183. ラジウムキマイラ
レイナさんにミミックしたエミリの背後に突然光る玉が発生した。
ツアーのメンバーからエミリを見ると、まるで後光が差しているように見えるはずだった。
これは一体なんの真似? と思ったが間もなくエミリが口を開いた。
「貴方達は選ばれた者たちなのです。 わたくしは選ばれ者に特別にレベル100以上の力を授けました。 対価として、これから貴方達が為すべきことは上級ダンジョンの攻略を進めることです。 先ず手始めにこのダンジョンのコアにトゥルーコアタッチを行ってください」
それだけ言うとエミリはミミックを解き、同時に光る玉も引っ込めた。
たったそれだけか?
随分短い演説だったじゃないか。
そしてこれってあれか?
エミリは率先してレイナ女神の役割を買って出て、彼らをあるべき方向へ導いたということ?
こんな芝居じみたことが良く恥ずかしくもなく出来るな。
と思っていたら、ツアー参加者には絶大が効果があったみたいで、騒がしそうな人物すら黙り込み、涙まで流す人もいたのには驚いた。
きっとアフィアリアの人は地球人、特に日本人とは違う感性を持っているのだろう。 僕には到底理解できなかった。
その後ピーケさんの案内に従って全員が無事トゥルーコアタッチを済ませてから彼らは自動車へ乗車し、プライベートダンジョン経由で初級ダンジョンへと戻ったのだった。 僕等は初級ダンジョンまで彼らを見送りして別れた。
これで僕等の最初の仕事は達成されたと言って良いだろう。
後は彼等が馬車馬の如く働き、上級ダンジョンのトゥルーコアタッチに励むだけだ。 そうすれば多くの上級ダンジョンにルームを作成することができ、多くのアフィアリア人の希望(上級ダンジョンのルームに居住する)を叶えることができるのである。
滅びゆくこの星に、ささやかな貢献ができた。
その満足感は、はがゆいような喜びを僕にもたらした。
だがそんな喜びに浸っている間も無く、エミリが僕に質問を投げかけて来た。
「お兄ぃ、ちょっと質問! もしかしてプライベートダンジョンの魔物の種類って変わってたりする?」
「……確かに今回はAIロボットの助けなしで魔物を倒したからな。 ということはプライベートダンジョンに種弾丸をドロップするハジケホウセンカが発生してるかもか……」
「吉田様、プライベートダンジョンにハジケホウセンカがいるとなれば、是非モンスターを捕獲して頂きたいと存じます」
「ピーケさん、僕等は“モンスター捕獲”スキルなんて持ってないですよ?」
「“モンスター捕獲”スキル持ちの元A級隊員にミミックしてもらえればと存じます。 ただしその人物は今はホスピスに滞在しておりますが」
「ちょっ、ホスピスって終末医療の施設ってことだよね? そんな人にミミックしたら僕等も無事に済まないんじゃない? ステータスががた落ちして危険じゃ……、いやダンジョン内なら大丈夫か。 それより、地球より文明が150年も進んでるのにその人はホスピスに入っているってどんな病気なんです?」
「これはご説明が足らず失礼しました。 かの者は病気ではございません。 我々アフィアリアにおけるホスピスとは100歳を超えた者が入るダンジョン内のシミュレーター施設なのです」
「ん? 何で100歳を超えるとホスピスに入るの?」
「人間の生体的な寿命は120~140歳であることが判明しております。 100歳を超えると、いかにダンジョンの中でステータスが10倍に上がっていても活動に制限が出て参ります。 それでフルダイブ型のシミュレーターの中で余生を快適に過ごしてもらうためのホスピスなのです。 もちろんシミュレーターの中では疑似的な思考加速を使うことにより実時間より長い相対時間を生きることが可能です。 ちなみに現在では特殊な場合を除いて病気で人が亡くなることは滅多にございません」
な、なるほど。 生体活動が厳しくなるからホスピスという名のVR空間で安全に長い時を過ごせるようになるってことか。 でもそれって?
「100歳とは限らずもっと早くから入れば人は皆もっと相対的に長い時間を生きられるんじゃないの?」
「はいその通りでございますが、極論、赤ちゃんからそれをやってしまうと人類は退化してしまう可能性がございます。 全員が生まれた時からシミュレーターの中で遊んで過ごすと発育不全になり、種族の退化が進行すると言われているのです。 それに、今のアフィアリアのVRシミュレーターのリソースでは100歳以上の方々の分と、大枚をはたいてログインした者たちの分しか賄いきれないのが現状なのです」
「そうなのか……。 つまりアフィアリアは真のパラダイスまでには到ってないってことなんだ……」
「吉田様の言われる真のパラダイスが何なのかはさておき、アフィアリアは未だに人類の希望を満たすまで発展していないのは事実です。 それどころか、今は滅亡の危機に瀕している状態です」
「……」
「わかりました。 後でミミックして種弾丸用にハジケホウセンカを捕まえます。 でもその前にソイツが第16区画にいるかどうかを確かめないと……」
「お兄ぃ、言っておくけど、エミちゃんはミミックしないからね!」
「何でだ? そんなに超お年寄りにミミックするのが嫌なのか?」
「わかってないな~。 エミちゃんのミミック枠のメモリはもう全部埋まっていて新しい登録ができないの。 残っているのはお兄ぃの分だけ。 つまりあと3人分かな?」
「いや、それは違うだろう。 僕がその人にミミックできれば、エミリが僕に2重ミミックすればいいだけじゃん」
「……そうまでする必要があるの?」
「ああ、捕獲できる魔物の数に制限があるなら2人でやった方が効率的だろ?」
「……ピーケお姉様、本当に捕獲できる数に制限があるの?」
「はい、ございます。 捕獲可能数は捕獲者の相対レベルと捕獲対象の魔物のレベルに依存します」
「ほらエミリ、諦めろ。 このアフィアリアの為なんだ。 多少のことは我慢しろよ」
「でも生理的に受け付けない感じの人だったら、ちょっと勘弁してほしいかも。 エミちゃんは恐怖で動けなくなるかも」
「……ふぅ、仕方が無いな。 サボる目的じゃないなら、許してやるよ」
「お、お兄ぃから久々に優しい言葉が出た。 お兄ぃでも、やればできるんだね」
「一言余計なんだよな、お前は」
その後、プライベートダンジョンの第16区画を確認したが、残念なことにハジケホウセンカは居なかった。 ということで別のダンジョンの魔物を倒す必要が出て来た。
色々と考えたが、この星の危険地帯には未攻略のダンジョンが未だ残ってる。 そこを攻略していけばユニークスキルオーブを入手できる可能性がある。
そう思い僕等は、この放射性物質で汚染された地域に残された上級ダンジョンや中級ダンジョンなどを2週間ほど掛けて次々に攻略していった。
上級ダンジョンを3つ、中級ダンジョンを2つ攻略したところでプライベートダンジョンの第16区画にハジケホウセンカが出現した。 ちなみに入手できたユニークスキルオーブは3つだった。 思ったよりも少ない結果に少しだけ残念な気分だった。
今は第16区画にハジケホウセンカがいる。
ここでレイナさんに2重ミミックすれば全部倒せてしまうが、オーブとかエネルギー石が無駄にドロップするだけでつまらない。
でもプライベートダンジョンの魔物は復活できるのだから一応やっとくかと思い、レイナさんにミミックしたところの、きわどいタイミングで思い止まることができた。
「お兄ぃ、魔物を倒せてないけど、どうしたの?」
「ああ、僕の2重ミミックの“雑魚掃除”は劣化してアクティブスキルになってるんだ。 だから使おうと意識しないと発動しないんだ。 あっ、エミリはミミックするなよ? 僕が思い止まった原因はあれだ」
僕は、第15区画の方に向かって指さした。
「……奥に、というか15区画方面が何なの?」
「そっちを“ダンジョン内探知”で探ってみてみ? ユニークホウセンカがいるのが分かるはずだ」
「た、確かにユニークみたいな他とは違ったのが一体いるね。 それがどうしたの?」
「ユニークモンスターを倒してしまうと二度と復活しないだろ? そしてユニークホウセンカはレベルの高い種弾丸を放って来るんだ」
「ああ、お兄ぃの考えていることが分かった。 ユニークホウセンカも捕獲して無限に高レベルの種弾丸をかっぱらおうって腹なんだね」
「吉田様、ハジケホウセンカの種は復活させなくても無限に放って来るのでしょうか?」
「それは分かりません。 でも打ち尽くしたとしても時間が経てば復活するんじゃないですかね? あくまでも僕の勘ですけど」
「では先ず吉田様には“モンスター捕獲”を使えるようになっていただきます。 とりあえず、一番最初の初級ダンジョンへ移動してから元A級隊員の待つ中級ダンジョンへご案内いたします。 そこでフルダイブ型のシミュレーターにログインください」
「ピーケさん、それってどういうこと?」
「例の元A級隊員にお会いしていただきたいのです。 ホスピスのシミュレーターの中で親交を深めた後でパーティを組めるかどうかを試していただきたいのです」
シミュレーターの中で会ってお友達になり、そこでミミックが有効になるレベルのパーティを組めと言う事か……。 ヴァーチャルなアバターで果たしてそんなことが可能なのだろうか。
疑問に感じながらも僕等は言われるがまま、初級ダンジョンへと移動しそこでカプセル型生命維持装置へ入りフルダイブ型のシミュレーターへログインした。
そしてこのままその元A級隊員の待つ中級ダンジョンへと移動することになった。 もちろん移動の間は例のごとくアフィアリアのエンターテインメント設備などを見学させてもらった。
「いや~、やっと来たね~。 君らのことは聞いているよ~。 私はミーでこっちのはプリです。 じゃ早速、ラジウムキマイラの討伐に出かけようか~」
ちょっとしたアトラクションを終えてシミュレータの中のロビーに戻って来た僕等に嬉々として迫って来たのは、元気の良い可愛い中学生位の女子と男子の2人組だった。 そのうち女の子方が突然話しかけて来たのだ。
僕が思うに多分、この二人の内の一人が“モンスター捕獲”スキル持ちの100才越えの元A級隊員なのだろうが、あまりにも見かけに落差があって少し戸惑った。
「ぴ、ピーケさん。 ラジウムキマイラって何?」
「はい、吉田様。 シミュレーターのアトラクションで上級に分類されるダンジョン探索ゲームに登場するボスモンスターです」
「あれっ? お前ら今回の討伐の件は聞いてなかったのか? え~と、どういうことだ? ミーはSSS級のモンスター討伐プレイヤーと一緒に戦えるって聞いたから来たんだけどな~」
「ピーケさん。 すみません説明をお願いします。 僕等はシミュレーターのゲーム内でパーティを組んで、そのラジウムキマイラってのを倒せばいいんです?」
「はいそうです。 ラジウムキマイラというのはレベル563の実際の魔物をシミュレートしたモンスターです。 今現在のアフィアリア人には討伐不可能とされています。 もちろんシステムアシスト有りなら可能なのですが」
ピーケさんが僕に説明する様子をじっとみていた可愛ゆいカップルは僕等を不審に思ったのかちょっと顔を引き攣らせた。
「ちょっ、ピーケ?ちゃん? これってミー達は騙されたってこと? SSS級プレイヤーを紹介してくれて、組めば人類未踏のモンスターも倒せるかもって聞いたよ? だからわざわざ予定を変更して来たんだけど?」
「ミシディア様、その言葉に偽りは御座いません。 このお二人は異星から来たダンジョン攻略者の方々です。 その実力はハッキリと申し上げて計り知れません」
すると今度は、少年が口を開いた。
「ふえっ、ミーちゃん。 僕の“看破R”で見ると、この人達のレベルは信じられないことに132もあるみたいだよ。 これってあの伝説の英雄たちを凌ぐんじゃない?」
「えっ、本当に? ……それならまあいいや、プリちゃんがそう言うんなら許す」
許されちゃった。 いやいや、それよりも僕等のレベルが見抜かちゃってるし、これってまさかスキルとかステータスもバレたってこと?
僕は困った顔をしてピーケさんを見た。
(ご安心ください。 プリシリアさんの持つ“看破R”は人の状態を見抜くスキルなのです。 対象人物のレベルとHPバー、MPバー、そして状態異常の有無がわかるだけなのです)
いきなりピーケさんの声が頭の中で鳴り響いた。
突然のことで一瞬、これは一体なんだ? と思って目を見開いたが、ピーケさんは構わず先を続けた。
(今はシミュレーター内でのみ使える個人通話で話しております。 彼等とはシミュレーションの攻略パーティを組んでいただき、ラジウムキマイラ討伐に向かっていただければと思います。 彼らにとってのソレは理不尽なぐらいの強敵ですが、今の吉田様にとっては容易い相手かと存じます。 ちなみに個人通話モードは操作ボタンで切り替えることができます)
なるほどそういうことなんだ。
そう思ったが、必要なことは聞いておかねばならない。
(で? どうすればいいんです? この人達は僕等のことをSSS級プレーヤーとか言っちゃってるけど?)
僕は直ぐに個人通話(エミリとピーケさんにだけ聞こえるようにした)でピーケさんに訊ねた。
(彼らに協力を求めるために、ゲーム内のモンスター討伐を提案しておいたのです。 既にシミュレーターの中で生活をしている方々なので、彼らにはコル(アフィアリアの通貨)は無意味なのです)
「ね~、君たち何を黙り込んでるの? まさかこの件は聞かされてなかったってことなの?」
「申し訳ありません。 色々と諸事情がございまして、ただいま状況を説明中です。 ミー様にはしばらくお待ちいただけますか?」
「わかったよ~。 少しだけ待ってあげるね~」
(それで僕等は討伐に向かうってことになるの? シミュレーターのモンスターは、実際にダンジョンに生息していた魔物ってこと? レベルが高いモンスターだけど、あの“看破EX”持ちのA級隊員が看破したデータで登録されたモンスターってこと?)
(すべてYESです)
(そのモンスターのレベルじゃ、“女神降臨”……じゃなくて、“雑魚掃除”で一瞬で倒していいのかな?)
(それは控えていただくようお願いします。 彼らは討伐のゲーム実況をしたいようなので、一瞬でモンスターが消えたりすると、後でクレームをつけられる可能性があります。 また女神の姿を全国に晒すのは得策ではありません)
(えっと、ゲーム実況って?)
(文字通り、戦闘を実況して他のゲームプレーヤー達に配信するのです。 地球でも昔流行していた事実があるはずです)
(えっ? それって恥ずかしい、というか見バレしそうで怖いんだけど……)
(大丈夫です。 吉田様とエミリ様の外見は、映像処理して違う見かけのアバターになっております。 それに不都合な音声や映像はピーを入れたりモザイク処理または完全置き換えで対応させてもらいます)
(そこまで出来るなら、モンスター討伐動画を捏造すればいいだけのことじゃ?)
(もちろん、そういうのは可能ですが、一応ゲーム内でのAIはその様なことを禁じられいますし、今回はそれが目的ではございません。 あくまでもミミックでして“モンスター捕獲”を覚えていただくことが目的です)
その説明で一応納得したので、彼らと討伐ミッションを開始することにした。 一応事前練習として、レベル90程度のアングリーモンキー戦をやってみた。
そこで驚いたのは、ミーちゃん?がモンスターを召喚したことだった。 そのモンスターは何と、ハイゴブリンだったのである。 僕はそのレベルが20程度と驚くほど低かったことに愕然としたのだ。
後で聞いたのだが、アフィアリアの人は自分のレベルはほぼ上がっていなく、ステータスのみがオーブで強化されており、AIロボットの助けを借りずに倒すことができる敵には限界があったということだった。 例えステータスをオール1000まであげて、実際のレベベルとオーブを使いステータスを上げた相対的なレベルが100を超えていても、捕獲できる上限のモンスターのレベルは精々20付近だったってことなのだ。
それからゲーム実況を開始して、ラジウムキマイラ戦に移った。 本当は僕の物理の一撃で苦も無く倒せる相手だったのだが、ミーちゃんたちがあまりにも真剣だったこと、そして実況を盛り上げるためにも、わざと苦戦しているように芝居して倒して見せてあげた。
「やった~!! ついに伝説のモンスターを倒してやったぞ~」
討伐直後、ミーちゃんが感無量といった様子で雄たけびを上げた。
暫く、僕らはミーちゃん達の喜びに付き合った後で、“またやろうね”の約束をさせられてから別れた。
そして暫くした後で僕は気づいてしまった。
「あっ、ミミックしとくのを忘れちゃった」
その言葉を発したことでエミリから冷たい目を送られたのだが、お前だって僕のミスをフォローしなかったのだから同罪じゃないかと反論しておいた。
それにしても、ピーケさんは気づいていたはずだが、何も指摘してくれなかった。 もしかしてこれも教育的指導の一環だったのかもしれないと思うと、少しだけモヤモヤした気分になった。