142. フェチ?
翌朝僕等は魔物が弱くなる方向へと進むことにした。 本当はトゥルーコアタッチも達成しているので、プライベートダンジョン経由で外へ出るという選択もあったが、カナさんの勘によって上層――魔物が弱くなる方向へと向かうことになった。 弱いといっても最初のうちはレベル300越えの魔物ばかりで全て新種の魔物ばかりである。 そのためその都度シミュレーターで攻略方法を策定してから討伐していくしかなく、時間がかなりかかってしまった。
一旦お昼休憩を挟み、上層へと向かったところで奇妙な魔物を探知した。 何が奇妙かと言えば、一瞬探知に引っかかると思ったら直ぐに消え去ってしまうのだ。 探知に引っかかるのは1体だけだが、その出現位置がランダムに変わっている。 しかもその出現位置の範囲が広い。 まるでモグラたたきのような奴だ。
一本道で避けることが出来そうにないので僕等はウインドバリアを張って慎重にそこへ近づいて行った。 そしてそろそろその奇妙な魔物を視認できるところまで来たところでマリに聞いてみた。
「マリ、わかる?」
「い、いやわかんねーな。 どこにいやがるんだ?」
そのとたん、探知に魔物が引っかかった。 すぐ近くだ。
「うぁっ、すぐそこに、ってこれは感知された?」
奴の姿は見えにくかった。 場所がランダムに変わり出現している時間も短いところに加えて、光学迷彩のようなスキルが有りそうなやつで、姿が確認できない。
「ど、どこだ?」
どうやらマリはその魔物が見えなかったらしい。
これはヤバイ。 感知されたのも良くないが、マリが視認できてないのが問題だ。
これだと魔物を看破できないから当然シミュレーターを使うことができない。
どうしようかと考えているうちに、その魔物が遠方に出現するのが探知できた。 次はきっと近くに来るに違いない。 僕の探知の能力をマリと共有できるか試してみようとマリの手を握ろうと手を伸ばしてみた。
「ぐわっ!」
そのとたんマリの手から血が噴き出た。 その魔物が思いのほか近くに出現し、マリに何かで攻撃したのだ。 僕はソイツの弱点を探ろうとしたのだが、その時には奴は消え去っていた。
傷ついたマリの手は直後に幾重もの光に包まれて輝いた。 なんか眩しいぐらいだ。
明らかに過剰なのだが僕等全員がマリに治療魔法を使ったのである。 そして僕はさらにマリにHP回復魔法も使っておいた。 何故か治療魔法と異なり回復魔法のスキル――HP回復のスキルは僕しか持っていない。
コイツは強敵だ!
ウンドバリアの中にも入ってくるし、マリが視認できないので素性もわからない。 それに僕だって急所を見抜く時間がとれていない。 何とかして奴の動きを止める必要がある。 だが実体化している時間はたぶん0.1秒にも満たないし見えにくい、そして何処に現れるかも定かでない。 そうやって迷っていると僕の左手に激痛が走った。 そのとたん僕の手は治療魔法で幾重にも光輝き、マリがウォーターバリアを展開した。
ちょっ、マリ。 魔物を閉じ込めてどうするんだ!
だがすぐに魔物は消え去り、数十秒後にはまたかなり遠くへ現れた。
どうやら魔物はアッサリとウォーターバリアも突破するようだ。 何となくだがソイツはヒットアンドアウェイ戦法を試みているようで、再度近くへ現れたと思ったら今度は僕の右手に激痛が走った。
幾重にも光輝く僕の右手。
僕は右手に握っているユニークホウセンカがドロップした斑模様の武器を持っていた。 そしてそれを落としそうになったが治療が早かったのでなんとか耐えることができた。
ん? この魔物って手しか攻撃してこない? まさかこの魔物は手フェチの変態か?
い、いやソイツが手ばかりを攻撃してくるなんてことを期待しては駄目だろう。 奴はいつだって至近距離に転移して僕等の急所に一撃を食らわせることができると考えておくべきだ。
そしてまた数十秒後に遠くに現れて直ぐに消えた。 そして数十秒後、警戒していたがマリの右手が攻撃された。 その攻撃でマリは水色のサーベルを落としてしまった。
なんか頭に来た。 今更だがもうゆるさん!
いや、敵対している魔物なのだから何もしなくても許す気はないのだがね。
マリがウォーターバリアを維持しているので、ここは試しにと僕は範囲雷魔法のサンダーストームを使ってみた。 サンダーストームもそうだが、魔法は一定時間効果が持続する。 そして僕は奴が遠方に出現するタイミングを何となく把握している気になっていた。
どぉ~~ん、バリバリバリバリ。
僕にしては珍しい怒りに任せた攻撃だ。 怒りに任せたとはいえ、マリのウォーターバリアで防御可能なぐらい少し手加減は加えている。 僕だって自滅は嫌なのだ。
僕の思惑通り、ソイツはサンダーストームの効果中に実体化した。 するとどうだろう、感電したように硬直して、空間に溶け込むように消えることができず、見えにくいが実体化したままとなった。
よ、よし。 このままやってやる!
僕はオーブを使いMPを回復してからフルパワーでそのまま単体雷魔法を使った。 同時にカナさんの単体火魔法も炸裂した。
どぉ~ん。 ドーン、バリバリバリ。
単体魔法なので、僕もカナさんも全力だ。
それらの魔法攻撃でソイツの光学迷彩も剥がれ落ち、本当の姿が現れた。 5cm位の牙を持った牛の顔をした人型の魔物だ。 どうやら僕やマリはその牙で噛み付かれたようだ。
僕とカナさん、そしてエミリの風魔法の全力魔法攻撃が絶え間なくソイツに降り注ぐ。
どぉ~~ん~~~、バリバリバリリ。
音がやかましいが、あまり効果的なダメージは与えられていない。 だが、確実にソイツの動きは封じている。
「や、奴のレベルは634だぞ。 転移というスキルを持ってる。 光学迷彩と超回復っていうスキルもあるな。 それに魔法耐性も高いようだ」
ついにマリが看破に成功したようだ。 それにしても魔物のレベルが高い。 そして超回復ってなんだよっ! だから攻撃しても中々た倒せそうにないのか。
「えっ? どうしよう、攻撃しても直ぐに回復されるってこと?」
「お、俺に聞くな。 ヨシ、いつものお前の閃きで何とかしてみせろ」
「お兄ぃ、ミミック使うね」
おっ、あれをやる気か? レイナさんにミミックして、風の加護と火の加護の合体魔法。
そしてエミリは僕に擬態した。
「ええっ!」
それには僕は驚いてしまった。 何故僕に?
エミリはミミックの使用相手をミスったのか?
だが、違ったようだ。
エミリは全力で雷魔法を使いだした。
あ、ああそうか。 なるほど、僕は理解した。 そしてミレイさんへと手を伸ばし、僕は雷魔法を使うのを止めた。 思った通りエミリの雷魔法でも奴の動きは停止している。
「な、なにを?」
僕に手を取られたミレイさんは一瞬狼狽えたが、直ぐに僕の意図を理解し、アイテムボックスから例の斑模様の種を取り出してくれた。 その種はレベル402のユニーク魔物のドロップ品だ。
僕はその種に少しだけ雷属性を付与し、ソイツの弱点を見定めた。 カナさんが火魔法を浴びせた時にはハッキリと見える。
「弱点が見えたっ! 全力で打ち出してっ!」
打ち出されたユニークの種弾丸は、僕の急所突きの効果を発揮して見事にソイツの急所へと命中した。
だが一撃で倒れるというわけにはいかなかった。 それでも魔法攻撃よりもマシな手応えがある。 急所へと当たった瞬間にソイツが傷つくのが見えたからだ。 だがその傷も回復していくのが目に見えてわかってしまう。
「次っ!」
「次っ!」
「次っ!」
僕等は惜しげもなくユニークの斑模様の種弾丸を使う。 次々に打ち出されていく弾丸によりソイツの傷は次第に深まっている。 このままいけばもうすぐ倒せるはずだ。
だがそれ程甘くはなかった。
「お兄ぃ、エミちゃんのミミックが切れそうなの。 あと4秒、3、2、1、0」
こ、これは不味い!
僕はエミリのミミックが切れた瞬間に雷魔法の単体攻撃に切り替えた。 奴の動きを止めている雷魔法の効果を切らすわけにはいかない。 もし切れてしまったらまた最初からやり直しだ。
そうしているうちに再びエミリがミミックを使い僕に化けて雷魔法を打ち出したのが確認できた。 ならばもう一度ミレイさんとの種弾丸攻撃を再開できる。
種弾丸攻撃を再開した時の奴の傷は、ある程度回復していたが、それでもかなりの傷が残っている。
その状態からの弾丸攻撃でソイツを少しずつ削って行く。 そしてあと少しだと思えた時に……。
「お兄ぃ、エミちゃんはミミックがまた切れそうなの。 あと30秒、29、28、27、……」
何で今度は30秒からなんだよ? と思ったがそこで閃いた。 僕は焦ると閃く体質なのかもしれない。
「ミレイさん、2個同時打ちってできる?」
「ええっ? 2個同時? そんなこと……。 た、確かに今のINTステータスなら……」
直ぐに2個の弾丸を手に握って、僕が雷属性を付与して狙いを定めてから。
「やっちゃって、ミレイさん」
ミレイさんは種弾丸を2個同時に打ち出した。 その結果、一個は急所へ命中したが、一個は微妙に外れた。 だがそれでもソイツに与えるダメージは明らかに大きくなった。
「4秒、3秒、2、1、0」
僕はエミリと雷魔法役をスイッチした。 それによって奴の傷はまたも少し回復したようだが、エミリが3度目のミミックを使い、雷魔法を打ち出したところで種弾丸攻撃を再開した。
そして2個ずつ打ち出される弾丸によって奴の傷はさらに深まり、ソイツを倒すことができたのだった。
奴が消えた瞬間、転移したのかと一瞬ドキっとしたのだが、ユニークスキルオーブがドロップしたので倒せたと確信できた。
シミュレーターが使えなかったので、今までの中で一番ヤバイ相手だったと言って良いだろう。 そしてソイツがドロップしたのはユニークスキルオーブとスキルオーブ4個、通常のオーブは8個だった。 それから大きなエネルギー石と赤く光る丸盾もドロップした。 そして今回驚いたのは黒いオーブが2つドロップしたことである。
「ふぅ、倒せたな。 僕等の勝利だ」
「よかったわ。 やはりソイツはユニーク魔物だったのね。 もうこんなのには遭遇したくないものだわ」
「ミレイさん、よかったね。 これで君もステータスを上げることができるね」
「……」
現状、僕等の強さは以下の通りとなっている。
ヨシ: Lv109 全ステータス値8000、HP回復3、雷魔法20
急所突き、ダンジョン生成、ダンジョン内探知、アイテムボックスEX
マリ: Lv107 全ステータス値4000、水魔法20、看破EX
ミレイ: Lv107 全ステータス値2000、土魔法20
レイナ: Lv107 全ステータス値4000、風魔法20、風の加護
カナ: Lv107 全ステータス値4000、火魔法20、火の加護
エミリ: Lv106 全ステータス値4000、風魔法20、ミミック
全ステータスとは、MP,HP,VIT,STR,AGI,INT,MNDのこと。
また共通スキルとして、アイテムボックスmax、 体力20、魔力20、筋力20、頑健20、俊敏20、器用20、知力20、精神20、重量20、看破20、治療20を全員が持っている。
僕等の強さは、ステータスとスキルで決まるので、レベル自体は強さに対してあまり重要ではなかったが、今ではレベルはステータスの限界突破に関係していることが分かっている(レベル100で一段階限界を突破する)ので重要である。 しかし魔物を倒してもその上がり具合は明らかに鈍って来ているのが不安材料ではある。 ただしここへ来て高レベルの魔物を倒したためか、また少しだけレベルが上がり始めている。
攻撃魔法の威力はスキルと使用MP量、そしてINT値が関係するので、ステータスが2倍になれば、MPを最大限に使えば威力は4倍程にもなる。
今現在ユニークスキルオーブを使って、スタータスの限界突破が可能なのはミレイさんだけだ。 今ドロップしたユニークスキルオーブを誰が使うかについてはミレイさんで確定している。
「さあ、ミレイさん使ってみてよ。 どんなスキルが手に入るか楽しみだな~」
「そうですね。 ミレイ? そんなに怯えないで使ってみてくださいな」
「で、でも。 このユニークスキルオーブは、レベルが634?もある魔物がドロップしたのよ? 恐ろしいと思わない?」
「ミレイ、ダイジョブだ。 もしもの時には俺がお前の骨を拾ってやるぜ」
「骨って……。 それの何処が大丈夫なの?」
「ミレイお姉様。 きっと素敵なスキルが手に入るとエミちゃんは思うのです」
「そうだよ。 土の加護とか手に入れたら凄いことになるじゃないか。 案外ミレイさんって怖がりなんだな。 さっさと使ってしまおうよ」
チョットした僕の挑発によりミレイさんは気を取り直して、ユニークスキルオーブを手に取ると、祈るように両手でオーブを握り潰したのだった。
ああ勿体ない。
こんな機会はあまりないのだからユニークスキルオーブを食べてみればよかったのに。
僕とエミリもそう思ったので、反射的にミレイさんを残念そうな顔で見つめてしまった。