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145.  墓穴の中に

 司令官殿が入って来たことはこちらのモニーターを通して分かったのだが、小島クラン長があちら側の携帯端末を操作したのか、こちらに映し出されている映像が少し乱れたと思ったら、あちら側の会議室の全体映像に切り替わった。 どうやら携帯端末の映像をこちら側と同じように大型モニターへと切り替えたらしい。 


 そして小島クラン長にうながされて着席された穂積(ほづみ)司令は少し小柄で快活そうな方だった。 こちらの映像を見た司令官殿は小島クラン長に視線を移して話始めた。


「小島クラン長、これはいったい? (たま)には一杯飲もうと聞いて来たんだが、これはビデオか何かかね?」


「いえ、穂積ダンジョン将補。 これは実映像のはずです。 実は外部からの通信が可能になったようなので極秘に来てもらったのです」


「ん? 外部との通信だって? ……いやいや、そんな。 まあ少しでもその希望があるなら喜ばしい事なんだがね。 それにしてもこの動画のアイドルグループは私でも知らないな」


「いえ、穂積司令殿。 これは本物だと思われます」


「……。 あっはっは。 いやいや、これは一本取られたな。 一瞬信じてしまったよ。 でも現実は甘くない状況だから、この冗談はこれまでにしておいて、早速飲もうじゃないか。 今日の趣向はビデオを鑑賞しながらということなのかね?」


「いえ、穂積さん。 これは現実の話で……」


「ははは、もういいよ。 十分だよ」



 どうも穂積ダンジョン将補は全く信じていないようだ。 僕等をアイドルグループと勘違いしているようだ。 まあ僕は例外にしても、ミレカ達やマリは確かにアイドルとして通用するかもしれない。 だがこのままの流れで少し場を和ませてやるのもいいかもしれない。 


 そう考えて僕は端末を操作してミレカ姉妹が唯一公開していたダンスミュージックを再生してみた。

 そのとたん穂積さんは期待の目で、小島クラン長と陰陽さんは目を見開いて僕達の方へと目を向けた。 ついでも僕も期待してミレイさん達に視線を移したが、何故かパーティメンバーは一様に驚いた眼で僕を見つめて来るだけだった。


「一度僕も見てみたかったんだ。 ミレカ姉妹のダンスを実物で」


「あ、貴方。 私達に何を期待しているの?」


「えっ? サロナーズオンラインのかの有名な”ミレカ連携技”をリアルで披露してくれることを……」


「ば、馬鹿じゃない? こんな時に……」


「いやいや、交渉の前に場を和ませることは重要だと聞いているよ。 ぜひそれを君たちに……」



 そこへ陰陽さんが怒ったような顔で割り込んで来た。



「ごら、てめ~俺の娘達に何をさせようとしてんだ!」


「はい。 この場を和ませるための余興です」


「あっはっは。 小島君、陰陽君。 これは面白いね。 これは対話型のゲームか何かかい? こんなゲームを隠し持っていたとはなかなかやるじゃないか」


「いえ、穂積さん。 これは現実の話で……」


「ヨシ君。 どう考えても話がややこしくなっていると思うのは私だけかしら?」


「そうだぞ、ヨシ。 おめ~が善意で場を和ませようと考えたのは分かるがな。 これはあんまりだぜ」


「マリ、こんなチャンスは余りないよ? ミレカ姉妹たちの実物ダンスだよ? 見たくないの?」


「それはよ~見たいな。 だが今である必要はね~だろ」


「お兄ぃ、流石にお姉様方も恥ずかしいと思うの。 次の機会にお願いしたら?」



 ぐっ、マリもエミリも考え方が甘いぞ。 こんな機会でないと彼女らは絶対に踊って見せてくれないと思う。



「そうよ、マリちゃんとエミリちゃんの言う通りだわ。”ミレカ連携技”の踊りはそのうち見せてあげるから今は交渉を……」


「か、カナ。 だ、駄目よ」



  おっ! カナさんが約束してくれた。 ならこれでいいか。



「ま、まあ。 後で見せてくれるってことでいいか~」


「ええっ、駄目よ駄目駄目。 さすがにそれは恥ずかし過ぎるわ」


「いいじゃないか。 一生のお願いだから~」


「一生のお願いって、子供じゃあるまいし……」


「あ~あ~あ~。 ごっほん。 君たち、そんな余興はいいから、本題に入ろう」


「え~? 小島君。 私はぜひ見てみたいと思うんだが……」


「穂積さん、それは……」


「ミレイさん、レイナさん、カナさん。 これは僕からの社長命令です。 是非ともやってみましょう」


「ええっ? 社長命令って。 それはセクハラよ? これは立派なセクハラで犯罪行為よ」


「ええっ! 僕はそんなつもりは」


「ぐっ。 な、なんか今。 凄い衝撃を受けた気がするんだが」



 ま、まずい。 僕の「ええっ!」攻撃が、意図せずに発動して、モニター越しの司令官たちにも影響を及ぼしてしまったのかもしれない。



「あは、あははは。 どこかで雷が落ちたんですかね~」


「雷って、まさか美沙佳一佐を刺激した馬鹿が?」


「まあ、美沙佳君はあの美貌で一見して人懐こそうだから人気があるのは分かるが。 だがここにいる奴は怖さも良くわかっているだろうに全く……」



 よ、よし。 何だか分からないが、僕の「ええっ!」攻撃のフリーズについては誤魔化せたようだ。 それにしてもミレイさん達が何故だか強張った顔をしているのが気になる。 だがそれでセクハラ案件もこれで忘れてくれたようだ。 人気のあるという美沙佳一佐のことが凄く気になるのだが、まあそれはいい。 重要なのはこのままの雰囲気を利用して全部チャラにして何事もなかったように本来の目的に戻すことだ。


「あの~、小島クラン長さん。 余興はこの程度にしてそろそろ今後の相談をした方が良くないですか?」


「よ、ヨシ。 お前がそれを言うか!」


「……」


「こっほん。 穂積将補、改めて重要な話をしたいと存じますが」


「お、おお。 余興はこれまでか……、思ったより短かったな。 まあいいか、それでどんな重要な話なんだね?」


「はい。 今モニターに映し出されている映像なのですが、これはビデオではありません。 実際の外部通信映像です」


「いやそれはさすがに。 君、我々はゲート封鎖によって外部と遮断されてしまっているのだよ? この映像はどう見ても室内のようだし設備も充実しているようじゃないか。 人物は確かに生き生きとして本物のように見えるが、これはさすがに理屈が合わないね」



 どうも穂積将補殿は未だに信じてもらえないようだ。 徹底的な現実主義者で頭が固い人物なのだろうか。 それならば納得できる証拠を提示すれば良い。


「あの~すみません。 僕等の居場所を御疑いならばお教えしますけど、どうでしょう?」


「ふむ。 にわかには信じられないが、なら教えてもらおうじゃないか」



 ちょっと穂積将補の雰囲気が代わった感じがして僕は少し狼狽えた。



「ぼ、僕達は今、ゲートを一つ隔てたダンジョンの階層に居ます。 そのゲートからそちら側へ通信用のアンテナを突き入れていますのでそちらから見えると思います」


「ん? アンテナ? 光ファイバーでなくてアンテナ? それはまたどうして? いやそれよりも我々の攻略では階層間通信のために一方から光ファイバーを出すことは普通じゃないか」


「僕達がいる階層のゲートはそちらのセーフティゾーンからは見えにくいところにあります。 そちらから地上10m程の所にダンジョンの壁に擬態した隠しゲートがあるんです。 僕等はその先にいます」


「ほほ~。 地上10mにある隠しゲートね~。 まあ百歩譲ってそれを認めたとしても君たちは部屋の中にいるじゃないか。 これはどう説明するね?」


「そ、それは……」



 これは失敗した。 僕達の様子を映像で送信すれば快適な部屋の中にいるのは分かってしまう。 


 ど、どうしよう。 

 プライベートダンジョンについて話すと、今の状況をより複雑にしてしまいそうで面倒じゃなだろうか。



「それは、僕達が特注の大きなセーフテントの中にいるからです。 僕達のメンバーの中に大容量のアイテムボックス持ちがいて、大きなセーフテントをもち歩いています。 それで快適なダンジョン攻略ができているんです」


「なるほど、大容量のアイテムボックスか……。 まあいいでしょう。 クラン長、ちょっと外へ出てダンジョンの壁からアンテナが出ている場所があるかを確かめさせてくれないか?」


「穂積さん了解しました。 では陰陽君、ちょっと行って調査してくれないか?」


「クラン長わかったぜ。 おいお前、吉田って言ったな、首洗って待ってろよ~」



 陰陽のお父さんは僕を睨みつけてから、通信を行っている部屋から出て行った。

 いやいやいや。 これってその隠しゲートを見つけたら、すぐに潜って僕達のところまで来る気満々だよね。 


「やばい。 陰陽のお父さんがここへ突入してくる?」


「お兄ぃ、あの様子じゃ100%こっち来るよ~。 ここを見られたら困るから一旦プライベートダンジョンから出ておこうよ」



 ええっ? エミリ今更だが馬鹿じゃないか? この会話はあちら側に聞こえているし映像で見えているじゃないか。 まあそもそもこの部屋をつかって映像通信したことが間違いではあるんだけど。



「あ、ああここの、……ほらトリックアート部屋から出ておこうか」


「何だね、そのプライベートダンジョンだか、トリックアート部屋とかは」



 穂積ダンジョン将補が容赦なく僕を問い詰めて来る。 こうなったら仕方が無い。 



「えっ? トリックアートを知りませんか? 一見して立体的に見えたりするアレですよ」


「そんなことは分かっている。 だからプライベートダンジョンとかは何なんだね?」



 ぐっ、こんなんでは誤魔化せなかったか。 まあそれはそうだろう。 これはどうしたものか。 

 考えろ、考えるんだ。



「……」


「ぷ、プライベートダンジョンとは、プライベートなダンジョンのことです」


「そのプライベートなダンジョンとは何なんだね?」


「プライベートは、ええと何て言っていいか、個人的といういうような意味です。 だから個人的なダンジョンです」


「……」


「だから、その個人的なダンジョンとは何なんだね?」


「そ、それはセーフテントの名前……」



 と、そこへ。



「おいてめー、ここは一体なんだんだ。 確かに隠しゲートがあったが、薄いダンジョンの壁のようなところのゲートもあったから、それを潜ったら、おめー等がいるじゃねーか」


 あああ、カナ父さんがもう来ちゃった。 早すぎる、早すぎるぞ~。 

 これはもしかして完全にアウトな状況なのかもしれない。 それならこの場をどう取り繕うかを考えるべきか。



「お父さん、それよりも久々に親子の再会を喜んだほうが……」


「お前に”お父さんと”言われる覚えはねえぞ! それよりも、ここは一体何なんだ」


「と、トリックアートの……」


「陰陽君。 そこは実在している場所ということなのか? まさか君まで私を揶揄(からか)う……」


「トリックアート? いやちげーな。 ここはトリックアートなんかじゃねえ」


「陰陽君、陰陽君。 こっちの話を……」


「ちょっと(かなで)、久々に愛おしい娘に会ったってのに何の挨拶もないの?」



 お父さんに向かって挨拶を要求するカナさんには驚いたが、これで陰陽さんのターゲットがカナさんに移った。 

 ならばと、その隙に僕はプライベートダンジョンから出た。 

 僕の行動に事前に気づいた皆はカナ親子を残して無事に出たが、カナさんと陰陽さんはダンジョンから排出されてきた。  僕はプライベートダンジョンを作った強化ガラス板を、その場でそっとアイテムボックスへ収納しておいた。


「ぐふっ、久々に味わうこの感触は、……ダンジョンの中でステータスが高いとはいえ面白ものじゃないわね」

「ぐふっ、何が起こったんだ。 まるでこれはダンジョンコアを破壊した時と同じような……」


 流石のカナ父も驚いたようだ。 とりあえずこれでプライベートダンジョンという実物の証拠は消滅できたが、さてこれからどうする。 


「だ、駄目だよカナさん。 いくらカナさんの秘密のプライベート部屋へ無断侵入されたからって、お父さんを力づくで叩き出しちゃ~」


「……」


「ヨシ。 諦めろ。 流石にその言い訳には無理があると思うぜ。 俺にはお前が墓穴の中に墓穴を堀り重ねているようにしか思えねーな」


「そうです。 わたくしたちが今後やりたいことを考えると、どのみち隠し通すことはできませんね」


「ま、マリ。 ……確かにそうだけど、酔っ払ったお父さんにならワンチャンどうにか……」


「お前、また”お父さん”って言ったな?」


 カナ父に睨まれた僕は少し怯んでしまった。 魔物なら平気なのだが人間は苦手だ。 そしてカナ父は僕の方へと歩き出した。 それを阻止しようとカナさんがお父さんの手を掴んでくれた。



「離せカナ。 おめーのステータスじゃ俺を止めることはできねーはずだじぇ」


 お父さん――陰陽さんはカナさんに捕まれた手をそのまま引っ張ろうとしたがその場から動くことはできなかった。 カナさんは重量魔法で自分の体重を増やした上で、ステータス4000の力を発揮したのだ。 トップレベルの冒険者で体を鍛えている陰陽さんでもそのステータス差ではなすすべがない。 

 陰陽さんは暫くの間藻掻いたが結局は諦めてしまった。


「あ、あれ? カナ、おめ~どういうこった。 ビクとも動かね~」


「ふふふ、今じゃ私の方が100万倍強いってことよ。 どう? 私が強いことはこれだけでも分かるでしょ?」



 100万倍とは言い過ぎだが、たぶん素のステータスで4倍。 ステータス増強系のスキルの恩恵でさらに5倍になっている。 この結果は当然といえば当然だ。



「陰陽のおじ様、これから説明しますから、少し冷静になってください」


「レイナお嬢ちゃん。 これは一体どういうことなんだ。 なんか理解できねーことだらけで俺は気がおかしくなりそうだじぇ」


「奏はお酒が入ると、いつも気がおかし~よね。 お酒を呑むのをいい加減止めたら?」


「か、カナ。 俺からお酒を取ったら、何も残らねーじぇ」


「……。 奏はお酒で出来ているのか?」


「そういう意味じゃね~じぇ」


「脳内思考がお酒で……」



 僕達の会話はそこで中断せざるをえなくなった。 何故なら、小島クラン長と 穂積ダンジョン将補が自らが、あちら側の隠しゲートを潜ってこちら側に来てしまったためだ。


 僕はそっと今までプライベートダンジョンを出していた場所を見た。 そこには断線された光ファイバーケーブルが残っていた。 つまり僕達がゲートから外へ出たために穂積ダンジョン将補達との通信が突然途絶えてしまったのだ。 


 こういう状況ならその人達がここへ侵入してくることは当然のことだった。 ぞろぞろと御供の人達を連れてこないだけ助かったと言えるのかもしれない。

 

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