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158.  マングース

 パスポートについては日本の冒険者証で代用できるそうだ。 そしてダンジョンに入るためには友好国であっても期限付きのダンジョンビザが必要となるが、これも直ぐに取得することができた。 必要なものは全てアイテムボックスやプライベートダンジョンの中に保管しているのでこれでほぼ全ての準備が整ったと思えた。


「お兄ぃ、そういえばエミちゃん達の仮装についてはどうなったの?」


「仮装? ああ、変装のことか。 それは美沙佳さんに聞いた方がよさそうだな」


「変装? あれっ? 美沙佳大姉様は仮装だと言ってたと思ったけれど」



 ん? 美沙佳さんが? いつもの勘違いじゃないのかエミリ。 

 だが一応確認は必要だろう。 そういえば変装するにしてもどういう風にするとか聞かされていない。 今日はすぐに出発予定のはずだが変装ってそんなに短時間でできるのか?  


 僕は携帯端末で美沙佳さんを呼び出そうとしたが、そこへタイミング良く美沙佳さんがミレイさん達を伴ってやって来た。



「美沙佳さん、変装の件はどうなりましたか? そろそろ準備しないと間に合わないですよ?」


「変装? ああそのことね。 変装の件は無しになったわ。 マリちゃんから聞いてない?」


「マリ? あれっ? そういえばマリは何処に行ったんだ?」


「そういえばさっきマリちゃんはあの中佐と親し気に話をしていたわ」


「なんであんな怪物と……。 まさかアレが男らしさの象徴だとか思っているんじゃないだろうな」


「さ~ね。 それは本人に聞いてみないとね」


「それはそうと、変装は何故ボツになったんです?」


「端的にいうと、手間がかかるというのが理由ね。 そんなことをするぐらいならエミリちゃんの案の方がコストパフォーマンスがいいという話になったのよ」


「それはまた、どういう。 まさか、ぬいぐるみ関連とか?」


「お兄ぃそれはどういう意味?」


「お前のぬいぐるみへの執着心は病的だろう?」


「エミちゃんが提案したのは、着ぐるみです。 縫いぐるみとは根本的に違うと思うのです」


 そういってエミリはアイテムボックスから6人分の着ぐるみを出してきた。 



 こ、これは! まさか皆でこれを着用しろとでもいうのか?

 太ったマングースの着ぐるみが6体。 それぞれ赤青黄緑白黒で6体だ。 


「どう? かわいいでしょ~? こんなこともあろうかと、エミちゃんはエムレザー製の着ぐるみを用意していたのです」


「茶色が無いじゃないか、変だぞそれじゃ~」


「ヨシ君、突っ込みどころが違うでしょ?」



 ミレイさんがタイミング良く突っ込みを入れてくれた。 良かった、これで誰も反応しなかったらダメージが大きかったところだ。


 いややはりこれは良くない。 さすがに僕もはずかしいから何とか着ぐるみは阻止しなきゃならない。

 考えろ、考えるんだ。



「あっ! そうだっ!」


「どうしたの?」


「どうせならロボット戦隊の仮装にしよう」


「ヨシ君。 それは……。 わかったわ。 ヨシ君はロボットってことでいいわ。 私達は、せめて男装レベルの仮装で許してほしい」


「お姉様達。 折角エミちゃんが用意したのに……」



 ここで僕等の様子を静観していた美沙佳さんが制した。



「残念だけど、時間が無いし、エムレザーで作った着ぐるみ案を採用しましょう」


「いやいやいや。 そんなのはちょっと横暴だと思います」


「では、時間をかけずにできる対策が他にある?」



 美沙佳さんが真顔になり、女子達は凍り付いた。 女子達は絶対に美沙佳さんに逆らえない気がする。 こうなると今この場で反論できるのは僕だけとなる。



 む、むむむ。 この後に及んで少しの時間を惜しむなんてあり得ない。 どう考えてもこれは受け入れ難い。



「自動車! 外から見えない自動車に乗って移動すればいいじゃないですか」


「もちろんAI自動車には搭乗してもらうわ。 だけどその自動車を特定されたくないの。 何度もトゥルーコアタッチを繰り返せば、そのダンジョンに入った人物の情報からいずれ素顔が知られてしまいます。 いくらAIによって世界的に個人情報が強固に保護されていたとしてもね」


「だからって着ぐるみはどうかと思います。 ふざけた着ぐるみ集団として特定されてしまうじゃないですか」


「そうね、でも素顔を晒すよりもマシでしょう?」



 う~、なんか混乱して説得されそうだ。 これが正論なのかどうなのか分からなくなってきてしまった。 美沙佳さんが僕たちを守ろうとしてくれているのは確実だ。 このまま受け入れざるを得ないのだろうか。


 そんな風に考えていたら閃いてしまった。



「あっ! そうだ。 台車だ!」


「吉田さん、何のこと?」



 戸惑いの表情を浮かべる美沙佳さんにミレイさんが慌てて助言する。



「お姉様、ヨシ君は時々閃くことがあるんです。 それが有用であるかは別にしても、きっと実験がしたいとか言い出すはずです」


「ミレイさん正解です。 僕は台車で実験したいだよ。 誰か荷物を運ぶための台車を持ってないかな?」



 それにはカナさんが反応した。



「台車? もちろんあるわよ? ここに出せばいいの?」


「さすがカナさんだな~。 ここに2台出してくれないかな」


「出せばいいのね。 本当にこれから何が始まるんだか……。 もはや実験に慣れてしまってワクワクしてしまう自分が哀れね」



 カナさんはため息をつきながらも台車を2台出してくれた。 ワクワクしているようには見えない。

 僕はその上に強化ガラス板をアイテムボックスから出して乗せて、それが台車に乗っていることを意識しながらプライベートダンジョンを生成した。


「……」


 皆は僕の様子を黙って見守っている。

 僕は片手でプライベートダンジョンを維持しながら、もう片方で台車に手を伸ばした。

 そして少し力をかけて引っ張ってみた。


 良し、動いた!


 僕の思惑の通り、プライベートダンジョンを発生させたまま台車を動かすことができた。 つまりプライベートダンジョンを発生させた破壊不能オブジェクトを動かすことに成功したのである。



「な、何故? それって私達が思いっきり剣やハンマーで殴ってもビクとも動かなかったはずなのに……」



 ミレイナ達は驚いている。 しかしエミリと美沙佳さんは不思議そうにそれを見ているだけだった。



「ふふふ、理由を知りたい?」


「お兄ぃどういうこと? プライベートダンジョンって動かせない代物だったの?」


「ああ、ダンジョンの中での実験では、それは動かせなかったんだ。 それにダンジョンの壁と同じく僕等には壊せなかったし、動かすこともできなかったんだ」


「それが何で今は動かせるの?」



 皆の注目が僕に集まった。 その目は期待に満ち溢れているのが分かる。

 ああ、気持ちいい。

 自分だけがその理由を知っているし、それを自慢気に教えてあげられる。


 少し焦らしてみようかとも考えたが、時間がないと言っていたような気がしたのでその考えは破棄した。



「それはね。 地球の自転だよ」


「またおかしなところへ議論が飛んだわね」


 ミレイさんが何か言ったようだが、構わずに僕は続ける。



「地球の自転もそうだし、公転もそうだ。 それどころか太陽系だって銀河レベルで考えると動いているんだ」


「……まさか、あの時プライベートダンジョンが動かせなかったのは、ダンジョンに対して動かせなかったってことかしら?」


「つ、つまらないなレイナさん。 もうわかっちゃったのか。 そう、その通りだよ。 この世には元々静止しているものなんて無いんじゃないかと思うんだ。 動いているかどうかは何かと比べて基準が……」


「お兄ぃわかった。 今のは台車に対して、相対的にプライベートダンジョンが静止しているってことなんだね」



 え? エミリにも理解されてしまった? これは想定外だ。

 もう少し説明を続けたかったが、でもまあ、これで十分だろう。

 ここに居ないマリには改めて説明する必要があるかもしれないが、それは別の機会でいいだろう。



「美沙佳さん、僕等はプライベートダンジョンに入ったまま、それを乗せた台車とか車を移動させれば僕等は姿をさらさずに済みます。 そうなれば着ぐるみを着なくてもいいでしょう?」 



 僕は得意げに美沙佳さんへ胸を張ってみせた。

 どうだ、マングースを論破してやったぞ。



「なるほどこれは凄い発見ね。 でも一つだけ問題があるわ。 そのプライベートダンジョンのサイズだと通れるゲートと通れないゲートがあるわ。 少なくともこのダンジョンの入口にあるゲートは小さめだから通れそうにないわね」



 そういえばそうだった。 僕のプライベートダンジョンのゲートは直径2メートルほどの円だが、普通のダンジョンでは2.5メートルから3メートル程度。 場合によってはそれよりも小さかったり途方もなく大きかったりする場合もあるし円でない場合すらある。


 僕としたことが、こんなミスをするなんて。 

 折角いいところまでいったのに、ここで諦めてはいけない。 

 マングースには絶対に負けられない。


 試すべきは小さいゲート入口を持つプライベートダンジョンを作れるかについてだ。 覚悟を決めて台車の上に出したままの強化ガラスに手を押し当てる。 そして小さい入口のゲートが出来るよう意識しながらプライベートダンジョンの生成を試みた。

 だがしかし、無理だった。 いや正確に言うと少しだけ小さくなったように思う。 だけどそこからはどうやっても小さくできなかった。


 駄目だ、マングースには勝てそうにない。 これはピンチだ。

 焦りに焦って自分が青ざめていくのが感覚的に分かる。

 そんな僕へ美沙佳さんが質問した。



「吉田さんは、そんなに着ぐるみが嫌なの?」


「は、はい。 なんか負けた気がしてしまって」


「……負けず嫌いなのね。 それは戦士としては良い事なのかもだけど、人心を把握するには上策とは言えないわ」


「……」


「私達が何故着ぐるみを推奨したか分かる? ちょっと考えると変でしょう? そんなものを着ないでも何か、例えば棺桶みたい箱に入って自動車まで運べば済むことだわ。 本当のところ効率とかが理由じゃないのよ」



 ぐっ、確かにそうだ。 レイナさんなんかは普通にスーツケースにも入るかもしれない。 僕だって箱に入って貨物として運び出されることは可能だ。


 でもなんで今更美沙佳さんはそんなことを言うのだろうか?



「貴方達は、いえ貴方は少しばかりやり過ぎだったのよ。 アレは私もスカっとしたけれど、相手の方には大きなストレスを与えてしまったと思わない? 今後ダンジョンに一緒に籠って命運を共にすることになるの。 そんな状態のままでいいと思う?」


「それは……」


「マウントの取り合いはこれで終わり。 これからは協力体制を築くべきなの。 その為にはこちらから歩み寄らなければ……。 そして君たちが着ぐるみを着て仮装してみせることで彼らの心を掴むのよ」


「う~んそれはどうだろう。 アイツ等……、あの人達がそんなんで納得する? 意味がわからないです」 


「事前情報によれば、少佐と中佐は昔からの知り合いで、ああ見えて有名なアニメ、ほら鉛筆仮装戦隊ってのの大ファンって聞いたわ。 きっと6色のマングースは彼らの心を掴むと私は思うの」


「私は思うって、まさかこれは美沙佳さんのアイディアってことです?」


「……」


「まさか、それって美沙佳さんの趣味も入ってたりして」


「……」


「まじかっ! でも彼らの心を掴むだけなら、美沙佳さんがちょっとお色気を振りまけば……」



 美沙佳さんから例の放電が始まった。 

 しまった、ムカついた勢いでつい本音がでてしまった。 

 こうなってしまったら流石に折れるしかないだろう。



「わ、分かりました。 負けを認めます。 だから気を静めてください」


「ではお願いするわね」



 美沙佳さんの放電は次第に少なくなり治まっていった。 いつも思うのだが、あの放電は説得力がある。 ま、まさかわざとやっている? だとすると策士だな美沙佳さん。


 結局美沙佳さんに説得されてしまった僕等は米軍の飛行場へ移動するためにすぐにマングースの着ぐるみに着替えることになった。 美沙佳さんは直ぐに奴らを呼びにいってしまった。


 ミレイナ達は白黄赤を選択し、エミリは青のマングースを着こんだ。 残りは緑と黒。

 もちろん僕としては黒がいい。 しかしそれではマリが緑になってしまう。 どう考えても男らしさからほど遠い色と思える。 選択に悩んでいると准将たちが美沙佳さんとともにやって来てしまった。



 マリは僕等を見て一瞬たじろいた。 准将たちは唖然としている。


「おい、ヨシ。 それは一体何のまねだ?」


「マリ、見て分からない? マングース真似だよ」


「いや、おめ~等がどうしてってそんなことをやってるんだと聞いてるんだ。 おれは仮装するとは聞いていたんだが、着ぐるみとはきいてねーぜ」


「仮装を手っ取り早くやるために着ぐるみに変更したってわけさ」


「……それはまた、おもしれーことをやってるもんだな。 こんな奇抜なことをするってのは、どうせおめ~の閃きなんだろうぜ」



 ぐっ、これを否定したら元も子もなくなってしまうかもしれない。 

 僕は黙って黒の着ぐるみを手にとってマリへと差し出した。 マリは何とも言えない顔をした後で素直にそれを受け取ってくれた。 黒を渡すのは少し残念だが、こうなったら覚悟を決めて思いっきりはっちゃける方がいいだろう。 

 そして僕は緑のマングースになった。


 准将も、中佐も少佐も何も言わないし、顔つきも無表情に見えるが、少しだけ震えていて目は笑っていた。

 これで美沙佳さんの思惑通りになったわけだ。



「それでは、すみませんが自動車に乗り込み移動をお願いしますね」


 美沙佳さんが准将に促すと、准将は軽く頷いてそのまま自衛隊のダンジョンの入口めざして歩き出した。 そして入口付近でダンジョンの外に駐車してある軍用の車へと乗り込んだ。


 思ったよりも車内は狭い。 これではプライベートダンジョンを生成して安全を確保することは困難だ。 僕は先行きに少し不安を感じた。



「やっと俺の出番だな。 これは本当に特別なVIPにしか使わないんだが……」



 中佐がそう言うと、途端に先程のシミュレーション内で中佐が使ったフィールドが展開された。 そしてここはダンジョンの外であるはずなのに、体感上はダンジョンの中にいる状態へと変化した。


「俺のユニークスキルは、ゲートフィールドと言うんだ。 このスキルはダンジョンの外でも使えるスキルで、ゲートに類似したフィールドを辺りに作り出すことができる。 フィールドの中ではダンジョンと同じ環境になるし、もちろん外からの攻撃は完璧に防ぐことができる。 ダンジョンの中での防御効果は限定的だがその代わりに魔物に感知されなくなり寄せ付けなくなる」



 なるほど、この人のスキルは防御系か。 それはシミュレーションで分かっていたのだが、まさかダンジョンの外でも有効なスキルだとは思わなかった。 これは確かに警護には最高なスキルだと思える。 外からの攻撃は防げるし、侵入者がいたとしてもダンジョンの中では、例え爆発物が持ち込まれて爆発してもステータスのお蔭で大事には至らないと確信している。


 ふと見ると僕以外のメンバーは着ぐるみの頭部分を外していた。


「お前は本当にマングースの着ぐるみが好きなんだな。 そろそろ頭は脱いでもいいんじゃねーか?」


 くっ、何てことだ! マリの言葉は僕の胸に痛く突き刺さった。

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