148. 帰還
スクリーンに映し出された人物は、この前お会いしたダンジョン省担当の氷室大臣だった。 その背後には日本人以外にも見た目で外国人とわかる人々も控えているのが見えた。
「鈴木君、こちらは大体揃ったよ。 聞くところによると、彼らだけでなく美沙佳も帰ったと言うが、……どうやら本当のようだね」
「氷室大臣、こちらは状況確認を行っていたところでした。 ダンジョン攻略の大部隊は通常ルートを通り一週間程度で帰還する見込みです。 美沙佳一佐だけは彼らに同行してくれたようです」
「それで部隊への被害はどの程度だったのかね?」
「美沙佳一佐がお答えします。 部隊への人的被害はありませんでした。 ただ精神的苦痛からダンジョン病院への入院が必要な者が数名程出てしまっています。 あと武器や兵器類は大雑把に半分程度は修理不能となりました。 兵站も残り少なかったので後もう少し遅ければ一か八かの賭けに出る予定でしたが、今は兵站も補充してもらっていますので安心できております」
「そうか、犠牲者が居なくて本当に良かった。 詳細は後ほどダンジョン自衛隊の方へ報告をお願いするよ」
「はい、分かりました」
それで一安心という表情を浮かべた氷室大臣だったが、すぐにまた厳しい顔つきになり鈴木さんの方へと視線を移した。
「それで、この会議の本題なんだが、鈴木君、彼らには?」
「はい大臣、上級ダンジョンのトゥルーコアタッチはソリン装置からの情報通りでした。 その過程で多数種の高レベル魔物を倒したようで、そのデータをシミュレーターに登録して持ち帰ってもらっています。 そのデータの提出には同意いただきました」
「なるほど、高レベルの魔物のデータか。 どのぐらいのレベルの魔物だったんだね?」
「吉田君。 阿修羅ダンジョンのボスモンスターのレベルをお答えしてくれないか?」
これは鈴木さんには伝えていなかった情報なので僕が答える必要がある。 ただし、あのユニーク魔物については、データを渡すつもりは無い。
「は、はい。 ダンジョンのボスモンスターがレベル488だったと記憶しています」
「な、なんとレベル488だって? それを信じるならば何等かのスキルでそれを看破したということなんだね」
「はい。 データを提出する以上隠し立てはしません。 御推察の通り看破スキルの上位版のユニークスキル持ちが僕たちのパーティにいます」
「なるほど、それで討伐が可能だったというわけか。 ……データは提出してくれるということだが、その攻略情報は?」
「ええと、攻略情報については、パーティの能力に依存しますので、それぞれシミュレーターで再検証する必要があるかと思っています。 ただし魔物の性質として判明している情報は提出します」
「ふむ。 確かにパーティ固有の能力に応じた攻略法を考えねばならないな。 まあこれは重要ではないな。 それで鈴木君。 例の攻略依頼の件は伝えたのかね?」
攻略依頼か~。 遂に来たなと思った。
「いえ、詳しいことはまだ伝えておりません」
「なるほど。 ではその件について私の方から少し話すとしよう」
氷室大臣は、モニター越しに僕等の方へと向き直った。
僕たちは居住まいを正した。 攻略依頼とは上級ダンジョンの攻略依頼なのだろうが、阿修羅ダンジョンの経験上、僕等でもかなりの危険が予想できるのだ。 あまり厳しい依頼でなければよいのだが。
「我が日本にはダンジョンが多数あるが、上級ダンジョンの数は多くない。 それに比して米国など上級ダンジョンの数が多いのが特徴の国家もある。 君たちには世界的に重要と考えられるダンジョンを優先的に攻略をお願いしたいのだ。 今回こちらには依頼元の方たちに来てもらっているというわけだ」
「す、すみません。 具体的にはどこでしょうか?」
「鈴木君お願いするよ」
「はい、我が国では阿修羅ダンジョンだったのですが、そこは攻略済となったので、次は外国のダンジョンの依頼を受けることになると思われます。 ダンジョン省と外務省の判断では第1優先がシエラネバダダンジョン、第2にアナンダ–ミレキュアダンジョンになると聞いています」
鈴木さんは、そこで一旦話を切ってから、水を飲んでから続きを話し始めた。
「両者とも入口が2つあり、その一方が閉鎖状態にあるようです。 シエラネバダの方は2つの入口があり、閉鎖されていなければダンジョン内を1km程進むだけで東海岸と西海岸を往来できるそうです。 アナンダ–ミレキュアの方は、入口はそれぞれ別の国にあって利権争いが生じている状態です。 そしてN国側が閉鎖状態になったことで利権争いが紛争にまで発展してしまっているとのことです」
鈴木さんがそこまで話した時点で、氷室大臣の後ろ側に控えていた人の1名が立ち上がり意義を唱えて来た。
「世界ダンジョン連盟から一言いいたい。 私はダンジョン調停役担当の理事、アルマニアといいます」
おっ! AIの自動通訳が入ったな。 話している言語が知らないがこれなら問題なく僕でも理解できそうだ。
「アナンダ–ミレキュアダンジョンでは紛争によって日々犠牲者が出始めています。 アナンダ–ミレキュアの方を優先で対応願いたい」
するともう一人の方が座ったままであるが、アルマニアさんに目を向けて応じた。
「その議論は既に終わっているじゃないか。 紛争はあくまでも2国間の問題だ。 それに入口を開放しても利権問題は変化無いと思うが?」
こちらの方にもAI翻訳が入った。 話している言語は僕でも英語だとわかる。
「その通りですが、まずは紛争前の状態に戻すことが必要かと思います」
「だがそれは外交交渉によって、S国側の入口からN国の攻略部隊の侵入を認めさせたばかりじゃないか。 それで討伐ができてN国側の入口が開放されれば元通りなんだ。 シエラネバダを優先するにあたり、我が国からはダンジョン用武器の供与も申し出ているじゃないか」
「ダンジョン用の対物ライフルのことですか? 最新とはいえ、どの程度の威力があるのか不明な武器です。 具体的な性能も分からないままでN国に納得してもらえるかが問題です」
「あっ! 言い忘れてましたが、対物ライフルは、高レベルの魔物がドロップした種状の武器を弾頭にいれたフルメタルジャケット弾を発射するために急遽開発、つまり改造したライフルです。 種状の弾丸をドロップした魔物のレベルは210付近だとのことなので、高レベルの魔物にも対応できるはずと聞いています。 一応ダンジョン内部での初期試験は実施済みです」
おお~。 僕たちが供給した種弾丸用のライフルがもう完成しているのか。 これは当然僕等にも支給してもらえるんだろうな。 ライフルの初速と土魔法による加速で威力の倍増が期待できるな。
「しかし、もし紛争が拡大すると取り返しがつかなくなる可能性があります。 そちらこそ、その対物ライフルを活用して入口を塞いでいる原因の魔物を排除してはいかがですか?」
「過去に多大な犠牲を払って一旦は排除したんだが、輸送インフラを修理する前にまたスポーンした。 この件は元から断たなければならないと話になっている。 つまり真のダンジョン攻略が必要なのだ」
「しかしですね……」
氷室大臣がその二人に振り返り、口をはさんだ。
「すまないが、この議論は終わりだね。 優先度云々の前に、そもそも紛争地域に我が国の民間人、しかも二十歳そこそこの青年を派遣することはできないのだよ」
「そんな……」
「例え優先度が上がったとしても、ダンジョンの外では普通の人だ。 ダンジョンへ入るまでの安全確保に不安があるような状態では、本人たちが納得したとしても我が国からの派遣は無理だな」
氷室大臣のその言葉を受けて、英語の人が頷きながらアルマニアさんに目を向けた。
「その点、我々の方は十分な警護体制でダンジョン入口のゲートまでお送りできる用意があります。 具体的には軍用のヘリや輸送機を使うことになりますね」
その一言でアルマニアさんは黙り込み、氷室大臣はその様子を見た上で僕等に向き直った。
「とうことで、君たちにはシエラネバダダンジョンの攻略をお願いしたいのだが、いかがだろうか」
このまますんなりと要求を聞くのは良くないだろう。 この攻略は世の中のためになることなのだが過剰な期待を持たれては困る。
「え、ええと。 まず攻略は保証できません。 手に負えない場合は逃げ帰りますがそれで良いでしょうか」
「それは、……仕方がないところだな。 他に何かあるかね?」
「僕とエミリはパスポートをもってません」
「……」
「……」
「……」
「あっ、もしかしたらマリも持ってないはずです」
「ああ、確かにその通りだな。 俺ももってねーわ」
呆れたような顔つきになった氷室大臣をサポートするかのように鈴木さんが答えた。
「……それは、……ダンジョン連盟からの派遣ということで特例的に冒険者証に記録することにするよ」
そして今まで黙っていたレイナさんが立ち上がった。
「わたくしからもお願いしたいことがございます」
「レイナさん、何だい?」
「危険を冒したくないので、引き返してよいという判断はわたくし達で決めるということでお願いします。 それからこのところダンジョン攻略で忙しかったので、物資の補給等やっておきたいことが多くあります。 準備にお時間をいただきたいと存じます」
「今更だね。 どの位必要かい? 我々もそれらをサポートさせてもらうよ」
「はいお願いいたします。 あとそれから私たちもダンジョン用の対物ライフルを使用したいので人数分用意してもらいたいのですがいかがでしょう?」
僕等としては当然の要請だと思えるのだが、鈴木さんは答えるべき立場ではないようで、そのまま、例の英語の方へと向き直った。
「う~む。 6丁必要ということか。 大口径ライフルの射撃というのは素人には思ったより難しいものだ。 もし攻略に必要ということなら現状はプロトタイプではあるが融通自体は可能だ。 とりあえずダンジョンの中での訓練はこちら側で対応しよう。 だが問題は弾薬の数だ。 今生産できているのは数千発前後と聞いている。 いずれアナンダ–ミレキュアダンジョンへも供給することになるから、分配をどうするかの問題が出てくる」
「アナンダ–ミレキュアダンジョンへは3千発用意できるとの打診を受けています。 これが守られないとかなりの反発が予想されます」
アルマニアさんはかなり必死な形相になっている。 何となくだが、本当はアナンダ–ミレキュアの方がヤバイ状況なんじゃなかろうか。
それを感じとった英語の方は苦し気な顔をしてから結論を出した。
「分かりました。 最初の3千発はお約束通りアナンダ–ミレキュアダンジョンの方へ回しましょう。 ヨシダさんのパーティへは、追加で生産したものを……1万発程度供給することにします」
それで大丈夫か? とい顔で英語の方は僕等を見た。 僕としては1万発という数を聞いて驚いたのだが、僕等からは4万個の種が自衛隊へ渡っている。 開発段階でかなりの数を使ったはずだが、壊れない限りリサイクルはできたはずなのでその位の権利はある。 今までの僕等の戦い方から考えると十分どころか過剰な数だと言えるだろう。 でも彼らの要求のまま話が終わってしまうのはつまらない。
「はい、それで大丈夫かと思います。 足りなくなったら、攻略を中断して戻って来ますので」
「いや、それは困る。 ならば2万発ではどうかね? 今から用意するとなると1か月程の時間が欲しいところなのだが」
「わかりました。 それで譲歩します」
こんな所だろうと思ったが交渉はさらに続き、今後追加で5万個の種を供給するということで日本への技術供与の約束も取り付けた。 阿修羅上級ダンジョン内で生成したプライベートダンジョンにはハジケホウセンカがいたので実は手元に既に20万個を超える種を保有しているのだがそれは伏せておいた。
会議はそれで終わったが一つだけ条件を付けられた。 日本の自衛隊から1名、あちら側からは1名以上が同行することになったのだ。 日本側の1名は美沙佳さんという事で確定なのだそうだが、あちら側からの人選はこれからということだった。
本当は自衛隊のエースである美沙佳さんでも足手まといになる可能性が高いが、上級ダンジョンの現状を知っておいてもらうのもいいかもしれないと思ったので認めることにした。
一週間が経過した。 その間は欲しい物を買いあさり、自衛隊から目ぼしい兵装を借りまくった。 そしてやっとゆっくりとした時間を過ごせるようになった。
エネルギー石もスキルオーブも金額的に引き取る人がいない程の在庫を抱えてしまっている。 ここで無理して市場に出すと価格破壊が起こり、僕等以外の冒険者の生活を脅かしてしまう可能性があった。 それでも現時点で僕等には使いきれない位の財力があるので問題はない。
通常オーブの数だけは不足しがちだった。 一時的な事とはいえ、初級ダンジョンの攻略に必要な人材確保――ステータスを全て1000にまで引き上げる――を行う必要があるからだ。
久しぶりに学校にでも行こうかと思ったが気が乗らない。 今僕らは既に大富豪の域へ至っているし、有名になろうとしたら活躍したことを公開さえすれば良いだけだ。
母の病状は安定している。 超高額な費用がかかるダンジョン内の医療施設での暮らしも落ち着いているようである。
暇になってしまった僕はマリを誘ってサロナーズオンラインで野良でゲームをしてみたが、現実のダンジョンの戦闘を経験してしまっている僕等には物足りなかった。
エミリは少し早いが高校卒業資格を取るべく頑張っている。 ちょうどこの時期に試験があるし、あんなではあるが優秀だったし、ミレカ達との交流を深めて刺激されて学力は更に高まっていたので問題ないだろう。
その頃阿修羅上級ダンジョンからの大部隊帰還のニュースが流れた。 そして僕等はダンジョン自衛隊の本部へと招かれた。
ダンジョン自衛隊の本部兼演習場は都心にある。 都心に発生した初級ダンジョンを取り囲むようにして大きな建物が建設されており、日々必要な訓練などが行われているとのことである。
本部の建物にAI自動車に乗って到着した僕はすぐに受付へと向かった。
「すみません、僕は今日来るように言われた吉田幸大といいます。 えーと、沙美砂さんに取次をお願いします」
受付のAIロボットはロボット特有の不気味な微笑みを浮かべて僕に返答した。
「吉田幸大さんですね。 ……沙美砂事務次官との面会スケジュールには登録されておりません。 こちらへは何か急用でいらっしゃったのでしょうか?」
「次官? 僕が訪ねて来たのは沙美砂一佐です」
「沙美砂一佐は、ダンジョン自衛隊の受付でご案内いたします。 ここを出て向かいの建物になります」
あ、ああ~やっちまった。 ここはダンジョン省か。 は、はずかしい。
とそこへ見覚えのある人物が通りかかった。
「あれ? 吉田さんじゃないか。 ここへはどうして?」
「鈴木さん。 お久しぶりです。 ここへは、エート、ソノ、アノ、丁度ダンジョン自衛隊に招かれたので、ついでに鈴木さんに挨拶にお伺いしたんです」
「はは、僕は”ついで”なのかい? でも嬉しいよ。 私もこれからダンジョン自衛隊本部へ行く所なんだ。 入れ違いにならないで良かった」
「あ、ああそうでしたか。 それは良かったです」
僕は鈴木さんの後ろについて行き、ダンジョン自衛隊本部へと入って行った。 鈴木さんの後について行くことで、なんの問題もなく中へ入ることができた。 そしてそのまま後をついていくと大勢の隊員が一堂に会している大会場へと出た。 さらについて行くと鈴木さんは貴賓席へと着席した。
あ、あれ? これってまたも来る場所を間違えたか? 一見してマリ達も来ていないようだし、貴賓席には偉そうな人しかいない。 それに僕等の存在は伏せられたままのはずだ。
ど、どうする? 引き返すのが上策か?
そうやって立ったまま、まごまごしていると沙美砂美沙佳一佐がやって来た。
「あれっ? 吉田さん。 どうしてこちらへ?」
「あの~、沙美砂さんから招待されので来たんです」
「……それは二時間前ね。 貴方が来ないから心配していたのよ?」
えっ? これは、まずい。 暇に任せて直前までダンジョンに籠っていたのが敗因か。 それでマリ達から連絡がなかったのか。
その時会場は式典開始のブザーが鳴り、辺りが徐々に静まっていった。
そんな状況の中僕は焦って携帯端末を取り出した。 当然電源は切られたままだった。
慌てて電源を入れたところ、シーンとした会場に僕の携帯への着信音が高らかに鳴り響いた。
ポッポロ、ポッポロ、ポッピッピー。
大会場の面々は一斉に僕の方へと振り向いた。
ひっ、ひえ~。 大勢に一斉に着目されるとこんな感じなのか。
あ、ああ。 でもこれはどうすべきか!
怒られる。 怒られてしまうぞこれは!
でも僕は動じない。 すでに内心では十分動じているのだが、外見は取り繕っている。
こういう修羅場こそ僕のステージだ。
僕はそのまま、何食わぬ顔で沙美砂さんへ手を差し伸べて握手を求めた。 美沙佳さんはそんな僕に戸惑った表情を浮かべたが、握手に応じてくれた。 僕はそれに嬉しそうに微笑んだ後、丁寧にお辞儀をしてその場から堂々と退出していった。
ポッポロ、ポッポロ、ポッピッピー。
ポッポロ、ポッポロ、ポッピッピー。
しつこい位に着信音が続いていた。
そして僕が会場から出た後で美沙佳さんが何か言ったのかもしれない。
いきなり会場内に大爆笑が巻き起こった。
く、くそ~。 今日は厄日にちがいない。 そう思い僕は自分を慰めてみた。
全体的に以下の訂正を実施しました。
ミサカさんの漢字名を美坂→美沙佳。
ミレイナ→ミレカへと訂正しました。