168. ゴーストキラー
僕等が戻ったと言う情報は、直ぐに日本側へも通達されて日本側から6名のユニークスキル持ちがやって来ることになった。 対する米国側のユニーク持ちは11名。 合計17名のユニークスキル持ちが一同に会することになったのである。
皆が集まるまでの数日間を利用して、必要だった攻略軍用の輸送トラックも20台を手に入れて各自が2台ずつ以上保有した。 中佐にはアイテムボックススキル、同様に身体強化系スキルも身に着けてもらった。 中佐はアイテムボックスよりもSTR強化やVIT強化をマックスにできたことに感動していた。
「それではこれから何をしていただくかのご説明をさせていただきます」
美沙佳さんは集められた日米の攻略軍の面々への説明を開始した。 今回集まってもらったユニークスキル持ち17名には、事前に詳細は知らされていなかったということを聞いている。
「まず初めに確認しておきますが、今回の件について事前に守秘義務契約書を書いてもらっているはずですので、くれぐれも他言は無用でお願いします」
米軍のダンジョン攻略部隊本部附属の初級ダンジョンの中に設置された会議室の中にいる面々はこんな大事になった理由に興味深々と言った様子で、美沙佳さんの説明に集中している。 そんな状況を別室から僕はモニタ越しに見ていた。
「では本題についてご説明しますね。 つい最近のことですが、ステータス上限の開放条件が発見されました。 現状のステータスの上限は1000ですが、これを2000にまで引き上げる手段が見つかったのです」
この時点で会議室の中の面々が少しざわついた。 美沙佳さんはそれに構わず先を続ける。
「その条件とは、先ず第一にユニークスキルを持っていること。 そして今からご案内するゲートの奥で魔物を一匹以上倒すという至極単純なものです。 今日お集まりいただいた方々は全員がユニークスキル持ちのはずですので、これからご案内するゲートの中で魔物を一匹ずつ討伐してもらいます。 よろしいでしょうか」
皆がさらに狼狽え始めたところまでで僕は別室の中に予め設置してあったコンクリートの壁にプライベートダンジョンを生成し中へ入った。 一応身バレを防ぐためにマングースの被り物を身に着けてから第一区画のソファーに座った。 これで僕は単なるマングースの縫いぐるみとなったのだ。 自室に引き籠るという手もあったが、そこまでする必要もないと自己判断したのだ。
暫く待っていると先程の方々が美沙佳さんに案内されてプライベートダンジョンの中へ入ってくるのが確認できた。 そして一時間も経たずに魔物討伐を終了したのかプライベートダンジョンから退出して行った。
一瞬僕を、――マングースの縫いぐるみを目を見開いて見つめて来た人もいた。 そう、そうだ。 そういう命に危険がないスリルがいいのだ。 久しぶりに満足できたと思えた。
ちなみに今回僕のプライベートダンジョンに関する情報は完全に伏せられていた。
そのため彼らの側から見れば、本部附属の初級ダンジョンの中にある会議室の壁に普通のゲートがあり、それを2つ潜った先のスライムを討伐するだけの作業だったはずだ。
ステータスが全て2000になったユニークスキル持ちがこれで17名も一気に増えることになる。 これだけの戦力があれば、上級ダンジョンの攻略は無理かもだが、中級ダンジョンあたりのイレギュラースポーンした魔物の駆除ぐらいなら大幅に捗ると期待できる。 裏返せば僕等の仕事が減るということにも繋がる。 もしかしたらレベル100に到達して次の限界を突破する攻略者も現れるかもしれない。 そうなると僕等が手を出さなくても上級ダンジョンを攻略できる可能性すら秘めている。
明くる日には僕等はシエラネバダ上級ダンジョンのセーフティーゾーンとされる場所に戻っていた。 僕とマリ以外はVRゴーグルを装着している。
「相変わらずここは不愉快な場所だな」
中佐は明らかに不機嫌そうな声を上げた。 無害とはいえ、――いや、決して無害とはいいきれないのだが、不気味な魔物に取り囲まれては気分が良くないのはあたりまえだ。
「で、この奥ではゴーストの魔物を倒さずに、転移トラップを利用するってことでいいんですよね?」
「一応マリちゃんにゴーストの魔物を看破してもらって、そのデータを攻略部隊に引き渡した後でね」
「……」
皆がこれで黙り込んでしまったので、とりあえず皆を元気付けようと試みた。
「わかりました。 それでえ~と、未使用のユニークスキルオーブが一つ残っているはずだけど、これって誰が使ったらいいかな」
その発言で僕に皆の視線が集まった。
これってまさか……、猫のしっぽを触ってしまった感じ?
いやいやいや、これ以上できることが多くなるとそれだけ働かなくてはならなくなる。
僕としてはコキ使われるのは嫌だ。 逆がいい。
それに……。
「いやいや、僕はもうユニークスキルを5つも持っているから、とっさの場合に使いこなせないかもじゃないか。 このセーティーゾーンのように動ける人が僕とマリだけになってしまったら、勝てる勝負も危なくなってしまうよ」
「でもヨシ君も動けなくなってしまったら私達の全滅は確定じゃない? カナもレイナもそう思うでしょ?」
「ええそうね」
「そう思います」
「エミちゃんは、もう一度ユニークスキルオーブを食べてみたい……」
エミリが何か言ったようだが当然却下だ。 エミリのミミックはそれだけで十分強い。 もし2つ目のユニークを得てしまったら、僕の地位が危なくなるかもしれない。
「エミリ、お前は食べることが目的だよな? まさか下剋上を狙ってるとかか?」
効果はてきめんだった。 エミリはすぐに狼狽えてミレカ達の方へ振り返った。
「あっ、あああ。 お姉様方、そんなつもりはありません。 エミちゃんは固く固辞しますぅ」
「……」
「誰が使うにしても、俺がこれ以上オーブを持っているいわれはねーな。 ほらミレイ渡しておくぜ」
「あっ!」
「おっ!」
「どうした?」
「ユニークスキルオーブが2つに増える」
「なんだって?」
「見ればわかるじゃねーか? アイテムボックスから取り出した途端にユニークスキルオーブが2つになったってこった」
「何でまたそんな……」
「……そーいえば、このユニークスキルオーブをアイテムボックスへ取り込んだ時奇妙な感じがしたかもしれん。 何かぼやけているような二重に見えたような。 乱視気味のせいかと思ってたけどよ、もしかして最初から2つだったってことか?」
「マリは乱視気味……だったのか。 いやそれはどうでもいいけど、何で2つもあったんだろう? ん? そういえばあの唐辛子の魔物って、3重に重なってたよな。 ということは1体を除いて残る2体だけがユニーク魔物だってことかな」
僕の発言に美沙佳さんがハッと気づいたように目を丸くした。
「そ、その可能性は高いかもしれないわ。 となると、ユニーク以外の1体は通常魔物かイレギュラー魔物。 再スポーンの可能性が否定できないってことになるわ。 これは不味いんじゃないかしら」
「お、おお。 それはヤベー、俺はちょっと准将に知らせてくる。 もし臨時のベースキャンプ付近にあんな奴がスポーンしたらまた惨事になりかねん」
「ええその方がいいわね。 マカデミア中佐、頼むわね」
中佐は慌ててベースキャンプへ通じるゲートの方へ走って行ってしまった。 ベースキャンプはそのゲートを潜ってすぐの所にあるから直に戻ってくるだろう。
「さて、ユニークスキルオーブが2つになったけど、誰が使うのことにするの? 誰が使うにしても凄い防御系のスキルを覚えてくれるといいんだけどね」
「美沙佳さんでもいいかもですね」
「それはダメ! 私はあくまでも公務員です。 今でも危なっかしいのに、ユニークスキルなんかを覚えさせてもらったとなると、それこそ汚職と見做されるでしょう。 そうなったら私だけでなく貴方達も犯罪者になってしまうのよ?」
そんなこと今更だと思うのだが、何故美沙佳さんは頑なに拒否するのだろう。 僕たちの会社の一員でないというのが問題なのだろうか。 だがここで無理強いするのは得策でないと感じた。
「防御系となるとレイナさんかな~。 ステータスが上がれば益々ウインドバリアが強くなるしね」
「えっ? わたくし? いやそれは……。 こ、攻撃こそ最大の防御。 ならばミレイの狙撃能力やカナの火魔法を強くするのが良策だと思うのです」
「レイナ、何をいいだすの?」
「レイナ、精神系攻撃を受けてもレイナがしっかりしていてくれれば私達は生き残れる可能性があると思うの」
「……」
ははは、レイナさんは同時に2名の敵を作ってしまったようだ。 これで一つ目はレイナさんで決まりだな。
「じゃ、一つ目はレイナさんということで」
「よ、ヨシ君!」
「レイナさん、これは社長命令です。 従ってくださいね」
「ぐっ、……わかりました」
初めて社長という権力を行使してみた。 これはなかなか便利かもしれない。
この流れで次も決めてしまおう。
「そうだな~、二つ目は……。 うん。 次はミレイさんを強化しよう。 カナさんは怖いし」
「私のどこが怖いって?」
「もしかしてカナさんはユニークスキルオーブを使いたいの?」
「い、いえヨシ君の案に賛成です」
「なぜ私なの?」
「カナさんやレイナさんの魔法は加護の恩恵で超強力だよね~。 それに比べるとミレイさんはもう少し強くなってもいいかなって思ったんだ」
これは正直な思いだった。 いくら対魔ライフルを有効活用できたとしても、土魔法の威力がカナさん達と比較すると強くないのは事実だ。 今後土魔法に弱点がある敵に遭遇した場合のことを考えると今のうちに強化しておいた方が良い。 皆もそう思っていたみたいだったようで決定打だった。
方針が決まった後はプライベートダンジョンの中に入り、レイナさんとミレイさんにはおとなしくユニークスキルオーブを食べてもらった。 食べた時の二人の幸福そうな表情と、それを指を咥えて見ているエミリのよだれ姿は当然撮影して永久保存だ。
覚えたスキルは、レイナさんが”雑魚掃除”というパッシブスキルだった。 これは格下の魔物に近づくだけで倒せるというスキルで、なんとプライベートダンジョンの最下層の敵にも効果があった。 つまりオーブ取得はレイナさんに一任できることになったのだ。
ミレイさんが覚えたスキルは、”魔法増強”というスキルだった。 このスキルは攻撃魔法スキルをx20にすることができるアクティブスキルで、特徴的なのは他のメンバーにも使えるという点だった。 しかし自分に使った場合には効果時間が10時間もあるのに対して他人に使うと3分間だけという違いはあった。 カウンターは10あるので、ミレイさんは常時土魔法スキルをx20にすることができる。 カナさんやレイナさんに使った場合には、加護による効果x50がx70になるという結果だった。
そうやってプライベートダンジョン内のシミュレーションでいろいろと検証を進めていると暫くして中佐が戻って来たとの情報がAIからもたらされた。
「中佐、随分時間がかかりましたね? 何かあったのですか?」
「隊長すまん。 報告したらその場でつかまっちまった」
「隊長? つかまった?」
「あ、いや手伝わされたってことだ。 ほら俺はでかいアイテムボックスのスキルをもらっただろ? それを使ってベースキャンプの丸ごと移動を手伝えってことになったんだ」
「でもアイテムボックススキルなんて一瞬で使えるんじゃないかしら?」
「土台が問題だったんだ。 移動先のダンジョンの壁に合わせて土台を作り直す必要があったんだ。 それで時間がかかったんだ」
「でもそんなに時間がかかるなら連絡をいれていただけなければ」
「いや、連絡員を送ったんだが、セーフティーゾーンにはパーティが居なかったってことで戻って来ちまったんだ。 俺はてっきり俺抜きで先の魔物を看破しにいったかなって思ってたんだ。 だが帰ってみるとプライベートダンジョンができてるじゃねーか。 連絡員はその存在を知らねーからな」
「ああ、そういうことね。 じゃ仕方がないわね」
「でも何でプライベートダンジョンに入ったんだ?」
「レイナちゃんとミレイちゃんがユニークスキルを覚えたの。 その検証のためよ」
「ほぅ。 それで何のスキルを覚えたんだ?」
「”雑魚掃除”と”魔法増強”というスキルだったわ。 詳細は後でお伝えするわね」
僕等は少しだけ休憩した後で、プライベートダンジョンを出た。
そこで僕等は驚愕することになった。
「こ、これは?」
「す、凄いなレイナさん。 今まで攻略不可能と思われていたゴーストの魔物を瞬殺してしまうなんて!」
「……」
レイナさんの”雑魚駆除”は、セーフティーゾーンの魔物を一瞬で全滅させてしまっていた。 あたり一面にエネギー石とオーブやその他が多量にドロップしている。
「ふぅ、これはまた、一旦報告が必要ね」
「ああ、確かにな。 じゃまた行ってくるな。 こんどこそ直ぐにもどってくるから待ってろよ」
「ええ、お願いしますね」
中佐が報告を終えて戻って来た後で、僕らはダンジョンの奥へと向かった。 そして例の強いゴーストの魔物と転移トラップがある場所へとやって来た。
「あ、あれっ? 強化版ゴーストの魔物は?」
「レイナちゃんが倒した?」
「確かに、あそこにオーブとエネルギー石らしきものが」
「ははは、これじゃ看破しようがねーな」
「レイナはゴーストキラー……」
「止めてください。 わたくしが倒したのではなく、スキルが倒したのです」
「同じ事のように思うけど、まあこの場はそういう事にして置きましょう。 ゴーストが居た方向も進路として選択できるようになったけれど、予定通り転移トラップを積極的に使って近道しましょうね。 皆さん意見はありますか?」
こういう場面ではカナさんの勘に頼るのが上策なのだが、カナさんも予定通りの案に賛成したので僕等は攻略軍用の輸送トラックへと乗車した。 このトラックはAI自動運転とプライベートダンジョン内からリモートコントロールもできる複合型タイプである。
そして僕等はトラックの中でプライベートダンジョンの中に入って、転移トラップ方面へと向かった。