173. 会談
数時間ぐらい休めただろうか、外のピーケさんからの連絡で目が覚めた。 驚いたことに設置されているモニターが自動でONになり、彼女の映像が映し出されて話しかけてきたのである。
「お休みのところ申し訳ありません。 こちらの代表者のエム・トイ・ラフィリア様が到着しました。 今から会談を申し込みたいそうですが、いかがでしょうか」
寝ぼけたままでソファーから起き上がり声のする方を見ると、モニター越しに話しかけてくるピーケさんの表情は和やかに微笑んいた。 彼女の背景には何も映っていない。 これは僕に配慮して中を見ていないと言うことの示唆なのかもしれない。 まあ、本気でこちらを覗く気になれば防ぐ手段もないのだが。
「あ、はい。 少しお待ちいただけますか? 少しカフェインを取って頭をスッキリさせたいです」
「承知いたしました。 30分程しましたら、もう一度ご連絡を差し上げます」
それでモニターの電源が落ちた。 僕のダンジョンにアンテナを差し込めばAIに接続されている様々な機器を思うがままに操作できると思われる。
僕はよだれを垂らしながら幸せそうな顔で寝たままのエミリを起こすことにした。
こいつはこんな場面でも楽しい夢がみられるのだろう。 なかなか大した大物だ。 だけどパニックになって騒ぎ立てられるよりもずっといい。
「な、何? もう、ご飯の時間?」
「30分後位に会談の申し込みがあったから起きろ。 予備の装備に着替えて身だしなみを整えようよ。 大事な会談だから万全な態勢で臨もうじゃないか」
「エミちゃんも出なきゃ駄目?」
「黙ったままでいいからさ、僕も後で会談内容を説明する気力はないから、ただそこで聞いているだけでいいから」
「お兄ぃも少しストレスを感じてたんだね。 わかった、じゃあエミちゃんも個人部屋で準備してくる」
少しどころのストレスじゃないぞ。 休息したはずなのに胃がキリキリして気持ちも悪い。
だが逃げるとかなんて言ってられない。
そう、これはむしろチャンスだ。
この難関を乗り越えられれば、僕等の世界よりも150年も進んだ世界がどうなっているか知ることができる。 そしてその技術を持ち帰ることができればどれだけ役立つことか計り知れないものがある。 少しぐらいのストレスに負けていられない。
僕とエミリは予備の中でも新品の装備を身に着けて外へでた。 本当は礼装とかが必要なのだろうが、さすがに異星となると良い服装よりも、ダンジョン探索の装備の方が受け入れられそうな気がする。 もちろん背広とかも持っているが生憎と安物だし、エミリの学生服も新品じゃないようだ。
プライベートダンジョンの外へ出ると、ピーケさんが待っていた。 僕等を見てほほ笑む姿はロボットだと感じさせない自然な姿だ。
「ご用意はよろしいですか?」
僕が頷くとその仕草をちゃんと理解してくれた。 すでに僕等の文化について精通していると感じた。 だが一方で僕はここの文化を勉強する時間なんて無かった。 同じように振る舞うことはできないが、あちらだって高度なAIロボットだからこそできる事なのだ。
ピーケさんは僕等を病室?のドアから外へと案内した。 出るとすぐにゲートがあり、それを潜るとさらにゲートがあり、再度潜るとかなり広めの部屋へ出た。 そこには見ただけで気品が感じられる方々が既に数名待っていた。 この広めの部屋は明らかに各種の装飾が施されて、内装もさることながら、地球上にはない、たぶん美術品のような物や絵画などが展示されていた。 驚くことにものの数分でこんな場所へ案内されるとは思わなかった。
専用の翻訳機から言葉が発せられた。
「地球の方々、我がアフィアリアへようこそ。 我々はアフィアリアを代表して歓迎の意を表します」
「あ、アフィアリアの方々。 ようこ……、コッホン、この歓迎に感謝いたします。 どうぞよろしくお願いします」
や、やば~。 釣られて”ようこそ”って言ってしまう所だった。
「わたくしは、アフィアリア評議会の理事長をしておりますエム・トイ・ラフィリアといいます。 そして後ろに控えているのが同じく理事のオムドミュスバイライ、ハナカヂュツマス・ドモイ、アモモ・キモモ・サススです」
「僕は、ヨシダ・コウダイ、そしてこっちは妹のヨシダ・エミリです」
「ヨシダ様方はこちらへ迷い込んだとおっしゃってましたね? これはファーストコンタクトと言える状況なのでしょうが、恐らく貴方は地球を代表してはいらっしゃらないかと存じます。 ですからここからはお気楽に過ごしてください。 すでにAIを通して地球のことは詳しく情報を頂いております。 こちらからも相応の情報はそちらのAIにお渡ししておりますので心配は無用です」
「聞くと所によれば、アフィアリアは、私達よりも大分進んだ技術を御持ちと聞いています。 それもAIへお渡しいただけたのでしょうか?」
「ある程度はお渡しできるのですが、今のところは同水準の技術までとさせてもらっております。 これは過去の教訓に基づいた我々のルールなのです」
「そ、そうですか。 僕は進んだ技術を見ておきたかったのですが残念です」
この対応には多少がっかりした。 だが進んだ技術を貰ってそれを地球へいきなり持ち帰ったらどうなるか、それを考えたらこの方が良かったのではとも思えた。 進んだ技術による革新は世の中へ大きなインパクトを与える。 その結果色々な出来事が一気に起こるだろう。 僕たち地球は今でもダンジョンというインパクトを受けて、未だに安定してないない状況にある。 進歩は喜ばしいが、それが急激な場合には戦争など不幸な出来事の引金になりかねない。
「個人的にお見せすることは可能です。 その技術の詳細はお渡しできませんが、こちらへ滞在する限り、我々市民と同様な権利を有することをお約束します」
「それって、技術の本も読めるということですか?」
「AIへ丸ごとコピーしないという前提なら問題ありません。 ただし、それらの技術は生身の一人の人間の理解が及ぶ範囲を超越していると理解していただいて良いでしょう。 つまり我々の技術は大雑把に理解はできても、生身の人間だけでは再現できるものではありません」
「AIに大雑把なことを教えれば実現できてしまうとかは考えないのでしょうか」
「大雑把な概念そのものは、貴方達の世界にも既にあるものと推測できます。 それをどうやって実現するかは多大な研究期間を有するのです。 たとえそれがAIを使ってもそれは変わりません」
「よくは分かりませんが、分かりました」
「でもこれだけはハッキリと言えます。 我々の現段階の技術水準をもってしてもダンジョンの解明は全く手が届きません。 それどころか、貴方達が1万2000光年の彼方からゲートで一瞬にこちらへ来られたという事実は、我々に大きな衝撃をもたらしました。 我々の技術ではそれはどうやっても実現不可能と考えられていたからです」
「そうでしたか。 ところで僕たちがいた病室?からこの部屋へ直ぐに来ることが可能だったのですが、それはどうやったのですか? ゲートを2連続で潜ったはずですから、ゲートの技術を既に自分たちのものにされているのでは?」
「ああ、それは、ダンジョンから得られる――エキストラスキルオーブを使用して獲得できるルーム系統のスキルの恩恵なのです。 つまりダンジョンがもたらした技術を使ったということです。 もうお判りでしょうかここはダンジョンの中です。 ダンジョンの中にルームスキルによって部屋を作ったのですよ」
「僕等もエキストラスキルオーブを持っていましたが、それが何のスキルか分からなくて怖かったので使ったことがありません」
「そうでしたか。 AIからの情報では貴方達も既にエキストラスキルオーブを得られる状態になっていることはわかっていました。 貴方様の世界の一般常識の知識には公開されていませんでしたが、ソリン装置で明らかとなっている事実から判断できたのです」
「エキストラスキルオーブの取得がソリン装置でわかるのですか?」
「いえ、正確には上級ダンジョンの攻略に成功したということが分かります。 上級ダンジョンを攻略するとレベル350以上の魔物から稀にエキストラスキルオーブがドロップするようになるのです」
「エキストラスキルオーブで得られるスキルはルームの他に何がありますか? それを教えてもらえれば僕たちも安心して使えるのですが」
「エキストラスキルオーブではルーム系統が多いです。 偶にチャネルというスキルも取得できます。 そのほかにも何種類かドロップするようです」
「そうですか。 レベル350か。 ユニークスキルオーブ並みの困難さですね」
「我がアフィアリアではユニークスキルオーブは殆ど獲得できません。 100年程前に亡くなった英雄達を最後に、そのスキルを2つ以上習得した者はいないのです。 ですが所有者が亡くなった後で繰り返して復活するユニーク魔物もいるようで、今でも全世界で6名だけですがユニークスキルを持つ人物がおります」
「そうでしたか……」
ユニークスキルオーブは僕等が考えていたよりもずっと貴重なスキルだった。 僕等の世界のことを考えるとこれは責任重大といったところだ。
「ヨシダ様の地球の状況だと、今は上級ダンジョンの攻略も2箇所以上達成されたばかりのようですね。 正に今ダンジョン攻略の最盛期といったところでしょうか。 我々にはもう上級ダンジョンの攻略する手だてがありません。 AIロボット部隊を駆使してコアまでの到達は可能なのですが、トゥルーコアタッチが出来ないのです。 正確に言えばレベル100以上の探索者を育てることが危険過ぎてできていないのです」
「AIロボット部隊ですか。 それはすごいですね。 でもそれなら人がAIロボット部隊に随行するするだけでレベル上げできそうですがどうでしょう?」
「強いAIを用いたロボット部隊は人間をパーティメンバとして見做さないらしく止めを刺した場合には経験値が入りません。 強いAIのロボットを手動して操作してて止めを刺した場合でも同様なようです。 強いAIを用いない兵器を用いて倒した場合には経験値が入るようですが、レベル上げはかなり危険で困難です」
「強いAIとは何でしょう?」
「AIでも高度なAIで、人間と同等以上に汎用的な思考ができるAIです。 それに対して弱いAIは限定的な機能に特化した昔のAIです。 弱いAIを使うなら経験値取得は可能なのですがなかなか厳しいのが実情です」
「強いAIが魔物を瀕死にした上で、それを人間が最後の止めを刺して倒すってのは?」
「それも駄目ですね」
「対魔ライフルなんてどうなんです?」
「原料となる種弾丸を落とす魔物がいるダンジョンのコアは全て破壊されてしまい、現在では種が尽きてしまっています。 あの憎むべきカルト宗教団体が行ったテロ活動のせいで……」
「もしかしたら僕たちなら少し種弾丸を供給できるかもです。 この異星に来てから可能かどうかはわからないですけど」
「な、なんと! そんなことができるなら、もしかしてユニークスキルでハジケホウセンカを捕らえることができているとかですか?」
「えっ? 魔物を捕らえるってどういうことなんです?」
「あ、ああ違うんですか。 我々の世界のユニークスキル持ちの一人がモンスター捕獲というスキルをもっておりまして、魔物を瀕死にすれば異空間――つまり専用のアイテムボックスのような場所へ移動できるようです。 ただし捕獲できる魔物は自分の相対レベルのおよそ2倍以下に限定されるようですが」
「そんなことをして意味が? 魔物同志を戦わせるとかですか?」
「主な使用法は魔物を専用のルームへ移すことです。 予めルーム3というスキルで作成したルームにアマンダ装置と巨大エネルギー石を用いてフィールドを展開すると魔物が生息できるダンジョン空間を作成できます。 その空間では魔物を倒しても再スポーンさせることが可能なので魔物牧場が出来上がるというわけです。 ルームの広さによりスポーンする魔物の数も増やせます。 ただし魔物をテイムするためには弱らせる必要があって、これもAI部隊を使うと上手く捕獲できないという問題があります。 また魔物同志を戦わせてもあまり意味がありません。 テイムした魔物が勝利した場合でも経験値は入らないようですので」
「アマンダ装置ですか。 僕等には知られていない装置ですね」
「ああ、それは上級ダンジョンを5つ攻略した時点でもたらされたメッセージ石板の設計図で作られた装置です」
「そうでしたか。 それで僕らの世界では知られていなかったわけですね」
「それでその、吉田様はあちらの世界でそのハジケホウセンカがいる場所ご存じというわけですか?」
「ええ、まあその通りです。 帰還すれば魔物がいる場所はわかります。 ただし今はこちらへ来れた手段が不明なので戻って来られるかはわかりません。 なんとか相互に行き来できるような手段を探すことから始める必要があります」
「なるほどそうでしたか……。 ならばこちらの事情を詳しく強いAIから聞いて置いてください。 折角異星から来られたということならば、この星を色々とご紹介したいところですが、今はその、なんというか危機的な状況なので申し訳ありません」
「危機的な状況ですか?」
「詳しいことはAIロボットのほうから説明させていただきたいと思います。 端的に言えば、あと100日程でこの惑星は滅びの危機に直面します。 ただしダンジョン内は安全である可能性が非常に高いため絶望的な状況とは言えません。 今は粛々とダンジョンのルーム内への移住を進めているところです。 まあ実際はほぼ完了状態なのですがね……」
そこでタイムアウトのようだった。 何故なら理事たちの持っている携帯端末が一斉に音を鳴らしたためだ。
「おっと失礼。 緊急事態が発生したようです。 我々はこれで失礼しますが、あとはAIロボットがお世話しますので、ゆっくりとお寛ぎください。 といっても滅亡の危機にある我が星では安心できないと感じられるかもですが、どうぞご容赦ねがいます」
それで僕たちの会談は終わった。 惑星の滅亡という話が出たことには驚いた。 それって本当なのだろうか。 僕はかなり不信と不安を覚えたが、詳細はAIロボットに確認を取る必要があると結論づけた。