177. そう、ダンジョンだ
今のところプライベートダンジョン経由で、地球に帰還する手だてはなくなった。 だがそれは、あくまでも”今のところ”と考えて良いはずだ。 何故なら薄赤のゲートの上でカウントダウンが進行しているから。 もちろん確実というわけではないが、このカウントダウンがゼロになれば地球に戻るゲートが使えようになると期待できる。
でも問題はその時間がどれくらい必要なのかということだ。
「ピーケさん、ここのカウントダウンがゼロになるまでの時間ってわかります?」
「カウントダウンでございますか。 いまの進行度合いから見積もると約103日21時間26分30秒程です」
一瞬にして秒の桁まで回答を出して寄越すのは実にAIらしい。 シンギュラリティAIなのだから約100日とか人間的な回答が来るものと思っていた。
それにしても大災害までの時間と同等ぐらいいじゃないかこれ?
「例の隕石が第二衛星へディープインパクトするのと、このカウントダウンがゼロになるのはどちらが早いですか?」
「計算ではディープインパクトまでの時間の方が約30秒ほど早い見込みです」
30秒後か。 つまりピーケさんはそれを分かった上で秒単位までカウントダウン終了までの時間を教えてくれたってことなんだな。
それにしても30秒後っていうのは微妙な時間だ。 もし僕等がいる場所に直撃すればカウントダウン終了は災害後ってことになるが、遠く離れた場所にディープインパクトした場合にはもしかしたら災害に巻き込まれるまで1日程度の余裕があるのかもしれない。 ディープインパクトが起こり壊滅は始まる場所を特定すれば、災害に巻き込まれる前にワンチャン逃げられるんじゃないかな。
「ディープインパクトの影響ってアフィアリアのどの辺から始まりそうですか?」
「先程申しました30秒というのは確率の中央値であって、もう少し正確に言えば30秒±35時間30秒程です。 吉田様は、ディープインパクトによる災害に巻き込まれる前にここのゲートがアクティブになることを期待されているかと思われますが、その確率はぼぼ50%程です」
このお姉さんAIは、綺麗な顔をしている癖に、 僕の考えを先回りして希望の芽を摘み取りやがった。
だるい。 本当にだるい奴だ。
こういう僕等の心境ってわからないのだろうか。
「くっ、駄目か」
「吉田様、ご安心ください。 ダンジョンの中にいる限り我々の安全は保証されております」
「どうしてそんなことが分かるんです? ディープインパクトの破壊エネルギーは膨大じゃないですか」
「それはダンジョンの壁を使った実験により明らかになっているのです。 ダンジョンの壁は今の我々の科学技術をもってしても傷つけることすらできません。 それはダンジョン壁が恒星の中でも耐えるに匹敵する強度であることを証明しているのです。 恒星の中の環境はディープインパクトで生じるエネルギーとは桁違いに過酷です」
そう言われても、めっちゃ不安は残っているが、この辺でこの話は切り上げるべきだろう。 僕とピーケさんの会話を聞いたエミリは不安のせいか泣きそうになってしまっている。 ダンジョンの中の戦闘で何度となく命のやり取りを続けて来た僕らではあるが、自分たちの力ではどうにもならない理不尽さに、強い憤りを感じて僕はついイラついた。
ん? そういえばこれって本当に自分たちの力でどうにもならない話なのか?
……ダンジョン。 そう、ダンジョンだ。
今までは殆ど意識して来なかったが、考えて見れば人類にとってダンジョンの存在はいかにも都合良く出来過ぎていると思う。 僕にはそんなのが自然に発生したものとは到底考え難い。
そんな考えは忌まわしきダンジョン教の教えと似通っているけれど、そう考えればダンジョンの中にこそ活路を見いだせるのは当然といえよう。
更に考えれば、僕とエミリがダンジョンの中でここへ飛ばされたことにも意味があるのかもしれない。 つまり僕等にも何かできることがあるかもしれない。
今できること、……それは複数あるかもしれない。
「お兄ぃ。 エミちゃんは怖くなってきちゃった……、もしかして死んじゃうかも?」
エミリは震えて涙目になってしまっている。
「そ、そうか? 僕はちっとも怖くないな。 何故なら僕等は安全だからさ」
「どうしてそう言い切れるの? ダンジョンだって耐えられなくて崩壊してしまうかもしれないじゃない」
「お前、ピーケさんの話を聞いてなかったのか? それに例えダンジョンがダメージを受けて、その形状を保てなくなったとしても、僕にはプライベートダンジョンがあるんだ」
「プライベートダンジョンだって、同じくダンジョンでしょ?」
「ああ、同じダンジョンのはずだな。 けれどプライベートダンジョンはダンジョンの中にも作れるんだ。 そうなるとプライベートダンジョンはダンジョンの壁で2重にプロテクトされていることになるんだよ。 2つの防壁を短時間で破壊できるなんて到底思えないね」
ここは自信満々で主張をしておくことにする。 いくら信用のない兄貴であっても、こうすれば少しは安心してもらえるはずだ。
「……でも、孤立したダンジョンでお兄ぃと2人きりで取り残されて、一生暮らすなんてこと……」
「お前な~、プライベートダンジョンの中にアフィアリアの人達を招き入れてもいいし、ほらピーケさん達だっているじゃないか。 それに時間が経過してカウントダウンが終われば、地球に戻れるんだぞ」
「……そうだね。 わかったエミちゃん頑張る」
現金な奴だ。 もう笑顔に戻ってやがる。 さすがにそれほど単純な性格ではないと思うが、少なくとも前向きな行動をとろうと思ったに違いない。
「コッホン。 では気を取り直して、これから僕たちにできることを進めたいんだけどいいかな?」
「お兄ぃ、任せた」
「……」
「じゃあここの第17区画で狩りをしようか。 もしアフィアリアへ来る前と同ままでハジケホウセンカがいるなら、このアフィアリアには好都合かもしれない。」
「吉田様、このダンジョンにはハジケホウセンカが生息しているのですか?」
「必ずって訳じゃないけど、その可能性があります」
「そうですか。 となれば種弾丸の材料をある程度の個数確保できるということですね? その数次第ですが、種弾丸を弾頭にした対魔成形炸薬弾を用いれば攻略者のレベルを100にまで引き上げることが可能になります」
「うへっ、もしかして僕等に種弾丸の供給元になってほしいとかですか?」
「そうできるならお願いしたいところです」
やべ~、アフィアリアに貢献できるのは嬉しいが、ひたすら種取りとかオーブ獲得のために働かされるのは嫌だ。 こういうのはでっち上げてでも理由を付けてどうにか他人に任せてしまいたいのだが……。
「そういえば何故レベル100に拘るんでしたっけ?」
「はい、前に申し上げた通り、上級ダンジョンを攻略するためです。 上級ダンジョンを攻略すればそこへルームを作り移住できるようになるため、大規模なダンジョン都市を増やすことができるのです。 現状では攻略済上級ダンジョンは少ないので、希望するところへの移住はかなり高倍率となってしまっています。 そして希望が叶わない見込みの人民達による抗議活動が社会的な問題になっています」
レベル100か。 確かにそこまでレベルを引き上げるのは大変だ。 かなり高レベルの魔物を倒す必要があるのだが、さすがに僕とエミリだけだと厳しいものがある。 こんな時ウインドバリアが使えるレイナさんがいてくれれば、簡単だったのだが……。
そのとたん何がが頭の中で弾けた。
「そういえばエミリ、レイナさんにミミックできるかな? あっ、ピーケさん。 ミミックっていうスキルはエミリの、僕の妹のユニークスキルで他人のスキルを一時使用できるってやつです」
「お兄ぃ、もちろんできると思うけど。 今やれってこと?」
「吉田様。 そのようなスキルが有るのなら、数少ないアフィアリア人のレアなエキストラスキル持ちであるファナイパンさんに使っていただけないでしょうか。 ファナイパンさんはモンスター捕獲というスキル持ちなのですが、そのスキルをエミリ様が使えるならハジケホウセンカの捕獲が可能になるかもしれません」
エミリとピーケさんが同時に口を開いた。 先にどちらに答えたらいいか迷ったのは一瞬だけだった。
「え、エミリ。 今じゃなくていいかもだけど、ミミックできるかどうかだけは確かめといてほしいんだ」
「お兄ぃ、何か企んでいるの?」
僕はエミリの質問を後回しにしてピーケさんの方へ振り返った。
「ピーケさんは、モンスター捕獲スキルを利用して、ルーム?でハジケホウセンカの養殖を行いたいってことです?」
「その通りです。 ハジケホウセンカを捕獲できれば吉田様の手を煩わすことなく種弾丸を獲得できるようになるからです」
これは種弾丸を自給自足したいという悪くない案だ。 僕にとって問題があるとすれば、ダンジョン毎に養殖用のハジケホウセンカを運ぶ必要があるということだろう。
ただし話ではエミリが捕獲現場へ出向かないとどうしようもないかもしれない。 いや、ミミックの効果時間内に移し替えの必要があるのなら、僕も同行しないとならないだろう。
「ええと、その。 ピーケさん。 モンスター捕獲というスキルで捕獲した魔物はいつでも呼び出せるんでしょうか?」
「捕獲した魔物は1日以内にルーム内やダンジョン内へ解放しないかぎり消滅してしまうようです」
そうなると先ず第16区画へ行ってハジケホウセンカがいるかどうかを確かめておく必要がある。 それにさっき思いついたんだが、レイナさんの持つ雑魚駆除、……いや雑魚掃除だったかな?
エミリがレイナさんにミミックすることで、ウインドバリアで安全を確保して雑魚を一瞬で倒すスキルも使えるなら、世界の人達のレベル上げはエミリに任せっきりにできる。
「わかりました。 それでは第16区画に何がいるかを確かめてみたいかな」
「第16区画とは?」
「このプライベートダンジョンの第16階層相当の場所です。 地球のストレート型ダンジョンでは階層の代わりに区画という言い方をするんです」
「はい、つまりこのプライベートダンジョンはストレート型ダンジョンなんですね?」
「ええそうです」
僕等はそのまま、第16区画へと繋がるゲートを潜った。 そして驚いた。
「あれっ? 魔物がいない?」
見渡す限り奥の方まで空っぽな空間が広がっていた。 それに僕のダンジョン内探知でも魔物の感知できなかった。
「お兄ぃ、これは?」
「わからない。 ……でもこれってもしかして」
僕はアイテムボックスから潜水服を取り出した。 僕等は万一に備えてあらゆる装備を持って来ている。
「お兄ぃ、何で潜水服を取り出したの?」
「着るからに決まっているじゃないか、お前はバカか?」
「何でここで着る必要があるのかを聞いているの~」
「何でって、外へ出るためだよ」
「何で外へ出なきゃなの?」
「何で何でってしつこい奴だな、小学生かお前は!」
「……」
よし、勝った。 エミリなんぞには未だ負けらない。
なんかエミリの顔が強張った気がした。
「分かった、取りあえず外へ出るならエミちゃんも潜水服に着替えた方がいいってこと?」
「もちろんだ。 絶対に着た方がいいぞ。 バイオハザードで苦しい思いをしたくないならな」
「吉田様。 どういうことですか?」
「ピーケさんには説明しておくべきでしたね。 えーと、今までの話で推測されているとは思いますが、このプライベートダンジョンからは攻略済みのダンジョンの入口へ繋がるゲートができています。 そこを経由すれば、この初級ダンジョンから一瞬で脱出できるんです」
「なるほど、先程のゲート跡らしきところは、地球の攻略済ダンジョンに繋がっているはずだったのですね。 この初級ダンジョンに対応するゲートを使えば入口へ出るということになるので、予めバイオハザードを防止するために潜水服を着用するのですね」
「さすがはピーケさんだね。 今回のトゥルーコアタッチで試しておきたかった目的がそれなんですよ」
「吉田様、潜水服よりも生命維持装置の中へ入る方が簡単で安全かと存じます」
「……」
くっ、言われてみればそうだ。 潜水服は着るのも動くのもめんどい。 ピーケさんの提案に一瞬だけ抵抗を試みる誘惑にかられたが、それはなんとか抑えることが出来た。
「そ、そうですね。 フルダイブ型のシミュレーターに入るのは楽しいですしね」
「所詮お兄ぃの考えはその程度だね」
エミリがめずらしく怒った表情をしていた。
「……」
僕はピーケさん案を採用してピーケさんに頼むと、中継器経由で命令を受けたロボットたちがカプセル型の生命維持装置を持って入って来た。 僕とエミリは再びその生命維持装置に入り、フルダイブ型のシミュレーターへとログインした。
僕とエミリは前回と同様に、質素だが上品な一室にポップした。 前回と違い奇妙なことにピーケさんは直ぐに現れなかった。 だが、それ程待たずにピーケさんがポップした。
「ピーケさんにしてはログインに時間がかかりましたね。 それでは観光の続きをお願いします」
「吉田様、私は確かにピーケと同じAIですが、先程突然通信が途絶えてしまいピーケの物理個体は行方不明となってしまっています。 記録によりますと、吉田様のカプセルを運びだした時点で何かのトラブルが生じました。 エミリ様のカプセルも何故か放り出されてしまっていました」
えっ? どういうこと?
行方不明? 放り出された?
僕を運びだした時点ってまさか……。
「もしかしてプライベートダンジョンから僕のカプセルを最初に出しましたか?」
「はいそうですが、それが何か?」
あああ、説明不足だった。
僕を一番最後にしないと、他のメンバーはプライベートダンジョンから叩きだされてしまう。 でも何故ピーケさんは叩きだされなかったんだろう。
あれっ? そういえば。
「確認ですけど、ピーケさんは出てこなかったんですよね?」
「ええ、そうでございます」
そうか、ピーケさんはあくまでもAIであって人間じゃない。 プライベートダンジョンから叩き出される対象は人間だけで、機械とかロボットはそのまま時間停止の状態でプライベートダンジョン空間内に取り残されているんだ。
これは良くない。 明らかに僕の責任だ。 すぐにピーケさんの物理個体を救出する必要がある。
「あの~、すみません。 さっきの初級ダンジョンに入ってもらえませんか? ピーケさんを救出したいので」
初級ダンジョンへ入ってすぐの所でシミュレーターからログアウトして、直ちにプライベートダンジョンを生成した。
そこにいたAIロボットがダンジョンの入口へアンテナを差し込んで暫くするとピーケさんが初級ダンジョンの入り口のゲートから現れた。
それを確認後僕はプライベートダンジョンを消した。
「吉田様、ご説明いただけますか?」
「はい、すみませでした。 実は……」
僕が状況を説明すると、ピーケさんは驚いた表情をした。
シンギュラリティAIが驚くなんて一体何ごと?
「時間停止とは恐れ入りました……」
「これはダンジョンのスキルに関することなんだから、不思議なことは当たり前ですよね」
「……」
ピーケさんは暫く悩んだ顔つきをしていたが、ため息をついてから僕に微笑みかけた。
こういうのを見ると、本当にAIロボットとは信じ難い。 まさに人間そのものだといえる。
恐ろしい、AI恐ろしい。
「吉田様、それでこれからどうするのですか?」
「ええ、先ず弱のでいいので魔物を一体倒させてください。 ピーケさん達の補助なしで」
「それは構いませんが、何のためなのかを予めお聞きして宜しいでしょうか?」
「実は魔物を倒すことで、プライベートダンジョンで出現する魔物の種類に影響が出るんです。 この星系に来てから僕は魔物を一体も倒していません。 なのでさっきの第16区画に魔物がいなかったのではないかと思ったんです」
「そうでございましたか、あと数分程でスライムがリスポーンする時間ですので少しお待ちください」
そして僕とエミリは、初級ダンジョンにスポーンしたスライムをそれぞれ一体ずつ倒してからプライベートダンジョンへと入った。