140. 一方通行
小菅ダンジョンの第12階層はかなり薄暗かった。 用心しながら暫く進むと光るスライム――シャインスライムがいた。 シミュレーターに登録されている事前情報ではレベル120前後の魔物で、特徴としては物理攻撃無効、火魔法無効、雷魔法無効、風魔法無効とのことだった。 つまり通常手段では倒すことができない魔物なのだ。 しかしこのスライムの対処法は確立されている。 過去に色々と討伐手段を試行錯誤した結果、アルカリ性溶液に極端に弱いのが判明している。 だから僕等は”混ぜるな危険”と書いてあるアルカリ性のトイレ洗浄剤を持ってきている。 それをシャインスライムへ近寄ってぶっかければいいだけだ。
「ねえ、シャインスライムですけど、こんなに色とりどりで点滅していたかしら?」
レイナさんが不思議そうな顔つきで皆に疑問を呈した。 だがレイナさんでも知らない魔物なのだ。 僕に分かるはずもない。
「レイナ気を付けろ。 コイツ等の半分はレベルが160と230付近のが混じっているイレギュラーだ。 レベル160のは赤と黄色に点滅している奴で、緑と青のがレベル230付近の奴だな。 全部シャインスライムと同じ耐性持ちだ。 それに加えて点滅の奴は特殊攻撃というスキルも持っているぞ」
こういうイレギュラーな奴の出現は、もはや慣れっこになっている。 ではシミュレーター練習のお時間かな? と思ったところで奴らに感知されてしまったようだ。 230レベルの青緑点滅スライムが僕等の方へと歩く速度位で向かってくる。 そしてそれに釣られるように赤黄点滅スライムやシャインスライムも来る。 こうなってくるとコイツ等はゲートを潜ってもそこで追尾が終わるわけでなく、ゲート付近まで追ってくる。 そしてシャインスライムの特性でゲート付近に数日留まるので始末が悪い。
「このまま少し数を減らそうか? 先ずはアルカリ溶液でシャインを倒して……」
レイナさんのウインドバリアが発動しているので余裕の僕達だったが……。
「ええっ! こ、これは?」
僕の『ええっ!』で、レイナさん達は一瞬クラっと来たがそこが問題でなく違う所が問題だった。
「点滅スライムはウインドバリアを突破してくるみたい。 に、逃げましょう」
レイナさんは明らかに狼狽えて後退りを始めた。 だが僕は気づいたことがあった。
「僕の 『ええっ!』攻撃が一部のスライムを除いて有効みたいだよ。 とりあえず撤退しながら、攻撃して要所でフリーズをかけるのがいいかな」
「それは困るわ。 私達までフリーズしてしまうじゃない」
「そうだぞ。 俺達も一瞬動けなくなるんじゃ意味がないぞ?」
「と、トイレ!」
僕は苦し紛れでやってみた。 ミレイさんがクラっときた。
「な、何をなさるの?」
「ほら、アルカリ性に弱いんならトイレ関係なんじゃないかと思ってさ」
「ば、馬鹿じゃない?」
だが『トイレ!』攻撃は、ミレイさんばかりでなく何故かシャインと青緑点滅に有効だった。
まとめるとこうだ。 『ええっ!』攻撃はシャインと赤緑に有効。 『トイレ!』攻撃はシャインと青緑に有効。 それにスタン時間は味方よりもスライムの方がずっと長い。 ならば使いまくるべきだろう。 本当の理由は分からないが、僕のスタン攻撃は何かしら属性があるのかもしれない。
「でも有効だったでしょ?」
「ま、まあそうね。 でもどうするのこれ?」
僕等は走って逃げながら相談をしていた。 ウインドバリアが効かない魔物がいる時点でそれを解除したので走れるのだ。 走って少しだけ距離が稼げたので一旦逃げるのを止めた。 シミュレーターで色々と試したかったが、それをやると距離を詰められる可能性がある。
「とりあえず、少しずつ後退しながら数を減らしたらどうかな。 シャインにはアルカリ溶液が有効だよ。 そうすると、点滅スライム達にも有効かもよ?」
ミレイさんの提案を受けて、僕はアイテムボックスからポリバケツを出した。 そしてマリが水魔法で出した水にアルカリ性のトイレ洗浄液をたっぷり混ぜてみた。
水魔法は魔法が及ぶ範囲に水を生成できること、そしてダンジョン内の水や水魔法で出した水を操作できるのだ。 だから水を混ぜれば遠距離からでも攻撃が可能になる。
スライムは動きが鈍いので、トイレ液が入った容器を手でぶっかけて回るだけでも良い。 それにシャインスライムごときの攻撃では僕等にダメージを及ぼすことはできないはずだから安全だと思われるのだが、点滅スライムの挙動が分からないためフリーズで安全マージンをとってみたというわけだ。
「じゃあやるぞ?」
マリはそういうと、ポリバケツの中の溶液をスライムへ飛ばしていった。 その結果、こちらに近い側のシャインスライムは全て消え去りエネルギー石へと変わった。 だが赤黄点滅と青緑点滅のスライムには効果が無い。
そのとたん点滅スライムの一体が光輝いた。
「な、なんだ?」
そして気が付いた。 カナさんが火魔法単体攻撃を使ったことに。
マリの溶液攻撃の際にレイナさんが念のためにウインドバリアを展開したことを受けてやってみたということだろう。 耐性持ちということがわかっているが、レベルの高い攻撃なら通用してしまうかもしれないと考えたのかもしれない。 或いは思いつきで試してみたのかもしれない。 まあ実にカナさんらしい行動だ。 僕等には実害はないのでこの試みは問題ない。
「カナ、ソイツ等は耐性持ちで効かないはずなのに、何故?」
「む、ムカついたからよっ!」
あ、ああ。 僕の解釈は間違っていたようだ。
思いつきでもなんでもなく単なるストレス発散のための攻撃だったようだ。 でもその感情は僕も同じだったので理解できる。 MP回復のためのオーブは無駄になったが、僕とカナさんの違いは、行動に移すかどうかだけの違いだけだ。
案の定カナさんの攻撃は無意味だった。 だがそれで落ち着いたカナさんから提案があった。
「アルカリで駄目なら酸でどうかな?」
「お、おう。 確かにそれは一理あるな。 ヨシ、酸タイプのトイレ洗浄液はもっているか?」
「ああもちろんだよ。 それどころか、例のドロドロ溶液だってあるよ」
「ドロドロ溶液は、レベル400付近のドロップアイテムよね。 まだちょっと使うのは勿体ないかな~。 それにドロドロはマリちゃんの水魔法でも制御も少し難しいみたいだしね」
カナさんから勿体ないというお言葉をいただいてしまった。 それには僕も同感である。
ならばということで酸タイプのトイレ洗浄液とポリバケツを出してみた。 先程と同じようにマリが生成した水に混ぜて、マリが点滅スライムへ浴びせかけた。 すると赤黄のスライムを倒すことができた。 そして付近には青緑スライムだけが残った。 こうなれば余裕だ。 僕は容赦なく使ってみることにした。
「トイレ!」
それで青緑点滅スライムはフリーズした。 フリーズ時間は約10秒。 ミレイさんへの影響は約1秒。 だがそれだけの時間が有れば十分だ。 僕は素早く駆け寄って、ドロドロ溶液をアイテムボックスから出してソイツに一滴垂らしてみた。 するとドロドロ溶液はスライムを浸食して、そいつのフリーズが解ける間もなく消滅してエネルギー石へと変わった。
あとは消化試合だ。 レイナさんのウインドバリア内からマリが酸とアルカリの溶液をシャインスライムと赤黄点滅スライムへと浴びせ、残った青緑点滅スライムへ『トイレ!』攻撃を使ってフリーズさせてからドロドロ溶液で倒していったのである。
これで一段落といったところだが、どうやらドロドロ溶液はかなり強烈で、一滴でも過剰のようだった。 ダンジョンの底面にドロドロ溶液の残渣から強い臭気を発してしまっている。 僕はそれを”ドロドロ溶液のスライム残渣”というアイテム名を思い浮かべてアイテムボックスへと仕舞いこんだ。
戦闘としてはこれで終了なのだが、任務としてはこれで終了ではない。 一応僕らはシミュレーターで青緑スライムの退治方法を模索した。 青緑スライムはユニーク魔物ではないので、いつか僕等以外のパーティも遭遇する可能性がある。 その時のために予め弱点を突き止めておくのが望ましい。 これは必須ではないものの、僕等が倒した実績があるので方法を問われるとややこしい話になってしまう。
シミュレーターでの実験結果で判明した攻略手段は、酸とアルカリを同時に浴びせかけるという方法だった。 混ぜるな危険とある通り、スライムの中で混ざった効果が有効だったのだろうか。 少し時間は掛ったが、これで本当にスライム対策は終了した。 結論としてこれらのスライムはゲームでいう所のギミックで処理するタイプだった感じである。
そして僕らシミュレーターから出て攻略へもどり、さくっとダンジョンボス戦を行ってコアルームへと到達した。 コアルームにてこの中級ダンジョンのトゥルーコアタッチを各自進めた。
普通ならこれでダンジョンの攻略は終わりなのであるが、暫く休息してからプライベートダンジョン経由で戻ろうとしたところでマリが異変に気が付いた。
「おっ? あれは何だ?」
コアルームの奥側の壁に、何やら白い光が現れ始めていた。 危険な感じがしなかったのでそのまま観察していると、それはやがてゲート形状へと変化した。
「これって明らかにゲートよね? ゲートが作られるのは初めて見たわね。 というか今まで知られていない現象?」
「あの~ミレイさん。 プライベートダンジョンの生成の時にもゲートが現れるんだけど……」
「ああ、確かにその通りだな。 だがよ、コイツはダンジョンの壁に出来たんだ。 それに現れ方もお前のとは違うぞ」
その辺の見解には異論がない。 ただ単に指摘してみたかっただけだ。 特に他意はない。 それにしてもこれは……。
「これってもしかしてヤバくない? ゲートの奥が全く見えないよね」
「確かにそうですわね。 これがゲートであるならば、最低限ゲート調査スコープを使ってみる必要があるわね」
「最低限って、それ以上にできることが?」
もちろん有るはずもない。 そんなことは分かっているが単に指摘してみたかっただけだ。 他意はない。
そんな僕の発言に気を留めることなくレイナさんはゲート調査スコープを自身のアイテムボックスから取り出して、スコープの先端を中へと差し込んだ。 その結果。
「あれっ? これって何? 通路?」
ゲート調査スコープに映し出された光景は、ダンジョンの中の風景だった。 それを見てカナさんの顔色が変わった。 そして難しい顔をした。
皆もそのカナさんの様子に気づいたのであろう。 マリが心配そうにカナさんに話しかけた。
「カナどうした? 何か勘に触ったか?」
言葉の使い方が間違っているような気もするが、マリの言いたかったことは何となくわかった。
「マリちゃん。 私の勘が動いたの。 このゲートは潜らなければならないと思う」
そのとたんエミリがミミックでカナさんに化けた。 僕等はそれに驚いたものの次の発言で納得した。
「カナお姉様。 エミちゃんの勘はお姉様の勘を再現できませんでした~」
な、なるほど。 ダンジョン内におけるカナさんの勘はかなり有用だ。 もちろん外すこともあるはずだが、僕等はカナさんの勘をかなり頼りにしている。 それがミミックで今回も再現可能かどうかを検証してみたという事なのだ。 エミリにしてはナイスプレイといえそうだ。
「なんだと? じゃあこれでフィフティ・フィフティじゃねーか。 これってどうするんだ?」
ば、馬鹿な。 カナさんの勘と、カナさんに化けたミミックの勘とを同列に扱うなんてと思ったが、言われてみればそうかもだ。 前にも検証してみせたことがあるが、ダンジョンの道順などではミミックの勘でも問題が無かった気がする。 それってもしかしてカナさんの個人的事情に関係しているのか? だがいずれにしても僕等の方針は決まっている。
「いずれにしても、入ってみるしかないと思うわね。 中級ダンジョンのコアルームの奥に発生した未知のゲート。 これは私達の任務にも関わるんじゃないかしら。 それに調査するとしたら私達こそ適任だと思うのよ」
カナさんではなく、ミレイさんが積極的だ。 まあ僕としては異論はない。 それどころか未知の探索。 これは正に……。
「おお、俺は賛成だぜ。 こういう探検は男のロマンだぜ」
そういう事で呆気なくゲートを潜ることに決まってしまった。
ゲートには僕が最初に入り、次にマリ、そして女子達が続いた。 ゲートの先はスコープで見た光景と同じで洞窟状のダンジョンの中だった。
さてここで問題だ。 僕達は今ダンジョンの洞窟の中だ。 僕達はこれからゲートから右に進むべきか左に進むべきかを選択しなければならない。 そしてカナさんの意見を待ったのだがカナさんは沈黙してしまった。 そして暫くしてからエミリが叫んだ。
「えええっ? ゲートが、ゲートが変化してますぅ~」
その声に驚いた僕等も潜って来たばかりのゲートが在った場所を見ると、ゲートが次第に縮小していくのが見て取れた。 その様子に驚いていると1分ほどでそのゲートは消失してしまった。
「お兄ぃ、これって、一方通行のゲートなの?」
「エミリ。僕に聞いても分からないよ。 一方通行なのか、一時的に現れるゲートだったのかは区別はつかないね。 でも安心してくれよ。 僕のプライベートダンジョンを使えばいつでも外へ戻れるはずだからね」
「た、確かにそうだった。 さすがお兄ぃ。 えげつないスキルなの」
褒められているように聞こえないところが釈然としないが、そんなことは如何でもいいことだ。 それよりも暫く沈黙していたカナさんが意を決したように喋りはじめた。
「このダンジョンは危険かも。 そして右側方面が魔物が強くなる方向で、左側方面が弱くなる方向ね。 どちらに向かうかは決めてほしいの。 ただし言えることはここは危険な気がするし、左側方向へは絶対に行かないと駄目な気がするの。 私の意見としては途中でプライベートダンジョン経由で戻ってほしくないのよ」
なるほど危険なのか。 どれほど危険なのかは分からないが、カナさんが意見を述べているので左側へと向かうのはパーティとして決定事項のように思える。 だが、ボスを攻略してトゥルーコアタッチを行ってからカナさんの意見に従うかだ。 その選択はカナさんに任せられないのだろうか。 僕はカナさんの様子を窺ったが、カナさんはそれ以上何も言わずに沈黙してしまった。