163. 連れ回し
どぉーん。
僕の対魔ライフルが魔物の急所へ向かって火を噴いた。 思惑通りその弾丸は奴の急所を見事に打ち抜いた。 そして魔物が砕け散るかと思いきや、思わぬ結果となった。
「なんだあれはっ?」
そいつは赤唐辛子から青唐辛子へと姿が変わってしまった。
「攻撃を受けると、アイツは色が変わるタイプか?」
「い、いえ。 確かに僕は奴には大ダメージを与えたはずです。 その証拠にそこに」
「なんだこれは? エムレザーかこれは? もしかして倒したことは倒したってことか?」
「エネルギー石をドロップしていないから倒していないのかもです。 それに14体目の反応は消えてないですね」
そうやって驚いていた間に奴の取り巻きが増えた。 数えたところ29体となり、2重に奴を取り囲んで、青唐辛子は見えなくなってしまった。
「どうします? このまま続けます? 一旦リセットしてやり直します?」
「結局、奴らは14体だけじゃなかったってことか?」
「それはわからないです。 僕の探知では位置的に重なり合った敵は見分けられません。 多分マリの看破でも表面の赤い奴しか見えてなかったはずだから青い奴の存在は分からなかったと思います」
「変だな。 看破できてね~青い奴がシミュレーターで再現できてることか?」
「となると、青い唐辛子は奴の第二形態という感じですかね?」
それにしても中佐のゲートフィールドは完璧だった。 僕が発砲したのにも拘わらず、僕等は全く感知されていなかった。 これなら続けて攻撃ができそうだ。
ふと気が付いたので僕は改めて手元の対魔ライフルを見た。 そしてライフルをアイテムボックスへの出しては入れる練習を始めた。 シミュレーター内での練習だけで安心できるものではないが、練習はやらないよりはマシである。
「お前は何をやってるんだ? まあいい、とりあえず一旦シミュレーターからログアウトするぞ?」
「ちょっと待ってもらえますか? ってマリはどうなりました?」
「アイツは既にログアウトして、俺たちを待ってるみたいだ」
「分かりました。 ではログアウトします」
僕等はシミュレーターからログアウトした。 マリが状況を訊ねてきたのでそれを説明してから僕は作戦を提案することにした。
「ちょっと、アイテムボックスへの出し入れの練習をさせてください」
「何のためにそんなことを?」
「何をって、ライフルを連射するためです。 この対魔ライフルって単発式じゃないですか。 あの続けて出てくる奴を連続して倒すには、こちらも出て来たら瞬時に狙撃しないとです。 だから一発撃ったら、直ぐに次のライフルと交換して撃つ練習をしたいんです」
「なるほど、アイテムボックスを使えばこんな重装備の単発式の対魔ライフルでも疑似的に速射できるってわけか」
「そういうことです」
「だが、ライフルは俺が2丁持っているだけで、お前らがそれぞれ1丁ずつ、合計4丁だけだぞ? それで足りそうか? 何となく俺の勘だが、あれはマトリョーシカ人形のように何体も化けの皮を羽織っている様な奴なのかもしれんのだぞ?」
「……そうかもですが、シミュレーターの中ではこのライフルを設定で増やし放題ですよね。 実際に何丁必要になるかの調査も兼ねてやってみたいです」
「ああそうだな。 もし4丁で足りなかったら、時間ロスは避けられんが一旦戻って軍の連中から借りれば済む話だな。 そうと決まれば早速シミュレーターで……」
僕等は改めてシミュレーターへログインした。 そして僕は速射の事前練習を始めた。
どぉ~ん、どぉ~ん、どぉ~ん、どぉ~ん。
一発一発が凄まじい音を発し反動も半端ない。 それでも事前に強化スキルと重力のスキルをを使ってからシミュレーター上で取り巻きの首長竜へ向かって発砲を繰り返す。
僕の銃撃では奴らの頭を吹き飛ばすほどの威力ない。 残念だがこの点では土魔法が使えるミレイさんにはかなわない。 だが連射は僕のアイテムボックスEXを使うことで、かなり有利だ。
僕等は人命救助活動でアイテムボックスのカウンターをかなり消費していた。 ミレイさん以外は残りにあまり余裕はないだろう。 だが僕のアイテムボックスEXはサイズの制限こそあれ、一日の使用回数に制限はない。
もちろんアイテムボックスを開きっぱなしで対応すればカウンター消費は1つだけで済むのだが、この方法では連射で倒せる回数は僕以外ではおのずと制限がでてきてしまう。
そして数分間練習を繰り返した結果。
どどどどぉ~ん。
昔の工事現場のドラマに出てくるアスファルトを砕く削岩機のような音のような速度で連射が可能になった。
そしてシミュレーター内での本番、つまり第四ラウンドが始まった。
前回のようにマリが遠くで感知されてから、僕は赤唐辛子の魔物へ向かって対魔ライフルを発砲した。
どどどどぉ~ん。
唐辛子の魔物は、赤、青、黄色と変化したが、弾丸を奴らの急所へ命中させることができ、ついに奴を消滅させることに成功した。
「よ、よしっ。 よくやった! 」
「あ、ありがとうございます?」
「これで何とかなりそうだな」
という風に一息ついたという安心感を得られたのだが。 それだけでは済まなかった。
「ちょっ中佐っ。 元凶を倒したら取り巻きが消滅するっていうのは嘘ですか?」
「お、俺はそんなことを言った覚えはね~ぞ」
中佐は元凶を倒したことで安心したのかゲートフィールドを解除してしまっていた。 だがそこには消滅せずに13体の雑魚たちが残っていた。 奴らは僕たちを瞬時に感知して向かって来た。 ボスの周りにいた首長竜の魔物はボスが消滅したとたんにとんでもなく動きが速くなったように思えた。
「中佐っ、もう一度ゲートフィールドを張ってください。 このままじゃボコられるっ」
「ま、待て。 このスキルは解除後は暫く使えん仕様なんだ。 に、逃げるぞ」
そんな中佐の願いは叶わず、中佐と僕はすぐに奴らに取り囲まれてしまった。 幸いにも僕はこのような状況には既に経験済だったので、落ち着いて即座にその場からログアウトできた。 だが中佐は違った。 慌ててしまったようで十分にボコボコにされてシミュレーター上で消滅させられていた。
「あそこで直ぐにゲートフィールドを解除するなんて、何を考えてているんですかっ!」
「……。 シミュレーター内とはいえ袋にされるなんて久々の経験だったぜ」
「袋にされたことがあるんですか?」
「ああ、ガキの頃にな。 ってどうする? 奴らは13体。 倒したと同時に動き出したように見えた。 電撃のま、女神様が倒せる許容は10体までって言ってなかったか?」
「10体までは余裕があるって言っていたと思います。 多分13体のグループでも倒せるんじゃないかな」
「多分じゃ駄目だな。 確実に倒せるようにすべきだな。 どうする?」
「一々僕に聞かないでください。 こんなの、あの少佐が少しだけ引き受けてくれるんじゃないかな。 僕等でも多分、引き回す程度なら可能です」
「だがあの雑魚の動きは半端なかったぜ? 大丈夫か?」
「う~んどうだろ。 これも検証してみる必要がありそう?」
僕等は6度目のトライアルを行った。 ゲートフィールドの中で13体の魔物の動きを観察したところ、動きが速くなったのはほんの1分程度のことで、それを過ぎればほぼ他の雑魚と同じになっていた。 まあ雑魚といっても今の僕たちだけでは倒すのに難儀しそうな気がするのだが。
一応念のために7度目の練習を行ってから、実戦に移ることにした。 実戦がシミュレーターと違うのはマリの存在だった。 実戦ではマリは僕等と共にゲートフィールドの中に留まることになる。 そして事前に録画映像を見て予習していたマリは大人しく僕を見守っていた。
暫く待つと、美沙佳さん達の方へ向けて首長竜の魔物が7体が群れを離れて移動を開始した。 これにより例の赤唐辛子が視認できた。
僕は多少緊張しているものの、練習はバッチリだったので落ち着いて銃の連射を開始した。
どどどどぉ~ん。
凄まじい爆音が鳴り響いた。
そんな連射により計画通り実戦でも無事に赤青黄変色唐辛子の魔物を討伐することができた。
そして取り残された13体の魔物が動きだしたので、すぐに追いかけるように僕らは移動を開始した。
まだそいつらの移動速度は速いので気を抜くのは早い。
だが、こうなればもう消化試合だ。
そう思ったのだが甘かった。
なんと13体の魔物の移動速度は戦の場を離れた大分遅くなっているのだが、それでも普通のグループよりも速いようで、先行する7体と合流してしまいそうなのだ。 つまり7+13=20体のグループになってしまいそうなのだ。 それどころか更に先行する7体とも合流してしまう可能性すら有る。
「やばい、どうしますこれ? やっぱ20体になると美沙佳さん達も流石に厳しいですよね?」
「彼女等は10体までは余裕とか言っていたんだろう? だがこれに対処できるかは俺には何とも言えん。 例え倒せる能力があったとしても今までの7体から大幅に数が増加すると狼狽えてミスするかもしれんしな。 それを考えるとできるだけ先行する7体と合流させないようしたいものだが……」
僕たちはゲートフィールドの中で13体の移動を見守りながら追いかける。 やがて先行する7体と合流見込みとなったところで僕は決心した。
「奴らが合流したら、僕が連れ回し役になります。 僕の移動速度にはアイツ等は付いてこれないはずです」
そう言って僕は7体と13体の魔物グループの前へ飛び出した。
「おい、ちょっと待て。 そんなのは彼女ら待っている場所に近くになってからでいいんじゃないか?」
し、しまった。
言われてみればそうだ。
まだこの時にわざわざ苦労を負う必要はなかった。
「い、いえ、引き回し漏れがあると不味いので今から十分に僕にターゲットさせてしまおうと思います」
そう言いながら魔物の様子を見ると、合流した20体が瞬時に僕に狙いを定めたのが見て取れた。 そして心なしか、その20体が僕に迫って来る速度が上がってしまっているようにも感じた。
「ええっ!」
ここで一発、『ええっ!』攻撃で奴らのスタンを試みた。 結果1秒ほど奴らは硬直し、勢い余って奴らはコケた。
そしての効果は中佐やマリにも同様に作用した。
「……」
中佐は何が起こったのか理解できていない。 マリはもちろん理解はしているが虚を突かれたのだろう、やはり驚いて声がでない。
結局この『ええっ!』攻撃で稼げた時間は10秒程だった。 そして心なしか、更に奴らが僕を追いかけてくるスピードが上がったように思えた。
やばい!
この試みは逆効果だった!
そう思いながら一本道のダンジョンを奴らを引き連れて進んでいく。
そして美沙佳さん達が待ち受けているところに到着した時には連れ回している魔物の数は41体にまで増えていた。
まず美沙佳さん達の前に僕が到着して一旦立ち止まってから声をかけた。
「雑魚を連れて来たので、お尻側から一匹ずつ抜いて倒していってね?」
なるべく彼女等を動揺させないように軽い口調でお願いをしてみた。
だが、すぐに彼女らの顔は強張った。
「ま、まさか討伐に失敗したの?」
「いえ大成功です。 とりあえず僕は忙しいので詳しい事情は中佐達に聞いてください」
僕は魔物の集団を大広間まで誘導してから、その場をぐるぐると連れ回してマラソンした。
やがて落ち着きを取り戻した美沙佳さん達の活躍によりその数は次第に減っていき、ついに討伐は完全に終了した。
「で? どうしてあんな大群を引っ張って来るはめになったのかしら?」
戦い終わって少し落ち着いてから美沙佳さんが僕に聞いて来た。
「あれっ? 中佐達から事情を聞かなかったですか?」
「唐辛子の魔物を倒したところまでは聞いたわ。 でも彼らは何故貴方があんな数を引っ張って来ることになったかは説明してくれなかったの」
く、くそ~。 一番デリケートなところを説明してくれなかったのか。
僕は中佐とマリに向かって抗議の視線を送った。
だが中佐は首を横に振るのみで埒が明かない。
諦めて僕は何とかこの場を取り繕うと試みた。
「ああっ!!!」
「ちょっ、吉田さん。 突然大声で叫ぶのは止めてね。 どうしたの?」
「オーブです」
「何? どういうこと?」
「唐辛子がドロップしたはずのユニークスキルオーブを拾い忘れました」
「……」
僕は何とか気を逸らせようとした。
「早く回収しないと、開通したはずのカナダ側から入って来た人に拾われてしまうかも」
そう言って僕はその場を離れ、唐辛子の魔物を討伐した現場目指して走り出した。