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151.  ポショッ

 ここは花岡ダンジョン、危険ということで立ち入り禁止になり封鎖されていたダンジョンだ。 今も僕等以外には誰も入って来ないはずである。 でも入口付近でプライベートダンジョンを出すのは躊躇(ためら)われた。 


「もう少し奥側に行ってからプライベートダンジョンを出すね。 ここじゃまだ入口に近いから何となく不安なんだ」


「いいんじゃない? 今は執行猶予って所かしら」



 美沙佳さんは微笑みながら僕を睨んだような雰囲気で了承してくれた。  ……怖い。


 み、美沙佳さん。 何を執行するつもりの猶予なんですか? 

 これはいけないぞ。 何か策を考えておかねば恐ろしいことをされてしまうのかもしれない。  

 今しかない美沙佳さんと僕らの違いを考えろ。 考えるんだ~。



 僕等と美沙佳さんとの大きな違い。 それは年の差……。 だがこの考えは破棄しなければならない。 そうだったらどうしようもないし、美沙佳さんに何かを執行されてしまうのが避けられない。


 ならばどうする?


 僕はわざとゆっくりとダンジョンの中を歩いている。 前方ではそんな僕にお構いなく魔物を討伐する音が聞こえてくる。 この階層での魔物のレベルなど知れている。 レイナさんのウインドバリアがあれば安全だし、カナさんの火魔法、マリの看破、ミレイさんの種弾丸がある。 それに加えて僕に擬態できるエミリまでいるのだ。 もちろん百戦錬磨の美沙佳一佐もいるのだ。 当分の間は任せてしまって間違いないだろう。


 改めて皆がステータス1000の壁を突破した時のことを考えてみる。 確かにあの時の上限突破の条件はオーブを食べたことだった。 この条件だけは間違いないと思われる。 だがそれは一つの候補というだけで安心などできない。 もし違った場合の代案も考えておく必要があるだろう。


 他に見落としはないか? 


 キーは何と言ってみエミリだ。 エミリはたった一匹スライムを倒してレベルを獲得してからスキルオーブを沢山使ってユニークスキルを一つ覚えただけだ。 


 ならば2つめの条件候補は使用したスキルオーブの数だ。 だが美沙佳さんは僕が知っている限りアイテムボックスのスキルオーブだけで4つ使っている。 それに加えてプラズママスターなのだから雷のスキルオーブやINT系のスキルオーブも多数使用済のはずだ。  こうして考えると美沙佳さんは少なくとも10個以上のスキルオーブを使っていると思って良いだろう。 そしてあの時ミレイさんたちのスキルオーブの使用回数は、……よく覚えていないがそこまで多くはなかったはずだ。


 あとはプライベートダンジョンで過ごした時間の長さと、そこで魔物を倒したかどうかぐらいか。 いやそればかりではない。 プライベートダンジョンから叩き出された経験も違いとしてはあるだろう。


「ちょっと、お兄ぃ。 何やっているの? みんな次のゲート前で待ってるよ? 美沙佳大姉(おおねえ)様も怒っていないから早く行きましょうと言ってるの~」


「そ、そう? エミリわかった。 すぐに行くよ」



 僕は少し安堵しながらも、第一階層と第二階層の境目のゲートまで走って行った。 そこではパーティメンバーがゲートスコープで第二階層を調査しているところだった。


「遅かったわね、待っていたのよ? ステータスの上限の件はもういいから、次の階層へ行きましょう。 見たところ、この奥はさっきと同様にシミュレーターで知られている魔物ばかりのようだわ。 でも慎重に事を進めるためにも全員で行動するのががいいと思うの」


「美沙佳さん、さっきはすみませんでした。 でも一応あれから考えてみたんですが、上限突破の条件として、オーブを食べる、オーブをプライベートダンジョン内で食べる。 そしてプライベートダンジョンに長い時間滞在する、プライベートダンジョン内で魔物を倒す等がありました。 なのでここで一旦プライベートダンジョンに入って実験を兼ねて休みませんか?」


「そうね、吉田さんが気になって戦闘に身が入らないようじゃ危ないから、その提案に乗ろうかしら」


「お姉様がそれでいいなら賛同します」

「もちろん、わたくしもそれでよいです」

「俺もいいぜ」

「エミちゃんは、お姉様たちの意向に従います」

「私もそれがいいと思う」


 全員の賛同が得られたので僕は強化ガラスを取り出して、ダンジョンの壁に立てかけてからプライベートダンジョンを生成した。 そして全員が中に入ったところで提案した。


「先ずは実験をお願いします。 美沙佳さん、このオーブを食べてみてもらえますか?」


「貴方も(こだわ)るわね。 その件はもういいって言ったのに。 ……でもまあ、ステータス上限の秘密が解明されるなら、それは良いことね」


 そう言って美沙佳さんは僕から受け取ったオーブを食べてくれた。


「美味しかったけど、駄目ね。 残念だわ」



 僕の心臓は震えてしまった。 これでオーブを食べることだけが条件でないことは確定したのだ。 やばかった、(あらかじ)め代替案を考えていなければ精神的に追い込まれていたかもしれない。 微笑みながらも睨んでいるような雰囲気の美沙佳さんのあの姿のが頭から離れない。



「お兄ぃ、エミちゃんも食べていい?」


「あ、ああ」


 僕は、つい、いい加減に返事してしまった。 心はここに在らざるといった状態だったのだろう。 だが次の提案を試さなければならないと思った。



「すみませんが実験第2弾として第二区画にいるスライムを倒してみてくれませんか?」


「美沙佳お姉様、攻略に集中してもらうためにも提案通りにお願いできないでしょうか。 ちょっとエミリちゃん、オーブは食べてもいいけれど2つだけにしておきましょうね。 制限なく食べちゃだめよ? オーブを必要としている人は沢山いるんだからね」


「お、お姉様。 エミちゃんだって制限なく食べるなんて。……考えてなかったよ? でも、もう一つだけ、ねっ、もう一つだけお願い」


「それって、もう4つ目よね。 ……まあいいわ。 でもその前に1個残して他のはアイテムボックスへ収納しておきまましょうね。 いえ、やっぱり私がオーブ鑑定ボックスの中へ預かっておきます。 エミリちゃんにとってオーブは麻薬みたいなものかもしれないからね」


「え~寂しい~。 でもエミちゃんも麻薬は怖いから、お姉様の言う通りでいいと思う」



 エミリは素直にミレイさんにオーブを手渡した。 ミレイさんだけがオーブを持つのはリスク分散の観点から考えると良くないが、エミリだけが持たないというのなら問題ないだろう。

 ふと見ると、マリと美沙佳さんが第二区画の方へ走って行くのが見えた。 マリが魔物討伐の案内役を引き受けてくれたようだ。


 僕は待った。 マリと美沙佳さんが帰って来るのを。 

 不安を感じながら待っていたが、10分ほど経ってから美沙佳さん達が戻って来たそして……。


「残念ね。 駄目だったわ。 やはり年なのかしら……」



 それを聞いた瞬間に僕は行動に移した。 プライベートダンジョンの入口へとダッシュして外へ飛び出たのである。



 バタバタバタ、という音ともにうめき声が背後で聞こえた。



「ぐっ、お前なにすんだ! 逃げるなんて男らしくねーぜ」

「え、エミちゃんは、何度やられても慣れないかも」

「私はもう慣れたかも。 ヨシ君の突然の行動にね!」

「こ、これは一体何が起こったの? ミレイちゃん私にも分かるように教えて!」



 心なしか美沙佳さんが帯電しているように見える。 ま、まさかこれって戦闘態勢になっている?



「お、お姉様落ち着いてください。 ヨシ君がプライベートダンジョンから出たことで、プライベートダンジョンが消失したんです。 その消失時に私達はそこからこちらへと叩き出されたということです」


「……ダンジョンが消失? これはコアを破壊したときと同じような現象なの?」


「はい、本当のところはわかりませんが。 同じようだとカナのお父さんは言ってました」


「……それで、吉田さん。 なぜ私達を叩き出したのです?」



 美沙佳さんが僕へと向き直った。 僕は一瞬たじろいたが、説明は予め用意してあったのでそれほどでもない。


「プライベートダンジョンで魔物を倒してもステータス上限が上がらない場合には、僕等全員が経験していた”叩き出される”という状況を試してみる必要があったんです」


「なるほどね。 わかったわ。 でも突然は止めてね? 驚くから。 あと残念だけれども私の上限は上がってないわね」


「あれっ? 今ってオーブを使いましたか? オーブを使わないとステータスは上がりませんよ?」


「あっ!! そうだったわ!」



 美沙佳さんとあろう者がなんてことだ。 僕はじとりと美沙佳さんを見てからオーブを一つ手渡した。 美沙佳さんはそれを苦笑いしながら受け取り、そのまま使って固まった。



「ど、どうでしたか?」


「い、INTが1024になったわ。 こ、こ、これは本当に上限が変わったということ?」



「あっはっは、結局は僕の勝利ですね。 おめでと~ございます。 これで美沙佳さんはステータスが2000にまで上がることが確定しました」


「お姉様おめでと~ございます」

「本当によかったです。 わたくしも嬉しいです」

「お姉様やったね!」

「おお、やったな。 美沙佳ねーさんも、これで俺等の同類になったってこったな」

「エミちゃんとしては喜ばしくおもいます」



 皆の祝福をうけたのだが、美沙佳さんは放心状態といったところだ。 だがこうなったらやるしかない。


「じゃあミレイさん。 早速オーブを」


「あ、そうね。 ちょっと待ってね。 ……はい、お姉様とりあえず100個です。 上限になったステータスがあったら言ってもらえればそれ以外のオーブを使えばいいと思います」


「オーブ、100個? つまり私のステータスを今すぐに2000に引き上げるということ?」


「その通りです。 せめてその位のステータスでないと僕等についてこれないかもだからお願いです。 どちらにせよ必要なことです」


「……」


「しかしこれはやはり私のような公務員だとモラル上不味いのではないかしら」


「今更じゃないですか。 それにどのみち、プライベートダンジョンから叩き出されるというのが上限解放の条件なら公開できないですから、このことは内密処理ということになってバレません。 というかバラさないでください」


「そういえば思い出したぜ。 ステータス上限の解放は、プライベートダンジョンで魔物を倒すことも候補に入れ直さないとだな。 あの時もオーブは使わなかったからな」


「ええ~? まだ条件が絞り込めてなかったってことか……」


「美沙佳お姉様……、ど、ドンマイです。 と、とにかく条件はプライベートダンジョン内で魔物を倒す、またはプライベートダンジョンから叩き出されるの2者が候補ということです」



「……」


「お姉様? 大丈夫ですか?」



 何やら考えている美沙佳さんを立ち直らせるべく、僕は一個だけオーブを取って美沙佳さんに向かって投げてみた。 美沙佳さんのステータスは今も1000にはなっていて一般人よりも10倍は頑丈だからオーブ1つをぶつけた位では痛く無いはずで、当たった瞬間壊れれば使ったことになるだろう。


 ポショッ。


 僕の思惑通り、美沙佳さんに向かって投げたオーブがぶつかって弾けた。



「よ、ヨシ君。 お姉様に向かって何ってことをするの?」


「美沙佳さんにオーブを当てれば強制的にステータスをあげることができるはずなんだ」



 そう言って僕はオーブを10個ほど掴み取って美沙佳さんに向かって投げるポーズを取ってみた。



「わ、わかったわ。 貴方からは逃げられそうにないし、ステータスを上げることに同意します。 だからオーブをぶつけるなんて真似はしないでね」


「よ、ヨシ君。 お姉様に向かって無理強いするなんて、許せない所業よ!」



 ミレカ姉妹の敵意が完全に僕に向いてしまった。 これは不味い状況だ。



「無理強いなんて、そんなこと。 僕はただ良かれと思ったんだ……」


「余計なお世話というのもあるのよ?」



「お兄ぃ。 エミちゃんとしては、この際だから皆でオーブ試食会をしたらどうかと思うの」



 エミリ、ナイスタイミングだ。 お前にしてはいい提案だ。 下心が見え見えだがこれに乗らない手はない。



「試食会じゃなくて、お祝い会にしよう。 美沙佳さんの限界突破を、不人気で余りそうな重量のスキルオーブをメインディッシュにしてね」


「……」


「やった~。 お兄ぃ最高~」


「ふぅ、貴方達って本当に規格外だわね。 貴重なスキルオーブをそんな簡単に使ってしまえるなんて」


「いえ。 流石にスキルオーブは無駄にできないです。 ただ重量のスキルオーブは不人気すぎて売れそうにないから、いいかなって」


「でも何のスキルかを隠して売れば1個1億にはなるほどの……」


「それこそ、詐欺というものですよね」


「ま、まあいいかな。 貴方達について行くには本当にステータスを上げることが必要なことかもしれないわね。 オーブはいただくわ。 だけどスキルオーブは止めておくわね」


「ええっ? 美味しいのに~」


「ああエミリ、お前は食べていいぞ」


「やった~。 お兄ぃ大好き~」



 そんな感じでその場は丸く治まった。 美味しそうにスキルオーブを食べるエミリに触発されて、ああは言ったものの美沙佳さんまで含めた全員が食べた。 スキルオーブの味は本当に抗いがたい美味しさだ。 これは中毒にならないようコントロールが必要と思われた。


 その後ふっきれたのか美沙佳さんはオーブを連続して使い、無事にステータスがオール2000になった。



 僕等は攻略を再開した。 


 例えイレギュラースポーンの上位種が混ざっていたとしても僕等にとっては雑魚と思える魔物を軽く蹴散らして進み、ゲートを2回通過して第4階層を暫く歩いたところで戦闘の跡、つまり多くの兵器類の残骸を見つけた。


 ここがお父さんが散った場所なんだな。 僕はその残骸を見て漠然と感じたのだった。

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