146. ミノタン
「本当にゲートはあったのだな。 こりゃおったまげたよ」
入って来た司令官殿の第一声は、ありきたりの反応だった。 だがすぐに違和感に気づくはずだ。
「将補。 それよりも、この子達がどうやってここに来ているかが問題です」
う、うう。 子供扱いされてしまった。 でもここで怒ったらきっとその印象を変えることができないだろう。 ここは我慢して大人の対応が必要なのかもしれない。
そこではっと気づいた陰陽のお父さんが僕に向かって話しかけた。
「そ、そうだ。 おめ~ら、どうやってここへ来たんだ?」
「ちょっと奏、そんなのは最初に聞くべきことでしょ? これだから酔っ払いは」
「うるせ~、とにかくどうやってここへ来たか白状しろ」
「おじ様、わたくしたちは、違うゲートを通ってここへ入って来たんです。 ですがそのゲートはもっと奥側にありますし、何よりも消えてなくなってしまいました」
「……」
「少しいいかね? ゲートが消えたとはどういうことなのだね?」
「わたくしたちは小菅中級ダンジョンの攻略を終えて帰途につくはずでした。 ところがコアルームの奥側に更にゲートがある。 というか発見してしまったのです。 そこを潜るかどうかを考えましたが全員の総意で潜るべきということなりここへやってきたのです。 そしてそのゲートはもうありません」
「中級ダンジョンから上級ダンジョンへ抜けるゲートが発見されたということかい? そしてそれはゲートを潜ったとたんに消えたんだね」
「はいそうです」
「……いや、百歩ゆずってそれが事実だとしても、君たちだけでこの上級ダンジョンをここまでやってきたということは、魔物が弱かったか居なかったということだね?」
「いえ、上級ダンジョンらしい魔物が多く居ました。 わたくしたちはそれらを殲滅してトゥルーコアタッチまで成功させています」
「トゥルーコアタッチ? 君たちはそれを誰から聞いたのだね? かなりの機密情報だったはずなのだが」
「ええと、鈴木局長から――つい最近までは鈴木ダンジョン省特命室長だった方から説明を受けました。 このことは氷室ダンジョン省担当大臣も御承知です」
「……まあ、トゥルーコアタッチの件は脇においても、君たちは上級ダンジョンでトゥルーコアタッチを成功させたのか? それはつまりダンジョンボスを攻略して、上級ダンジョンのトゥルーコアタッチ条件を満たしたということなのかね?」
「ええ、その通りです」
「中級ダンジョンのトゥルーコアタッチ条件も未解明なままのはずだが……」
「それは、鈴木さんと一緒にわたくし等が条件を解明しました。 それについてはこのダンジョンを出てから局長から改めて説明を受けるのがよろしいかと思います」
「ま、まあいい。 今の我々に重要なのは先ずここから脱出することなのだ。 ところで君たちには3つの方法があるということだが、信じてよいのか?」
「はい」
「それはどういう方法なのかね?」
「それは吉田さんから話してもらうのがよいかと思います」
「れ、レイナさん。 最後まで話してもらっていいです」
「そうはいきませんわ。 そのうちの一つには貴方のスキルが関係していますしね」
皆が、と言っても3名なのだが、僕に注目してきた。 少し居心地がわるい。
「それでは、……コッホン。 第一の案は原因となっている魔物を排除することです。 第二の案はコアを破壊することで第三の案は僕のユニークスキルを使って外へ出ることです」
「第一案は無理だね。 あの美沙佳君でも無理だと判断したのだ。 君たちに排除が可能とは思えないな。 第二の案は、……君たちがコアに到達していることが本当なら実現可能な案のようだね。 どのみち入口側が塞がれているならこのダンジョンは使い物にならないから仕方がないだろう」
「それで、第三の案――吉田君のユニークスキルとはどういうものなのだね?」
「あの~。 ここでは未だ試してないですが、直ぐに脱出できるはずです。 ですが、第二案と同様に入口側が塞がったままとなるので、ダンジョンの保持という面ではコア破壊と似たようなデメリットがあります」
「試してないのかね。……それは試してみる必要がありそうだね。 で? その方法を教えてくれないか?」
「それは、……第一案を試してからにしてもらえませんか? 僕のスキルが多人数に知られるのは避けたいので」
「ユニークスキルを知られるのは、まあ問題はあるだろうが、1000人以上の人命がかかっているのだよ? そんなことを言ってはいられないはずだ」
「そうですね。 う~ん。 なら取りあえずここにいる3名だけにお教えします。 そしてこれは第三案を採用するまでは内密にお願いします」
そして僕はプライベートダンジョンを生成して説明を行った。 中の様子を見た将補やクラン長は大変驚いたようだったが陰陽さんは平然としていた。 概要説明が一通り終わったところで、最奥のルームへと案内した。 そこにはゲートが6つ開いていた。 一つはプライベートダンジョンの入口へと通じるゲート。 あとは初級ダンジョン1つと中級ダンジョン3つ。 そしてこの上級ダンジョンの入口へと通じるゲートのはずだ。
「なるほど、君の説明では、これらがそれぞれダンジョンの入口へと繋がっているということなのだね? ならばアンテナを差し入れれば外部との通信が可能なのではないか?」
「残念ですが、そう上手くいかないです。 何となくですが、ゲートの先は転移室みたいな原理なのかもしれないです」
「なら報告書をそこへ投げ入れたら……」
「それも駄目です。 人が通らないと駄目なようです」
「そ、そうか。 でも、本当にここから外へ出ることができるなら、先ずは我々の無事を外へ連絡しておく必要があるな。 その役目は……」
穂積将補は一瞬陰陽さんを見たが直ぐに小島クラン長へと向き直った。 酔っぱらっている陰陽さんでは心元ないのだろう。
「小島君。 一旦ダンジョンの外へ出て状況を連絡してくれるかい?」
「ええ、それは良いですが。 私が外へ出られたとしても、現状を皆に信じて貰えるように上手く説明できるかどうか……」
「それは問題ないと思います。 2986初級ダンジョンの前には僕等が出てくるのを待っている護衛部隊がいるはずですから説明はすんなりと受け入れられるはずです。 それにこのダンジョンの攻略達成情報はソリン装置で広く知られているはずですからね。 でもとりあえずイレギュラースポーンした魔物を倒す第一案を僕等に試させてもらえませんか?」
「……でもね。 あれ程の魔物を君らが倒せるとは思えないのだが。 少なくともレベル200オーバーの魔物なのだよ?」
「僕等は、最高でレベル600位の魔物まで倒しています。 その時は危なかったですけど……」
「レベル600? そんなたわごとを私が信じると思うかね? レベルを知ること自体も不可能じゃないか」
「でもそれが事実です。 レベルについては、僕等の中には看破EXというユニークスキル持ちがいてレベル200以上の魔物でもシミュレーターに登録できるんです」
「ん? シミュレーターと言ったかね? まさかここにシミュレーターを持ち込んで……。 いや当然あり得るか。 もし君たちが言うようにレベル200超の魔物が看破できて、このような広いスペースがあるならシミュレーターを持ち込むのは当然だな。 それにこの事態を引き起こしている魔物を登録できれば攻略も可能なのかもしれないな」
「……」
「ところでシミュレーターを一度見学してみますか?」
「そうだな。 シミュレーターがあるなら、君たちが登録した魔物を見たいものだ」
僕等は彼らにシミュレーターを使ってもらった。 そこに登録されている魔物の大半はダンジョン省のデータベースにあるものなのだが、僕等が最近登録したものは一般には公開されていない。 このダンジョンに生息していたレベル200越えの魔物を吟味し始めてから彼らの表情が変わるのが分かった。 そしてある魔物をシミュレーターに表示させたところで彼らは一斉に今まで以上に驚くのがわかった。
「どうかしましたか?」
「これは、いったいどうしたことか」
「ええと、その”炎のミノタン”がどうしましたか?」
「”炎のミノタン”? ああ、君たちがそう名付けたということなのか。 いやそれはどうでもいいことだ。 これはその。 つまりこのダンジョンの入口にイレギュラースポーンした奴だ。 少なくとも外見上はそっくりだと言える」
「そうですか。 でもソイツは雑魚の中の一匹です。 確かにソイツのレベルは360越えですけど、僕達このダンジョンで一番最初に遭遇した奴で、こんなのはうじゃうじゃいましたよ。 もちろん殲滅しておきましたけどね」
「……いやいや。 こんなのが、うじゃうじゃとか信じられん。 しかも君たちがそれを殲滅したとか」
「それならシミュレーターの中ですけど一応討伐できることをお見せしょうか?」
「……」
返事は無かったが僕はその魔物をシミュレーターの中でアクティブ化した。 そしてミレイさんと手をつなぎ、即座に黄色の種弾丸で撃ちぬいて見せた。 もちろんその一撃でソイツは倒せた。 その様子を見ていた穂積将補の唖然として口を開いたままとなった。
「これで信じてもらえましたか? まあこのダンジョンの弊害となっている魔物がコイツだとは限らないですけどね。 もしコイツならソイツは僕等には雑魚ですね。 雑魚」
「ま、まあ。 確かにコイツだとは限らないかもだな。 だがどう見ても外見は一緒のようだ。 それに君たちが見せた攻撃は一体……」
「ミレイさんの土魔法を使った種弾丸で撃ち抜いたんです。 この種弾丸は既にダンジョン省へ提供してライフルで使えるように検討してもらっています」
「ちょっ、ちょっと待ってくれたまえ。 色々とありすぎて整理しないと……。 ふむ、とりあえず君たちを信用するために、奴と対峙したことがある美沙佳君にシミュレーターをつかってもらって確かめることにしよう」
「ええっ?? あ、あの。 お、お姉様をここに呼ぶのですか?」
「お姉様って、君たちは一体……。 雷魔法レベル20のプラズママスター沙美砂美沙佳一佐と面識があるのか。 ならば彼女の実力は知っているね?」
「お姉様の実力は十分知っています。 元々雷属性の特異体質なのに加えて雷魔法とINTとMPを極めた恐ろしい人です。 ダンジョンの外でもある程度電撃が使える超能力者で間違えて機嫌を損ねたら周囲の電気機器や人は無事ではいられないです」
なんだそりゃ? 超能力者ときたか。 そんな人が現実にいるのか? いるなら実際に見てみたい。
「是非、美沙佳一佐にお会いしたいです」
「ちょっと、ヨシ君。 貴方怖いということを知らないの?」
「いやミレイさん。 ステータス上の雷魔法なら僕の方が上かもしれないよ? 特異体質というのがどれほど威力をかさ上げしているか見てみたいじゃないか」
「止めてよね。 貴方の雷魔法が一線を超えているのはわかるけれど、お姉様を刺激するのは良くないわ。 それにお姉様は沙美砂一族の当主の長女なの。 戦闘能力だけでなく政治的な権力もあるのよ?」
「……それは、怖いかも。 でもさ、もう遅いんじゃない? 小島クラン長がここにいないということは既に呼びに行っちゃったということだろうし」
「ええっ、……わかったわ。 でもくれぐれも失礼の無いようにお願いするわね。 私達もお仕置きされるのは嫌ですからね」
「お仕置きって、子供じゃあるまいし今更」
「あ、あれ? 確かにそうね。 お仕置きされた記憶は確かに幼少の時だけね。 でもあの怖さは今でもトラウマになっているわ」
そんなやり取りの後、穂積将補へのシミュレーター説明を続けて最後のレベル600越えのユニークまで見せ終わった。 そして遂に”お姉様”が到着したとの連絡を受けて、一旦シミュレーターから外へ――プライベートダンジョンの第一区画へと出た。
沙美砂美沙佳一佐の第一印象は、まさに麗人と言って良かった。 それに凄く和やかで優しそうな方だ。 とてもミレイさん達が恐れるような人には見えなかった。
「よ、宜しくおねがいします。 僕は吉田幸大と言います。 コイツは泊里快。 そしてコレは僕の妹の吉田絵美里です」
「お兄ぃ、エミちゃんをコレ扱いしないでっ!」
「……あら、ご丁寧にどうも。 ミレイもレイナちゃんも、カナちゃんも。 貴方達がここにいる経緯は小島さんからちょっとだけ説明を受けたけど、本当だったのね。 ミレイ? 後で詳しく事情を教えてもらえるかしら?」
「は、はいお姉様。 もちろん余すところなく正直にお教えします」
沙美砂一佐は、そんなミレイさんにほほ笑んだ後で、穂積将補へと視線を移した。 何となくだが将補が一瞬狼狽えたような気がした。 でもこれは変である。 いくらダンジョンの中で強くて麗人で権力者だとはいえ、将補を狼狽えさせるなんて可能なのだろうか。
もしかして一佐の特殊能力は雷魔法関係だけでないのかもしれない。 それは威圧?威圧的な何かもあるのかもしれない。 い、いやちがうな。 それよりもあり得るのは恋だ。 そう、いい年して将補は一佐も好意を寄せているのかもしれない。 そうだとすると将補って結構純情派?
「それで穂積司令官。 私はシミュレーターの中に登録されている魔物と戦ってみればいいのですか?」
「あ、ああ。 それでソイツがここを塞ぐ原因となっているイレギュラースポーンの魔物と同一かを確かめてほしい」
「ええ、それは結構ですが、それよりもそれを看破したスキル持ちに問題の魔物を看破してもらうほうが良いのでは?」
「ま、まあそれはそうなんだがね。 レベル200以上の魔物を看破できている事も含めて予め確かめておきたいのだよ」
「わかりました。 私が戦闘してみて同じような魔物かどうかの感想を述べればいいわけですね」
「ああ、お願いするよ」
「それにしてもダンジョンの中にシミュレーターを持ち込むなんて、……新種の魔物に対応するには理想的ね。 私達もそうするべきじゃないかしら」
「ははは。 我々が看破できるような魔物は殆ど残ってないね」
「確かにそうですね。 高レベルの魔物を看破できるからこそシミュレーターの価値があるということね」
実際にはサロナーズオンラインで遊ぶ目的で導入したシミュレーターなのだが、それは今この場で口に出す必要はない。 一佐はシミュレーターにログインして”炎のミノタン”と対峙した。
すぐに一佐の回りの空気が歪み光だした。 一佐は正に女神降臨といった感じになった。 こんなのは見たことがないし、今は魔法を使っているわけではない。 これが超能力的な何かなのだろう。
そして一佐は”炎のミノタン”へ神の一撃とも言えそうな全力の雷魔法を浴びせた。
ずごぉ~~ん。 バリバリバリ。
ぐぉ~~。
僕の雷魔法とは少し違う感じの雷攻撃だ。 だが惜しいことに威力は僕程は出せていないと思われた。 それでもステータス1000程度の雷魔法使いよりもずっと強いのだけは確実だと思えた。
そんな攻撃を受けたミノタンであったが、咆哮を上げただけで大きくダメージを与えられていない。 コイツは炎だけに耐性を持っている魔物なのだがレベルが高いことが影響しているのかもしれない。
次にはミノタンが攻撃を仕掛けてきた。 素早い動きで間合いを詰めると炎につつまれた大剣で一佐を殴ろうとしたのである。 僕の見立てでは一佐の動きは決して早くはない。 それでも戦い慣れているのか最小限の動きで大剣を躱すと、オーブらしきものを使ってもう一度雷魔法攻撃を仕掛けた。
ずごぉ~~ん。 バリバリバリ。
ぐぉ~~。
それでもその攻撃は前回と代わり映えしなかった。 魔物に有効なダメージを与えられているとは言い難い。 これではいずれ敗退してしまうのは明らかだった。
一佐は綺麗な顔を歪ませながらも懸命にミノタンの攻撃を回避している。
これで十分なんじゃないだろうか。 そう判断して僕はミレイさんの手を取った。 そしてその意図を理解したミレイさんが種弾丸をミノタンに浴びせたところで決着がついた。
「……」
この結末に一佐は少しだけ放心状態となった。 だがそれが解けたところでミレイさんへと視線を移した。
「ミレイ、これってどういうこと? 貴方から何かが発射さたように見えましたが」
「お、お姉さま。 これは種弾丸という土魔法による新種の攻撃です。 その攻撃を魔物の急所へヒットさせたんです」
「……そうなのね」
「一佐、それでソイツはアレと同じ魔物だったと思うかね?」
「ええ、戦った感じでは区別が付きませんね。 私としては同じ魔物と判断します」
「な、ならば。 一番望ましい解決になりそうじゃないか。 これは嬉しいことだ。 嬉しいことだぞ」
それからは順調だった。 僕等の存在をできるだけ隠蔽してくれることに同意した穂積さんは僕等をこっそりとイレギュラースポーンした魔物の所まで連れてきてくれた。 部隊へ絶対命令を下して僕等を見ないようにしてくれたのである。 そしてミレイさんと僕はソイツを一撃で片づけてみせた。 これで帰り道が開いたはずだった。
僕等はもう一度例の隠しゲートから部隊のキャンプの外へ出て、プライベートダンジョンへ集合した。 その頃には偵察部隊から帰り道が開いているとの報告が上がっていた。 道中にイレギュラーがスポーンしていたとしてもこれほどレベル差があるはずもなく、何よりも状況確認のために外から救助部隊が派遣されていると聞いている。
大部隊の撤退が始まった。 そして大部隊の撤退を見届けた後で僕らは2986初級ダンジョンの入口へと戻ったのだった。