159. シエラネバダ上級ダンジョン
外の様子は車内に設置されたモニターで確認できた。
軍用のAI自動車は一時間半程で米軍基地へ到着し、ほどなく自動車は大きな軍用輸送機の中へと入って行き停車した。
「ふぐっ!!!!」
停車すると中佐がいきなり大きな唸り声を発した。
これには僕たちも美沙佳さんも虚をつかれて叫びそうになってしまった。
平静を取り戻したところで、すかさず美沙佳さんが問い正しにかかる。
「今のはいったい何事なのですか?」
「ああそれは、俺のゲートフィールドを拡張したってことだ。 今までは自動車だけを対象としていたんだが、それを輸送機全体を包むにまでしたってわけだ」
「こんなに大きい機体をゲートフィールドのスキルで包み込めるのですか?」
「おう。 俺のMPを全部使えばな。 効果時間は10時間ってところだな」
「兄貴すげーな。 俺は兄貴について行くぜ」
「おう、まかせとけ」
マリはすっかり中佐の弟分のつもりだ。 二人は余程ウマがあっているらしい。 厳つい大男とヒョロく小さく女子のような見かけの優男。 傍目からみると二人の組み合わせはまるで親子だが言葉使いの連携はパッチリだ。
僕等はそのまま自動車から降りて輸送機の貨物室へと出た。 その貨物室の両脇には多数の座席が設置されており、快適さよりも効率重視といった設計である。
物珍し気にあちこちに目をやる僕たちと違い、美沙佳さんはそんな光景に慣れているようだった。
「この貨物室には座席が設置されていますが、私達は到着までここで過ごす事になるのでしょうか?」
美沙佳さんの質問に答えたのは准将だった。
「一佐、安全上の問題でコックピットへはご案内できないのです。 多少不便はありますが我慢していただきたと思っています。 もちろん私もここでご一緒します」
まあ米国の空軍の輸送機なのだから覚悟はしていたが、初めて乗る飛行機がこれというのは少しがっかりではある。 もっと旅客機タイプの飛行機を期待していたのだが、途切れることなく中佐のスキルで僕たちを守るために、このように自動車も一緒に運ぶ事になってしまったのだろう。
だが僕には移動できるプライベードダンジョンがある。 攻略となれば隠すことも困難になるのでここで開示しておくのもいいだろう。
「美沙佳さん、ここに強化ガラス板を設置しても良いか聞いてください」
「吉田さん、何故私に頼むの? 准将に直接聞いてもいいのよ?」
「例の件の説明を美沙佳さんにお願いしたいんです」
美沙佳さんは一瞬困惑の表情を浮かべたが嘆息を漏らしてから、准将に対して色々と説明を始めてくれた。 そして何とか実験の許可を取り付けることに成功した。
プライベートダンジョンの中は快適である。 プライベートダンジョンを移動可能にする実験は台車で検証済だが、このような規模での検証では始めてなので少し不安がある。 だがこれが成功すれば今後いろいろと楽になるはずだ。
許可が得られたのでアイテムボックスEX経由で強化ガラス板を取り出し貨物室内に立てかけた。 輸送機への設置をイメージしながらプライベートダンジョンを生成させた。
「美沙佳さん、準備完了です」
「准将、大丈夫とは思いますが、数メートルほど機体を動かしてもらえないでしょうか」
美沙佳さんのお願いを聞き入れて准将が機長へ要請をだした。 皆が見守る中で輸送機がわずかに移動してから停止した。 その結果は期待していた通りだった。
「では中にご案内します。 中佐はゲートフィールドスキルを使っている関係上、入室はご遠慮ください。 中佐には他のダンジョンに入ったところで説明させていただきます」
美沙佳さんがプライベートダンジョンの中への案内を買って出てくれた。 中佐のスキルはプライベートダンジョンの中へ入ると輸送機への効果は消失してしまうはずだ。 申し訳ないが待機してもらうことになる。
今の僕は気まずさが抜けきっていないのでマングース姿のままだ。 実験や案内役を美沙佳さんにお願いしていたのもそれが原因だった。
美沙佳さんは准将と少佐に次々に説明を進めていく。 第一区画には魔物が出ないので快適な居住空間になっていること。 第二区画からは魔物が出て倒すと通常と同じくドロップ品があること。 第一区画にはコアルームへ繋がるゲートがあること。 このプライベートダンジョンは16区画まであり、第14区画はセーフティゾーンなので小規模だが上級ダンジョン相当であること。そして、トゥルーコアタッチ済みのダンジョンの入口へコアルームのゲートから転移できること。
「ふむ、これは中々ユニークなスキルだな。 ユニークスキルだけに」
准将が陽気な顔をして冗談を言ったようだが、当然皆は引き攣り気味の笑顔で答えるだけだった。 昔の日本のダジャレが復古して今米国で流行っているのだろうか。 僕等の受けが今一だったことに気づいた准将は咳払いした後で話を続けた。
「コホッ。 このスキルがあれば攻略中にダンジョンの中で快適で安全にキャンプができるな。 それに帰還手段があることも何気に便利だ。 それにまさか種弾丸の核になる種があんな魔物から獲得できるとは思わなかったよ」
准将はユニークホウセンカに痛く関心を示したようだった。
「どうだね吉田君、米国軍のダンジョン部隊へ来ないか? 少佐、いや中佐の地位も用意できるかもしれない」
勧誘を受けてしまった。 僕はそっと美沙佳さんへ顔を向けた。 そんな僕の意を汲んでくれたのか美沙佳さんが僕の意思を代弁してくれた。
「准将困ります。 吉田さんたちレインボーオーブの面々は、日本所属ですが今は世界ダンジョン連盟のために働いているんです。 一国だけの利益を追及するわけには参りません」
「はは、それは分かっているよ。 有能な人材は何処の国でもほしいところだろうからね一応勧誘してみたんだ。 やらされているのではなく、納得して全世界のために働いているならそれはそれでいい事だ」
「はい、僕等は納得して働いています。 それに僕だけでは攻略は不可能だと思っています。 レインボーオーブのパーティ全員が揃ってこそ実力が発揮できると信じています」
やっと着ぐるみの頭部分を外して言葉を発することができた。 そんな僕に准将は優しそうな顔つきをして頷く。
「うむ。 第一印象とは違って、なかなか謙虚じゃないか。 これなら無茶はしないだろね。 安心して攻略を任せられそうだ、君たちには期待しているよ?」
「はい、頑張ります」
少佐は寡黙なままだったが、准将は僕たちを認めてくれたように思えた。
「それで、君たちは米国に着くまでこのプライベートダンジョンの中で過ごすつもりなのかね?」
「俺は兄貴と話してくるぜ」
そう言ってマリは出て行った。 少佐もそれに続いた。 他の全員はプライベートダンジョンに留まることにしたようだ。 僕と美沙佳さんはともかく、女子達に輸送機のあの座席に座り続けるのは難儀だろう。 そうなると僕も出るわけにはいかない。 僕が出るとプライベートダンジョンから排出されてしまうからだ。
「丁度いい機会と思う。 准将に種取りの様子を見てもらったらどうかしら」
あああ、種取りはこの一か月間嫌というほどやった。 それをまだやらなければならないのか。 そう思って少しウンザリもしたが、これは必要な業務なのだと諦めた。 表面上は快く引き受けておいた。
途中から少佐も見学に参加し、3回ほど種取りの討伐をお見せした。 種が短時間で沢山取れるのはいい事だが、余程パーティが強くないと命がけなんだな。 それが見学してくれた准将と少佐の感想だった。
何時間経過しただろうか、輸送機は軍関係と思われる空港に着陸し、僕等はまたも自動車に搭乗した。 そして目指したのは米軍のダンジョン攻略部隊本部だった。 そこには日本と同じように初級ダンジョンがあるとのことだった。 今後自由に且つ安全に日米間を行き来できるようにという配慮からだそうだ。 そのうち要人の送迎に付き合わされる可能性があるなと僕は思った。
米国ダンジョン攻略隊の初級ダンジョンでサクっとトゥルーコアタッチを行ってからサンジエゴのシエラネバダダンジョンの入口へと向かった。 そこは非常に人が多く高級なイメージがある街並みだった。 もちろん旅行目的で来ているわけではないのですぐにダンジョンの入口へと案内された。
驚いたことに自動車でそのままダンジョンへと入ることができた。 シエラネバダダンジョンの出入口ゲートはコンクリート製の建物に発生し、普通のダンジョンと違い巨大だったのである。 もちろん通常は個人の自動車などは入れず、公共の列車のような車両のみが通れるのだが、今回は軍の特別車両ということで許可されたのである。
自動車はダンジョンの中を軽快に走って行った。 もちろん僕等にとっては自分で走る方が断然早いのだが、次のゲートまでの距離は近いので全く問題がない。
やがて自動車は荘厳ともいえる鉄製の巨大な門の前で静かに停車した。
「君らにお願いしたい事があるのだが……」
准将がおもむろに話を切り出してきた。
なんだろうと准将の方を向いたが、何となくわかってしまった。
そういえばダンジョンのもう一つの出入口――ワシントンDC側の出入口にはイレギュラースポーンのため閉鎖されてしまっている状態だった。 僕等にそのイレギュラーな魔物を排除してほしいということなのだろう。
「実はこのダンジョンには隠された秘密がある。 このダンジョンの出入口は2つだけでなく4つあるのだ」
これには流石に驚いた。 そんな事実は公表されていなかったはずだ。
そんな僕等の驚きにかまわずに准将は話しを続ける。
「そのうちの一つはカナダのトロントに繋がっていると考えられている」
「何故それがわかるのですか? 過去に行き来ができたということですか? それが何故公表されていないのかが不思議でなりません」
すかさず美沙佳さんが質問した。 准将との会話は基本的に美沙佳さんにお願いするのががよいだろう。
「それは発見当初から封鎖されていたから公表されていなかったのだ。 それでもトロント側にあるゲートの形がこのダンジョンのゲート形状と全く同じであることからこのダンジョンへ繋がっているだろうと推測された。 そしてその封鎖を解くためには強大な魔物を倒す必要があることが分かっている」
「軍では手に負えないレベルということなのですか?」
「ああそういうことだ。 理由の一つは一帯が炎に包まれていて、リーダーと思われる魔物の付近には数体の御供がいることだ。 我々には近寄ることもできない。 そしてリーダーの個体は非常に素早い動きをするタイプだ。 魔法による攻撃はほぼ無効化され、物理攻撃は当たらないのだ。 素早さのユニークスキルを保有しているこの少佐でも動きを捕らえるのが困難なほどだ」
「ここの鉄の門は、その魔物への通路を封鎖しているのですね」
「そうだ。 非常に危険な魔物だから一般冒険者が間違えて迷い込まないようにしている。 そしてこの門の奥には、炎の魔物がいる。 君らにはそれがどういう魔物であるかを看破してもらいたい。 可能ならば討伐も」
「確認ですが、ユニークスキルオーブをドロップした場合には、こちらで使わせてもらっても?」
「もちろんだ。 パーティの強化に役立つならそれに越したことは無い。 それに我々では看破できたとして手に負えそうにない魔物と推測している」
「わかりました。 じゃあ吉田君、やっておしまいなさい。 レインボーオーブの実力を見せるのよ」
ちょっ、美沙佳さん。 ノリノリなのはいいけれど、勝手に何をなさるんですか。 まあ攻略できるかを試すのはいいけれど、勝利は確実というのは甘すぎる考えだ。 単なるイレギュラーならいいけれど、ユニークだった場合には苦戦する可能性がある。 それにこの戦いでは僕等の全てを見せることになるかもしれない。
「み、美沙佳様のご命令なら従いますが、怖くなったら逃げてもいい?」
「吉田さん、私に様付けした意味は何? それに逃げるなんてそんなこと」
「様付けはともかく、ユニークだった場合には簡単とはいかない場合があるんです。 その場合には不必要な危険は冒したくありません」
「まあそれもそうね。 私は君たちが苦戦する姿が想像できないけれど、過去にはそういうことも有ったと聞いていたから、危険を冒してまで倒す必要はないわ」
ああは言ったが、ユニークの方がどちらかと言えば歓迎かもしれない。 今度はマリを強化してみよう。 僕はそう思った。
そして僕等は鉄の門を潜り、いよいよシエラネバダダンジョンの攻略がスタートした。
ダンジョン内探知のスキルを使いながらほんの100m程進むと、その先の曲がり角から300mの地点に魔物を12匹感知した。
レイナさん、マリ、そしてミレイさんとで防御を固めてから曲がり角を曲がり、マリが看破EXを使った。
「マリ、どう?」
「レベル421が1体。 あとはレベル180位のが11体だな。 全部見たことのね~奴らだ」
ならばやることは決まっている。 僕等はそこから一旦退いて、プライベートダンジョンへ入った。 そこへは准将たちも付いて来た。
全員が2D版VRルームへと入り、シミュレーションを開始した。
試行錯誤した結果、レベル180の御供の奴は火魔法主体の魔物で、レベル421のリーダーは11体の数を維持するように瞬時に御供を召喚する性質を持っていた。 つまり、雑魚をいくら討伐しても意味がない。
そして厄介なことに、リーダーの弱点は水魔法で、それらは御供の火魔法で防御されてしまう性質を持ち、遠隔物理攻撃にはめっぽう耐性が高かった。
攻略法として編み出したのは、遠隔物理攻撃で御供を倒さないようにノックバックさせて、生じた隙間から水魔法を打ち込むといった方法だった。
僕等はそれを僕の強化スキルを使わずに何回か練習した上で、強化スキル――パーティメンバーのステータスが2倍になる――を使って1回だけ本番に似せたリハーサルを行った。
後は実戦だったが、強化スキルを使うことで特に波乱もなくあっという間に討伐が完了してしまった。 そして奴は虹色のオーブをドロップしたのである。 つまりユニークだったということだ。
「実際の魔物討伐を見せてもらったが、これほどとは思わなかったというのが正直な感想だ」
准将の正直な感想に笑顔で答えてから、僕はユニークスキルオーブを拾った。 他のドロップ品にはモヤモヤが出ている剣もあったが、それとエネルギー石は准将に渡しておいた。
「じゃあ、次はマリの番だな。 男らしく使ってみよ~」
僕はマリにオーブを手渡した。 マリはそれを震える手で受け取った。
「あっ! こんな機会はほぼないから、絶対に食べてみような」
マリはそのアドバイスに素直に従ってオーブを口へ運んだ。 オーブを食べることは特別な付加的な効果をもたらすかもしれない。 それに美味しいことは間違いないので躊躇いはないはずなのだ。
「いいな~。 エミちゃんも食べたい」
背後からそんな声が聞こえた。