174. 滅びの世界
僕とエミリは会談を終えて、元の病室?へピーケさんの案内で戻った。 だがこの惑星が滅亡見込みだと聞いてしまった後では落ち着けるわけがない。 僕は早速ピーケさんに説明を求めた。
「ピーケさん。 先程滅亡の話が出ましたが、このアフィアリアって今どういう状況なんですか?」
「はい、お答えします。 滅亡の危機は外宇宙からの小惑星の飛来により引き起こされます。 質量のあるロケットを何回もヒットさせたり、近場で核融合爆弾を使ったりしてそれの軌道変更を試みて、その度に軌道を衝突コースから逸らすことには成功していました。 ですが驚くことに、小惑星はまるで誘導ミサイルのように数日で元の起動に近いコースに戻ってしまうのです。 今の軌道は我々の第二衛星への衝突コースになっています。 惑星そのものへの直撃は避けられそうですが、大災害の程度は変わっていないのです」
うぁっ、ディープインパクトか。 それも大規模なやつで、誘導ミサイルってか?
「誘導ミサイルのような動きって、そんなことが起こりえるんでしょうか?」
「それは不明なままです。 未知の物理現象があるのか、それとも外宇宙からのテロなのか……。 いずれにせよ、我々にはディープインパクトの災害を防ぐ手立てが見いだせないでいるのです」
さすがにこれは予想外だった。 惑星を襲う小惑星レベルの誘導タイプの質量兵器かもしれないのか。 そんなものを放った悪意ある敵って一体どんな奴なのだろう。 そんな超科学技術を持つ相手になんか勝てるはずもない。
今このアフィアリア人は確実に生き残ることを最重要視している。 そうなってしまうのも致し方ないのかもしれない。
「ダンジョンの中なら安全かもという話ですが、それは本当ですか? この惑星の住人は何名ですか? ダンジョンに十分なルームは作成されていますか? ダンジョン内だけの居住に問題はありませんか?」
「まず第一の質問、ダンジョンの中での安全性についてお答えします。 我々の実験によれば核融合爆弾を用いてもダンジョンは、――その入口付近も含めて破壊どころか傷さえつけることはできませんでした。 まさに破壊不能オブジェクトと言った堅牢性があります」
「第二の質問に回答します。 現在この惑星の住人は約110億人です」
「第三の質問に回答します。 110億人を収容できるだけのルームは確保済です」
「第四の質問に回答します。 ダンジョン内の居住問題は残存しております。 まず第一に各ダンジョンの許容人数の問題です。 第二に各ダンジョンが完全に孤立、独立して行き来ができなくなることです」
「許容人数ってなんですか?」
「質問にお答えします。 我々の現技術ではエネルギー石を用いて食料等のリサイクルを可能にしています。 ですがエネルギー石の産出はダンジョンと小規模な魔物牧場に頼らねばなりません。 この惑星上にはダンジョンの数は十分あるのですが、今は攻略されていない上級ダンジョンで産出されるエネルギー石の量にも頼らねばならない状況です。 そして攻略されていない上級ダンジョンにはルームが作成できないのです。 また攻略済のダンジョンでも魔物のリポップ間隔の制限のためエネルギー石の供給量にはおのずと限界があります。 許容人数というのは、必要とするエネルギー量とそのダンジョンで産出されるエネルギー石の量で決まっています」
「ダンジョンの孤立、独立ってなんですか?」
「質問にお答えします。 ディープインパクト後は、ダンジョンの外の環境は激変します。 言い換えるとダンジョン入口のゲートから数mより外へは出られないと予想されています。 そのためダンジョン間の交流が一切断たれてしまいます。 無線機器による相互連絡も、恐らく環境の激変による電磁波等の障害でほぼ不可能だろうとされています。 通信の孤立でさえ百年間は続く可能性がありるとの予想もあります」
「じゃあ、どうするんですか? エネルギー石も足りなくて孤立するって、助かる人数に制限があるということなんじゃないですか?」
いやいやいや、これは恐ろしい星に来てしまったものだ。
110億人となると、僕のプライベートダンジョン経由で地球へ移住してもらう案は到底現実的ではないだろう。
居心地が悪くなり、早くここから逃げてしまいたくなってきた。
「お答えします。 それはダンジョンからもたらされた技術を用いて実現したフルダイブ型のシミュレーターと、生命維持ユニットで凌げる見込みです。 人口の約90%の人は、今後生命維持ユニットへ入り人生の大部分をフルダイブ型のシミュレーターの中で暮らすことになります」
ふ、フルダイブ型のシミュレーターだって? それって僕等ゲーマーにとっては夢の技術じゃないか。
う、羨ましい。
だけど一生ってなんだよ。
生命維持ユニットとは?
「フルダイブ型のシミュレーターってどの程度までリアルなんですか? あと生命維持ユニットって?」
「第一の質問にお答えします。 どの程度リアルかはシミュレーターの種類によって異なり、あと個人的な感想になりますので私からはお答えできません。 ただし標準的なシミュレーターでは多くの方が現実と間違えるぐらいだという感想を持っているようです。 ただ一点だけどのようなシミュレーターでも共通しているのは人間が感じとれる感覚、つまり五感にはリミッターが設定されているということが現実と違っています。 例えば腕を切り落とされても、感じる苦痛は猫に引っかかれた程度だとも言われています。 同様に触覚、嗅覚、聴覚、視覚、味覚なども程度の差はあるものの同様だとのことです」
「続いて第二の質問にお答えします。 生命維持ユニットとは、フルダイブ型のシミュレーターの長時間使用を可能にするための技術です。 シミュレーターにフルダイブすると時間に応じて体力が衰えますが、それを補正してくれる装置です。 生命維持ユニットの中に入ることで、フルダイブ型のシミュレーターで一生を過ごすことが可能になるのです」
「だったら、皆シミュレーターに入りたがりそうですよね」
「お答えします。 それは急激な人工減少をもたらしますので現実的ではないと考えられております。 この惑星の人類の総意では種を存続させることを望んでいるのです。 それにフルダイブ型のシミュレーターには――ダンジョンからもたらされた情報では、フルダイブ型のシミュレーター装置にはログイン時間に制限がかかるように設計されているとのことです」
「な、なるほど。 ゲームは一日1時間まで、みたいな感じなんですね」
「お答えします。 フルダイブ型のシミュレーターも生命維持ユニットもダンジョン技術なので人類の存続を危うくするような使用方法の場合に制限がかかるようです。 ただし存続を危うくするという定義は不明です」
あはは、これはすごい! 2D版VRルームを初めて利用したときも驚いたが、こちらではその上の3D版よりもずっとずっと高度に進化したシミュレーターがあるってことだ。
これは是非使ってみたい、というかそのハードが欲しい。
そしてミレカ姉妹やマリ達とゲームで思う存分遊びたい。
ここで僕はハタと気が付いた。
わ、忘れてた。 僕は自分のことで一杯一杯で、あの後彼女達がどうなったかまでは考えが及ばなかった。 ま、まあ、防御面ではレイナさんがいるし、引率の美沙佳さんも一緒で、カナダへのゲートに向かえばダンジョンからの脱出には問題ないだろう。 問題があるとすれば僕とエミリが行方不明者扱いになってしまっているってことだろう。
何てことだ!
こうなったらできるだけ早く一旦地球へ戻らなければならない。 だけど一旦戻ったらここへは二度と来れそうな気がしない。 少なくともこちらでどこかのダンジョンでトゥルーコアタッチしてプライベートダンジョン経由で行き来できるようにしておきたい。
「あの~。 ちょっとお願いがあるんですが、こちらのダンジョンでトゥルーコアタッチをさせてもらうことは可能でしょうか。 小規模な初級ダンジョンでも良いので」
「地球の方々の要望はできるだけ受け入れる方針になっておりますが、無制限とは参りません。 まずはその理由をお教えいただいた上で、こちらで検討させていただきたいと存じます」
「それは……。 僕のユニークスキルに関係するんですが、こちらと地球との往来を可能にするために必要なんです」
「スキルにてアフィアリアと地球の間を自由に移動できるようになるということなのですか? そういうことであれば検討させていただきます」
「ええお願いします。 僕たちは何等かのアクシデントで地球のダンジョンからこちらへ飛ばされてしまいました。 僕のスキルを使えば帰還は可能だとは思いますが、一度戻るとこちら側へは二度と来れない気がするんです」
「……AIによる検討結果が出ました。 今からアフィアリア評議会へ許可を申請致します。 尚、リスク管理の関係上、エネルギー石の産出量が非常に少ない0021初級ダンジョンを候補として提案しています。 そのダンジョンはアフィアリアに訪れる大災害の後には孤立してしまうことをご承知おきください」
「リスク管理って何ですか? もしかして僕がトゥルーコアタッチすることで何か問題が?」
「はい、異星人のトゥルーコアタッチについては実績がありません。 それが今後どのような影響が出るかが不明なことと、今重要とされるダンジョンのコアは、いわば吉田様の世界でいえば原子炉のようなものです。 万一コアが破壊されたり機能が停止した場合の損害は計り知れません」
「僕たちが信用できないということですか?」
「そうではありません。 この星の法律によりダンジョンコアへ触ることは禁止されているということです。 ですが今回はこちらと地球のと往来を可能にするため特別に許可を申請しているわけです」
「わかりました。 その申請にはどれほど時間がかかる……」
「たった今許可が下りました。 いつでも攻略の準備が進められる状態です」
「そ、そんなに早く?」
「基本的にAIの判断には理事会も許可を与えます。 それに理事会の方々も吉田様への期待があります。 もし地球との往来が可能ならば、地球から応援者を迎えることでアフィアリアの上級ダンジョン攻略も可能になる可能性があるのです」
「いくら何でも上級ダンジョンの攻略には僕等でもリスクが伴います。 それを期待されても……」
「大丈夫です。 許可が降りた初級ダンジョンもそうですが、一部を除いた殆ど全ての上級ダンジョンはAIロボット戦隊により安全が確保されます。 つまり人は魔物と遭遇することなくコアまで到達することが可能なのです」
「孤立見込みの上級ダンジョンの攻略に意味が?」
「現状AIロボット戦隊はエネルギー石確保目的で活動しています。 もしそのダンジョンが攻略できれば、そのダンジョンの壁にはルームスキルが使えるようになります。 今のところ希望者全員を攻略済の上級ダンジョンへ割り当てることできず混乱しています。 少しでも攻略済の上級ダンジョンを増やしたいのです」
「なるほどそうでしたか」
「吉田様の言動から推定しましたところ、トゥルーコアタッチしたダンジョンへは移動可能になるものと考えれます。 それはつまり吉田様のスキルを使えば、この世界でもダンジョン間の移動が可能になります。 それは我々にとっては非常に有益なことなのかもしれません」
「それでその初級ダンジョンへは直ぐに連れて行ってもらえるのですか?」
「はい、お望みとあればいつでも」
「ではすぐにお願いしたいです。 ファーストコンタクトの件を出来るだけ早く地球に報告したいので」
「わかりました。 準備いたします。 それからダンジョンへの移動には制限がございます。 バイオハザードを避けるために、ダンジョンの外では生命維持装置に入っていただくことになります。 また初級ダンジョンへの移動には1日程の時間が必要になることをご了承ください」
「生命維持装置ですか? それって移動中に入るということですよね? ならばフルダイブ型のシミュレーターもそこで経験させてもらえるとかって有りですか?」
「はい可能でございます。 時間が無駄にできない関係上移動中に試されるのが論理的ですね」
「え、エミちゃんもお願いします」
よ、よし。 夢のフルダイブ型のシミュレーターの初体験だ。 これは楽しみだ。
そして、それから数時間後、僕等がいる病室? にカプセル型の生命維持装置が持ち込まれて僕とエミリはシミュレーターにフルダイブした。
気づくと僕とエミリは質素だが上品な部屋の中にいた。
家具とかは地球のものとは全く異なるが、それらが何であるかは大体察しがついた。 そして僕等に寄りそうようにAIロボット――シミュレーターの中なのでロボットという表現が正しいとは思わないが、とにかくピーケさんもそこに付き添ってくれていた。