153. 正気を疑うわね
今回の送迎用のAI自動車は大型で、ひと昔前ならサロンバスと言われたタイプだそうだ。 内部はVIPのために広いスペースになっていて、テーブルを囲むように座席が配置されている。 もちろんその座席はある程度移動が可能になっている。
もちろんサロナーズオンライン接続用のゴーグルも用意されているし、大型のディスプレイ――ディスプライ画面上や枠に複数のカメラが内臓されていてAIによる視点補正がかけられるようになっている――が設置されている。
内部へ入り着席すると車は滑らかに発車した。 すると直ぐにディスプレイがONになり、鈴木さんと、その背後に数名の将官が映し出された。
「吉田さん、ダンジョン攻略ご苦労さまでした。 沙美砂さんもご苦労でした。 状況説明をさせてください」
「何があったんです? 事故があったって聞きましたけど」
「一般には事故と報道されているが違うみたいだ。 これはまだ推測の段階なんだが、どうやら君たちが狙われていた気配がある」
「な、何で僕達を?」
「S国とN国の関係は知っているね? アナンダ–ミレキュアダンジョン紛争の当事者国だ」
「ええ、この前、上級ダンジョン攻略の候補として上がっていたところですね」
「彼らは君たちが未だ日本に留まっていることに不満を覚えているようでね、その暇があったらアナンダ–ミレキュアダンジョンの攻略を先に進めろという主張があるらしい」
「ば、馬鹿じゃない? 今は上級ダンジョン攻略の準備を進めている段階だし、何よりそんなことをされると支援なんて……」
「目的は君たちの誘拐だと思う。 誘拐してから何かで脅して強制しようと……」
その時AI自動車が急停車した。 急停車の衝撃は思ったよりも強く、かなりのショックを受けて頭が混乱した。 だがそんなのはまだ序章に過ぎなかった。
ズガガガガガガガ。
耳をつんざくような大音量の銃撃のような音が鳴り響いた。
えっ? これってまさか銃撃? 僕等って襲われている?
急ブレーキのショックから立ち直った僕はこの事態に現実味が感じられていなかった。
外を見るとAI自動車の前後を大型車両が取り囲んだ状態になっている。 そしてその一台から銃撃したと思われる硝煙が出ていた。 まるで戦争のようなアクション映画を見ているようだ。
だが僕等が乗っているAI自動車は、エムレザーで完全防護されている。 見かけと違い並みの戦車よりも装甲は丈夫なので、銃撃程度ではビクともしない。 それも現実味が感じられない一つの要因であるだろう。
ディスプレイの中の鈴木さんの顔が強張った表情になった。
「大丈夫。 この車両は防弾仕様だから」
美沙佳さんが僕等を安心させようと落ち着いた声で説明してくれる。 しかし状況そんなに甘くはなかった。
「あ、あれは対戦車グレネードか?」
護衛の今井さんが銃撃してきたのとは別の車両から出て来た兵器を指さした。
その兵器もアクション映画とかで良く出てくるやつで、確か命中した場所で爆発を起こす奴だ。
「ま、まずい。 こうなると私達を排除するつもりなのかもしれないわ」
これにはさすがの美沙佳さんも目を剥いて焦った表情になった。 兵器のことは良くわからないが、グレネードという兵器は不味いのだろう。
しかしそんな場面でも魔物とのやり取りで死線を潜って来た僕は冷静だ。 アイテムボックスから素早く強化ガラス板を出してプライベートダンジョンを生成した。
「この中へ退避しましょう! これはダンジョンの壁と同じように破壊不能かもだし、中に入れば僕たちのステータスなら負けません」
僕の提案を受けて、即座にプライベートダンジョンへの退避が始まった。 エミリ、ミレカ姉妹、マリ、僕、そして美沙佳さんがゲートを潜り中に入ったところで外側で大きな爆発があった。 そして片腕を吹き飛ばされながらもプライベートダンジョンの中に今井さんが倒れ込んで来た。
今井さんは今の爆発のショックで意識を失っているようで、飛ばされてしまった腕からの出血はおびただしい。
このままでは長くもたないかもしれない。
そう判断した僕は躊躇なく虎の子のHP回復魔法を使った。 この魔法はパーティの中で現在僕しか使えない魔法だ。 低レベルだがMPをありったけつぎ込んだので、十分時間稼ぎは程度はできたはずだ。 ダンジョンの中で減った分のHPには効果があるはずなのだ。
「ミレイ、直ぐに救急カプセルを!」
カナさんが慌てて叫んだ。
ミレイさんは緊急時に備えて医療用カプセルを持って来ているらしい。
その言葉を受けてアイテムボックスから即座にカプセル状の装置を取り出した。 その装置を見た美沙佳さんは今井さんに圧迫止血の応急処置応急処置を施し始めた。 そして止血が確認できたところで皆で抱きかかえるようにしてカプセルの中に入れて装置を稼働させた。 装置は自動で動き出し、患部へのアプローチを開始した。
ダンジョンの中では治療魔法が使えるが、それはダンジョンの中で負傷した傷のみに有効だ。 外で受けた傷に対しては異なる対応が必要になる。 その対応は受けた傷をダンジョンの中で上書きするという方法だ。 例えば今井さんの場合、まず負傷した腕を治療魔法が有効になるようにダンジョンの中に設置したカプセルで整形する。 その後新な切り口に治療魔法を施すのだ。
外では爆撃音が続いているが、ダンジョンの中までは衝撃はこない。 これはゲート特有のシャットアウト機能によるものだ。 つまりある一定以上のエネルギーを持つ物体や高温度などを遮断するという不思議な特性によるものだ。
医療カプセルの中では今井さんへの処置が順調に進んでいるようだった。 装置のディスプレイには進捗状況が表示されており様子が分かるのである。 これが終われば後は治療魔法を使うだけになる。
しかしダンジョンの外で受けた傷に関してはの治療魔法使用は医療行為にあたるので法律的には僕等には許されていない。 だがそんなことは言っていられない状況だと思った。
「私はダンジョン法に基づく緊急避難治療免許をもっているわ」
美沙佳さんが免許を持っている。 ならば法律的にも対応が可能ということだ。 だが聞いておかねばならない。
「美沙佳さん、治療魔法スキルのレベルは?」
「レベルは3だけど、何回か処置を繰り返せば……」
「僕たちは免許は持ってないですがレベルだけは20になってます。 だから……、いや、そうだミレイさん、治療のスキルオーブを5つお願い。 美沙佳さん、この際だから治療のレベルを上げちゃいまいましょう」
僕の提案を理解したミレイさんは直ちにスキルオーブを5つ取り出して美沙佳さんに手渡した。 美沙佳さんはそれを見て少し戸惑いの表情を浮かべたがそれは一瞬のことですぐに使う判断をしてくれた。 ついでにMNDつまり精神のスキルオーブも使ってもらった。
「治療と精神のスキルレベルは20になりました。 これなら一発で完全回復が可能なはず」
カプセル内では今井さんへの応急処置が続いている。
とそこへプライベートダンジョンの入口から人影が乱入してきた。 人数は3名。 すべてアサルトライフルを手にしている。
瞬時に僕とマリ、そして美沙佳さんが反応した。 ダンジョン内での僕等のステータスはスキル込みで考えると普通では考えられないぐらい高い。 ミレカ姉妹とエミリはカプセルを守っている。
アサルトライフルの引金を引く間を与えずに瞬く間に侵入者の武器を叩き落とし、ついでに足をかけて転倒させてから手加減して手刀を首筋にお見舞いした。 このような技術はゲームの知識として良く知っている。 実戦で使うのは初めてだが、DEXが高いおかげて何とか殺さないレベルで昏倒させることに成功した。
「ふぅ~。 俺たちゃ~ダンジョンの中では無敵だぜ」
「だけどこんなもの乱射されたら、ここの設備は無傷とはいかないですね」
僕は侵入者が落としたアサルトライフルを拾ってみた。 ゲームでない現実世界でこんな火器を手にするのは始めてだった。
「……」
無言のまま僕たちはゲートから外の様子を窺った。 爆発は止んでいる。 しかし外には6名の武装した人達がこちら側をじっと見ている。 やがてそのうちの一人がダンジョンの中の僕等の姿に気づいたようで、驚いた顔をしてから皆に何かを伝えたようだった。 すると全員が申し合わせたように武器を放りだして散り散りバラバラに逃げていった。
「美沙佳さん、あれは一体?」
「制圧できないことが分かった時点で退却したのだと思う。 もうじき警察隊とかが到着するはずだからね」
「でもこんな時代に逃げ切れるとは思えないんですけど……」
「その通りね。 絶対に逃げきれないわ。 こんな襲撃を計画するなんて正気を疑うわね」
美沙佳さんの意見を受けてミレイさんが続けた。
「お姉様、それに私達を誘拐じゃなくて排除しようとするなんてとても変です。 本当にS国かN国の仕業なんでしょうか?」
「ミレイちゃんの疑問も当然ね。 これはどうにも不可解だわ。 成型炸薬のグレネードを使用するなんて、誘拐目的だったらあり得ない」
「お姉様、アンテナを出して通信を復活させました。 ディスプレイに映します」
「レイナちゃん、ありがとう」
スクリーンは一瞬点滅してから鈴木さん達のいる部屋の映像を映し出した。 なんやら混乱しているのが見て取れる。 鈴木さんの背後にいた人達は何やら盛んに議論したり携帯端末で連絡をしたりしている。 それに鈴木さんはカメラに背を向けており、頭を抱えているようだった。
「もし、も~し。 鈴木さ~ん。 聞こえますか~。 ま、マイクのテスト中です」
鈴木さんがビクっとするのが見えた。 そして美沙佳さんは……。
「私達は全員無事です。 何とか襲撃を凌ぎましたのでご安心ください」
「よ、良かった、無事だったんだね」
その場を和ませようとした僕の努力は不発だった。 この結果には失望してたが、美沙佳さんと鈴木さんはそんな僕を無視して話を続けた。
「今井一尉が負傷しましたが、もう少ししたら治療カプセルから出して治療魔法を使用します」
「負傷ですか。 グレネードとかいう今井さんの声が聞こえて、君たちが例のダンジョンへ退避したところまでは見えたんだけど、そのあとスクリーンが暗転してしまってね。 これはグレネードで攻撃を受けということですか?」
「ええその通りです。 数発グレネードと思われる攻撃を受けてAI自動車、……AI特殊車両は完全に破壊されてしましました。 これは私達を排除する目的を持っていたと思われます」
「排除……。 いやいや、S国にしろN国にしろ、これほど愚かな行為に及ぶとは思えない……」
「鈴木さん。 プライベートダンジョンへ押し入って来た3名を拘束しています。 彼らを取り調べれば事情が判明するかと思います」
「犯人を拘束したのか。 ……ダンジョンの中ならば君たちに敵う者はいないだろうね。 上級ダンジョンを攻略するほどのパーティの拠点へ自ら飛び込むなんて、それもまた不自然な話だ」
……バリバリバリバリ。
そんな会話中にプライベートダンジョンの外から複数のヘリが接近してくる音が聞こえてきた。
「ヘリが向かって来ているようですが、味方ですか?」
「そうです美沙佳さん、緊急事態なので空自へ出動を要請しました。 状況的に警察では無理と判断した結果です」
これには僕が焦ってしまった。
「や、やばい。 この強化ガラスに出したプライベートダンジョンを見られちゃう。 早く外へでて証拠を隠滅しなきゃ……」
「ヨシ君。 今井さんの治療が未だなのよ。 ダンジョンの中じゃないと治療魔法が使えないわ。 それにここはもう見えてしまっているはずだから今更隠しても遅いかもしれないわ」
「……」
バリバリバリ、ヒュンヒュンヒュン。
ヘリはすぐそこまで来ており、着陸態勢になっている。
「私が何とかする!」
そう言い放って突然カナさんがプライベートダンジョンから飛び出て行った。 そして直ぐにゲートから外が見えなくなった。 同時に鈴木さん達との通信が切れた。
「な、何がどうなったんです?」
僕は美沙佳さんに目を向けた。 そんな僕に美沙佳さんは冷静に状況を分析する。
「恐らくカナちゃんは、アイテムボックスから鉄製の囲いか何かを取り出して、ここを封じ込めたんだと思う」
「ああ、それで! い、いや電磁遮蔽で電波が遮られたってことですよね。 これじゃあ今度は味方が調査しにこの中まで来てしまうんじゃ?」
「私に任せて。 何とかするわ」
今度は美沙佳さんはそう言い残して外へ出て行ってしまった。 僕も外へ様子を見に行きたかったが、僕がここから出ると今井さんも含めて叩き出してしまうことになるから我慢するしかなかった。
そして暫く待つとカナさんが戻って来て、すぐに通信が復活した。
「おまた~。 コンテナを沢山積み重ねてここを囲ってやったわ!」
「美沙佳さんは何処へ行ったんだ? さっきの映像ダウンは一体……」
そんなカナさんの言葉と重なるように、復活した映像の中から鈴木さんが問いかけてきた。
「鈴木さん、カナさんがここを、プライベートダンジョンをヘリから隠すためにコンテナで覆ったんです。 それで電波が一時的に遮断されたんだと思います」
「な、なるほど。 そうだったのか。 それで美沙佳さんは?」
そこへタイミング良く美沙佳さんが戻って来た。
「戻りました。 一応通信可能にするためにコンテナを少し移動させて隙間からリピーターを出しておきました」
「コンテナを移動? 美沙佳さんって、見かけによらず怪力……」
「なわけないでしょ? もちろんアイテムボックスを使ってのことよ」
美沙佳さんがジト目を僕に向けて来た。 ミレカ姉妹も同様で、僕の味方は、……居なかった。
僕はため息をついてから、話題を逸らすことにした。
「ところで僕たちはこれからどうしたらいいんです?」
鈴木さんは後ろを向いて何やら話している。 あ、あれ? これは無視されたのか?
「あ、ああ、すまない。 今、空自の方へそのまま待機してもらうようお願いしておいたよ。 とりあえず、そのまま今井一尉の治療を続けてください。 それから捕らえた3人は今どんな状態ですか?」
これにはミレイさんがただちに返答した。
「ダンジョン用の手錠で拘束してます。 外国のダンジョンでは不届き者も多いと聞いていたのでその辺の用意は万全です」
ふと見ると例の3人は昏倒したまま、後ろ手に大きな鉄アレイの様な深紅のゴツイ手錠と足枷を取り付けられている。 う~ん、これはダンジョンならではのシュールな光景だ。
ミレイさんに視線を移すと目が合った。
「わ、私の趣味じゃないからね!」
「えっ? 趣味? それはまた何というか」
「ご、誤解よ。 この手錠のデザインの話よ。 今絶対に違うこと考えたでしょ!」
「い、いや。 僕も凄く斬新なデザインだな~と思って驚いたんだ」
もちろん女王様プレイ的な何かを想像したのだが、そんなことはもちろん口にだしてはならない。 久しぶりでも剣で殴られるのは心が痛む。
「コッホン。 吉田君もミレイちゃんもいいかな? 私が処置します」
そう言うと美沙佳さんはアイテムボックスから軍事仕様的なリュックを出して、そこから不織布製と思われるマスクを取り出した。 そしてそのマスクを昏倒している3名へと装着した。
「このマスクには睡眠薬がしみ込ませてあるの。 これでコイツ等は数時間は眠ったままになるわ。 だからミレイちゃん、もうその拘束具は外していいわよ」
「はい……」
「では後でその3名は空自に引き渡してください。 それからそのコンテナは、う~ん……苦しいが、アイテムボックスを駆使してそのコンテナで防御しながら戦ったということにしよう。 そのコンテナはエムレザー製の防御壁だと主張しよう」
「えっ? そんなんで空自の人を納得させられますか?」
「もちろん無理だが、それはあくまでも表向きのことさ。 上層部にはそれなりに真実を説明しておく必要はあるが、その上で政府から緘口令を出してもらって隠蔽することになるね」
「わ、わかりました」
その後は治療魔法により復活した今井さんと美沙佳さんが3人をプライベートダンジョンから運びだしてから、僕等はプライベートダンジョンから出た。 カナさんがコンテナをアイテムボックスへ収納し終わると、僕たちは空自のヘリに乗せてもらって、ダンジョン自衛隊の本部へ送ってもらった。