166. 作戦会議
翌朝プライベートダンジョン内の僕の部屋から出て外を見ると、マカデミア中佐と美沙佳さんが深刻そうな顔で何かを話をしていた。 なんだろうと思って近づくと僕に気づいた美沙佳さんが僕に微笑んだ。
「おはよう、昨日はゆっくり休めた? 大変だったから今日は休みにしてもいいのよ?」
「確かに大変だったけど、僕はもう大丈夫です。 僕たちより美沙佳さん達の方が大変じゃなかったですか? 首長竜をめっちゃ倒しましたし、その上このセーフティーゾーン?では思わぬ精神的な負担を強いられましたしね」
「ふう、若いっていいわね。 言う通り私なんか少し疲れが残っているわ。 でも任務に支障をきたす程じゃないわね」
「美沙佳さんだって若いくて美しいじゃないですか~」
「あら、貴方ってお世辞も言えるの? 大人なのね」
「えへへ、そうです。 僕は立派な大人なんです」
「……」
「それはそうと、さっきセーフティーゾーンって言った時に疑問形だったのは何故?」
「僕の勘では、……当てにならないかもだけど、皆さんが感じる恐怖感というのは魔物から精神攻撃を受けてたからなんじゃないかと思ったんです」
僕が正直に感想を述べると、すぐにマカデミア中佐が僕に向かってニヤリとした。
「お前もそう思うのか……。 確かにここは完全なセーフティーゾーンとは言い難いものがある。 その辺は軍でも議論されたところだったんだ。 しかしVRヘルメットを装着するか、セーフティーテントの中にいれば安全なことは確かなんだ。 実のところ”噛み付き石”とかいうふざけた魔物の存在が明らかになったことで、セーフティーゾーンの定義自体が曖昧になってきているから、それにあまり拘る必要は無いんだがな」
「でもここがセーフティーゾーンでないとすると、このダンジョンが上級ダンジョンかどうかも分からないってことですよね?」
「上級ダンジョンなのは間違いないな。 ソリン装置から得られる情報で上級に分類されるからな。 ダンジョンのランクはソリン装置上のランクと、攻略困難度のランクがあるんだが、正式には前者で定義するのが正しい。 もちろん実用的には後者の方が分かりやすいんだが」
「そうですね。 ……ところで、さっき厳しい顔をしていましたが、何かあったんですか?」
マカデミア中佐はそれに答えてくれなかった。 どうやらその件については美沙佳さんに委ねているみたいで、美沙佳さんの方を見ただけだった。
そんな時、女子達が続々と自室から出て来た。 僕に説明しかけた美沙佳さんはそれをみて、皆が揃ったところで皆に向き直り笑みを浮かべた。
「おはようございます。 昨日は皆さんご苦労様。 今日から本格的にこのダンジョンの攻略に戻るわけなのだけど、その前に皆に話しておくことがあります」
ミレカ姉妹たちも、美沙佳さんのところへ来た時点で既にお仕事モードといったところだったので引き締まった顔つきになっている。
どうやらその話しておくことというのが、先程の厳しい表情に関係するのだろうと、僕は固唾を飲んで聞き入ることにした。
「ここはダンジョンのセーフティゾーンとされている19階層でした。 つまり18回ゲートを潜った先の階層ということね。 そしてここへ来るには普通なら2か月は要するはずだったの」
「僕等は1回しかゲートを潜ってないから、ここは2階層ともいえるんじゃないかな」
そういえばセーフティーゾーンの定義だけでなく、階層の定義も怪しくなってきていると思ったので、話の途中であるが一応聞いておくことにした。
本当はおとなしく聞き入るつもりだったが、突っ込めるところは突っ込んでおきたいという欲望に負けてしまった。
「そうね。 でもここへのショートカットが開放されるまでは、19階層まで出現する魔物は徐々にレベルが上がっていて、ここの直前の階層ではレベル170程の魔物が出るの。 つまりこの階層は、今までのルートで考える階層がふさわしいと言えるわね」
「そうでしたか。 話をぶった切ってすみませんでした」
「……話を続けます。 ここへ来るまでの時間を使って、このダンジョンの状況を中佐から事前説明を受けることになっていたのよ。 それでその状況というのが……」
「美沙佳大佐、あ、いや一佐。 この件はやはり俺から説明することにするよ」
「そう……、じゃ任せるわね」
「これは極秘事項だったから途中で伝えることにしていたんだ。 このダンジョンはかなり特殊だといえる。 まず第一にこのダンジョンの第14階層より深いところでは、ダンジョン産の金属が多量に得られる。 そして第二に上級ダンジョン特有のトラップが道中にかなりある。 それは落とし穴とか、何かすると閉じ込められるとかの通常のトラップじゃない。 ここのトラップは転移トラップなんだ」
「転移トラップ? ということは道順が分からなくなりやすいということか~。 でも僕等にはカナさんがいるから大丈夫そうですね」
「転移トラップといっても、それが存在する場所は特定されているから、このセーフティゾーンまでは既知だから問題ないといえるだろう。 だがその転移トラップは場所は決まっていても現れたり消えたりランダムなんだ。 そしてそのトラップに掛かってしまった場合には多くの場合良い結果にはならない」
「どんな結果になるんです?」
「特徴としては、そのトラップが漏れなく一方通行だということと、飛ばされた先の階層が深いということだな。 これは転移に巻き込ませたドローンや探索機などが後に深い階層で発見されたことでわかったことだ」
「ふーん。 でもそれが深刻なことなんですか? 僕たちのような十分な戦力があればさほど問題はないですね。 それにマリから聞いたとは思うんですが、僕等には緊急脱出手段としてプライベートダンジョンがあります」
「まあそうだな。 ……だが、数少ない生還者の情報では、転移と同時に魔物とエンカウントしてしまうこと。 そして一時的に電子機器が使えなくなってしまうんだ」
「つ、つまり。 転移してしまうと暫くは僕も英会話を話さなきゃってことなんですか!」
「……」
「それもそうだが、より深刻なのはスキルが一定時間使えなくなるってことだ」
「スキルが使えない? アイテムボックスやユニークスキルとかもですか?」
「ああ、通常の魔法系スキルや身体強化系スキル、そしてアイテムボックスも駄目だな。 使えるようになるにはトラップで転移してから2日ほど時間が必要だ。 ただしユニークスキルについては使える場合もある」
「場合もある?」
「ああ、少佐や俺のユニークスキルは駄目だった。 軍が把握している限りでは有効だったのは一例だけだ」
「それって何のスキルです?」
「それは、……祝福というユニークスキルだ。 これは軍全体を瞬時に完全治療するスキルでな、まあ治療魔法の完全上位版といった感じのスキルだ」
「すごいスキルじゃないですか~。 そんなスキルを持った人がいれば心強いですね。 して、その方は今回の攻略には参加されないのです?」
「それは、……彼女はもうこの世にいないから無理だ。 祝福というスキルは超強力だったが唯一問題があった。 それは使うと反動があったことだ。 その反動は通常の治療スキルで回復可能だったんだが、転移トラップに嵌った先では一時的に治療魔法が使えなくて反動を帳消しにできなかった。 そして彼女は転移先で突然始まってしまった魔物との戦いで無理してスキルを何回も使った挙句、帰らぬ人となったんだ」
そう言って何故か中佐は目頭を抑えた。
それを見て取った美沙佳さんが中佐の話を引き継いだ。
「ごめんなさい、マカデミアさん。 やはりこれは私から話すべきでした。 ……その祝福のユニークスキル使いの祝福の女神は、中佐の奥さんだった方なの。 そして亡くなった奥さんは中佐や少佐、そして准将の同僚でもあったの。 その時の戦闘の犠牲者数は実に1/3に及んだそうよ」
(「ええっ!」)
こ、これは思わず重い話を聞かされてしまった。 祝福の女神という冒険者――攻略者がいるという噂は聞いたことがあった。 絶世の美女で誰からも心の拠所にされていた世界でもトップクラスの実力の持ち主だ。
そんな美女が中佐の奥さんという意外性に思わず驚かされて心の中で叫んでしまったが、それよりもそんな事情を抱えた中佐がこのダンジョン攻略によせる思いはいかほどなのだろう。
「俺のワイフの話はいいから、今後のことを話してやってくれ」
少し無理しているように感じられる気もしたが、ここでそれを指摘するほど、またそれを気遣いする素振りを見せるほど僕は子供じゃない。
「わかったわ」
一拍置いてから美沙佳さんは話を続けた。
「それでね。 転移トラップはこの奥に一か所あることがわかっているのだけど、そこを迂回するとなるとヤバイ奴と戦う必要があるってことなのよ」
「そのヤバイ奴って?」
「ゴーストの魔物。 このセーフティーゾーンの魔物を大きくしたような奴で、物理も魔法も通らない、そして触ることもできない相手……。 それでいて魔物の近くをすり抜けることもできない」
「えっ? 触ることができないのに邪魔されてすり抜けることができない? それって変じゃ、あ~りませんか?」
「何故か魔物に迫ろうとすると、見えない壁にぶちあたるそうなのよ」
場を和ませようと、ちょっとおちゃらけた感じで言ってみたが、完全にスルーされてしまった。
それにしても美沙佳さんも真面目だな。 悪い男に騙されなければいいんだが。
い、いや美沙佳さんを騙そうなんて考えた時点で見抜かれて恐ろしい目に合わされるだろう。 なにより周囲がだまっちゃいないだろうだろう。
「それって俺がその魔物を看破できりゃあ、攻略法を見つけ出せたら万事解決ってことになるんじゃねーか?」
「マリちゃん。 私もそれは有りだと思うわね。 でもね本当にゴーストの魔物の攻略方法を見つけ出せるかどうかはやってみないと分からないし、どう考えても簡単ではなさそうに思うの。 数学で例えると全ての偶数は2つの素数の和で表されることを証明するようなものかもしれないのよ?」
「お、おお。 そうなんだな。 それはわかったぜ。 で?」
いや、マリに限れば絶対に分かって無いだろう。 なぜなら数学の例え話を持ち出された時点で僕等の負けは確定しているのだから。 僕はちらりとマリの左手を見た。 案の定彼の左手は震えていた。 つまり虚勢を張っている時に時々現れる仕草だ。
「その魔物を看破するのはいいとしても、絶対に倒す必要があるかといえば必ずしもそうでないの。 転移トラップを利用して魔物をパスする案があるからね」
「でも転移トラップは危険なんでしょ?」
「普通に考えればそうね。 でも貴方たちのステータスは別格だわ。 多少相手が強くてもステータスだけで対処できるかもしれない。 それに強力なユニークスキルを沢山もっているし、何とか活路を見出せる可能性もあると期待しているの」
「いやいやいや。 ユニークスキルでも使えない場合があるんでしょ? そんな行き当たりバッタリの作戦じゃ命がいくつあっても……。 ん? まさか……」
「わかったようね。 その通りです。 どのユニークスキルが使えて何が使えないのかを事前に把握しておくべきなのよ。 その結果で魔物対策に取り組むか、転移トラップを使うかを決めればいいのよ」
「検証するには、このダンジョンのセーフティーゾーンまでにあることが分かっている転移トラップを使うってことなんですね……」
「その通り、話が早くて助かるわ」
「いえ、そうではなくて、転移トラップってできるだけ回避する方針なんじゃないんですか?」
「ええ、攻略軍の方針はその通りね。 でもね、どのみちトラップにはいつか嵌ってしまうことになるはずなの。 トラップは探しても見た目でも測定機器でも見つからないし、細心の注意を払ってドローンとかを先行させても時間差で発動する場合もあるようだから……」
「そうは言っても、カナさんの勘を頼りにすれば結構避けられるんじゃないかと……」
そんな僕の言い分を聞いたカナさんがギロリを僕に目を向けた。
「ヨシ君、それは私を買いかぶり過ぎていると思うの。 私にそんな責任重大な判断を委ねてもいいの?」
「……」
僕にはカナさんに反論出来なかったし、これ以上の議論は無意味だと思った。
事前に転移トラップがどのようなものかを理解し、その対応を考えておくことは必要なことだ。 もちろん美沙佳さんも一日ぐらいならゴーストの魔物の看破と対処法を模索するぐらいには反対しないだろう。
僕が黙ったのを見て、美沙佳さんは話を続ける。
「ここからが私と中佐の方針案なのだけど、 まずこの近くにいるゴーストの魔物をマリちゃんに看破してもらい、それから一旦このダンジョンの入口へ戻ってから転移トラップで貴方達が持っているユニークスキルの状態を確かめる。 それには数日かかるから、合間でゴーストの魔物の攻略方法をシミュレーターで確認する。 以上でどうでしょう?」
「あ、あの。 それからマリが取得したユニークなスキルの検証と、使ってないユニークスキルを誰が使うかを考えてはどうかと思います」
その時マリがハッと気が付いたようにしゃべりだした。 ちょっと慌てている。
「あ、ああ。 俺としたことが、そういや~大事な報告を忘れてたぜ。 俺が取得したユニークスキル”お好み”についてだけどよ、今は”鉄壁”というスキルになってるぜ」
「ん? どういうこと? マリが以前取得したユニークスキル”スキル進化”を使うことで、”看破”を”看破EX”にしたのと同じようなことが起こったってこと?」
「俺としちゃ~、”お好み”っていうのは変なネーミングで多少ガッカリだったんだがよ、実は有用なスキルだったんだじぇ?」
「マリちゃん、そこ詳しく」
「おお、俺の”お好み”ちゅうユニークスキルは3種のスキルから1つ選べるスキルってだったんだじぇ。 後でシミュレーターで検証したんだが、その3種は”鉄壁”、”岩魔法”そして”飛行魔法”でな。 俺としちゃー、”飛行魔法”に興味があったんだけどよ、気づいたら”鉄壁”を選択しちまってた」
「なぜ”鉄壁”を?」
「それはな……。 シミュレーター内で首長竜の魔物に取り囲まれた後で、つい出来心でな」
「あ、ああ。 取り囲まれてボコボコにされた体験に本能が反応したってことなんだな。 分かるよそれ」
女子達が一斉に僕とマリを交互に見ながら目を剥いた。
「えっ? 取り囲まれてボコボコって何? 何のことなの? そんな説明は聞いてないわ」
「それは、その。 この前の首長竜とそのボスの唐辛子の討伐をシミュレーターで模索していた時に、少し失敗して怖い思いをしたってことさ。 あれは二度と思い出したくない記憶だよ」
「そうだったの……。 貴方達のことだから中佐から聞いた通りサクっと攻略したのかと思っていたわ。 ごめんね、大変な思いをさせて」
「いえいえ、そんなことはないさ。 でも”鉄壁”を取得できて、読んで字のごとしのスキルであれば、マリは殴られ屋、あ、いや、皆を守るタンク役で決定ってことだな。 すごいな、正に男の中の男だな」
「……お、おお任せておけ」
なんかマリの顔が引き攣っているし、虚勢を張っていることは見え見えだ。 だが奴のことだから、緊急時には頼りになることは間違いない。
「”鉄壁”もいいけど、”岩魔法”とか”飛行魔法”も魅力的だったよな。 今となっては取返しが付かないだろうけど」
「そうでもないぜ。 俺の”お好み”は、一週間単位で切り替えることができるスキルだぜ。 シミュレーターの中ではいつでもリセットして使えるようだしな」
「そうだったんだ。 一気に3つのユニークスキルを獲得したって感じなのか。 な、なんか羨ましいな。 僕も魔法を使って箒に跨り空を飛んでみたいな」
「俺の”飛行魔法”はパーティにも掛けられるみてーだ。 ま、そのうちお前を空を飛ばしてやるな」
「ぼ、僕は別にいいかな。 以前シミュレーターで思わぬ墜落体験をして、ちょっとちびっ、……驚いてから、高いところに行くと何故か緊張するようになってしまったんだ」
「それは、駄目だな。 万一に備えて苦手は克服しておくべきじゃねーか?」
「そうね。 マリちゃん、ヨシ君をお願いね」
「ちょっ、マリ頼むから、突然はやめよーな。 ガチのトラウマになると洒落にならないから」
「ま、安心しろ。 俺の手加減には定評があるんだぜ」
「……」
そんな定評は無かったはずだ。 僕はちょっとだけマリに恐怖感をもった。
も、もちろん君を信じているよマリ。
だから信用を裏切るような真似はやめてくれな。
「じゃ、今後の方針は決まりね。 ではダンジョンの入口へ移動しましょうか」
「い、いえその前に重要なこと忘れてませんか?」
「なんなのヨシ君」
「朝食を食べ忘れちゃダメです。 それから良い機会だからついでに中佐のステータスを上げちゃいましょう」
「ステータスの件はついでなのね。 ……わかりました。 朝食をとってから行動開始といきましょう」
それから僕等は朝食を堪能して、中佐のステータスを1000から2000へと引き上げた。 ちなみにステータスの上限を引き上げる条件は、ユニークスキルを1つ以上持っていることと、プライベートダンジョンの中で魔物を一匹以上討伐していることで確定だった。