185. なんてことだ!
それでは覚えたばかりのスキルで実験を開始することにしよう。
先ずは“ルームS”のスキル。
これからアフィアリアで魔物を倒してしまうと、倒したダンジョンの影響を受けてハジケホウセンカが居なくなってしまうことが考えられる。 その度にこの前ハジケホウセンカが発生した、危険地帯にあるダンジョンに戻るのは面倒だ。
ならば、プライベートダンジョンの中にルームSを設置して、ハジケホウセンカが無限にポップし続けるようにしておけば捕獲とか種弾丸取得が楽になる。
言うまでもなく僕の行動は、楽になることを優先させている。
いやちょっと待て? 実験とは言っても、カウンターがあって回数制限があるので、一度設置したら取り消しがきかないかもしれない?
ならばここは一応慎重になるべきだ。
そういえばカウンターか?
カウンターといえばミミックだ。
このルームスキルの回数制限もミミックすることでリセットできたりするんじゃないだろうか。
リセットできるなら回数制限は無くなるのだから慎重になる必要はないが、一応確かめておく必要はあるだろう。
「ピーケさん、教えてほしいんですけど、一度設置したルームって取り消すことはできないとかです?」
「取り消しはできません。 なので設置は十分な計画性を持って実行する必要があるのです。 過去に法規制が無かった頃、ダンジョンの入口付近の第一階層に個人のルーム設置が集中してしまったことがございます。 今の上級ダンジョンでも入口付近には、ルームの入口となるゲートが隙間なく集まってしまっております」
「個人のルームで一等地が埋まっちゃってるんですね。 早い者勝ちって感じだったのか~」
「もちろん法整備後は、個人ルームには制限がかかり、ダンジョンの入口付近の個人ルームには立ち退き命令が出されました。 もちろん居座る方もいらっしゃいますが、100才になればホスピスに入ることになるので、いずれ全てのルームが公的なルームに替わります」
「つまり、設置してしまったルームは血縁者へも相続できないと?」
「そうなりますね」
区画整理っていうか、貧富の差を無くすみたいな感じなんだろう。 だが今の僕等には関係がない。
「ところで僕等もアフィアリアのダンジョンに個人のルームを設置しても良かったりします?」
「もちろん大丈夫ですが、設置場所についてはアフィアリア側から指定させてもらうことになります」
「なるほど……」
アフィアリアのダンジョンへの個人ルーム作成については、とりあえず聞いてみただけだ。 僕の最初のルームSは当然プライベートダンジョンの中に作ると決めている。
どこに作ろうかなと考えたあげく、第一区画に作ってある僕のプライベートスペースに接しているダンジョンの壁に第1のルームSを作成することに決めた。
「お兄ぃはプライベートダンジョンの中にルームを作った方がいいんじゃないの?」
「もちろんそのつもりさ。 アフィアリアに作る分は別荘みたいな感じにしたいな」
早速プライベートダンジョンを生成し、その中で“ルームS”のスキルを発動してみた。
その瞬間MPが消費される感覚があり、程なくしてプライベートダンジョンの第一区画にルームSを作ることができた。
そして中へ入って驚いた。
「お兄ぃ、随分広いのを作ったんだね」
「吉田様、やりすぎかもです。 以前ご説明した通り、ルームの体積はMNDステータスとMP量の掛け算に比例するのです」
「で、でも大は小を兼ねるから問題無いよね?」
「何が目的かにもよりますが、ルームSで魔物牧場を作る場合、魔物を無限リポップさせる条件として魔物の生息密度が関係いたします」
し、しまった。
広いルームを作ってしまうと、必要な密度にするためにはハジケホウセンカをそれだけ多く捕獲して解き放つ必要がある。
一瞬だけ焦ったが、すぐに平静を取り戻した。
「も、もちろん目的は居住空間を広げるつもりだったんですよ。 良かった~、これでプライベートダンジョンの第一区画を実質的に広げることができたな~」
そして僕はエミリにミミックしてみた。
思った通りにカウンターはリセットされた。
これなら一度の失敗なんて全く問題なしである。
「やはり思った通りだね。 ミミックを使えば何回でもルームSを作成できるみたいだ」
僕は当然といった態度で先程作ったルームSの壁にもう一つのルームSを作ってやった。 もちろん今度は使われるMP量をコントロールして狭いルームSを作った。
「ならちょっと、ハジケホウセンカの魔物牧場をサクっと作っちゃうかな」
「お兄ぃにしてはやることが早いね。 何か変な気がするけど頑張ってね」
エミリになんか言われたが構わずに、第16区画へ向い、そこで捕獲してきたハジケホウセンカを狭いルームSへと移動させた、もちろんついでにユニークホウセンカも移しておいた。
これでアフィアリアの別ダンジョンで魔物を倒し、プライベートダンジョンに出てくる魔物の種類が変わってしまっても、第2のルームSに来ればハジケホウセンカを捕まえられるはずである。
以上で“ルームS”のスキルの使い方はだいたい理解できた。 他の“ルームN”や“ルームA”も使い方は同じのはずなので、あと興味があるのは“チャネル”のスキルだ。
ただし、“チャネル”のスキルもダンジョンの壁やルームの壁にしか作ることができないという大きな制限がある。 それも10分以内に2箇所の出入口を作る必要があるというオマケ付きだ。
そう考えたとたん僕は久々にビリっと体が痙攣する感覚とともに突然閃めいた。
こうなってしまえば何人たりとも僕を止めることはできない。
即座に僕はプライベートダンジョンから滞在していたルームへと飛び出した。
背後でカプセル型の生命維持装置が排出されるのが見えたが、そんなことに気に留める余裕もない。
出た先のダンジョンのルーム内で直ぐに実験を始める。
ポータブル強化ガラス板をアイテムボックスから取り出して、プライベートダンジョンのゲートをその場でポータブル強化ガラスに作る。
そのポータブル強化ガラスのゲートに触ったままで、強化ガラスの裏側に手を伸ばして“ルームN”スキルの発動を試みた。
「ダンジョン生成!、ルームN!」
僕の実験は、ポータブル強化ガラスにプライベートダンジョンを生成することでダンジョンの壁のような物体に変質させてから、そこへルームを作成するというアイディアを確かめようとしたのだ。
結論として僕は勝った。
強化ガラスは強く輝く青色の光を放つとともに、表側にプライベートダンジョンのゲート、裏側にルームNの入口となるゲートが出来てしまった。
恐る恐るプライベートダンジョンのゲートから手を放して、プライベートダンジョンを消してもルームNのゲートは消えず、その強い輝きも消えなかった。
その成果に少しだけ酔いしれてから、気を取り直して、輝く強化ガラスをルームの端側へ動かそうとしたが、押しても引いてもそれは動かすことができなくなってしまっていた。
……まっ、いいか。
今回はプライベートダンジョンの基点をダンジョンにしてしまったのが動かせなくなった原因だろう。 とうことは、今度は台車の上に乗せたポータブルプライベートダンジョンで試してみるればいいだけだ。 そうすれば今度こそポータブルのルームができちゃうかもしれない。
「お兄ぃ、何してくれちゃったの? 折角エミちゃんは楽しみにしてた新作のケーキを試そうとしてたのに、突然暗転したからパニくっちゃったじゃないの」
背後でエミリの声がしたので振り返ると怒った表情を浮かべて僕を睨んでいた。
エミリはプライベートダンジョンから僕が飛び出したことでフルダイブ型のシミュレーターからカプセルごと排出されたので怒って当然なのかもしてない。
「エミリ、そんなことよりこれを見てくれ」
「何?」
「これだよ、これっ!」
エミリに実験の成果を誇示しようとして振り向いて僕は凍り付いた。
なんと先程作ったルーム付の強化ガラス板が消え去ってしまっていたのである。
なんてことだ!!!
勝利した思ったのに消えてしまうなんて!
これはさすがに想定外だ。
「あ、あれっ? ここにあった輝くガラス板が消えちゃった。 ……まさか自然消滅してしまうってこと?」
「輝くガラス板? それってこれのこと?」
途端エミリの近くに先程の輝く強化ガラス板が現れた。
「エミリ、何をしたんだ?」
「眩しくてダルかったから、一旦アイテムボックスに仕舞ったの。 何か問題でも?」
いやいやいや、これは問題かなんていう問題じゃない。 エミリがやったことを考えると、このルーム付の輝くガラス板はアイテムボックス経由で自由に動かすことができるってことだ。 ってことはアイテムボックスさえあればプライベートな持ち運べるルームを所有できるってことだ。
そうなると僕のプライベートダンジョンの優位性が……、まぁ揺るぐわけではないな。
むしろ重要なのはそれだけじゃなくて……。
「エミリ、ケーキの件はごめんな。 それあげるから許してくれな」
「この鏡が何? こんな光るだけの鏡なんて何処でも買えるんじゃない?」
「自己発光する鏡なんて珍しいだろ? あ、いや、それは鏡じゃないぞ。 持ち運べるルームだ」
「持ち運べるルーム? お兄ぃ、気は確か?」
「その鏡の裏側を見てみな? ルームNへ通じる入口のゲートがあるだろ?」
エミリは首を傾げながらも、輝く鏡の反対側を覗き込んだ。
「ゲート? なにこれ?」
「だから、ルームNのゲートだよ。 アイテムボックスに収納できるルームだよ」
「ええっ? 本当に?」
「信じられないなら、入って確かめてみたらどうだ?」
輝く鏡のポータブルルームへ入って出て来たエミリの目は大きく丸く輝いていた。
そしてそれをアイテムボックスへ取り込んでは別の場所へ出してからルームへ出入りを繰り返していた。
「お兄ぃ、これは凄いね。 どうやったの?」
「それはだな……」
エミリに説明を終えると、エミリから提案があった。
「これって沢山作れるってことだよね? エミちゃんにもう一枚くれない? 試したいことがあるの」
「試すってなにを?」
「お兄ぃがプライベートダンジョンを作った側の面にチャネルを作って連結したいの。 そうすれば2枚のルームをチャネルで行き来できるようになるよね?」
「ああ、そのことな。 実は僕もやってみようと思ってたんだ。 ちょっとそこで見てな」
さっきと同じようにポータブル強化ガラス板を取り出して、片面にプライベートダンジョンを生成する。 そしてさっきと異なるのは逆側の面に今度は“チャネル”のスキルを使った。
その後直ぐにもう一枚ポータブル強化ガラス板を取り出して、もう一方のチャネルを形成してみた。 これでポータブルのチャネル、つまり“チャネル板”の出来上がりだ。
「お兄ぃ、これを使えば……」
「そうさ、この“チャネル板”を各ダンジョンに設置すれば、大災害後でも全アフィアリア人が相互に連絡をとれるし行き来もできるようなるんだ」
「このアフィアリアのダンジョンって幾つあるの?」
「吉田様、エミリ様。 ありがとうございます。 このアフィアリアには約4万3000箇所程のダンジョンがございます。 そのうち人が移住予定でルームを要するダンジョンは5000箇所ほどです。 それにしてもダンジョン間をチャネルで結べるとは、アフィアリアにとっては僥倖であるとしか言えません。 これでアフィアリアの攻略済上級ダンジョン争奪戦問題は収まることでしょう」
それまで黙していたピーケさんが口を開いた。
それから僕らは少し追加で検証を行った。
その結果わかったのは、ルームやチャネルを発生させた輝く鏡は、台車の上に固定して作ってもそのままでは動かせなかった。 動かすためにはアイテムボックスのスキルを使うしかなかったのである。
それでもアイテムボックスのスキルさえあれば孤立見込みの各ダンジョンを接続できるのだ。 ピーケさんのいう通り、これは絶望的だったアフィアリアの人々にとって、ささやかな救いになるだろう。