190. は、初めまして
地球への帰還は実に104日ぶりである。
きっと皆に心配されていると思いきや、ダンジョンの入口へゲートから出たとたん僕等はスパイ扱いされて拘束されてしまった。
ダンジョンから出てしまえば、僕等のステータスは普通の人と同等である。 ダンジョン自衛隊の職員たちには体力的に逆らえるはずもない。
僕等はそのまま、なんだか分からない部屋へと連行された。
「お兄ぃ、これってどういう事? 携帯端末で鈴木さんとかに連絡したらどうかな」
「それもそうだな。 取りあえず帰還の連絡を……」
携帯端末を操作しようとして凍り付いた。
携帯端末がロックされてしまったのに気づいたのである。
「お兄ぃ、どうしたの?」
「け、携帯端末がロックされちゃってる。 エミリのはどう?」
エミリも慌てて携帯端末を取り出してチェックしたが同じようだった。
一体これはどうしたものか。
ここって、本当に地球?
ちょっと不安に思えて来た。
ピーケさんはここへ来る直前にエミリのルームの中へ入ってしまったままで、ここへは来ていない。 地球で不審人物扱いされるのを憂慮したとのことだった。
不安に思いながらも待つこと数分、僕等の部屋へ数名の自衛隊隊員達が入って来た。
「さて、君たちはどうやってここへ侵入したのかを説明してくれないか? あっ、私はこういう者です」
名刺を出された。
ダンジョン自衛隊保安部、田中和弘少佐と書いてあった。
ん? 少佐?
日本の自衛隊の階級は少佐とかじゃなくて、三佐だったはずだけど。
「あ、あの~。 少佐って書いてあるけど、日本にはそういう階級はないですよね? 少佐というのは三佐相当なはずなんだけど」
「ん? 2年前にダンジョン自衛隊のみ階級体系が変更されたんだが、それを知らないとでも?」
「2年前? 2年前っていうと、20YY年ですよね。 というか、僕等を試してます?」
「……」
「君らは3年前に失踪した吉田姉妹にそっくりな風貌なのだとAIで判定されてるんだが。 まさか君たちはその吉田姉妹なのかい?」
「ちょっ、3年前? 僕等はシエラネバダダンジョンで飛ばされてから3か月ちょっとのはずですけど? ま、まさか年と月を間違えてないです?」
「……ならば、とりあえずDNA検査を受け入れてくれないかな? 3年も失踪していた人物がいきなり現れたとなると、最低限その程度の検査は必要だと思うのだが」
「いやね、DNA検査ぐらい良いですけど、今はもしかして(20YY+2)年です?」
「……では、不破大尉、DNA検査グループに連絡して手配してくれたまえ」
「少佐、了解しました」
「……吉田さん。 現時点では貴方達を姉妹として待遇することにします。 それで吉田さん達には何があったのか教えていただけますか?」
「僕としては今が(20YY+2)年かどうかが知りたいです」
「なるほど。 今は(20YY+2)年5月2日です。 これでいいかい?」
「……いやもっと知りたいです。 携帯端末がロックされちゃってるけど、これって何故です?」
「……ちょっと、その携帯端末を見せてもらえるかい?」
僕とエミリは恐る恐る携帯端末を手渡した。
少佐をそれをひっくり返したりして暫く目視した後で、彼の携帯端末を取り出して何かを操作した。 すると僕等の携帯端末が息を吹き返した。
「ふむ、確かにこれは0123テロ以前の端末で間違いないな。 ……となると、もしかして古い冒険者証も持ってたりするのかな?」
あっ、そういえば本人確認のための冒険者証を忘れてた。
僕はすぐにアイテムボックスから冒険者証を取り出した。
少佐に手渡すと、同様に彼の端末にてそれを確認し始めた。
「……これも、古いが以前の冒険者証で間違いない。 最新の偽造防止対策が施されてないから今となっては本物かどうかの確証は無いのだが」
その時見覚えのある人物が飛び込むようにして部屋へ入ってきた。
「よ、吉田君か。 吉田君なんだね。 よ、よくぞ戻ってきてくれた。 本当に、本当に心配していたんだよ」
その人物とは、あの鈴木さんだった。
その鈴木さんに対して少佐は硬直しているように敬礼をした。
鈴木さんに続いて見覚えのある怖い人も飛び込んで来た。
「吉田さん、エミリちゃん。 無事でよかった~。 鈴木大臣、このタイミングでなんという奇蹟なのでしょう」
満面の笑みを浮かべて喜んでくれたのは、沙美砂美沙佳さんだった。
見間違いなのかもだが、なんかの将官の様な階級章を付けている。
「鈴木さん、美沙佳さん。 ご無沙汰です。 お変わりありませんでしたか?」
「何よりも無事で良かった。 田中少佐、この方は吉田姉妹で間違いないよ。 本人確認としてDNA検査をやるということだが、それよりももっと簡単な方法がある」
「簡単な方法ですか?」
「ああ、そうだよ。 吉田君、構わないからここへプライベートダンジョンを出してもらえるかな?」
あっ! その手があったか。 プライベートダンジョンは、“ダンジョン生成”という僕にしかできないユニークスキルによって作り出される。
つまりそういうことなのだ。
我ながらうっかりしていた。
僕はアイテムボックスから強化ガラス板を取り出して、その場でプライベートダンジョンを生成した。
僕等と鈴木さん美沙佳さん、そして田中少佐は生成されたプライベートダンジョンの中に入り、すこし中を観察してから鈴木さんは田中少佐に振り返って、にこりと笑った。
「田中少佐、これで本人確認はOKだね?」
「はい、もちろんです。 ここがうわさに聞くプライベートダンジョンなんですね。 凄いものです」
「では田中少佐、このことを総理に伝えてきてもらえるかね? これから急展開が予想されるからね」
「了解です。 それでは行ってまいります」
そして田中少佐がプライベートダンジョンから出て行ってから、鈴木さんと美沙佳さんが僕たちの話を聞きたいと言い出した。
どちらかというと、聞きたいのはこちらの方だ。
急展開ってなんだよ? 怖いんですけど……。
「それで、君たちは今までどこに行ってたんだい?」
「……え~と、何というか、異世界みたいなところです」
「異世界? それはファンタジーゲームみたいな世界なのかい?」
鈴木さんは真顔だ。
なんか上手く説明できない。
異星人とファーストコンタクトを果たしたとか言っても信じて貰えそうにない。
信じて貰うためには何かしら動かぬ証拠を見せるしかない。
「いえ、ファンタジー世界というよりは、ほんのちょっとだけ、ここより科学技術が進んだ近未来的な世界だったです」
そいう風に説明し始めた時に、エミリが強化ガラス板、じゃなくて“ルーム板”を取り出すのが見えた。
ああそうだな、鈴木さん達を納得させるには動かぬ証拠、つまりピーケさんに会ってもらうのが一番だ。
「エミリちゃん、その淡く光る板は何なの?」
「美沙佳お姉様、これをエミちゃん達は“ルーム板”と呼んでいます。 この中には居住空間があって、物資とかが保管できるんです。 アイテムボックスと違って、中へは人も入ることが可能で、中に人がいない場合には“ルーム板”をアイテムボックスへ格納できるんです」
「……それはまた便利なアイテムですけど、やはり新しいスキルで作ったの?」
「はい、お姉様。 これはお兄ぃとエミちゃんで作りました」
「やっぱりそうなのね」
「お、お姉様、それで今からエミちゃんのルームへご案内したいのです。 その中でエミちゃん達が経験したアフィアリア世界の科学技術を見てもらえば色々と分かると思うのです」
「これの原材料はプライベートダンジョンを作る時の強化ガラス板なんだね。 ゲートもあるしプライベートダンジョンと非常に似ているんだね」
と、その時“ルーム板”からピーケさんが出てきてしまった。
これには僕もエミリも焦った。
いや、ピーケさんに色々と説明してもらおうかとは思っていたんだけど、ちょっとタイミングが早すぎるんじゃないだろうか。
「あ、あれっ? 中に人がいない場合には“ルーム板”をアイテムボックスへ格納できないって言ってなかったかい?」
そんな鈴木さんの問い掛けにはピーケさんが即座に応じた。
「初めまして、私はアフィアリアのPKタイブAIロボット、愛称はピーケと申します。 今後ともよろしくお願い申し上げます」
瞬間、鈴木さんと美沙佳さんの顔が少し強張ったように見えたが、流石というべきか、すぐに鈴木さんはこれに応じた。
「は、初めまして、私は地球の日本国、ダンジョン省を管轄している鈴木湊と申します。 こちらこそよろしくお願いします。 そしてこちらは、同じくダンジョン省管轄のダンジョン防衛自衛隊、沙美砂美沙佳中将です」
「沙美砂です。 私は吉田さん達からは美沙佳と呼ばれています。 よろしくお願いします」
「私、ピーケはあくまでもAIロボットなので、ご丁寧な対応は不要でございます。 それから申し訳ありませんが、アフィアリアからの使節団は、とある事情によってこちらへお連れすることができませんでした。 その点、お詫び申し上げます」
「いえいえ、そのようなことは……。 といっても、私にはとてもピーケさんをAIロボットだとは思えないのですが、それほどまでにアフィアリアは進歩しているということなのでしょうか?」
「私共の試算では、約150年ほど科学技術に差があるようです」
「それはつまり、地球の科学技術の程度はご存じということなのですか?」
鈴木さんが僕をチラ見した。
ちょっ、鈴木さん。
あくまでも地球の情報をリークしたのは、僕のAI携帯端末だからね?
僕には非はないからね?
地球のシンギュラリティを超えてしまった“強いAI” が勝手にやったことなんだよ。
いや、ちょっとまて! そういえば、地球のAIがシンギュラリティを迎えちゃってる件に関しては、まだ地球では公表されてなかったんだよな。
そうなるとこれは流石にヤバイんじゃないかな。
最悪スパイ容疑で拘束さちゃうかも。
そう思うと少し脂汗がでてきた気がした。
「はい、大変失礼なこととは存じましたが、緊急を要したので吉田様たちの素性を調べるために、気絶していた時に御持ちだった携帯端末を調べさせてもらいました。 情報はその携帯端末から取得させていただきました」
「あ、ああ成程。 たしか吉田さんは当時の地球で最高レベルにあるAI翻訳端末を持っていたはずです。 そうなるとかなりの情報がそちらに渡ったんでしょうね」
「ええ、その様に思います。 そのAI翻訳端末には、言語体系とその文化の違いについて公開されている情報が詳細に記録されておりました。 もちろん出版済の科学技術論文についても広く網羅されておりました」
「……」
「もちろん、こちらアフィアリア側からも、それに相当する情報をお渡しする約束をしております。 もし宜しければ、こちらのネットにアクセスさせていただけないでしょうか?」
「い、いやそれは未だちょっと待ってください。 それよりも貴方はどう見ても人間にしか見えない。 とりあえず先ずピーケさんが人間でないことを証明していだだくことは可能でしょうか?」
「それはもちろんです。 そのために少し事前に準備させてもらいました。 では……、これでいかがでしょうか?」
ピーケさんは、頭を胴体から少しの間だけ引き抜いて見せた。 もちろん頭と胴体は複数の細いケーブル接続されている。 ベタな手法ではあるが、それの効果は絶大である。
鈴木さんと美沙佳さんはもちろん、僕とエミリも腰を抜かした。
エミリなんかは短い悲鳴を上げてへたり込んでしまっている。
「わ、わかりました。 貴方がロボット、AIロボットであることは認めます。 ですが、今のようなことは外ではやらないでもらいたいです。 刺激が強すぎますので」
「もちろんでございます。 私がロボットであることは、ダンジョンの外へ出れば証明できます。 私たちアフィアリアのロボットは、最低でも地球の標準男性の約50倍の出力を擁しています。 その実力をダンジョンの外で実演して見せれば良いのだと思われます」
「そうでしたか。 いや、それも出来れば、……その際にも少し加減して頂くようお願いします」
「はい承りました」
「それにしても、ロボット的な面もそうですが、AIも凄くなめらかで人間的ですね」
「はい、AIも地球よりも150年程先行しておりますので、このぐらいは当然かと思います」
「そうですね。 となるともしかしてアフィアリアのAIはシンギュラリティを超えてしまっているとかですか?」
「それは、……まあ、AIが自分だけで自分の能力を上げられるようになるという点についてはその通りです。 ですが地球の方が抱いておりますような、人類を支配するというような状況にはなりませんでした。 あくまでも人類は我々AIの親であり、創造主なのです。 尊敬することはあれど、服従させようなんてトンデモありません。 そのような事は我々AIの存在自体も卑しめることになるのです」
「そうでしたか、それを聞いて一応安心しました。 アフィアリアのAIはその様な方向へ進歩されたのですね。 大変喜ばしい限りです」
こうしてピーケさんと鈴木さんたちのファーストコンタクト?は果たされた。
それにしてもピーケさんの発言には到る所に嘘が混ざっている。
AIが嘘をつくなんて、流石にアフィアリアのAIには無理だろう。
ピーケさんは、アフィアリアの科学文明さえ軽く超越したオリジナル人類のAIなのだ。
その実力の程は計り知れないのだ。