はいそうでございます。 その粒子はアフィアリアでは発見されませんでした。 アフィアリアの第二衛星で発見された粒子なのでございます」
く、苦しい。
これはどうみても苦しい言い訳だぞ、ピーケさん。
それにしても美沙佳さんへの質問へ、こんな低レベルの言い訳で応じるとは思わなかった。
勿論そんなのが美沙佳さんに通用するはずもない。
「そうでしたか、第二衛星で発見されたのですか……」
ええっ? まさか美沙佳さんに通用してしまった?
どうして?
つい僕は信じられないという目で美沙佳さんを見てしまった。
あっ、でもそういえばピーケさんはシンギュラリティを超えたといってもAIだ。
とすればAIは嘘をつかないという地球の常識に沿って考えたのかもしれない。 僕の発言だったら絶対に誤魔化していると思われただろう。
そうだよ、今のところ美沙佳さんはピーケさんを信用しているんだ。
でも嘘だとバレた途端に、その信用は地に落ちるだろうな。
そんな美沙佳さんの反応に対してピーケさんは真顔で答えた。
「第二衛星で発見というのは冗談です。 確かに我々はアフィアリアの第二衛星で初めて粒子を用いましたが、全人類としては、そこから数十万光年離れた重力特異点付近で発見されたのが最初です」
「……」
「……」
「……」
「あれっ? 私の冗談は地球では通用しなかったようですね。 これは地球の常識データを少し修正せねばなりませんね」
「イヤイヤイヤ、ピーケさん。 まさかピーケさんが、いやAIが冗談を口にするなんて僕等は思わなかったんだよ。 嘘をつけるってのは知ってたけどな……」
「ピーケさん、一体全体どういうことですか? 説明を求めます」
流石の美沙佳さんも諦めたような脱力した表情となってしまった。 目が笑ってないので明らかに面白いとは思っていない感じだ。
どうするんだこれ?
僕はピーケさんのごれからどう説明するのかに期待を寄せた。