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167.  転移トラップ

 ステータスを1000から2000へと引き上げる条件が確定したことで、僕等の話し合いにより一旦ダンジョンの第一階層の臨時ベースキャンプまで引き返すことになった。 シエラネバダダンジョンの攻略の前に、ステータス引き上げの条件を公表するかどうかをエリック・マカデミア中佐から迫られたのである。

 ちなみにステータスを2000から4000へ引き上げる条件はレベル100以上になることなのだが、レベルではなくステータス至上主義の現在においては、達成への敷居が非常に高いため暫くはどうにもならないだろうと予想していた。


 第一階層の臨時ベースキャンプは、僕等が開放したセーフティゾーンと第一階層とを繋ぐゲートのある場所、つまりゲートキーパーが居た場所に設置されていた。 昨日の今日でそんなに早く建設できたのには理由がある。 早急にこのセーフティーゾーンへ繋がるゲートの存在を一般から隔離するということ、そしてセーフティゾーンに留まっていた部隊の休息のためである。

 このダンジョンのセーフティゾーンでの駐留は年単位に及ぶのが普通だったので、部隊はかなり疲弊していた。 更に言うとショートカットが出来たことで精神的に負担がかかるセーフティーゾーンに無理して留まる必要が無くなったからでもある。



「びっくりしました。 こんな立派な施設がこの場所に一夜で建設されるなんて」


「もちろん高レベルのアイテムボックススキル持ちを本気で投入したのだよ。 元々ベースキャンプの立て直し計画を、少し前倒しして場所も変更しただけだね」



 マクダグラス准将のリアルキャラのアバターはそう言って僕に微笑んだ。 米国での重要な会議ではリアルキャラを使うことが義務付けられている。 そう、僕等は今非公式に准将と日本の鈴木さんを交えて今後の方針についての話し合いの場を設けていた。


 最初に美沙佳さんから准将と鈴木さんへ、ゴーストの魔物討伐、転移トラップの件、そしてステータスの上限を2000に上げるための条件を説明してもらった。 秘密扱いになっていた転移トラップについて話した時には准将が少し渋い顔をしたりもしたが、続いてステータスの上限の話をしたことですぐに関心はそちらへ釘付けとなった。



「まさかそんな……」



 准将と鈴木さんは(英語と日本語で)同時に声を発した。 ステータス上限の件は鈴木さんにも話していない秘密だった。 でも今回で秘密らしい秘密はだいたい無くなったと言っていい。 

 美沙佳さんは先を続ける。



「ステータスの上限の件は私とマカデミア中佐が証人です。 もちろん今回秘密を打ち明けた以上、条件を満たす――ユニークスキルを1つ以上持っている方全員の限界を解放してしまいたいと思います。 もちろん希望すればの話ですけど」



 准将は何かを考えるように黙り込んだが、鈴木さんは首をかしげて美沙佳さんへ向き直った。



「ちょっと待ってくれ。 上限突破の条件があるってことは、さらにそのような条件があるというのかい?」


「ええ、聞いた限りではレベル100以上になることで次の段階の上限解放ができるそうです。 そして、更に次はユニークスキルを2つ以上持っていることが必要条件のようですね」


「レベル100だって? それはまた……。 攻略において隊員のレベルの重要度は低いと思っていたんだが、これは意外な話だね。 ……いや、しかし、そもそも今の攻略部隊の攻略法ではレベル上げは精々95付近までと言われてるんじゃないか?」


「ええ、そのはずです。 ですが彼らは私達に倒せないような高レベルの魔物を少人数で撃破しています。 現状の大部隊での攻略とは全く様相が異なります」


「なるほどそういうことか。 そう言われれば確かにその通りかもしれないね……」



 鈴木さんが黙り込むと今度は准将が口を開く番だった。



「君らにはこのダンジョンの攻略を進める事を依頼していたんだが、我々のステータス限界の解放に協力してくれるということでいいのかな?」


「ええ、私達の計画では、まず最初にこのダンジョンの転移トラップ対策を検討した後で、ここへ一旦戻って来る予定なのです。 その時までに上限突破の希望者を集めていただければと考えております」


「一応、何故、そんなにまでしてくれる気になったのかを聞いておきたい」


「それは、私達が攻略で不在になっても、今回のような大規模なドラブルがあっても自力で対応できる体制にしてほしいからです。 それに解放条件を達成するのに秘密厳守さえ守ってもらえればレインボーオーブへの負担はほとんどないからです」


 そんなこんなで、准将と鈴木さんは直ぐに手配を始めることになった。 もちろんベースキャンプに滞在していた少佐についてはすぐに上限を解放してあげた。


 その後僕らは転移トラップの検証のため、第2階層へと向かった。

 一つ目の転移トラップは第2階層の奥側にあるということで、僕等はすぐにそこへ到達した。



「そこの象の銅像の向こう側が転移トラップになっている」



  中佐が指さした先には、確かに象の銅像が置いてあった。 本物の象よりも大分大きくて立派だ。



「何で象?」


「特に深い意味はないと聞いている。 なんでも軍のアイテムボックス担当が外でバイトした際、お礼に押し付けられた物だそうだ」


「それって、どんな規模のバイトなんだろう。 気になる……」


「気にしなくていい。 とにかくこれから俺たちは今から転移トラップに入る。 転移先は第8階層で、すぐに魔物にエンカウントすることになる。 相手はレベル90程のアングリーマンキーの群れだ。 まあ俺達ならステータスのごり押しで余裕のはずだ」



 なるほどレベル90程度なら素手で殴っても倒せそうだ。 僕はそのままそこへ向かおうとした。



「ちょっ、まて。 一応武器をアイテムボックスから出して置け。 そうしないと素手で戦うことになっちまうぞ?」


「レベル90のアングリーマンキーなら素手でも余裕な気がするんだけど……」


「……」


「……いや、俺やお前はそれでもいいかもだが、彼女達も素手でやってもらうつもりなのか? 結構気持ち悪い思いをすることになるんだが」



 そういえばそうだった。 アイツ等は汚物で塗れたような着物を着ている。 臭いも特有だと聞いていた。 



「もちろん僕は剣を使うつもりです。 中佐は素手でいいんですね?」



 そう言って僕は中佐を見返した。 そんな僕に中佐は呆れたように首を振っただけだった。

 という経緯で僕等は皆、剣と盾を装備して転移トラップのあるはずの場所へと足を踏み入れた。


 しばらく待っているといきなり風景が変わった。 どうやら転移は一瞬で起こるようだ。

 そしてアングリーモンキーと思われる群れが見えた。

 僕は戦闘に備えて身構えたが、何か様子がおかしい。



「あれって、僕等に気づいていないんじゃ?」


「ああ、転移直後はこちらに気づかないみたいだ。 だが10秒程でこちらを感知してくる」



 そんなこと初めから説明しておけよな、と思った時には10秒が経過し、奴らの視点がこちらを捉えたのが分かった。 そしてすぐに僕らの方へと向かってくる素振りを見せた。


 身の程を知らない魔物共め!


 僕はすぐに行動に移した。 直後彼らの中に踊り出る。 そしてステータスに任せて黄色い霞を纏ったレイピアで急所を突きまくった。 気づいた時には戦いは終わっていた。



「お、お前って。 実は好戦的な奴だったんだな……」



 えっ、と思って声の方向へ振り返ると、女子達はもちろん、中佐やマリが転移して来たその場から動いていなかった。 つまり僕だけが戦ったということだ。



「皆酷い。 僕だけを戦わせるなんて」


「いや、お前の行動が早かっただけだな。 俺の警告を無視して突っ込むなんて、下手すりゃ自殺行為じゃねーか」


「マリ、それってどういうこと?」


「お前聞いてなかったのか? アイツ等のレベルは150程だった。 そして俺の知る限りじゃ新種だったんだぜ? つまりイレギュラーな奴だったということだ。 普通は少し警戒するもんだがな」


 確かに言われてみれば、赤いリボンみたいなものを付けた奴だった。 単に魔物がおしゃれに目覚めただけかと思ってたが新種だったとは迂闊だった。



「……」


「ま、やってしまったのは仕方がねーな。 でも今後は気をつけろよな」


「やっぱり私が指示を出さないと危険なのかな~」


 美沙佳さんが、そう言って僕を呆れた目で見ながらため息をついた。

 僕は何となく居心地が悪くなった。 

 これは一旦皆の気を散らす必要があるだろう。


 僕はアイテムボックスEX経由でポータブル強化ガラスを取り出し、プライベートダンジョンを生成し中へと入った。

 すると皆は続いて中へと入って来た。 

 そして皆が一斉に報告を開始した。



「ヨシ君は当然のようにスキルを使ったね。 私の”オーブ鑑定”も有効だったけどね」

「俺の”看破EX”は使えるみたいだ。 ”鉄壁”は駄目だな」

「私の火魔法は全部駄目」

「わたくしのウインドバリアは使えるようです。 それ以外の風魔法は使えないのに不思議なことです。 これってどういう原理なのかしら」

「エミちゃんの”ミミック”は駄目かも。 くやし~」

「相変わらず俺の”ゲートフィールド”は使えん」

「私の”逃亡”も駄目ね」


「ん? 美沙佳さんのユニークスキルって”逃亡”だったんですね」


「……」

「……」


「あれっ? 吉田君は私のユニークスキルが何なのか知らなかったと?」


「えっ? 皆は知っていたの?」


「この前説明したと思ったけど?」


「……」


「すみません、全く覚えてないです」


「……」



 本当に美沙佳さんのスキルの件については全く知らなかった。 そしてこれで折角プライベートダンジョンに入り、一旦は皆の関心を別方向へ向けたのに、結局僕は皆から呆れられてしまったようだ。

 現時点の僕の使えるスキルは、”アイテムボックスEX”、”ダンジョン生成”、そして”急所突き”の3つで、”ダンジョン内探知”と”強化”は駄目だった。



「……あ、あの~。 それで転移トラップ対策はどうします?」


「そうね、レイナちゃんの”ウインドバリア”と、ミレイちゃんの”オーブ鑑定”が使えるのが大きいわね。 それにプライベートダンジョンが使えるなら、2日間だけ中で過ごしてから改めて攻略開始という策も取れるわね」



 美沙佳さんは安心して柔和な顔になっている。 こういう顔をされるとドキッとしてしまう。   大分年上なのに、これは男のサガなのだろうか。  



「美沙佳さん、質問一ついいですか?」


「ええ、何かしら?」


「そういえば、プライベートダンジョンが使えなかった場合、お昼ごはんとかどうする予定だったんですか? アイテムボックスが使えなくなるのは予めわかっていましたよね?」


「……」

「……」

「……」


「まさか! ご飯抜きだったとか?」


「そ、そう言われれば、危なかったわね。 下手すると2日間は飲まず食わず、トイレもお風呂も無しになるところだったわ。 でも吉田君のスキルが使えて本当に助かったわ」


「へへへ。 それほどでも」


「……」


「あ、美沙佳さん、もう一つ質問いいですか?」


「ええ、怖いけど、どうぞ」


「スキルの封印状態をリセットする手段ってないのかな。 ほらMPはオーブで回復できるみたいに」


「……た、確かに何か条件があるなら見つけたいところね」


「ははは、は~い! エミちゃんが立候補します~」


「エミリ、立候補ってなんのことだ?」


「お兄ぃ、もちろんオーブ試食会についてです~」


「……お前というやつは、隙あらばオーブ食に繋げようとするんだな。 まあ、いいけどさ」



 エミリの提案通り、オーブとスキルオーブを食べる実験が行われた。 そして誠にご都合主義なことに、スキルオーブを食べることで食べたスキルに対応したスキルの封印を解除することに成功した。 もちろん解除できたのは通常スキルについてのみで、ユニークスキルは駄目だった。 だがカナさんの火の加護と、レイナさんの風の加護は元々封印されていなかったみたいで戦力的にはほぼ元通りといった感じになった。


 結果、2日間使えなくなるスキルは、”ダンジョン内探知”、”強化”、”鉄壁”、”ミミック”、”ゲートフィールド”、”逃亡”だけになった。


 僕たちにはスキルオーブを沢山ゲットする手段があり、現に在庫もかなりある。 しかし転移トラップに嵌る度に、スキルを復活させる目的で人数分消費してしまうとなると流石に厳しい。 ということでプライベートダンジョン内で補充することになるのだが、このダンジョンに対応してドロップするオーブには例によって魔法攻撃系スキルは皆無という偏りをみせていた。



「スキルの封印を解除できる手段を見つけたのはいいけど、人数分、そして全種類のスキルオーブをその都度使うって厳しすぎない?」



 プライベートダンジョン内でスキルオーブ確保作業を続けている時に、ついにカナさんが皆が我慢していた思いを吐き出した。



「そうね、カナちゃんのいう通り、これは確かに非効率だわね。 それに攻略部隊ではスキルオーブは高額――大変貴重なのよね。 全員が全種類使うのは、さすがに大変もったいない使い方と言えるわ。 今後はそれぞれ自分の役目に応じた最小限のスキルオーブだけを使うことにしましょうね」



 美沙佳さんのその意見には誰も異論を唱えなかった。 そこで僕は少し気になることがあったので思い切って質問してみることにした。



「そういえば、マカデミア中佐。 転移トラップに嵌った場合、攻略部隊では物資をどうやって確保してたんですか? トイレなんか女子には死活問題ですよね」



 僕から突然話を振られた中佐は少しだけたじろいた。



「転移トラップでアイテムボックスが使えなくなるのが判明してからは、軍用輸送トラックに物資を積んで移動していたな。 トイレついては本当に俺のワイフなんか必死に……」



 ま、不味い。 中佐に意見を求めたのは次の提案をするための布石に過ぎなかったのだが、思わぬ展開になってしまった。



「そ、そうですよね。 僕のパーティのメンバーなんか、トイレにトラウマを持っている人が2名もいますからね」



 ミレイさんとカナさんが僕を睨んできた。 折角実名を伏せてあげたのに、これじゃあその2名が誰だったのか自ら暴露したことになってしまう。 僕は配慮を無効にされたことに少しだけがっかりした。

 それでも僕は痛い視線を浴びながら話を続ける。



「と、ところで。 その軍用輸送トラックって持って来てます?」


「どうやって? そんなのは大容量のアイテムボックス持ちにしかできないことだ」


「あ、ああ。 中佐はアイテムボックススキルを持ってなかったんだった。 では美沙佳さんは?」


「私も持って来てないわ。 流石にそういう武力装備類の海外持ち出しには厳しい制限があるの。 でも吉田さんは何故そんなことを聞くの?」


「ええ、それはですね、試したいアイディアがあるからです。 軍用輸送トラックの中にプライベートダンジョンを設置できれば、安全に移動ができるようになりそうだし、中に居れば転移トラップに嵌ってもスキル封印の影響を受けなくなるんじゃないかと思ったんです」


「……それは良いアイディアね。 試す価値は十分ありそう。 でも誰か一人は運転手が必要ね」


「そんなの、AI運転に任せるか、あるいはプライベートダンジョンの中からリモートでコントロールすればいいんじゃないかな」


「……」


「お、お前って実は凄い奴だったんだな。 本当にそんなんが可能なら転移トラップ問題はほぼ解決できたことになるぜ。 でも今は輸送トラックが無いから、一旦戻る必要があるな」


「え、エミちゃんから一言いいですか?」



 えっ? エミリが提案? 普段はミレカ姉妹に遠慮しているのに変だ。 まさか今度もまたオーブ食に関連が?



「あら、エミリちゃん。 何かしら?」


「エミちゃんは、そんなことも有ろうかと、マイクロバスを持って来てます~。 もちろんダンジョン仕様に改造済ですぅ」


「ええっ! 何のために?」



 僕の驚き声に、皆はいつもの反応を示したが、もう慣れっこになっていたようで特に抗議の声は上がらなかった。



「くっ! 今、そんなことは重要じゃないと思うのです」



 次の転移トラップ地点――第6階層へと逆戻りして辿りつくまでに3日を要し、その間にできるだけ魔法攻撃系以外のスキルオーブを取得してから、マイクロバスを使って実験は行われた。 


 結果はビンゴ。


 プライベートダンジョンをマイクロバスに固定して移動し、転移トラップに嵌ると、プライベートダンジョンの中にいる僕等のスキルは封印されなかったのである。

 おまけと言っては何だが、プライベートダンジョンの中にいる限り、魔物に感知されないという効果も検証できた。

 これで転移トラップ対策は万全といえるところまで突き詰めることができたと思えた。



 そして僕らはプライベートダンジョン経由で、一旦米軍のダンジョン攻略部隊本部附属の初級ダンジョンへと戻ったのだった。

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