170. ジャンジョンシェイシェイ
明くる日、僕等は弱い方面のゲートを潜り、レベル500程度の魔物を狙撃で倒して中佐のレベルを101まであげた。 そしていよいよ強い方面のゲートを潜り抜けた。
輸送トラックに乗って暫く進むと怪しい広場に出た。 先行させたドローンによる調査により、そこまでは転移トラップもなく魔物にも遭遇していなかった。
僕等は輸送トラックの中のプライベートダンジョンから出て、広場を調査することにした。
「ひ、ひぇ~。 この先にめっちゃでかい魔物の反応がある。 って思ったらあれっ? 小さくなっちゃった……」
「ヨシ君、どういうこと?」
「あの方向に直径50mもあるでかい魔物の反応が探知で引っかかったんです。 だけど今は小さくなってる。 ってあっ、まだでかくなった!」
「おい、ヨシ。 俺には見えねーな。 どうなってるんだ?」
「わからない。 直径50mもあるでかい奴ならここからだって視認できそうなんだけど……。 もしかしてピザみたいな薄い円盤状の魔物なのかな」
「と、とりあえず調査が必要ね。 看破できないと攻略なんてできそうにないもの。 では中佐、ゲートフィールドの展開をお願い。 レイナちゃんもウインドバリアを、ミレイちゃんもスキルを使って頂戴ね」
万全の守備耐性と戦闘態勢で、僕らはその魔物の方向へ進んで行った。 そしてわかったことは、その魔物が小さくなっている時には視認でき、大きくなっている時には見えなくなってしまっているということだった。 一応マリが看破に成功したので僕等はその場から退避してプライベートダンジョンへと引っ込んだ。 それからシミュレーターを用いた魔物の攻略法が定まるまで2日を要した。
「さて行きますか~」
緊張している僕等の様子を窺いながら、優しそうな声で美沙佳さんが戦闘開始を告げた。
まず、魔物が大きくなっている状態からスタートだ。
どぉ~~ん。
エミリとカナさんの組み合わせで地獄の業火の全体攻撃版が巨大な魔物を巻き込んだ。
すると、魔物は小さくなった。
今がチャンスである。
マリが鉄壁を使ってその小さい魔物目掛けて突っ込む。 僕もマリの後ろにピッタリとつけている。
魔物がマリに敵意を向けたと同時に僕は背後に回り込んで、急所目掛けて光るレイピアを叩き込む。
がちっ!
確かな手ごたえはあるものの、そいつはビクともしていない。
ソイツは人型の鳥のような奴だった。 マリによればソイツのレベルは1021、初めて4桁越えのレベルに達した強敵である。 事前の戦闘シミュレーションで分かっていることは小さくなると物理攻撃が有効で、大きくなり見えなくなると魔法攻撃が有効になるということだった。
ズ、ドドドド。
僕に奴の敵意が向いたと同時にマリの背後からミレイさんの対魔ライフルが続けざまに火を噴いた。 これにより、奴の敵意はミレイさんの方向、つまりマリの方へと向き、奴の嘴によるツッツキ攻撃がマリへと集中することになった。
ガッ、ガッ、ガッ、ガッ、ガッ。
マリは鉄壁スキルの効果が乗った盾でそれを危なげなく受け止めた。 その隙に僕は再度急所へと光るレイピアを突き入れる。
そんなのを数回繰り返すと、その人型鳥の魔物は突然大きく息を吸い込んだ。
ぎゃぁぁぁ~~~~!!!
その咆哮は鳥の魔物が発する狂乱状態にある予兆で、この戦闘における最大の難所だった。 ひとたびその人型鳥が狂乱状態になると、その攻撃力がべらぼうに高い羽根を飛ばしてくる全体物理攻撃が来る。
その全体攻撃はレイナさんのウインドバリアでも防げない。 いや正確に言えば、ウインドバリアはそれを防ぐのだが、だんだん強くなってくるその攻撃に中にいるレイナさんがその反動に耐えられない。 昔のように皆でレイナさんを支えようとしてもフッとばされてしまうのだ。
それに僕とマリはウインドバリアへ逃げ込むだけの余裕がとれなかった。 実は魔物の近くにいるマリが人型鳥の咆哮で金縛り状態になってしまい、何故かわからないが僕の力をもってしても動かせなくなるからだ。
魔物が咆哮するとすぐさま僕はマリと魔物との間に回り込んだ。 咆哮が終わり、物理攻撃が激しさを増していく前にレイナさんウインドバリアの前にエミリが割り込んだ。
「ダンジョン生成!」
「ミミック! ダンジョン生成!」
そんな状況を打開する必殺技がこれだった。
僕とエミリはポータブル強化ガラスを出して、そこへプライベートダンジョン、そしてミミックダンジョンを生成した。
プライベートダンジョンの効果に期待しているのは、僕等がその中へ逃げ込むためではない。 そんなことをすれば何時までたっても、――少なくとも1日程度では奴を倒すことはできなかった。 恐らく僕らがいないと判断した時点で回復してしまうものと思われた。
ではそんな状況で何故プライベートダンジョンを出したのか。
それはポータブル強化ガラスを盾にするためだ。
プライベートダンジョンを出した際、強化ガラスをダンジョンの壁に固定する意識を持てばダンジョンに対して動かせなくなる。 さらにその動かなくなったポートブル強化ガラスはダンジョンの壁のような性質をもつ。 すなわち僕等にとって非破壊オブジェクトといえる強度になるのだ。
僕等は暫くの間、プライベートダンジョンを生成した非破壊オブジェクトの陰に隠れて人型魔物の全体攻撃を凌き、やがてそいつの狂乱は静まった。
すると次に奴は姿を消し大きくなった。
その時点で僕とマリは直ぐにその場から撤退し、レイナさんが作ったウインドバリアの中へと退避した。
後は最初の地獄の業火の全体攻撃からの繰り返しである。
そして何度も練習してルーチンと化した攻撃パターンを5回繰り返した時、その人型鳥の魔物は消え去ったのである。
「ふぅ、やっとレベル1000越えの魔物が倒せたわ。 シミュレーターの中であの攻撃を防ぐ方法を見つけたのが勝因だわね」
「大姉さま、も、もしかしてエミちゃんは殊勲賞候補?」
「ええそうね。 エミリちゃんが、シミュレーションの中で突然吉田さんにミミックしなければ、そして”ダンジョン生成”っ叫ばなければ今頃どうなってしまっていたのか考えたくないわね」
「でもエミリは”ダンジョン生成”を噛んで、”ジャンジョンシェイシェイ”とか意味不明な叫び声を上げていたよな。 ほんと笑えるよ」
「お兄ぃ、それは言わないお約束でしょ?」
プライベートダンジョンの中でさらにプライベートダンジョンは生成できない。 しかしプライベートダンジョンの中のシミュレーターの中でならシミュレーション上のダンジョン生成は可能だった。 これに気づいたことで、一気に攻略方法を確立することができたのである。
「アイツってもしかしてユニークじゃなかったってこと?」
「結構強い割には渋いドロップだったな」
戦いが終わり、奴が倒れた場所には12個の通常オーブとスキルオーブが4個、そして黒いエキストラスキルオーブが2個ドロップしていたものの、その中に虹色のオーブは無かった。
そのかわりと言っては何だが、奥に見慣れた部屋ようなものが現れていた。
「で、でも。 もしかして、あれってコアルーム? ってことはここはボス部屋だったってこと?」
「……その可能性は大だな。 いきなりの強敵だったし、あそこにダンジョンコアのような物があるし」
「……」
「なら、さっさとオーブを拾ってコアタッチしちゃってね。 すごいわ、これで貴方達は2回目の上級ダンジョン制覇になるわね」
「え、えーと。 トゥルーコアタッチはもちろん美沙佳さんとマカデミア中佐もできると思います。 まさか僕等だけにトゥルーコアタッチさせようとしていたとかじゃないですよね?」
「……」
「……」
あっ! これは図星だったかな。 美沙佳さんも中佐も今ではレベル100も超えてユニークスキルも持っている。 少なくとも前回、阿修羅上級ダンジョンのトゥルーコアタッチに成功した時点のミレイさんたちとスペックは同等レベルのはずだ。 もちろん彼女達のステータスを上げたのは戦力アップを狙ってのことだったが、その副次効果でトゥルーコアタッチが可能になるかもしれないとは思っていた。
その後僕等は黙々とトゥルーコアタッチを進めた。 当然ながら美沙佳さんも中佐もトゥルーコアタッチに成功していた。
「中々密度が濃い攻略だったわね。 上級ダンジョンの攻略って生半可じゃないと思い知らされたわ」
「やっと終わりましたね。 思ったよりも短時間で攻略できて良かったです。 これで次のアナンダ–ミレキュアダンジョンに着手できそうですね」
「……いやいや、俺は軍の意向に沿わねーとならんから、次のダンジョンとかねーよ」
「いえいえ、中佐のゲートフィールドには大分助けられました。 中佐抜きでは上級ダンジョンなんて簡単に攻略できないそうにないです。 是非とも次の攻略に参加していただけるよう世界ダンジョン連盟へ強く要請を出しておきますよ」
「……はぁ、そうくるか。 この先は、まあなるようにしかならんか。 ……ところであれはゲートじゃねーか?」
ふと見ると、コアルーム内に新しいゲートが出来ていた。 これは中級ダンジョンから上級ダンジョンへ迷い込んだ時と同じパターンの気がする。
「あっ、中佐。 それは無視で。 そんなのには関わらないに限ります」
「そうなのか?」
「カナ、どうなの?」
「私も、そこへは入らない方がいいと思う。 なんか不気味な感じがする」
そのゲートに目を向けていた美沙佳さんが僕等の意見をまとめた。
「……当初の目的は達成したはずなので、いらぬ危険は冒さないようにしましょう。 じゃあ吉田君のプライベートダンジョン経由で外へ出ましょうか。 それともここの近くのセーフティゾーンからカナダ側へでも行ってみる?」
美沙佳さんの提案を受けて、僕等はとりあえずコアルームから外へ出ようとした。 その時エミリが何かを発見した。
「お兄ぃ、これって何?」
ん? なんだろう。 ボタンスイッチのようなアイテムだ。 だがそれが何故ここに?
そう思った途端にエミリがボタンを押してしまった。
わかる、わかるぞそれ。
ボタンがあると押してしまいたくなってしまうのは現代人の本能と言ってよい。
だが、それは間違いの元でもある。
えっ?
エミリがボタンを押した途端にまるで仕掛けられた落とし穴が開いたように僕とエミリがいる場所の底が抜けた。
こうなってしまったら、いくらステータスが高くても落下は免れない。 何かをアイテムボックスから出して放り投げれば、その反動で脱出できたかもしれないが、その時はそんなことは思いつかなかった。
結果、僕とエミリは穴の中に落ちて行った。 その他のメンバーは先の戦闘で手に入れた黒いオーブに気を取られて僕等の窮状に気づかない。 声を上げようとしたが、何故だか声が出ない。
「…………た……す……………………けて……」
そんな声が一瞬聞こえたような気がした。