149. 仇討ち
会場を出た僕は暫くの間、今後どうしたものかと迷っていた。 そして迷っても仕方ないと考えて帰ろうとしたところでマリ達と遭遇した。 まずいと思って隠れようとしたが少し遅かった。
「お兄ぃ、何故こんなところに居たの? まさかこの近辺で迷ってた?」
「ば、馬鹿言え、こんな場所で迷うなんてことあるか!」
「ということは、まさか遅刻?」
エミリ、お前って周囲の逃げ場を無くしてから攻めてくるんだな。 見かけによらず腹黒くなってきてないか? お兄さんはお前の将来が心配だぞ!
「うぐっ、それはまあ、ちょっと鈴木さんと会って話をしたんだよ」
「そうだったのか~、なら電話に出て知らせてくれればよかったのに~」
「ご、ごめん。 ちょっと深刻になってしまったからね」
「深刻?」
「ま、まあそれは追々話することにするよ」
誤魔化せただろうか、自信はないが取りあえず急場は凌げたのではないだろうか。
彼女達が案内係の人に何かを言って、それから歩き始めたので僕もそれに合流する形でついて行くことにした。
案内されたのは3階の応接室だった。 何となくだが先客が居た雰囲気が残っている気がした。
「そっちの話し合いは終わったの?」
「おめーが居ねーから、会議は止めにして俺たちゃ~帰るとこだったんだぜ?」
「そうだったのか、ごめん」
あっ! 謝ってしまった。 なら誤魔化す必要なんて無かったんじゃないかな。 損した~。
そして何となく悶々としながら待つこと30分。 早々と美沙佳一佐が戻って来た。
「皆帰らないで待っていてくれたのね。 吉田さんが来ないからまた後日にしようかと思っていたのよ」
「ええ、お姉様。 帰ろうとしたらヨシ君を見つけたから戻って来たんです」
「なるほど。 ……それにしても吉田さん。 アレは無いんじゃないの?」
「あれって?」
「皆の注目を集めてから、堂々と握手を求めるなんてどういう……」
「い、いいじゃないですか。 美沙佳さんは知らぬ者がいない程のスターなんだから。 あの場に色紙があればサインもお願いしたかったぐらいだったんです」
「……それはどうかしらね。 ま、いいことにしましょう。 それよりもこれからすぐに穂積将補と、赤城ダンジョン将に会ってもらうわよ。 今回の救出についてお礼をしたいとのことよ」
「わかりました」
美沙佳さんはそれだけ言うとさっさと外へ出て行ってしまった。
これって、お礼だけじゃないよね。 何かと問い詰められる予感がする。 これは気を引き締めて臨む必要があるかもしれない。
僕は出されたお茶をすすりながら更に30分ほど待った。 その間ミレイさん達は忙しく携帯端末をいじっていた。 暇な時に携帯端末をいじるという行動パターンは昔から変わっていないそうだ。
応接室のドアが開き、穂積ダンジョン将補と赤城ダンジョン将と思われる人物が入って来た。
僕等は一斉に席から立ち上がった。 すると入って来るなり穂積将補が嬉しそうに微笑みながら手を広げて僕に抱きついてきた。 離れてからももう一度手を両手で握ってきた。 それからミレイさん達に向き直ったのだが、警戒するように彼女らが少し引いたがわかったのか、握手を求めるだけに留めたのでその場は納まった。
「あ、ありがとう。 君たちのおかげで無事に、誰一人欠けることなく帰って来れたよ。 しかも上級ダンジョンの攻略も本当だったんだね。 ありがとう、本当にありがとう」
「いえ、僕等はできることをしたまでです」
僕等は促されるまま再度着席した。 さてどんな話になるんだろう。 少しだけ良からぬ予感に不安を感じていた。
「私は赤城といいます。 ダンジョン自衛隊では幕僚長の責務を担っています。 今回の救出にはダンジョン自衛隊を代表して感謝申し上げます。 ところで、調べたところ吉田さん達兄妹は吉田緑さんの?」
「はい、吉田緑は僕の父です」
「やはりそうでしたか……。 私はね当時の吉田緑2等陸尉にはお世話になったんですよ。 あの頃はまだダンジョン自衛隊も無くて、陸上自衛隊が攻略を進めていた頃の話だ。 今では立ち入り禁止となっている花岡ダンジョンの攻略を進めていた時に大変お世話になったんだよ」
「そ、そうでしたか。 確か父はそのダンジョンで……」
「ええそうです。 強力な魔物に手を出してしまった我々を救うために撤退戦の最前線を指揮して……ね。 あの戦闘では22名もの犠牲者を出してしまったが、部隊の全滅もあり得た。 部隊約500名のね」
そこで穂積将補がつぶやいた。
「そして今度はその御子息が我々の攻略部隊を救ってくれたということなんだね……」
なんか重い空気感になってきてしまった。 これは少し話を逸らした方が良いのだろうか。 でもどうすれば……。
僕は仲間を見回した。
僕が考えていることがわかるのだろうか、全員が僕に頷いてくれたような気がした。
「あっ! そうだ。 その花岡ダンジョンって僕等なら攻略できたりしませんか? 今更ですがちょっとムカついたので敵討ちができるかを確かめたいです」
「ええっ! あそこは強い魔物が出現したから立ち入り禁止になって……。 いやだがそれは大分前の話だね。 上級ダンジョンを攻略した程の実力を持つ今の君たちならもしかすると……」
「赤城ダン将。 私、沙美砂一佐が同行し状況を確認してまいります。 どうぞご許可を」
「そ、そうか。 君が同行してくれるなら。 い、いや駄目だ。 君は阿修羅ダンジョンから帰還したばかりじゃないか。 君だって休息が必要だ。 それにあそこは大分長いあいだ人が立ち入っていないからイレギュラースポーンばかりで大変危険な状況になっていると考えられるんだ」
「そこを何とか。 僕の父に免じて」
「……」
「いや、しかしだね」
「もちろん僕等も怖いのはイヤなので、ヤバかったら直ぐに撤退します。 レベル600程度までの相手ならそうそう遅れを取ることは無いと思っています。 奥側からの帰還手段も持ってますし、看破EXを使って実際に戦う前にシミュレーターで対策を綿密に練りますから」
「それに、今回手に入れた対物ライフルも試してみたいですし、お姉様のアイテムボックスも」
レイナさんが僕の話を受けてアシストに入った。
「あっ、あっ、その件ですが、報告書をここに提出します」
そういって美沙佳さんは慌ててダン将に数枚のレポートを手渡した。 今時めずらしい紙での提出だ。
「ん? これは? アイテムボックス確定のスキルオーブの検証について? ま、まさかこの被験者というのは」
「はい、私です。 怖かったのですが、必要に迫られて実験に協力しました。 その結果膨大なサイズのアイテムボックスを所有するに至りました。 報告書の根回しに手間どり提出が今になり申し訳ありません」
赤城ダン将は、そのレポートをまじまじと見た。 すでに僕等を問い詰める雰囲気ではなくなった。
「これは! 驚くべき話だ。 オーブやスキルオーブの種別が確定できるのか。 それにこの数は何なんだ! 聞いてない私は聞いてないぞ!」
「あれっ? 鈴木さんから聞いてませんか? 予算の目途がついたって言ってたような」
「あの膨大な機密予算はこのためだったのか。 説明会をダンジョン攻略の急用ですっぽかして後回しにしてしまった私に非があるのか……。 なるほどそうか……」
「……」
今、すっぽかしたって言った? ははは、赤城さんて実は好感が持てる人物だな。
「それで膨大なアイテムボックスで何がしたいんだね?」
「はい。 日本で開発した対物ライフルを搭載したダンジョン攻略用AI戦車を数台携帯してみたいと思っています」
「えっ? 日本でもライフル開発したんですか? それって、日本へ対物ライフルの技術供与を申し込んだ僕の努力は?」
「大丈夫ですよ。 日本の兵器開発力は、やはり米国には劣ります。 それでも国産のライフルで高レベルの魔物に通用するかを調べておくのには良い機会だと思っています。 なにせライセンスの問題が発生しませんからね」
そんな感じで会談は終了した。 どうやらこの会談の趣旨は僕等へのお礼だったようだ。 それにしてもとっさに閃いた仇討ち話に僕等の仲間を巻き込んでしまった。 だが米国の上級ダンジョン攻略の前の余興にピッタリなんじゃないかな。