180. ロックをかけた
翌朝?自然と目が覚めた。 地球に思いを馳せながら今後の活動方針について改めて整理してみた。
アフィアリア人でユニークスキル持ちのA級隊員のレベル上げについては、エミリと僕とが交代でレイナさんにミミックすることでさほど苦労しなくて良いだろう。 ユニークスキル持ちの隊員たちのレベルを上げることができれば、彼らだけで上級ダンジョンのトゥルーコアタッチが可能で、そうすれば今まで不可能だった上級ダンジョンの中にルーム?が作成できて人々が居住できるようになる。 それ自体は良いのだが、ピーケさんが言っていた不足しているスキルオーブについてが気になった。
僕等が保有しているスキルオーブは、昨日?オーブ取得時に得たものだけで、それ以前に地球で獲得したスキルオーブは全てミレイさんに預けてある。 つまりアイテムボックスや身体強化系のスキルオーブをアフィアリアに供給するには数が不足しているのではないかと思われた。
ならば暇な時にはできるだけスキルオーブの獲得作業に集中すべきなのだろう。 いやその前に、このプライベートダンジョン内で獲得できるスキルオーブが地球の場合と同様にアイテムボックスや身体強化系のスキルオーブに偏っているかを確かめる必要がある。
そんなことを考えていると、エミリが眠気眼で起床してきた。
「お兄ぃ起きたの? 朝食は?」
「起きているかは見ればわかるだろ? それに、ここはフルダイブ型のシミュレーターの中なんだから、システムに要求すれば勝手に食べられるんじゃないか?」
「お兄ぃが起きているかは見ただけじゃ分からないよ。 システムに命じておけばお兄ぃに似せたアバターをAIが操作するとかで騙すこともできるし」
「お前な~。 なんでそんなに僕を信用してないんだよ?」
「お兄ぃにはトリックアートでエミちゃんを騙した前科があるし」
「……」
エミリって結構根に持つタイプだったんだな。 でもあれはエミリのためにやったことで悪気は、……少ししか無かったんだ。
「で? 本当に起きてるの?」
「しつこい奴だな、起きているって言ってるじゃないか。 この状況でお前を騙すメリットなんか無いだろ?」
「もぐもぐ。 で? 何をしていたの? もぐもぐもぎゅ」
いつの間にかエミリの前には食卓が置かれて朝食を頬張っていた。 今は兄妹だけとはいえ、なかなかの自由人だ。
「今後の方針を考えてたんだよ。 アフィアリア人のレベル上げに協力するのはいいとして、あと僕等にできるのはアイテムボックスとかのオーブを供給することなんじゃないかなって」
「もぎゅもぎゅ。 これ美味しぃ~。 ……お兄ぃ魔物捕獲の方も忘れちゃだめだよ」
「ああそうだったな。 それでな、お前にちょっとだけ手伝ってほしいことがあるんだ」
「ぷっは~。 この牛乳みたいなのはぶっ飛びテイストだね~。 悪いけどお手伝いは食事後でお願い」
「いやいやいや、お前ちょっと食べすぎなんじゃないか? そんなんじゃ太るぞ?」
「シミュレーターの中の食事はいくら食べても適量のカロリーに調節されていて太らないでしょ? もぐもぐ、そんなのはピーケさんから説明を受けたよね? もぐもぐ」
「いや僕が言いたいのはな、そんなに毎回満足するまで食べきる習慣をつけちゃうと地球に帰ってからが大変だってことだよ。 大丈夫かお前」
「もぐもぐ、ごっくん。 ……わかったこれぐらいで止めとく」
「これぐらいって、食べきってから言うなよ。 てか食べるの早すぎ……」
「ふっふっふ。 お兄ぃは未だ試してないんだね」
「何をだよ」
「疑似的な思考加速。 つまりこのシミュレーター内で過ごす時間経過を0.2倍から5倍まで自由に変えられるオプションのことなんだよ~」
「えっ? そんなのがあるんだ。 でもそんなの生身の人間に耐えられるものなのか?」
「もちろん通常空間では無理みたい。 ダンジョンの中でDEXやAGIなんかが上がっている状態だとできるんだって。 これはダンジョン技術の応用だとか言ってたな~」
「……でも、僕が見ていた限りお前の動作はいつもと変わって無いように見えたんだけど」
「ああ、それは。 エミちゃんに化けたダミーAIアバターが演じていたからだよ。 本体はこっちに居ました~」
びっくりした。 エミリが一瞬点滅したと思ったら、またそこに現れたのである。 つまり僕はエミリの幻影をみせられていたってことだ。
「お、お前。 よくも騙したてくれたな?」
「ふっふっふ。 これでトリックアートの件はチャラにしてあげるね~」
「……」
チャラにされてしまった。 というかこの程度で良かったのかエミリ?
もしかしたら、エミリは僕に思考加速とシミュレーター内のダミーAIアバターを教えてくれようとしたのかもしれない。 そう考えるとエミリは中々人が良い奴である。 ……まあ、知ってたけど。
「お兄ぃ、それで手伝ってほしい事って何?」
「オーブ拾いとスキルオーブの鑑定さ」
「オーブ拾い? 鑑定?」
「ああ、アイテムボックスとかのスキルオーブを確保するために、プライベートダンジョンで魔物狩りを行いたいんだ。 僕がミミックで倒すからオーブやスキルオーブを拾ってほしい。 そして拾ったスキルオーブを鑑定してほしいんだ」
「スキルオーブ集めならお兄ぃだけでできるでしょ?」
「いや、これは僕とお前との2人でやることに意義があるんだ」
「どして?」
「それはだな、……え~と、……平等、そう、男女平等、兄妹平等、働き方の平等。 それから、……そうだな。 アフィアリア人に何でもかんでも一人でできると思われたら、僕等は一緒に行動できなくされてしまうかもしれない。 そうなると、僕はプライベートダンジョンでオーブ集めに専念、エミリはプライベートダンジョンなしで上級ダンジョン攻略とか暇なしでコキつかわれるかも」
「う~ん、つまりお兄ぃはゲームで遊びたいんだね」
「今の会話のどこからゲームの話が出てくるんだよ?」
「コキ使われたくないってのはサボりたいってことだよね? そのサボった時間で何をするかといえばフルダイブ型のゲームでしょ?」
「うぐっ、それはそうだけど。 もっと言い方を選んでくれよ」
「まあでも、わかった。 お兄ぃに協力してあげる。 じゃあ一旦シミュレーターからログアウトするね。 ……あれっ? お兄ぃ何かした? ログアウトできないんだけど……」
「ん? ログアウトできない? そんなはずは……」
これには僕も焦った。 シミュレーターからログアウトしようとしたが本当に出来なくなってしまっていたのである。
これってあの有名な古典アニメのようにデスゲームをやらされる羽目になのか? だとするとゲーム運営側から何等かのアナウンスがあってしかるべきなのだが……。
……運営側? そういえばこのシミュレーターの運営って誰がやってるんだ? これはピーケさんに確認しておく必要がありそうだ。 そう思い、僕はその場で叫んでみた。
「ピーケさ~ん。 聞こえますか~? 応答してくださ~い。 聞きたいことがあるんですけど~」
するとピーケさんが僕等の目の前にポップした。
さて、何を聞かされるんだろう。
「吉田様、どうかされましたか?」
「シミュレーターからログアウト出来なくなっちゃったんですけど何故なんでしょう」
「ああ、それはロックをかけたからです」
「何故ロックを? ……まさかログアウトするためにはデスゲームのクリアが必要とかですか?」
「デスゲームのクリア? ……いえ、そうではなくて。 今は攻略対象の上級ダンジョンへ向けて移動中で、プライベートダンジョンを作った硝子板を運んでいる最中なのです。 もし間違えてプライベートダンジョンから出て、さらにアフィアリアへ出てしまうと命の危険があるので安全のためシミュレーターの段階でロックしておいたのです」
なんだ、焦って損したな。 でも命の危険があるって大げさなんじゃ? 確かにバイオハザートは怖いけど、すぐに危険な状態になるとは到底思えない。
「そうだったんですね。 安心しました。 でもそんなに危険なのですか?」
「ええ、今向かっているダンジョンは危険地域にあるのです。 それゆえエネルギー石採取としてコスト的に見合わないということで手をつけてないため、わたくし達も攻略していないのです」
「えっと、危険地帯って?」
「強い放射能に汚染された地域です。 負の遺産である核廃棄場のある島なのです。 その島には未攻略の上級ダンジョンが5箇所存在しています」
「なるほど、……僕等はそんな場所に向かってるのか。 でも他に良い上級ダンジョンってなかったんですか?」
「完全放置されているダンジョンはそこにある5箇所と、深さ1万メートル以上の深海にある13箇所だけなのです」
「……わかりました、レベル上げに必要な魔物がそこにしかいないと言う事なんですね。 でもレベル上げ対象のA級隊員?達もそこへ行くんですよね?」
「危険なので直接は向かいません。 一旦その地域に入ると、我々AIロボットでも汚染されてしまうので、戻ってくるのは禁じられている程なのです。 生身の人間を直接運ぶことはできません」
「いやいやいや、僕たちを運んでいるじゃないですか」
「吉田様は、プライベートダンジョンの中にいらっしゃいます。 つまりダンジョンの壁で保護されているのです」
「なるほど、でもA級隊員がいなければ上級ダンジョンへ向かっても何の意味もないんじゃ?」
「それは吉田様のプライベートダンジョンを活用させていただければと思っております。 これから吉田様には島のダンジョンでトゥルーコアタッチを行ってもらい、それからトゥルーコアタッチ済みの初級ダンジョンへ一旦戻っていただきます。 待機してもらっているA級隊員たちをそこで拾ってからプライベートダンジョン経由でこの島へ来ていただくのです」
「プライベートダンジョン経由って言っても、出るのはダンジョンの入口付近ですよ? 放射線で危なくないですか?」
「それは大丈夫です。 解析の結果、プライベートダンジョンから出た先のダンジョンの入口付近は、ダンジョンゲートの影響を受けている範囲内でした。 ゲートの影響を受けているということで放射線は一切遮断されております」
「……」
「……ん? そもそも僕等もA級隊員たちも、一緒にプライベートダンジョンで運べばよかったんでは?」
「それは、……。 コッホン。 まず吉田様のスキルの効果がいかほどかを事前に確認する必要があります。 吉田様たちの“雑魚掃除”スキルが私共の期待する通りならば、彼らは魔物を倒していることさえ気づかないかもしれません。 その前提で、A級隊員たちを怖がらせないために必要だったのです。 彼ら彼女らには、あくまでも安全地帯にある初級ダンジョンの攻略ということでそこへ招集をかけています。 危険地帯にある上級ダンジョンの攻略となれば拒否する者がいるかもしれません。 今の時代はダンジョンの攻略についても、150年前とは比較にならないぐらい安全が重視されているのです」
「……つまり、騙して連れて来るってことなんですね。 ……ややこしい事に巻き込まれるのはイヤなんですけど……」
「その点については、全てアフィアリア評議会が責任を持つことになっております。 吉田様は善意の第三者ということになりますね」
「う~ん、後々トラブルになりませんか?」
「そうならないよう、こちらで対処します。 彼ら彼女等も、上級ダンジョンのトゥルーコアタッチが可能になれば自ずとモチベーションが上がるでしょう。 A級隊員にとって危険なのはあくまでもレベル上げなのです。 レベルさえ上がってしまえば、強力なAIロボット攻略部隊が先行して魔物を排除するので安全にコアまで到達しトゥルーコアタッチが可能になります 。 それでも攻略を拒否するならばそれなりに不利益を被ることになるので選択肢は無いはずです」
「騙して連れて来た上級ダンジョンで、AIロボット攻略部隊の助け無しでレベル上げを行う。 その後はレベル上げの必要がなくなるからAIロボット攻略部隊を利用するってことなんですね」
「その理解で凡そ正しいです」
ははは、アフィアリアの上層部も、なりふり構わずな手段に出たもんだ。 それ程までにトゥルーコアタッチによる上級ダンジョンの真の攻略が必要とされてるってことだ。 真の攻略ができないとルーム?が作れなくて移住ができないからな。
その後3時間程僕等はシミュレーターの中のファンタジーゲームの世界を体験した。 ファンタジーゲームの醍醐味は、何と言っても現実では不可能な体験ができることだ。 トンボのような生物になってレースしたり、攻略対象の人型生命体に噛みつくとかは実に迫力があって面白かった。
「吉田様、上級ダンジョンに到着いたしました。 ロックを解除しておきましたので、都合が付き次第ログアウトしてプライベートダンジョンから出ていただくようお願いいたします」
ピーケさんが再び僕等の目の前にポップして口頭で報告してきた。 それを受けて僕等はキリの良い所までゲームを進めてからログアウトした。
ログアウトしてプライベートダンジョンから出るとそこにはピーケさんが5人、そして初めて見る背が高く細マッチョといった感じの同じ顔のイケメン男性が5人居た。 ロボットなのだから不思議でも何ともないが、同じ顔つきの美男美女が5名ずつとか迫力がある。
そして何やら戦車とかそういう兵器みたいなのがすごい数集結していた。
そんな部隊をどうやってここまで連れて来たのかは察しがついた。 つまり僕のプライベートダンジョンを利用したのだろう。
しばらくの間、兵器や彼らと彼女らに圧倒されていると、一人のピーケさんが口を開いた。
「では、先ず吉田様にはこのダンジョンでトゥルーコアタッチを行っていただきます。 今回は最高レベルのAIロボット戦力で護衛いたします。 ここは第一階層ですが、イレギュラースポーンで汚染されていたので、とりあえず掃除しておきました。 第二階層からはレベル上げツアーの練習も兼ねて吉田様にて魔物を討伐していってください」
「はい、やってみます。 ちょっと質問なんですが、ピーケさんと同レベルのロボットって強いんですか? 戦闘特化型のロボットが参加するんですか?」
「見ての通り、私と同型のロボットは10体参加します。 そして戦闘特化型のロボット戦隊は、上級ダンジョン攻略部隊の5倍の戦力を投入しております」
「そこまでやる必要があるの?」
「それだけ期待度が高いと申しておきます」
僕とエミリはダンジョンの攻略を開始した。 といってもやっているのはレイナさんにミミックすることだけだ。 ダンジョン内探知の端の方にだけ魔物の反応があり、その方向へ進むとそれだけでその反応は消滅してしまっていた。
ドロップしたオーブやスキルオーブはピーケさん達が回収してくれた。
慣れて来たので攻略スピードは次第に上がって行き、1日程度でコアルームへと到達した。
もちろんこのダンジョンのボスモンスターも姿形を確認する間もなくエネルギー石とオーブへと変化してしまっていた。
僕とエミリはトゥルーコアタッチを済ませてからプライベートダンジョン経由で、アフィアリアの初級ダンジョンへと戻って来た。
そこで僕等は今回のレベル上げ対象者6名に引き合わされることになった。