171. アフィアリア
ああ、落ちていく、落ちていく。
そしてふと気づくとそこは綺麗な花に囲まれた歩道だった。
こ、ここは?
そうだ、これはサロナーズオンラインのゲームの中だ。 そして僕は今、チート能力ともいえる突き技に目覚めて得意になっていた時の光景だ。
な、なんだ? あの落下は夢だったのか? でも変だな。 ゲームで僕から離れて行ったはずのエイジの奴も、裏切ったソノコさん達のグループも一緒に今から例のモブを倒しに行くところのようだ。
あれっ? マリは? ミレイさん達は? エミリはどうした?
「やっと俺たちの時代が来たな、お前のその能力で傭兵をやれば大金持ちだな」
「ああ、そうだな。 これでやっと底辺プレーヤーから脱却できるんだな。 そのためにも今日のソノコさんのパーティの依頼をこなさないと……。 い、いやこれは変だ」
「何が変なんだ? お前大丈夫か?」
「エイジ、今は何時だ?」
「何言ってんだよ。 今日は20xy年の3月26日だろ。 冬休みに入ってからボケたか?」
「え? 今日は確か20xx年の……。 あれっ、そういえばマリは?」
「なんだ? 俺がど~したってんだ? 俺たちはこれから討伐依頼を受けて……」
「マリ、何言ってるんだ。 お前と知り合った時には討伐依頼なんて受けてなかったはずだ。 お前は何者だ」
「ヨシ君どうしたの? 何か問題? また変なことを思いついたの? ちゃんと皆に予め許可をとってから試してよね」
「ミレイさん、良かった無事だったんだね。 僕はあの後……」
僕は突然ハッとして目を覚ました。
どうやら今は夢だったようだ。 道理で変だと思ったんだ。
でもいったいここは? そしてあれから僕はどうなったんだ?
僕は一室のベッドのような家具の上に寝かされていた。 辺りを見渡すと見慣れない調度品や電気器具とかが置かれている。 そして少し離れたところにエミリが静かに寝息を立てて寝ている。
ベットから降りようとして気づいた。 右手に見慣れない腕輪が嵌っていることに。 そして僕はあの時着ていた防具をつけてなく、ワンピースの寝巻を着ている。
ここは病院だろうか? だが何となく雰囲気が違う。 そういえば聞きなれない音楽が小さな音で流れている。
その時、”ポコーン”と傍に置かれていた電子機器から音が出た。
なんだこれは? 病院にこんなのがあったか? 僕は不思議に思いその機器をじっと見つめた。 だが見慣れない記号が羅列されていて、何をする機械なのかわからない。
と、そこへブシューという音とともにドアが開き、人が部屋へと入って来た。
おっ! 綺麗なお姉さんだ。
なんかピンクの衣裳を着ていて何となくエロい。 いいじゃないか~。
「●×▼◇◇〇-x」
優しそうな目をして、そのお姉さんが僕に話しかけてきたが、何を言っているのか分からない。
「あの~言葉がわかりません。 日本語が分からないならAI通訳機器を使ってもらえますか?」
「……」
お姉さんは、そのまま黙っていたが、おもむろに振り返ってドアから出て行ってしまった。
AI翻訳機を取りにいってくれたのだろう。
「お、お兄ぃ~。 もう食べられない~。 でもエミちゃんの分はあげないんだから~」
別にお前のお菓子なんて取る気はないぞ! と思いながらも、エミリが寝言をいっているのに安心した自分がいた。 僕たちは何時からここで寝ていたんだろう。 そしてあの落下から一体何が起こったんだろう。
そう思いながらもやることが無いので、アイテムボックスEXを使って、個人持ちの携帯端末を出してみた。
電源を入れてみたが、ここは電波の圏外のようだ。 今時人のいるようなところで圏外の場所があるなんて信じがたい。
一応さっきの方の言葉が分かるかもなので携帯端末のAI翻訳アプリを起動してみた。 AI翻訳アプリはそれなりに高機能だが、その分消費電力が馬鹿にならないので短時間で携帯端末は次第に熱くなって最終的には手で持っているのが困難になってしまう。
そして僕は気づいた。
あれっ? そういえば随分と体が軽い。 この感覚はダンジョンの中みたい?
ってことは、僕はダンジョン内の病院に収容されてるってこと?
僕はため息をついて、もう一度アイテムボックスEXを開いて、シエラネバダダンジョンの攻略前に渡されたAI通訳端末を探した。
あった、良かった。
AI通訳端末は全員に渡されていたが、パーティ内だけのコミュニケーションであれば中佐の端末だけで事足りていた。 壊すのも怖いので僕に支給された端末はそのままアイテムボックスの中に入っていた。
これで準備OKだ。
後はあの人が入ってきてアプリで言語判定が出来ればAI翻訳端末が動き出すことになる。 僕は周囲の珍しいものを観察しながらその時を待った。
「う、う~ん。 あれっ! ここは何処? 私は誰? ……実はエミちゃんでした~」
「お、お前、起きるなりギャク飛ばすんじゃねーよ。 まあでも気が付いたんだな。 良かったよ」
「で? ここは何処なの?」
「エミリ、それが分からないんだよ。 僕もさっき目が覚めたばかりなんだ。 さっき入って来たお姉さんも知らない言葉を話していたし。 もしかしたら僕たちは知らない所へ転移したのかもしれないね」
「お、お兄ぃ。 何かここの部屋は変。 まさかいつものトリックアート部屋?」
「いつものって……。 僕にも良くわらないな。 携帯端末も圏外で繋がらないところなんだ。 変だろう?」
「携帯端末が繋がらない? それは当然なんじゃない? ここはダンジョンの中でしょ?」
「あっ! そういえば、ダンジョンの中だったな。 あははは、僕としたことが気づかなかったよ」
「お兄ぃ、わざとらしいことは止めてね」
「何がだよ。 実をいうと、ここはダンジョン内の病院施設だと思うんだ。 でもそうなると圏外ってのはおかしくないか? 突然真下に発生した落とし穴でこちら側のダンジョンに入っちゃったってことかな?」
「ね~、もういいから種明かしをお願い。 ここはお兄ぃのプライベートダンジョンの中?」
「プライベートダンジョンの中じゃないよ」
「お兄ぃ、嘘つきは泥棒の始まりなの。 いい加減嘘だと認めたら? これだけ整備されてダンジョンの壁がむき出しになった所ってストレート型ダンジョンの中だけでしょ?」
妹にしては良い観察力だ。 確かに壁はダンジョンの壁らしいし、その形状は人工的な長方形で普通のダンジョンとは明らかに異なっている。 エミリの言う通りストレート型ダンジョンの中にいるのは間違いないだろう。
「確かに床も壁もダンジョン特有の光を放っているな。 でもプライベートダンジョンでないことだけは確かだな。 今からその証拠を見せよう」
僕は辺りを慎重に見回した。 大丈夫だ。 監視カメラとかは設置されていない。
そしておもむろに強化ガラスをアイテムボックスEX経由で取り出して、声にだしてスキルを使って見せた。
「ダンジョン生成! ……ほら、プライベートダンジョンが出来ただろう?」
「て、手品?」
「そこまで疑うんなら、実際に中へ入ってみろよ」
ポコーン。
その時今度はエミリの傍に置かれていた電子機器から音が出た。
や、やばい。
僕はすぐにプライベートダンジョンを消して強化ガラス板をアイテムボックスへ戻した。
プシュー。
僕の予感通りに、人が部屋に入って来た。 綺麗なお姉さんが2名だ。
その2人は瓜二つと言って良いほど似ていた。
「●×▼◇◇〇-x」
またも知らない言葉でエミリに話しかけている。
うん? 学習能力がないのかな? なんか残念な双子の綺麗なお姉さん達だ。
それにしても彼女らは手ぶらだな。 言葉が通じないのにAI翻訳機をもってきてないのが変だ。 でも僕の近くのベッドには先程とりだしたAI翻訳端末が稼働している。 これでどこの言語なのかが判定できるはずだ。
僕は携帯端末のディスプレイを見つめた。 だが、そこには何も表示されていない。 どういうことだこれ?
僕はその携帯端末をお姉さん達に指し示した。 これで僕が何をしたいかが分かるだろう。
だが残念なことに、お姉様方はそれ以上何も言わずに部屋から出て行ってしまった。
「お兄ぃ、今の人達は何だったの?」
「綺麗だけど残念なお姉さん達だね」
「……」
「言葉がわからないから、AI翻訳端末を取り出しておいたんだ。 だけど、結果はこの通りさ」
エミリに冷却ユニット付きのAI翻訳端末を見せた。 ダンジョンの中でのみ高機能を維持できるタイプのマシンだ。 エミリはそれを見て不思議そうに頭をひねった。
「お、おかしいね。 どうなってるのこれ?」
「僕が聞きたいよ」
「お兄ぃ、やっぱりエミちゃんを騙して揶揄おうとしている?」
「あ、あほか。 お前を揶揄うためにこんな大がかりなことをするわけないだろう?」
今度こそはと、強化ガラス板をだして、プライベートダンジョンをそこへ生成した。
「疑わしいなら、ここへ入ってみろよ」
エミリは半信半疑で、プライベートダンジョンの中へ首を突っ込んだ。
「た、確かに見慣れたお兄ぃのプライベートダンジョンだった。 だとすると……」
プシュー。 ドアがいきなり開いた。
や、ヤバイ。
僕は強化ガラス板から手を放し、サクっとアイテムボックス内へと取り込んだ。 中に入りかけていたエミリは瞬間プライベートダンジョンから弾き飛ばされた。
入って来たのは、ヒョロっとして背が高くて青い服を着たお兄さんだ。 先程の綺麗なお姉さんも一人付いて来ていた。 転んでいるエミリを見て何かを話しかけた。
「●×▼◇◇〇-x。 ××+〇△▼■●◇□」
彼らに分からないようにAI通訳端末アイテムボックスから取り出して、それを指し示しながら答えた。
「すみません、言葉が分からないので、このAI通訳端末に分かるように話してください」
お兄さんは僕の言葉に驚いたような顔をして、しばらくAI通訳端末を見つめていたが、ハッ気づいたような顔をして、またドアの向うへと帰って行ってしまった。
AI通訳端末には、”インストールされていない未確認言語です。 対応するデータを入力してください” と表示されていた。
今時未確認言語とかあり得ないよな。 このAI通訳端末は普通の携帯端末の翻訳アプリより高機能で全世界の言語だけでなく、その文化や歴史、科学技術などのあらゆる知識を網羅してある超高性能AIで、能動的な機能まであるとの噂されるほどだ。 けど、それって嘘だったのかな? 後で鈴木さんに確かめてみる必要がありそうだ。
「お、お兄ぃ。 もしかして私達は、……エミちゃん達は不思議の国へ迷い込んだ?」
「そんなわけ……。 ……無いよな?」
「さあ~どうでしょう?」
プシュー。
再びドアが開く音がして、お兄さんと綺麗なお姉さんが入って来た。 綺麗なお姉さんは少しだけ大型の電子機器を持っている。 見かけと違い力持ちなのかもしれない。 そしてその電子機器を僕のAI翻訳機の傍において何かを操作した。
そのとたん、僕のAI翻訳機が反応した。 ディスプレイには、”新言語解析中” と表示された。 そして負荷を示すと思われる表示値が最大となった。 さすがにこれは僕でもわかる。 随分と重い作業が始まったようだ。
そのまま無言で待つこと10分ほど。 そしてディスプレイには”解析終了。 新言語アフィア語をインストール完了” と表示された。
「貴方は私の言葉がわかりますか?」
アフィア語のお兄さんが発した言葉をAI通訳端末が日本語へと翻訳してくれた。
「ええ、分かるようになりました。 今時めずらしいですね。 アフィア語? そんな言語は聞いたことがなかったです」
「僕も驚いたよ。 今時アフィア語以外を話す人がいたとはね」
「……」
「……」
一体何の冗談だ? と思ったのだが、こうなると確かめてみる必要がある。
「ええと、ここは何処でしょう? まさか地球上じゃないとか?」
「地球? それは聞いたことが無いな。 ここは惑星アフィアリアの第28969ダンジョンの中だ」
「惑星アフィアリア? 僕をからかっているんですか? AIミフィくん、惑星アフィアリアの情報を教えて?」
AIミフィとは、僕のAI通訳端末のコアを成すAIで、僕がそれを呼ぶときの名前だ。
「吉田様の質問にAIミフィがお答えします。 この惑星アフィアリアのデータベースに登録されている星々の位置関係から算出しますと、ここは地球から約1万2000光年離れた場所に実在している星系の第2惑星だと断定できます」
「 「 「えっ?」 」 」
お姉さん以外の3名が驚きの声を発した。
こ、これって夢か? 夢だよな。
僕は思い切って頬をつねってみた。 だが僕の期待と裏腹に頬には鋭い痛みが走ったのだった。