179. 勿体ない
第1区画へ戻ると、すぐに僕は考えていることを口に出した。
「エミリ、このプライベートダンジョンで、もう1つユニークスキルオーブをゲットできるかもな」
「お兄ぃ、それって?」
「ああ、たぶん“ダンジョン内探知”のユニークスキルオーブが第6区画にスポーンしてるはずのユニークからドロップするんじゃないかと思うんだ」
「じゃ今度こそ、エミちゃんは甘くてピリっとしたユニークスキルオーブを食べれるんだね」
「……」
エミリの食べ物優先主義には困ったものだが、ユニークスキルオーブを食べられるようになるのは確実だと思う。
だが良い機会だからちょっとばかり揶揄ってやるのも一興かと考えた。
「こういう美味しいのを食べると、フルダイブシミュレーターの中の食事量制限バーがごっそり減ったりするんだろ~な。 だとすると次のご飯は抜きかもな」
「えっ? まさかそんな」
「だって、シミュレータの食事量制限バーって過度な快楽を防止して依存症にならないようにするためのものだろ? それは現実世界でも言えるから制御されてるんじゃないかと思うんだ。 けどこんな機会はそうそうないから刹那的な快楽に身を委ねるのも手かもな」
「……」
「ほら、どうする? 食べるのか食べないのか? 選択肢は2つだぞ?」
当然食べる方を選ぶべきなのだがエミリは少しの間考え込んだ。 妹の頭脳は90%ぐらい食欲でできているので僕にはエミリが何を考えているのか分かるはずもない。
「エミリ様。 ご提案がございます。 取りあえずこれを装備していただけますか?」
そんな時ピーケさんが葛藤中のエミリへ重そうな兜のようなヘルメットを差し出した。
「ピーケお姉様、エミちゃんはこれで何をすることになるの?」
「その装置は個人用の味覚読み取り装置です。 現実世界で食した味のデータをシミュレーターの中で再現できるようにするために開発されました。 アフィアリアではまだユニークスキルオーブの味は登録されておりません。 この貴重な機会を生かして是非登録してほしいと存じます。 協力してもらえれば、食事量制限バーの増減とは別腹で一日あたり一個のユニークスキルオーブの味を楽しめるようになります」
ええっ? そんなバカな!
さっき僕が食べた時にはそんなこと教えてくれなかったのに……。
「も、もちろん協力する~。 エミちゃんうれしい~」
「ぴ、ピーケさん、ずるいです。 さっき僕が食べた時にはそんなこと教えてくれなかったじゃないか。 差別だ。 これは兄妹差別なんじゃないか?」
「……吉田様。 アフィアリアの常識ではユニークスキルオーブは食するに値しないとされていました。 また今ではユニークスキル自体の出現数が非常に希少であるため、あえてその常識を覆すことができていません。 私は先程吉田様が食したことで、ユニークスキルオーブが美味しく食べられることを初めて知ったのです」
「な、なら僕も貢献者の一人と考えていいよね? 僕も別腹枠を貰えるよね」
「……まあいいでしょう。 でもその代わりと言っては何ですが、味覚の微調整にご協力ください。 味覚細胞の興奮状態は人それぞれ感度が異なるので好き嫌いが発生します。 吉田様が感じた美味しさを思い出して、エミリ様から取得したデータを評価ください」
それから僕等は第6区画の噛みつき大岩を倒し、その兜みたいな装置を身に着けて、ユニークスキルオーブの味覚データのアップロードに協力した。 そしてエミリは無事に“ダンジョン内探知”のスキルを習得した。
「あ、あれっ? スキルの、あ、いや、僕のステータスの上限が上がってる?」
僕はつい奇声を上げてしまった。 僕が奇声を発したのは、エミリが“ダンジョン内探知”を取得してからおやつ休憩をとっている時だった。 別腹枠を手に入れたのでおやつも気兼ねなく食べられる。
「ん? お兄ぃ、何言っているの? だるいからうざいこと言わないで」
「オーブを食べたらステータスが上がったんだ。 ユニークスキルを6つにしたからなのかな?」
「あっ! そういえばエミちゃんもユニークスキルを2つ使えるようになったから上限を上げることができるね~。 というかお兄ぃ、それ本当なの? 単にオーブを沢山食べたいだけってことは?」
「し、失礼な。 僕だって一個200万円もするオーブを無駄に食べたいなんて要求しないよ?」
「でもお兄ぃは当然にようにさっき食べていたよね。 一体全体どの口がそんなことを言うの?」
「……でも、限界が上がったことは事実だし……」
「吉田様。 上限が上がるとはどういうことなのですか?」
しまった、ピーケさんがいるのを忘れてしまっていた。
というか気配を殺すのが旨いなピーケさん。
まあでもこうなったら隠しておくことは困難だし、後々面倒になると嫌だ。 この件は素直に白状してしまおう。
「それはですね。 こういうことです……」
仕方ないので僕はピーケさんに取りあえずステータスの上限解放の仕組みについて説明した。
「なるほど、プライベートダンジョンにはそんな機能があったのですね。 そのスキルはまさにチートと言って良いでしょう。 アフィアリアではそんなスキルは知られておりませんでした」
「えっ? アフィアリアでは“ダンジョン生成”が知られていなかった?」
「ええ知られておりませんでした。 ただし記録によれば、過去に“ダンジョン生成”をいう言葉を頻繁に使うようになった中年男性の攻略者がいたようですが、その人物はそれから間もなく初級ダンジョン攻略中に命を落としてしまったようです」
「……」
「これってまさか、プライベートダンジョンの生成条件を解き明かすことなく亡くなったってこと? ということはプライベートダンジョン内でしか獲得できない“ミミック”のスキルも知られてない?」
「ええ、その可能性が高いですね。 確かにミミックというスキルも知られておりませんでした」
なんということだ。 確かに僕がダンジョン生成の条件を見出したのは偶然だったかもしれない。 そもそもスキルの発現はほとんどの場合ダンジョン内だけに限られるのが普通だ。 ダンジョン内に大きなセラミックスを持ち込まない限りダンジョン内でプライベートダンジョンは作れないのだ。
こんなに便利なチート級のスキルなのに勿体ないことだ。
「コッホン、何故今ステータスの上限が解放されたのか不思議なんですけど、僕等はとりあえず次のステータス上限までオーブを使ってみたいと思います」
「吉田様、承知いたしました。 それではこちらでオーブをご用意させていただきます」
「いえ、それには及びません。 僕等にはミミックとそれに付随して雑魚掃除スキルもあるので、プライベートダンジョンの第16区画を周回してオーブを集めたいと思います。 それに、その、……スキルオーブも雑魚掃除の練習がてら纏まった数を確保しておきたいので」
「そういうことで頑張ってね、お兄ぃ」
「お前も手伝うんだよ! そもそもステータスの上限が上がらなきゃ、こんな苦労はしないで済んだんだ」
納得がいかないエミリを連れ回して、第16区画を周回した。 その結果僕のステータスは32000に到達、 そしてエミリのステータスは8000にまで到達したのだった。
地球において上限解放は僕が4回、エミリが2回だった。 それに加えてこのアフィアリアでは僕とエミリが1回ずつ解放できたことになる。
アフィアリアに来てからダンジョン関係の制限がリセットされている感がある。 となると僕等のステータス上限が1回解放されたのは、こちらでユニークスキルを1つ取得し、プライベートダンジョンで魔物を倒したことによるのかもしれない。
こう考えると、エミリは地球に帰ってからユニークスキルをもう一つ使えばもう一回上限を解放できる可能性もある。
僕がミミックを獲得してレイナさんの雑魚掃除を有効に使えるようになった。 おまけに僕等のステータスまで上げることができた。
これでこのアフィアリアで活躍するための準備は整ったといえるだろう。
「それで、僕等はこれから何をすれば?」
「それは吉田様が決定してください」
「今僕等にできることは、このアフィアリアの人のレベルを上げて上級ダンジョンを攻略できるようにすることぐらいかな~。 後はやりたくないけど、この世界で不足しているスキルオーブを供給するとか……」
「承知しました。 ユニークスキル持ちの冒険者を集めるよう要請を出します。 あとスキルオーブについてですが、このアフィアリアでは身体強化系統とアイテムボックスのスキルオーブが不足していますことをお伝えしておきます」
「ちょっ、まだやるって言ってないのに……」
「では要請を取り消しますか?」
「い、いえ。 そういう意味じゃ……、それでいいから進めてください」
「……少々お待ちください。 今評議会へ申請を行いました。 申請が受理された場合、数日ほどで選別されたユニークスキル持ちのA級隊員を集められる見込みです。 またレベル上げのためには高レベルの魔物がスポーンしている上級ダンジョンを見繕う必要があります。 ほとんどの上級ダンジョンはエネルギー石採取目的でロボット部隊の手で殲滅されてしまっていますので」
「今すぐに行ける上級ダンジョンとかは無いんですか? ちょっと事前に練習しておきたいんですけど」
「ええ~~、お兄ぃ、エミちゃんはお腹が空いたかも」
確かに少しお腹が空いた。
オーブをおやつに食べただけでは腹は膨れない。
ん? そういえば今って何時なんだろう。
アフィアリアに来てからは何時が朝なのか、昼なのかがわからなくなってしまっている。
僕はしまい込んでいたAI携帯端末を取り出した」
「AIミフィ君、地球では今何時ごろ?」
「AIミフィがお答えします。 私の持つクロックでは午前4時22分です」
うえっ、僕たちって完全に不規則な生活パターンになっちゃっている?
愕然としていると、ピーケさんが割り込んできた。
「吉田様。 地球時間には意味がございません。 生活リズムをアフィアリア時間に合わせる必要もございません。 なぜなら吉田様はダンジョンの外へ出られないからです。 それに吉田様のAI携帯端末は地球との交信が途絶えており、アイテムボックスの中に保管されていたため時刻はは完全に狂ってしまっていると存じます」
あっ! そうだった。 長期ダンジョンに潜る場合には時間は意味なかった。 それでも健康のために生活リズムを狂わせないようにしようと時計を頼りにはしていたが、それはエムレザー製の装備の内側に仕込んだマイクロ時計を使っていたんだった。
「じゃあ食事のタイミングはどうしたら?」
「吉田様とエミリ様の活動状況を考えると、そろそろ食事を取るのが適切な頃合いかと思います」
「やった~」
エミリの笑顔がはじけた。
その後僕らはフルダイブ型のシミュレーターにログインし、例の豪華で美味しい食事を限界まで楽しんだ。
食事の後、可動式のプライベートダンジョンに設置されたフルダイブ型シミュレーターを利用し、しばらくアフィアリアの名所巡りやアフィアリアで人気とされている体験型の立体動画を鑑賞した。 音や臭いなどは本物で、どの方向や角度からも鑑賞することができた。 ただし俳優など動くものには触ることができない仕組みで、触ろうとしてもまるで自分が幽霊になったように空振りしてしまうのであった。 それでも臨場感は半端なかったので大変満足できる体験だった。
そんなこんなで僕らはシミュレーターの中で過ごしてからそのまま就寝した。