156. 倒しちゃった
紹介されたはいいものの、僕等はそのまま放置されて自衛隊の面々と米国軍のダンジョン攻略部隊の方々との会議を見学させられることになってしまった。 物資の問題やらシエラネバダダンジョンまでの護衛体制、ドロップ品の取り分など広範囲に渡っている。
普通こういうのは事前交渉で決まっているはずなのだが、どうやら今回訪日された人々は実働部隊の方のようで事前交渉で決まっていた方針には納得していなかったのである。 そしてとうとう僕等がターゲットになる場面となった。
「我々としては攻略は大隊規模で考えていたんだ。 まあ大隊と言っても、ダンジョン攻略部隊では百人規模なんだがね。 だがそれを少人数編成に変えられてしまい困惑しているんだ。 レインボーオーブの面々が上級ダンジョンを攻略したという事実は認めるが、シエラネバダダンジョンはそんなに甘くないんだぞ。 もちろん特殊な能力持ちなんだろうが、こんな子供達を含めた少人数では経験不足だろうし大丈夫とは思えない」
そう言ってギャレット・マクダグラス准将は僕たちを指し示した。 僕は子供達と言われたことにムカついたので、つい異議を唱えてしまった。
「僕は子供じゃないです。 僕が子供なら貴方達はピヨコだ」
「ピヨコ?」
「お兄ぃ、ヒヨッコの間違いじゃ?」
「そうとも言うな」
エミリ、些細なミスを指摘するなよな。 これじゃあ僕が馬鹿にみえるじゃないか。 そう思い、エミリをにらんでやったが平然としていたので、僕はさらに頭に血が上ってしまった。
「ほう、それはまた言ってくれたもんだ。 このピヨコちゃんは子供じゃねーって言うんだな。 なら証明してみろ」
例の大柄な怪物、エリック・バトラー・マカデミア中佐が懐からデジタル握力計みたいなのを取り出して、気合一発それを強く握りしめた。
「2058か、まあまあな数値だな。 じゃあまずお前の身体能力を示してみろ。 1000位で合格としてやる」
中佐は常人離れした体格の持ち主で、通常でも体力ば僕等の数倍はあるだろう。 それに何等かのスキル持ちなのかもしれない。 だが僕としては負ける気などこれっポッチもなかった。
「ソレを僕に貸してください。 思い知らせてやります」
そう言って僕はユニークスキル”強化”を使った。 これによって全ステータスは2倍になったはずである。 つまり力比べに必要となるSTR値は16000相当にもなる。 さらに戦闘時以外は封印していたスキル筋力20をオンにした。 そして怒りに震えながら思いっきりデジタル握力計を握りしめた。
パリッ。
「あっ!」
ライトノベルの異世界主人公そのままに、能力測定器?をいとも簡単に破壊してしまった。
ヤバイ、怒りに任せてやり過ぎてしまった。
この結果に流石の僕も興奮状態から一気に覚めることになった。
ど、どうしよう。
こういう場合、ライトノベルの主人公はどう対処するのが正解だったかな?
「あははは、壊れてしまったじゃないか。 どうだ僕のパワーは測定できないくらい規格外なんだぞ!」
「お、お兄ぃ。 そこはやる前にソレにヒビが入っていたとか、金属疲労が原因だったとか言い訳する所じゃないの?」
「何を言うんだエミリ。 最近のライトノベルではこういうのが流行りなんだ」
「ええっ! 知らなった~、エミちゃんショック~」
「……」
「コッホン、どうだドロップ少佐。 これで納得したか? 見かけと違ってコイツ等はトンデモな奴らだ」
しばし沈黙が続いた。 驚いたことに怪物中佐は、僕たちの実力をある程度認めようとしていたようだ。
あれっ? そうなるとこれって僕はまんまと中佐の術中に嵌められてしまったってこと?
そうだとしたらこの中佐はなかなか侮れん奴だ。
僕は目を見開いて中佐を見つめた。 だがどう見ても外見上は脳まで筋肉でできていそうな輩だ。 今度はこちらから挑発して知性があるかを確かめみるかと考えはしたが、下手して負けたりしたら馬鹿にされてしまう。 そう考えてこの場はこのまま受け流すことにした。
と、そこへ美沙佳さん――自衛隊の一員としてこの会議に参加していた――が口を開いた。
「握力の測定はあくまでも参考値じゃないでしょうか。 もし疑問をお持ちならシミュレーターで試してみるのをお勧めします。 きっと驚かれると思いますよ」
美沙佳さんのその発言に対して反応したのは少佐だった。
「シミュレーター? もしかして日本の自衛隊も我々と同様に魔物挙動推定システムを独自に開発したってことか? シエラネバダダンジョンの奥側の魔物は推定レベルで300を超えているんだぞ? そんな高レベルの魔物の挙動をAIでシミュレートするためには、何度もそんな奴らと戦ってデータを収集する必要がある。 俺にはお前たちにそれが可能とは思えんな」
「いえ、私達のシミュレーターに登録された魔物は、特別な看破のスキルにより取得されたデータに基づき作成されています。 つまりレベル210以下の魔物と同じようなシミュレーションができています」
「ふむ、特別な看破スキルか。 つまりユニークスキルということか?」
美沙佳さんは答えようとしたように見えたが、直前で思い止まり黙り込んだ。 それを見て取った鈴木さんが話を引き継いだ。
「それについては機密事項ですが、まあいいでしょう。 おっしゃる通り看破系のユニークスキルによるものです」
「……」
ドロップ少佐は黙り込んだ。 それを引き継ぐように代わりにマクダグラス准将が美沙佳さんへ問いかけることになった。
「なるほど看破系のユニークスキルですか……。 そういうことなら正確なシミュレーションが使えるし、上級ダンジョンの攻略も可能かもしれない。 それを考慮しても少人数で攻略を成し得たというのには違和感しかない」
マクダグラス准将の疑問を受けて、美沙佳さんは一旦准将に微笑んでから僕たちに目を向けてから答えた。
「確かに正確なシミュレーションで魔物の攻略方法を見出してこそ高レベルの魔物の討伐が可能です。 ですがパーティの能力が高いことが前提です。 とにかくシエラネバダダンジョンの攻略をするとお約束した以上、レインボーオーブの面々の実力は予め知っていただきます」
「ということは、シミュレーターの中でそれを見せてくれるというのか?」
「このダンジョンの中には自衛隊のシミュレーターが設置してありますので、そこでログインしていただきます」
「うむ。 そうさせてくれ。 ところでVRルームは当然最新の3D版VRなんだろうね? 我々は出来るだけ実戦的な模擬戦で確かめたいのだが」
「わかりました。 ただしご存じの通りダンジョン内に設置してある3D版VRルームは巨大な設備となってしまうので1部屋しかありません。 なにせ自衛隊保有のダンジョンはここだけなのでスペース的に厳しいのです」
「それは承知した。 ならドロップ少佐に3D版VRルームを使ってもらおう。 私と中佐は2D版でいい。 後はこれをシミュレーターに適用してくれ」
准将はそう言って何らかの小型ケースを美沙佳さんに手渡した。
「これは?」
「それは対魔物用ライフル、略して対魔ライフルのデータだ。 それを使えばシミュレーターの中で種弾丸のライフルを使用できるようになる。 ただし言っておくが、弾丸が大きいので最早ライフルとは言い難いサイズになっている。 生半可な体力では使えない代物であることを事前に承知しておいてほしい」
おお~。 シミュレーターの中とはいえ、ライフルの試し打ちができるのか。
僕は期待に胸を弾ませた。 射撃なんてサロナーズオンランのゲームの中でしかやったことがない。
ん? でもシミュレーターとゲームって本質的には一緒なんじゃないか? ……まあいい大型の実物を模したライフルなんて2D版VRでは使用したことがないから面白そうなのには違いはない。
それから僕らは会議室を出て、ダンジョン内部の敷地内にあるVRルーム棟へと向かった。 そのVRルーム棟は自衛隊員の訓練のために使われる施設なのだそうだ。 その施設には2D版VRルームが120部屋ほどある。 今回VRのシミュレーターにログインするメンバーは、僕等6名と美沙佳さん、そして米国軍ダンジョン攻略部隊の3名、そして鈴木さんと知らない将校3名の計14名である。 その他シミュレーションの見学者が10名以上いるとのことだった。
皆がシミュレーターへログインし、戦闘ルームへ転移した。 戦闘ルームは非常に広大な空間だった。 僕たちが以前使用していた物とは十倍以上も規模が違う。 おそらくこれは大規模な集団戦に対応するためなのだろう。 それに皆がそれぞれ使用している個室――2D版VRルームも高機能版へとアップグレードされている。 これもまた戦闘員の素早い動きに対応するためであるようだ。
実際に僕等が使用していた2D版VRルームでの戦闘は、気を付けないとリアルの壁に激突してしまう問題があった。 僕等の戦闘スタイルは基本レイナさんのウインドバリアの中に留まって遠隔攻撃主体だったため大きな影響はなかったが、それでも稀に起こる問題には辟易していたのも事実だった。 もちろん今では僕等所有の2D版VRルームも高機能版にアップグレードされている。
「それでは手始めにレベル100程度の魔物を出してくれ。 まず俺が対魔ライフルの実演を見せてやろう」
どうやら中佐が試し撃ちを見せてくれるようだ。 そして彼の手元に巨大な銃が出現した。 当初彼もアイテムボックス持ちなのかと誤解したが、ここはシミュレーションの中である。 ストレージが使えるので特に驚く必要はなかった。 そして誰かがターゲットとなる魔物を出現させた。 それレベル120前後とされているシャインスライムだった。
「おいおい、コイツは物理攻撃無効の奴じゃなかったか?」
「あくまでも試し撃ちなのでしょう? なら壊れない的の方がよいのでは? ソレの威力はもっと高レベルの魔物で試すんでしょう?」
「なるほど、それもそうだな。 まあいい、それじゃ行くぞ」
ドォーン!
間髪いれずに対魔ライフルが大きな音をたてて火を噴いた。
それを受けてシャインスライムは弾丸を受けて少し後退したようだった。 明らかにダメージを与えられていないが、スライムを少しだけ動かしたという事実からするとライフルの威力は本物だ。
辺りを見回すと、美沙佳さんが顔を歪ませて耳を抑えているのと、付いて来た自衛隊の3名と鈴木さんが昏倒しているのが見えた。 慌ててルーム内の設定を確認すると、案の定ショックアブソーバー、つまり苦痛と衝撃低減機能がオフになっていた。 そして米国の3名に目をやると耳栓をしていたのが見て取れた。
これって? まさかわざと銃撃音を僕等に聞かせた? 何故だ?
「ビックリした~。 銃って大きな音がするんだね~」
「そうね、少しだけ驚いたかも。 普通のハンドガンの射撃音は聞いたことがあるけれど、これは何倍も大きな音だったわね」
エミリとミレイさんがニコニコしながら平然と感想を口にした。 だが鈴木さん達が倒れていたのに気づいてからは笑顔が消えた。
パーティメンバーのVITは全員4000以上だ。 これだけVITステータスが高いと、物理衝撃耐性は非常に高く、音波にも強い耐性がある。 もちろん苦痛に対しても非常に耐性があり、腕一本飛ばされても冷静に対処できるぐらいなのだ。
「ほう。 この銃声を至近距離で聞いても平気だというのか。 なるほど、少なくともお前らのVITは計り知れんようだな」
どうやら僕等を試したようだ。 だがこれだけは言ってやらねばならない。
「あ~あ、お偉いさん方を倒しちゃったね~。 これは後々問題になりますよね~。 僕はし~らないっと」
これには奴らも慌てた。
「ちょっ、中佐。 なんてことをしてくれたんだ。 まずいぞこれは!」
「案を出したのは俺じゃね~よ。 少佐お前のアイディアだからお前が責任を取れ!」
「中佐それはないんじゃないかな」
醜い仲間割れが始まった。 准将が関与していなかったことがせめてもの救いだ。
そんな仲間割れを放置して僕は倒れている鈴木さんに治療魔法スキルを使った。 マリ達も残りの3名へ使ったことで、倒れていた全員が意識を取り戻した。
「……」
鈴木さん達が起き出したのを見て、米国の3人は静かになった。 そして暫く沈黙が訪れた。
「ショックアブソーバーが機能していなかったんですね。 今回の出来事はこちら側の過失ということで処理します。 ですが二度とやらないでいただきたい」
沈黙を破ったのは鈴木さんだった。 鈴木さんは状況を理解した上で許しの言葉を口にしたのである。
「大変申し訳なかった。 コイツ等は後で懲戒処分にしておきます」
「ああ、それには及びません。 あくまでもこちら側の過失ということにするので、そちら側に処分された者がいるのは不自然です」
「でも日本側の過失ということになると、無罪な者にしわ寄せが……」
「そうですね。 ならばこの件は無かったことにしましょう。 目撃者は外にもいるのでかなりの人数に及びますが、緘口令を敷くことにします」
「……本当に申し訳ないことをしました」
これでその場は治まった。
しばらく間をおいてから僕はその対魔ライフルを試射させてもらうことになった。 今度はこの場のショックアブソーバーの設定は完璧である。
ドォーン!
大音声とともに僕は反動でフッとばされてしまった。 いくらステータスが高いとはいえ僕の体重――慣性質量は銃の反動を受け止めきれなかったのである。
「ガハハハ、お前にゃソレは使えそうにね~な」
中佐、コイツは全然懲りてない奴だ。 まあムカつく言葉なのは確かなのだがこのままではダメだ。
今度は重量スキルを使い、MPも1/10程度使ってからシャインスライムに照準を合わせた。
「またやるのか? 無駄だと思うぞ?」
ドォーン!
二度めの試射では僕は全く動かなかった。 僕の重量スキルとVITやSTRは銃の反動を完璧に抑えきった。 続いて連射も試してみた。
ドォーン!
ドォーン!
ドォーン!
DEXが高い効果でシャインスライムへの狙撃命中率も完璧だった。
「ど、どうしてだ。 まさかお前は重量のスキル持ちか?」
「それはノーコメントです。 それはそうと他のメンバーにも試し撃ちをさせてください」
そしてパーティメンバーも試射を行った。 もちろん重量魔法スキルを使い、全員が反動に影響されず完璧な結果だった。 中でもミレイさんは試射時に土魔法を併用することで威力を水増しし、結果的にシャインスライムを大きく吹っ飛ばしてしまっていた。
その様子を見ていた中佐と少佐が目を見開いて口をあんぐり開けてしまったのは言うまでもない。