161. エミリのアイテムボックス
火魔法と雷魔法が首長竜の魔物に着弾して眩しい光が生じ、それが収まると魔物の再生しかかった首が黒ずんでいるのがわかった。 なかなか激しいい攻撃だったにもかかわらずその他の部分には全く影響がないのが残念だった。
その魔物の様子を見て取った美沙佳さんが電気を身に纏った。
美沙佳さんは諦めずにもう一度やる気なのだ。
満を持してふたたび雷撃を食らわせるために力を蓄えている。
対してカナさんは魔物に興味を失ってしまったのか、悔しそうな表情を浮かべながらも、瓦礫の撤去と人命救助作業へと戻っていた。
「美沙佳一佐、少し待ってくれないか? ソイツの再生は止まっているかもしれんぞ」
何かに気づいた中佐が美沙佳さんに話しかけた。 彼女の肩に手を掛けようとして電撃で弾かれて痛そうにさすっているところがアホに見えた。 どう考えても放電中の美沙佳さんに触れるなんて自殺行為だ。
一方の僕等は救助活動に忙しいのだが、あと少しで終わるところまできていた。 それが終われば彼女らに加勢ができる。
いまはアイテムボックスを使えない中佐や准将にしか余裕がない。
余裕があるからこそゴリラのような中佐なのに魔物の微妙な変化に気づけたのかもしれない。
その言葉を聞いて美沙佳さんから放電が消えた。 中佐の言う通り、確かに魔物の再生は停止していた。 まだ予断を許さない状況と言えるが、少なくとも再生速度は落ちたはずである。 もちろん再生はいつ再開してもおかしくない。
その魔物を暫く放置することに決めて、人命救助作業に戻って暫くしてそれは起こった。
「ええっ!」
僕は虚をつかれてつい驚きの声を上げてしまった。 驚いても重要な局面では『ええっ!』攻撃の驚きの声を上げないように心がけていたのだが、今回は耐えきれなかった。
それは他のメンバーに影響を与え、全員がスタンしてしまった。 メンバーも驚いているはずだがスタンで声を上げられずにいる。
し、しまった。 どうしよう。
こんな緊迫した局面なのに皆をスタンさせてしまうなんて。
だが今はそれよりも重要なことがある。
それを前面に押し出してこの場を凌ぐことにする。
「これは一体どうなってるんだろう? 魔物が倒れる兆候も見せずに一瞬にして消えちゃうなんて!」
僕は最も重要なことを口に出して強調してみた。
スタンが解けたレイナさんやカナさんの視線が痛い気がするがそれは仕方がない。
そしてレイナさんが僕に何か言いたげだったが、その視線は一瞬にして僕から外れることになった。
「お兄ぃ、ごめん。 アイテムボックスのスキルでソイツを取り込んじゃった~。 邪魔だからソイツの周りにある瓦礫を取り除こうとしたら間違えてしまったみたい」
「ええっ! まだ倒して無いのに?」
そして気づいた。 またもやってしまったことに。
これは後で怒られるに違いないだろう。
でも今度こそ僕を驚かせたエミリが悪いと思う。 これは不可抗力だと主張できる。
皆がスタンしている中で僕はエミリを問い詰めることにした。
「お、おかしいだろ、エミリ。 魔物はアイテムボックスへ入れられないはずだぞ? それに倒れてからエネルギー石にならない魔物なんて居ないはずだ。 エネルギー石にすらならないのは低レベルの魔物だけだぞっ!」
僕の問い詰めにスタンから丁度解放されたばかりのエミリが言い訳を始めた。
「ぐ、ぐふっ。 で、でも入っちゃったものは入っちゃったの~。 だけどアイテムボックスの中でエネルギー石とオーブのセットに変わっちゃったみたい」
「お、お前、スキルの使い方には十分気をつけろよな。 こういう緊迫した場面ではちょっとしたミスが命取りになるんだぞ!」
「……」
僕はエミリへの追及の手を緩めるつもりは無かった。
だが僕が次の一言を放つ前に美沙佳さんがそれを遮った。
「ふう、やっとこれで人命救助完了ね。 良かったわ、残りの方々の救助も成功して……」
僕等はそんな会話をしながらも手を動かし続けていた。 美沙佳さんも雷魔法を放った後はすぐに瓦礫の撤去作業へ移っていたのである。 この近辺の犠牲者は助けられなかった人も多いが、その十倍以上の人々の命を救うことができたはずだ。
それにしても美沙佳さんに話題を変えられてしまった。
エミリへの追及を止めろということなのだろうか。
ややこしさに追い打ちをかけるように、丁度ミレイさんが対魔ライフルを持って戻って来てしまった。
「あれっ? 魔物はどうしたの? 倒したの?」
ま、不味い。 頭が混乱してきた。
エミリのアイテムボックスの件、人命救助成功の件、そしてミレイさんへの回答。
どれを優先して頭の中で処理すべきだろうか。
僕はちょっとだけ迷ってしまった。
そんなおり、美沙佳さんが右手を上にあげて僕等の視線を集めた。
「はい、はい、皆注目っ! 無事に人命救助は終わりました。 皆さんご苦労さまでした。 これからは魔物の排除に専念することにしましょう」
さすがは美沙佳さんだ。 僕の言いたかったことを的確に整理してくれた。
そうは言っても僕としては確かめておかねばならない。
「た、倒し方って、エミリのアイテムボックス取り込み戦法を使うんです?」
僕はエミリと美沙佳さんを交互に見て、納得しているのかを確認した。 あまりに斬新な作戦すぎて本当に再現できるかが心配なのだ。
「時間があればシミュレーターでじっくり別の作戦を練る方法も有りだけど、今は少しでも時間が惜しいんじゃないかしら?」
「確かにこちらの方へやってきている魔物の増援を何とかしないとですね。 ミレイさんの狙撃に美沙佳さんとカナさんの同時魔法攻撃、そしてエミリのアイテムボックス……。 本当にそれで倒せるならそれに越したことはないけどね」
それに僕が楽をできるのもいいことなのだが、なんとも釈然としない。
そんな僕の思いを知ってか知らずか美沙佳さんは話を続ける。
「アイテムボックスに普通の魔物が入らないことは私も確認済みよ? 活動を停止した魔物なら取り込めるのかしら? ああ、でも今は時間が惜しいわね。 ではミレイちゃん、カナちゃん、そしてエミリちゃんも私と一緒に討伐を始めましょうね」
女性陣は基本的に美沙佳さんの言いなりだ。 すぐに次の魔物に向かって走り出してしまった。
僕はそれについて行きながら美沙佳さんに疑問を投げかけた。
「まさか美沙佳さんはアイテムボックスへ魔物を取り込もうとしたことがあるんですか?」
「……」
なんか答えるまでに間があった。 態度から考えると本当に試したことがあるらしい。
「これほど大容量のアイテムボックス持ちは私と貴方達だけだろうから、本当にどこまで何ができるかを調べておく必要があったの。 もし魔物を檻に閉じ込めてから檻ごと収納できたとして、それをダンジョンの外へ解き放つことができたとしたら大惨事に発展しかねないのよ」
「でもそんなのは、既に攻略部隊のアイテムボックス持ちが検証済だったんじゃないかな。 ま、まさかあの大人気のミーアンキャットを捕獲しようと企んだんじゃ?」
「……。 そ、そんなわけないでしょ? っと、ミレイちゃん、攻撃開始ね!」
会話を続ける間もなく例の魔物のところに到着して、すぐに攻撃が始まってしまった。
どぉ~ん。
どぉ~ん。
どぉ~ん。
バリバリバリバリ。
ドォォォン。
そしてまたも魔物が消えた。
どうやらエミリのアイテムボックス攻撃は本当に有効だったようだ。
それに満足したのか美沙佳さんは微笑みを浮かべて、ミレイさん、カナさん、エミリ、ついでにレイナさんを引き連れて次の魔物へと向かって行ってしまった。
あの首長竜の魔物討伐は彼女等に任せられる。
そしてここには男性陣だけが取り残された。
楽してサボれるのはいいことなのだが、このままでは准将や中佐と一緒に男性陣だけで過ごさなければならなくなってしまう。 女子がいないと面白くないし、女子だけに戦わせては僕等の立つ瀬がない。
そう考えていると強面の中佐と目が合ってしまった。
「あ、あの~。 暇になりましたから、ティータイムにでもしますか?」
とりあえず言ってみた。
だが返って来た反応は予想通りだった。
「そうしたいところだがな、こんな状況の中でのんびりと寛ぐわけには行かないぜ」
「兄貴、俺もそう思うぜ」
マリがすかさず中佐に同意した。 マリはすっかり崇拝者になってしまったようだ。
結局のところ大人達に感化されず自由なのは僕だけになってしまったのかもしれない。
「じゃあどうしましょう? 魔物を引き回して戦っている少佐でも応援しに向かいますか?」
「うむ、それがいいだろうな。 もしくはシミュレーターで攻略を確かめてみるのも手だ」
「ここでは人目があるのでプライベートダンジョンを出すのは遠慮したいです。 って、あっ! マングースの着ぐるみを着ておくのを忘れてたっ!」
僕が本気で焦っているのを見て中佐だけでなく准将がニヤリとして僕に微笑みを送って来た。
「マングースの着ぐるみ? なるほど君はこの期に及んでも正体を隠しておきたかったということなのだろうが、それは到底無理な話だったな。 それともマングースの着ぐるみで戦うのがお気に入りなのかね?」
「そ、そんなことはないです。 ただ大勢に素顔がバレてしまうと僕等をねらう悪の組織が……」
そんな僕の心配に准将が答えてくれる。
「そんなことにはならないように配慮しよう。 AIで映像流出についてはブロックをかけるし、ここにいる人々の記憶の中だけに留まるはずだ。 それに今や君たちは米国においても英雄となった。 そんな人物に危害を及ぼそうという輩には国家の威信をかけても対処することになるだろう」
「え、英雄ですか?」
「ああ、君らは既に英雄だ。 それは間違いない。 もちろんこの惨事の元凶も断ってもらえると良いのだがね」
「ですよね~。 魔物がやってくる場所がどうなっているか不明だけど、こうなったら倒すしかない……。 あれっ? そうなるとカナダ側へのゲートが開いてしまいますけどいいのですか?」
「そ、そこなのだよ、問題は。 まずは魔物の群れがこちら側へやって来なくなる方法を検討したいところだ。 それが出来なければカナダ側とこのダンジョンを共有することで妥協せねばなるまい」
「やって来なくなる方法ってありそうなんですか?」
「魔物からのターゲットを外せば良いのだよ。 例えば全員がダンジョンから一旦退去するとかだね」
「でも僕等全員がダンジョンから退去しても魔物の侵攻が止まらなかったら、いずれここは魔物で一杯になってしまう可能性がありますよね? そうなるとこのダンジョンは閉鎖せざるを得なくなるのでは?」
「……」
「ふむ、確かにそのリスクは有るな。 先ずいったん前線を奥側へ押し戻すこと、そして魔物が無限に押し寄せてくるのかを調査したいところだな。 その結果如何でカナダ側へのゲートを開いても良いかの判断を下すことになるだろう」
「わかりました。 でも、何度でも言いますが、僕等だって対処できない魔物もいるかもしれません。 その時はどうするんです?」
「その時は鉄製の門を修理するしかないな。 もし現場が修理不能なほど破壊されていたとしても先程の月へ通じる場所に設置していた門がある。 あれは不要になったからそれで置き換えれば良いだろう」
「鉄製の門が破壊されていたとしたら、新しく設置してもやはり破壊されてしまうんじゃ? それに僕等だって長くは戦い続けられません。 眠らずに戦えるのは精々2日と言ったところです」
「……」
「と、とにかくだ。 まずは状況調査を開始しよう。 エリック、あ、いや。 マカデミア中佐頼むぞ」
准将も考えが纏まらないのかもしれない。 慌てながら准将は中佐に向き直ってそう命令した。
「ああ、任せてください。 それからこの相棒も連れて行きたいんですが良いですか?」
「エリック? 相棒?」
「俺はエリック・マカデミア中佐の相棒になったんだ。 凄いだろう?」
ま、マリ。 それが凄いと思うかは、かなり人を選ぶんじゃないかな。 どう考えても女性陣には引かれると思う。
「ああ、そうだな。 でもなぜマカデミア中佐が行くんです?」
そんな僕の疑問に得意げな顔をした中佐が返答する。
「おれのユニークスキル、ゲートフィールドは見せただろう? あれはダンジョン内では魔物の感知を遮断する効果もあるんだ。 ゲートフィールドさえ絶やさなければ気づかれずに魔物へ接近できるってことだ。 つまり安全に偵察が可能なんだ」
「それは凄いですね。 ならそれを使って魔物に接近して、ちょっと刺してやれば討伐は簡単ですよね?」
「まあ現実はそうもいかないな。 ダンジョンの中でのゲートフィールドの効果は外とはかなり効果が違う。 ダメージも少ししか防げないし、もしゲートフィールドに魔物が触れたら、中にいる俺たちは感知されちまう。 非接触を保つように遠くから観察するのが偵察任務の基本だ」
「とにかく先ずは奥の状況を確かめて、ゲートキーパー的な魔物がいたら看破してみようぜ。 看破なら極端に接近しなくてもできるからな」
なるほど、中佐とマリの相性はスキル的にも良好なようだ。 看破しようとして近づいいても今までとは違い感知される危険性がない。
「それなら僕も同行した方がいいですよね? 僕の”ダンジョン内探知”で魔物の動向が遠くからわかりますから」
「ミスター吉田にはそんなスキルもあるのか……」
「それは、……まあ、後で色々とご説明します。 ではすぐにでも向かいますか?」
「おお、では俺がゲートフィールドを展開するからそこから出ないようにして付いて来てほしい」
「了解です」
中佐はゲートフィールドを展開した。 今回は少人数での調査ということで魔物との接触の危険を避けるためにフィールドの大きさは中佐を中心とした半径3メートル程に抑えている。 僕とマリはそこから出ないように気を付けなければならない。
僕等の移動速度は徐々に上がっていった。 僕とマリの身体能力は中佐より大分高いし中佐が全力で走り出しても余裕でついていける。 それに器用さも高いのでゲートフィールドから出ないように体をコントロールすることも容易なのだ。
僕には探知で遠くの状況が見えていた。 すでに美沙佳さん達は3体の魔物を討伐し、今は丁度少佐が連れ回していた追加の3体を倒し終えたところだ。 そして奥側の再追加の3体へと向かおうとしているように感じられた。
そして僕等は女性陣と合流した。