138. 擦りつけ
僕等はそのままドロドロが無い場所まで後退してからウインドバリアを出た。 そこは地獄ともいえる悪臭が立ち込めていた。 最初はドロドロ以外のドロップ品を回収してここから立ち去ろうとしたのだが、ドロドロはずっと残る可能性がある。 ということは、この階層の今後の攻略に支障がでる。 というか、プライベートダンジョンの魔物を2486初級ダンジョンへスイッチしたとしても、ドロップ品が残ってしまったら悲惨だ。 となれば今回収するしかない。
「レイナさん、取りあえずウインドバリアをもう一度お願いします。 これじゃあ臭くてたまらないよ」
「え、ええそうですね。 弱めのウインドバリアを張りますね。 臭いならそれで防げるでしょう」
「ねえヨシ君、わたくしはウインドバリアに専念すれば良いですか? それともそのドロドロした粘液を風魔法で一か所へ集めた方が良いかしら」
「あ、そうか。 う~ん。 マリ、お前の水魔法でドロドロを集められるか?」
「それは如何かな、やってみるか? もし混ざったら濃度は薄まるが量が増えることになるぜ?」
「そ、それよりも回収するってどうするの? テフロン製の容器なんて無いわ。 テフロンコーティングの調理器具ならあるけど、こんな量は入らないかも」
カナさんは調理器具をもち歩いているらしい。 でも試すことは必要だ。 今回収が出来なくても、テフロン製のでかい容器を後で手に入れれば、いずれは掃除できるはずだ。
でもその前に試してみる必要がある。
「直接アイテムボックスへ取り込めるか試してみるよ」
「ええっ!!! あんな汚いものを入れたら、神聖なアイテムボックスが汚れてしまうわ」
「僕はもう汚いものを取り込んだ経験があるし、お弁当の直ぐ近くのリストに入っていたけど、お弁当は食べることができたよ?」
「その汚い物って何?」
「う、うう~ん。 その、あの。 ちょっと片付けるのをミスって放置してしまった忘れ物だよ」
「……分かったわ。 既にヨシ君は汚れてしまっていたのね」
「何を言うんだ! 僕には汚物に打ち勝つだけの神聖な何かがあるんだ。 ほら僕は何に対しても清廉潔白だろう?」
「それとこれとは、……まぁアイテムボックスは異空間だものね、私達のと繋がってないし、容量が大きくてリストの片隅に仕舞い込めば問題はなさそうね」
「おい、水魔法でやってみたが、駄目だなこれは。 反応して何やら煙が出るだけだったぜ」
「マリ、もうやっちゃったのか。 そういう実験は皆に断ってから、……いや、でもわかったよ。 これでアイテムボックスへの収納が決定したようなものだね。 ところで水魔法でそのドロドロを直接操作はできないの?」
「水分が有ればできるはずだが、あの様子じゃどうかな。 やってみるとするか?」
そう言ってマリはそのドロドロ粘液を操作できるか試した。 その結果、動かし難さはあるもののある程度動かせることが分かった。
「動かせたぜ? これを一か所に集めればいいってことか?」
「ああ、お願いするよ。 僕も少しずつ回収を始めるよ」
ドロドロ粘液をアイテムボックスへ取り込むのは多少時間がかかった。 そしてドロドロ粘液の効果だが強力な酸のようだった。 普通の金属だけでなく黄色い種までも溶かしたのだ。 ダンジョン武器をも溶かすとなると人は絶対にさわってならない液体だ。
そして回収したドロドロ粘液は、204.32リットルになった。 これもダンジョン武器の一種だと考えればレベル400の武器なので強力なのは間違いない。
さてそれではお楽しみのユニークスキルオーブを使うお時間となった。 僕等は一旦プライベートダンジョンを出てから入り直して第1区画のソファーに座って机に置いたユニークスキルオーブを鑑賞した。
さあどうしようかということだが、使うべき人物は決まっている。 もちろんカナさんだ。 カナさんは体力が低めだし、ステータスを上げることで火魔法の強化が必要なのだと思われたからだ。
「さあ、カナさん一気に食べちゃってください。 甘くピリッとして美味しいはずです。 こんな機会はあまりないですよ?」
「た、食べるの? 食べるべきなの?」
「ああ、今までの経緯から考えると食べてみる方がいいな。 美味しいはずだから、……ね。 羨ましいぐらいだよ」
「羨ましい? それならヨシ君、どう?」
「いや、僕は既に4つもユニークを持ってるし。 これ以上食べるとパーティのバランスが悪くなるからね」
「あ、あのお兄ぃ、もし誰も食べないならエミちゃんが食べてもいいんじゃないかとおもうの」
「え、ええと。 お前は駄目。 色々と訓練は積んでいるけど、まだまだ死闘といえる戦闘を経験してないから、まだ守られる側なんだよ」
「くぅ~~。 カナお姉さん、早く食べてください。 早くしないと、本当に喉から手が出そうな気がするの」
「ふぅ。 仕方がないかな。 なら頂くわね。 このパーティにいればユニークスキルオーブはまだまだ獲得できそうな気がするし、ここでステータス強化を行えば体力的に迷惑かけないで居られるしね」
そう言ってカナさんはユニークスキルオーブを口に含んだ。 そして歓声をあげた。
「美味しいぃ~。 本当に甘くてピリっとして絶妙ね、これは」
「おい。 それより、お前は何を覚えたんだ? そっちの方が重要なんじゃねーのか?」
「うん。 ええと、火の加護ね。 パッシブじゃないみたい。 カウンターが10/10で時間制限もあるからカウンターを使えば効果がありそうね」
うへっ、レイナさんの風の加護の火魔法版なら、めっちゃ強力な奴だろう。 僕の防御力をもってしても消し炭にされてしまう可能性が高いかもしれない。 結果論だが、今回のユニークスキルオーブはカナさんにしか使えなかったはずなのでその辺は丸く収まった形だ。
「早速試してみる?」
カナさんはニヤニヤしている。
「ちょっ、その笑いはなんだよ! 流石にこうなると洒落にならないはずでしょ? た、試すなら先ずシミュレーターの中でお願い。 シミュレーターの中でなら、実際のカウンターも減らないし、何より安全だからね」
シミュレーターでの結果は予想通り、10分間だけ火魔法のレベルを50倍にできるというとんでもない代物だった。 ただしカナさんの全力範囲火魔法でもレイナさんのウインドバリアには影響が無かったことには安心できた。
そして今回の討伐で獲得したオーブを全員で使っていったのだが、今度のオーブは治癒魔法と精神に偏っていそうだった。 これら2つは今まで出たことがなかった種類だったので、僕等の戦力はまたもアップしたと言ってよいだろう。 ただし、現状の僕等は強すぎて怪我を負うことはほとんどないため、今のところそれらの出番は無い。
それからは第15区画のでっかい蛾と鳥の合いの子のようなレベル150程の魔物――大蛾鳥を火魔法で殲滅させてからその日の活動はやめることにした。
次の日の午前中は、スキルオーブ獲得に精を出して、全員の治療と精神を全てレベル20にまで上げておいた。 この武蔵ダンジョンを攻略してしまえば次の場所へ移り、必然的に魔物を討伐してプライベートダンジョンが変質することになるので、取れる時に取っておくという方針なのだ。
午後になると武蔵ダンジョンの攻略に戻り、できるだけイレギュラースポーンした魔物を倒してからボスを討伐した。 ここのボスも事前情報通りLV123のオークキングだった。 そして全員がトゥルーコアタッチを終えてからプライベートダンジョン経由で武蔵ダンジョンの入口に帰って来た。
入口へのゲートは、ミレイさん、カナさん、レイナさん、エミリ、マリ、そして僕の順番で潜って行った。 そして僕が外へ出た時にはマリが絡まれていた。
「お、お前ら何者なんだ。 俺たちの集団にはお前らのような奴らは居なかったはずだ。 お前らちゃんと順番を守れよな!」
こいつ何を言っているんだろうと思ったのだが、辺りの様子を見て成程そういうことなのだと理解した。 つまり僕等は、ダンジョンから出る順番待ちしていた団体様がやっとダンジョンから出て来たタイミングで、その団体様と一緒に出てきてしまったのである。 武蔵ダンジョンは出入口が広いといっても、通行する人や運び込まれる物資も多いため今までの過疎ダンジョンと異なり出入りのための順番待ちをすることもある。
絡まれたマリが困った顔をしている。 ここは僕が助けなければならない。
「あ、ちょっといいですか? ここじゃ後から出てくる方々の邪魔になるから、ダンジョンの中で話しませんか?」
「なぜやっと今ダンジョンから出て来れたばかりなのに中へ入り直さなきゃならんのだ? 何を考えているんだお前は」
マリよりもマシだが、僕だって決して体格に恵まれているわけでもない只の若造だ。 嘗められるのは仕方がないのだが、こういうところは非常に面倒くさい。
「それは、僕等の責任者がまだダンジョンの中にいるからです。 文句は責任者へお願いしたいです」
そう、僕は小泉三佐に責任を擦りつけようと思ったのだ。 僕等は国の任務でやっていることなのでその位はいいだろう。 だがその必要は無かったようだ。
「君たち何か揉め事が、って、あ! 吉田さんご苦労さまでした。 早いおかえりでしたね」
丁度、交代のため?にダンジョンから出て来た警護部隊の2名の方々と遭遇した。
「あ、すみません。 この人達が、なぜ順番を守らないかって言いがかりを付けてきてるんです」
「お、お前。 言いがかりとは何だ。 俺たちはこの中級ダンジョンのクリアを目指しているクランの者だ。 俺たちは準公務扱いで仕事をしてるんだぞ」
「あ、ああ。 そういう事でしたか。 吉田さん。 ここは任せてください。 それで、君はどのクランの所属なんだね?」
「ん? 何だお前は。 俺たちを”アイーダクラン”の者と知っての狼藉か?」
狼藉って今時使わないな~って思ったが。 ”アイーダクラン”とは一体?
「ああ、そうか。 君たちは佐々木君の所の。 佐々木君は元気にやっているか?」
「お前っ、俺らのクラン長に向かってその口の利き方は何だ。 お前らのような低ランクの一般人とは違って、クラン長はB-2ランクにまでなった人なんだぞ」
「ああ、すまない。 極秘任務だったので冒険者タグは仕舞っておいたんだ。 私は今井といいます。 佐々木君とは昔、自衛隊でコンビを組んでいた仲なんだ。 そして私の冒険者ランクはB-5なんだよ」
今井さんは冒険者タグをボケットから出して見せた。
「B-5だと? ふざけるな、って本当なのか。 いやいやいや、本当だとしてもコイツ等が順番に割り込んだのは事実だ」
「順番に割り込んだのは申し訳ないね。 だがこの吉田君たちは国家レベルの重要な任務を遂行中の我々をサポートしてくれていたんだ。 佐々木君を呼んでもらえるとその辺の事情を説明ができるんだがね」
そこへ小泉三佐達がダンジョンから出て来た。 いやしかし、知らせを受けて出てきたにしては随分と早いんじゃないだろうか。
「やあ、今井一尉。 どうしたのかな~。 おおっ、吉田くん達はもう任務をおえたのかな~。 凄いな~、見事だな~」
「い、一尉だと?」
「小泉さん、今戻りました。 次はえ~と何処へいきましょうか」
もうこうなったら絡んできた人については無視だ。 僕は次の事を考え始めた。
そこへ背の高い人がやって来た。
「あっ! 小泉三佐。 お久しぶりです。 うん? コイツと何かありましたか?」
「佐々木君か。 久しぶりだね~。 今はどうしてるの~? クランを立ち上げたとは聞いていたけどさ~」
「は、はい。 何とかこの武蔵ダンジョンのクリアを目指して活動を行っております。 それで、一体これは……」
僕等は用済みなのようなので、その場からそっと立ち去り会議室へと向かった。 そしてプライベートダンジョンの中へ籠った。
「いや~。 ダンジョンから脱出するときは気を付ける必要があるよね。 確かに他の人達から見たら、僕達は突然ダンジョンから現れることになるんだからね」
「そうよね。 マリちゃんが庇ってくれなかったら困っていたところだったわ」
あ、あれっ? マリを庇った僕は?
……それにしてもマリは女子達に絡んだアイツを引き受けていたってことか。 相変わらず男前な奴だ。
「今後のことなんだけど、ダンジョンを攻略してからの帰りは、できるだけ過疎のダンジョンに出るのがいいと思うの。 トラブルになる確率も少なくなるしね」
「でもさ、過疎だった6963中級ダンジョンだって、トゥルーコアタッチしてから活気がでてきているんじゃないの? だってイレギュラースポーンが無いってことは戦う相手の事前情報が確定しているってことだから安全じゃないか。 それにあそこにはミーアンキャットもいることだし」
「そ、そうですね。 あそこには可愛いミーアンキャット達が居ましたね。 わたくしはもう懲り懲りですけれど」
結局話し合ったけど、2986初級ダンジョンを出口にするのが良いという話になった。 あそこは既に何度も出入りしているし、過疎ダンジョンは立地が悪いことが多く、交通が不便なので効率が悪かったのだ。 エミリには攻略対象のダンジョン入口付近に留まってもらってそこで出したミミックダンジョン経由で帰って来るという案もでたが、エミリが強硬に反対したので流れた。
そして僕等は次の攻略対象のダンジョンへと移動することにした。
投稿予約しているのを忘れていました。 少しだけ校正をかけました。