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176.  薄い赤色

 シミュレーターからログアウトすると直ぐに生命維持装置のハッチが開いた。 体が軽く感じられので、既にダンジョンの中にいることが分かる。


 生命維持装置から出て、辺りを見回すと、後ろ側に直径1メートルほどの非常に小さいゲートが見えた。 僕たちはあそこからこのダンジョンへ運び込まれたのだろう。

 それにしてもこのダンジョンは狭い。 

 このダンジョンの通路は幅1.5メートル、高さは2メートルほどしかなくて壁面はかなり凸凹している。 こういう狭い洞窟ならば多くの魔物に取り囲まれる心配はないものの、一旦遭遇してしまえば一対一の戦いになる。 初級ダンジョンということなので初級者専用といったところだが、戦いはソロでの攻略になるので初級者だけでは厳しいものがある。



「ここには人がいないんですね」


「はい。 小規模な初級ダンジョンは無人となっております。 今後の災害でダンジョンは相互に行き来できなくなり孤立してしまうはずですが、そこで獲得できるエネルギー石の量的関係上収容できる人数はダンジョンの規模で決まってしまいます。 その孤立状態が数十年程度で済めば良いのですが、計算では100年以上5万年未満になっていますので、初級ダンジョンを居住場所として使うと種の存続自体が危うくなってしまうのです」


「……それにしてもここは元々利用価値がほぼ無いダンジョンに見えますね」


「はい、今回は消失させてもクレームが出ないレベルの小規模な初級ダンジョンをご案内させていただきました。 例え全ての初級ダンジョンが今後無用であっても、災害後の何万年か先にはダンジョンとして再び活用できる時代が来るかもしれません。 未来を見据えるとあらゆるリスクは避けねばなりません」


「ここは消え去ってもいいようなゴミダンジョンってことなんだな」


「……」


 何か面白くない気がしたが、僕の目的達成には全く支障がない。 



「お兄ぃ、よく考えたらエミちゃんはここで待っていればいいんじゃないかと思うの。 トゥルーコアタッチはお兄ぃだけで十分でしょ?」


「エミリ、お前のそういうところな。 僕だけ働かせて自分はシミュレーターの中で遊ぼうっていう魂胆じゃないのか? この世界のことを考えるとお前だって無関係では居られないはずだぞ」


「えっ、あ、うっ。 わかった。 エミちゃんも我慢して協力するね」



 そうこうしているうちに、ダンジョンの入口からロボットがどんどん入ってきていた。 ピーケさんとは違い明らかに機械とわかる人型ロボットで、全員がダンジョン製と思われる武器を装備していた。



「このロボットたちは?」


「はい、吉田様を守る、AIロボット小隊です。 このダンジョンの攻略にこの規模の編成は過剰ですが、万一のことを考えて用意させていただきました」


「えっ? まさか僕がこんなダンジョンの攻略で遅れを取るとでも?」


「いいえ、そういうことではありません。 このダンジョンは浅いですが、通路は狭く入り組んでいます。 もしも迷われた場合には脱出にかなりの時間を要してしまうことも考えられます。 このAIロボット隊ならば迷うことなどありませんし、もし万一外部との通信が切れた場合でも独立行動が可能となるようプログラムされております」


「案内役なんてピーケ(43PK)さんだけでいいと思うんですけど?」


「前にご説明した通り、私は外部と通信にて繋がって制御されています。 通信トラブルが発生した場合には機能停止してしまいます」


「それってピーケさんはもうついて来ないということですか?」


「いえ、私はAIロボット隊の中継通信によって活動できます。 なのでご同行致します」

 

「なるほどね」



 AIロボット小隊12人の準備が整ったところで僕たちは移動を開始した。 

 AIロボットたちの動きは予想に反して非常に機敏だった。 僕のスピードに勝るとも劣らない動きをする。 そして装備している剣や盾からは漏れなくモヤモヤが出ている。 これはそれらをドロップした魔物のレベルが少なくとも500以上であることを示している。 それに何やら銃のようなものを装備しているロボットもいた。 種弾丸が使えないはずのにこれは奇妙なことだ。



「なんか銃を装備しているロボットもいますけど、種弾丸以外に有効な弾丸とかがあるんですか?」


 戦闘は全てロボット部隊に任せて、そのあとを小走りで移動しながらピーケさんに聞いてみた。



「銃はレーザー兵器です。 魔法無効の魔物対策として火魔法の代わりに使用しています」



 す、すげ~。 レーザー銃か。 

 そんなものがこんなコンパクトに作られているなんて。



「火魔法の代わりってどういうことですか?」


「はい、我々の研究で判明したところによると、火魔法の本質は、魔物を長時間高温に(さら)すことができることです。 短時間の高温ならば火薬などでも実現可能ですが、核兵器が無効になってしまうダンジョンにおいて高温を維持できる手段は限られています。 もちろん火炎放射器レベルの温度では話になりません」


「レーザー銃でそれが可能になるんですか?」


「魔法以外で発生させた熱は同じ温度でも魔物に対する効果はかなり劣化しますが、レーザー兵器ならば一点に集中させることで局所的に超高温度を実現できるので有効なのです」



 その後僕とエミリはピーケさんにロボットの事を色々と聞きながらダンジョン内を進んで行った。 ロボット部隊は上級ダンジョンの攻略にも使われており、半端ない数のレーザー兵器を使う戦いもあるようだ。 物理攻撃は専らダンジョンドロップの剣を用い、魔法は主にレーザーや、剣へ流した電気で代用しているとのことだった。


 戦闘は全てAIロボットがやってくれる。 所詮ここは初級ダンジョンで、先人がトゥルーコアタッチ済であるから高レベルのイレギュラーも出てこない。 確かに複雑で迷路のようなダンジョンではあるものの、僕等はロボット部隊について行くことで半日ほどでダンジョンのコアルームまで辿り着くことができた。 



「ではトゥルーコアタッチをやってみるね」



 ダンジョンコアに触れるといつもの頭に何かが流れ込んでくるような感覚があった。 だが何となく違うところもあった。  僕の鋭敏な感覚で感じ取れる位、ほんの少しだけその時間が短かったような気がしたのだ。 だから何だって言うわけではない。  トゥルーコアタッチは出来たし、ダンジョンコアも消失していない。


 よし、じゃあこれで一旦地球へ戻ろうかな。 そう思って強化ガラスを出そうとして思い止まった。

 そういえば、プライベートダンジョン経由でダンジョンの外に出た場合、ダンジョンの入口の外側に出てしまうだろう。 ということは地球への帰還は問題ないだろうが、アフィアリアでダンジョンの外へ出る場合にはバイオハザードに注意しなければならないということだった。 

 それよりも深刻なのは、この世界が終局を迎えた後にプライベートダンジョン経由でアフィアリアのダンジョン入口に戻った場合、一瞬で蒸発してしまう可能性も否定できない。


 これは困った。 バイオハザートの件は手持ちの潜水服とかで何とかなるかもだが、外が炎の海だった場合には自殺行為に等しいのかもしれない。 そう考えると災害後にはアフィアリアに戻って来れないことを意味しているかもなのだ。


でも今ならバイオハザードさえ防止できれば、アフィアリアでもプライベートダンジョン経由で入口まで転移することができるはずである。 

 僕は強化ガラス板を取り出してプライベートダンジョンを生成した。



「吉田様、そのスキルで発生させたゲートの奥から地球へ帰還できるのでしょうか? 帰還後にもこちらへ来れる算段がついたのでしょうか?」


「そのはずです。 今からそれを試したいと思っているんです」


「そうですか。 私もご一緒して良ろしいでしょうか?」


「ゲートを何回か通ることになるので外部との通信が切れることになるんだけど、不味くないですか?」


「この中継器があるので大丈夫です。 もしもの場合でも緊急措置としてオフラインでも活動はできるにようにしておきます」



 なんかこのダンジョンに入った時と違うことを言っているようにも感じたが、そんなことは小さい事なので気にしないことにした。



「わかりました。 中継器は、そうですね3、4台ほど用意してください。 用意できたら中へ入ってきてくださいね。 僕等はこのゲートのすぐそばで待っています」


 僕とエミリがプライベートダンジョンへ入って、暫く待っているとピーケ(43PK)さんが中継器と思われるものを持って入って来た。 そして僕らはプライベートダンジョンのコアルームへと入って行った。 そういえばアフィアリアに来てからコアルームに入るのは初めてだ。


 コアルームへ入ると中の様相が変わっているのが直ぐに見て取れた。

 ダンジョンの外へと繋がっているはずのゲートの色が1つを除いて薄い赤色へと変色していたのだ。 そしてそのゲートの上に数字が刻まれてカウントダウンが進行している。


 これって、どういうこと?

 僕は思わずエミリと顔を見合わせた。



「お兄ぃ、これは何?」


「僕だって知りたいよ」



 こうなったら直ぐに確かめてみる必要がある。 遠く離れた場所へ移動するゲートなので色が変わっているのかそれとも……。


 薄い赤色のゲートに近寄り、手を中に突っ込もうとした。


 入らない! 


 薄い赤色のゲート、それはダンジョンの壁を同じような手触りで僕の手の侵入を退けた。

 僕は自分の血の気が引いて行くのを感じた。


 これは不味い。 大変に不味い。 

 これじゃあ地球に帰還できなくなってしまうじゃないか。



「そんな馬鹿なことがっ!!!!」



 思わず絶叫してしまった。

 そんな僕を見ていたエミリも慌てて薄い赤色のゲートに入ろうとして弾き返されていた。

 それからエミリは3回入ろうとしては弾き返されるのを繰り返したところで諦めた。



「お兄ぃ、これって地球に帰れなくなったってことなの?!」


「そう、……かもしれない」


「そんな……」


 それっきりエミリは言葉を失ってしまった。



「どうされました? もしや帰還する(すべ)を失ってしまったのですか?」



 ピーケ(43PK)さんは僕を心配そうに見ている。

 こういう所は本当に人間そっくりだ。 地球のロボットとは違い本当にシュールな光景だ。


 ん? シュール? 現実離れ?

 もしやこれって現実ではない?

 これが現実の出来事でないのだとすると、僕等は未だフルダイブ型のシミュレーターの中だったりするのか?

 だとしたら何のために?


 

「やだな~、冗談は止めてくださいよ。 ピーケさん、いい加減シミュレーターから出してもらえませんか?」


「お、お兄ぃ。 ここって未だシミュレーターの中なの?」



 そんな僕たちにピーケさんは困った顔をした。


「吉田様はショックを受けていらっしゃるようですね。 現実世界にいるのにシミュレーターの中にいると錯覚してしまう症状は、50年程前に世間一般に世界の滅亡予測が公表された時にも多く見られました。 重傷の場合にはフルダイブ型シミュレーターの中に戻って生活を続けていただくか、あるいは自力で立ち直っていただくしか解決法はございません」


 僕は言い返さなかった。 確かに僕は今ショックを受けてしまっている。 だがそれが今僕等がシミュレーターの中に居ないという証拠にはならない。



「現実を再現したシミュレーターには一つ禁忌がございます。 それはシミュレーターの中でさらに現実を模した同じシミュレーターにログインするという多重シミュレーション技術を使うことです。 それを使うと高確率で自分を見失う原因になります。 シミュレーターには種類の切り替えのみが許されており、今自分がどのシミュレーターの中にいるかどうかを確認する手段として視界の左下隅に記号が表示されるようになっています。 それは先程このダンジョンへ移動する際にログインしていただいたシミュレーターで確認していただけたかと思います」



 そういえば左下に記号が出ていた。 それは英数字だったはずだ。 あれっ? あの時は大して気にもとめず流してしまったが、英数字って地球固有の文字だよな。



「記号についてですが、あれは英数字でした。 やはりここは地球の中、或いは……」


「はい、記号については吉田様のAI端末から取得したデータに基き、わかりやすい表示に変換しておきました。 吉田さまが見ていたシミュレーション風景でも髄所に特別な文字変換を行っております」



 ああいえばこういうと言った感じに僕の疑問に簡単に答えてくる。 流石はシンギュラリティAIロボットと言ったところだ。

 ん? シンギュラリティAIロボット?

 シンギュラリティAIについては、この世界に来て始めて知らされた。 ということはここはやはりアフィアリアなのか。 何だか頭が混乱してきてしまっているのだけは自覚できた。


 まあいい、とりあえずここがアフィアリアだという事実は正しいとしよう。 だがシミュレーターの中でないという保証は左下に記号が表示されるか否かだけだ。 それって偽装できるんじゃないだろうか。

 しかしそんな偽装までして僕を騙して意味なんてあるのか? それにシンギュラリティーを迎えたAIにそこまでされて僕に勝ち目なんてあるのか?  知的ゲームでは到底勝ち目なんてない。 ならば事実であるにせよ、そうでないにせよ、それを受け入れて前向きに事を進めるしかないのかもしれない。



「わかりました。 この件は事実であると仮定することにします。これからはこの事実を受け入れて行動することにします」


「それは大変賢明な判断だと存じます。 現実世界でも非現実感というのは時々感じられるものと言われています。 人によっては立ち直れない場合もあるようですが、吉田様はそうでなかったようです。 我々としては大変安心いたしました」



 そう言ってピーケさんは僕等に微笑んだ。

 さてそうなると、これから僕はどうするべきなんだろう。


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