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136.  武蔵中級ダンジョン

 それから数日間は、ミレイさん達の身辺整理時間に当ててもらった。 つまり実家への説明と今後の活動を認めてもらうこと、そして”疾風の白狼”の活動停止についてだ。  


 その間に武具店の叔父さんから防具の新作が届いた。 前回頂いた物でも十分すぎる位強力なのだが、今回は全箇所に例のレッドカウとブラックカウのエムレザーを張り合わせた素材を使っているのが特徴だ。 

 僕等の防御力はダンジョン内では十分高く、防具の効果は限定的だが、これで戦闘中に素っ裸になることはないと期待できる。 


 ダンジョン外で着ることになる普段着も届いた。 ところどころ透明化処理された素材を用いてあり、頭部はフードで守るタイプだ。 この夏場にフードを被るとか正気ではないと思うだろうが、エネルギー石の大容量電力を利用した最新式のペルチェ素子エアコンユニットが搭載されていてフードを付けている方がむしろ快適なぐらいだ。 その普段着は主にレッドカウのエムレザーで作られているので、ダンジョンの外では過剰な装備といえる代物だった。 


 ダンジョンの外へ出る場合には僕達一人に対して2から3名ずつダンジョン攻略部隊から私服警護の人が派遣されて付いている。 女性の方以外は暑っ苦しい位体格の良い人ばかりで目立ってしまいそうで嫌なのだが、いらぬトラブルを避けるにはその様な体制が必要とのことなので受け入れている。


 この前の鈴木さんとの打ち合わせから1週間が経過し、僕等は次の目標である1232中級ダンジョン、通称、武蔵ダンジョンへと向かった。 警護の方を含めると20名以上の集団だ。 冒険者の方々で混雑しているダンジョン管理センターを抜けて、予約してあった特別室へと入った。



「小泉さん。 警護ありがとうございました。 僕等のようなガキの警護なんて申し訳ないです」


「いえいえ~。 我々はこれが仕事ですからね~。 それに我々は貴方達が成した事と実力を理解しているつもりなんだよね~」


 な、何か思ったよりもフレンドリーな方のようだ。 少佐レベルの高い階級でこのゴツイ体格なんだからもっと怖そうな方かと思って緊張してしまった僕は損した思いだ。


「あ、ありがとうございます。 とりあえず僕達の特殊性というか、移動能力については事前説明を受けていただいていますか?」


「ヨシちゃんが特別なスキルを持っているのは皆何となく知っているよ~。 それが何なのかはわからないけどね~」


 よ、ヨシちゃん呼ばわりをされてしまった。 子供扱いされているようで許容したくないから、言っておく必要がある。



「”ちゃん”は止めてください。 せめて、”くん”にしてください」


「くんに?」


「はい、君付けでおねがいします」


「ではヨシきゅんでいいかな~。 君付けっていうのは僕のスタイルじゃないかな~」



 ぐっ、これは本当にヤバイ人だ。 見かけと中身の乖離が激しい。 本当に恐ろしい人だ。 この辺で妥協したほうが良いのかもしれない。



「わ、わかりました。 ヨシきゅんでいいです」


「後の人は、マリきゅん、ミレイちゃん、レイナちゃん、カナちゃん、エミリちゃんでいいかな~?」


「マリちゃんは、マリちゃんでいいんじゃないかしら」


「い、いや俺は、マリきゅんの方がいい」


「わかったよ~。 これからはそう呼ばせてもらうね~」


「コッホン。 それで、特殊性についてですが、僕のユニークスキルが関係していて……」


 僕はプライベートダンジョンについてざっと説明した。 それからプライベートダンジョンの中も見学してもらい、トゥルーコアタッチしたダンジョンの入口へ転移できることを教えておいた。 流石の小泉さんでもこれには驚いたようだが、半信半疑ながらも一応受け入れてくれた。


 そして僕らは小泉さん達と共に武蔵ダンジョンの中へと入って行った。 武蔵ダンジョンは中級としては規模が大きくて8階層まである。 一階層はスライムレベルの魔物しか出ないから非常に安全な階層だ。 2階層はレベル10前後の魔物、3階層から8階層は階層が増すごとにレベルが10ずつ上がると言うパターンで分かりやすい。 ちなみにボスはレベル120程度とのことだ。 

 

  この武蔵ダンジョンが重要な理由は、都心からダンジョンへのアクセスが容易、つまりダンジョンの直ぐ近くに駅が建設されていて、さらに広い駐車スペースやヘリポートがあることと、ダンジョンの入口が例外的に大きく、入口付近に巨大なスペースがあるのだ。 そのような立地条件等から、そこに巨大なダンジョン病院が建設されている。 また、もちろんエネルギー石を取るためにも大変重要なダンジョンでもある。


 僕等はダンジョンの第一階層の中を歩いて進んで行く。 そこには歩道のような場所があり、近くには病院施設の巨大な建物ばかりでなく、巨大なトイレシステムや、食事を提供したりする施設、冒険者用のグッズ販売や、ホテルまであった。 

 ここは人通りも多く、僕としては少しばかり居心地が悪かった。 いやちがう、問題はゴツイ警護の人達――A-1~B-4ランクのタグを付けている――が目立つので人の目が気になって仕方ないのだ。 そればかりではない、ミレイさん達も目立つことこの上ない。 まるでアイドルのような少女たちが護衛引き連れてダンジョンを見学に来たというような感じなのだ。


 ダンジョンの中ではステータス効果が発揮されるのでフィジカル的には警護を受ける必要はないが、僕達の強さを知らない冒険者はミレイさん達に絡んでくるかもしれない。 余計なトラブルに巻き込まれたくないので少なくとも第一階層位は警護の方たちに同行してもらうことにしていた。



「あっ、ちょっと僕は少し離れて歩くね」


「どうしてなの? 小泉さん達がいるから近くにいた方がいいわよ?」


 ミレイさんが少し離れた僕に近づいて来た。 


 い、いや。 目立ちたくないから集団から少し離れたのに、目立つ人が近くに来たんじゃ意味が無くなってしまうだろう。 そう思って距離を取ろうとしたが遅かった。


「おめえら、天下の往来で昼間から何やってんだ?」


 不良少年ではなくガラの悪そうな中年の冒険者に絡まれた。 異世界じゃあるまいし、今時めずらしい展開だと思った。


「あの~。 歩いていただけですけど?」


「なんだと~? そうだったのか。 じゃあお前らはダンジョンの神を信じるか?」


 あ、ああ。 これはヤバイ奴だ。 

 ダンジョン教という新興宗教の勧誘だ。 

 というかこれじゃあ脅しに近いだろう。 今時人気のある往来で脅しを交えた宗教の勧誘とはめずらしい。


「あ、あのそれは間に合ってます」


 僕がそう言った途端に、5名程の警護のゴツイ方が、僕等とそのガラの悪い冒険者の間に割り込んだ。


「はい。 そこまでです。 ダンジョン内での宗教勧誘は禁止されています。 ご存じですよね?」


 警護の方がその冒険者に問い(ただ)した。


「……お、おれは勧誘なんてしてね~。 こいつらにダンジョン神を信じるかどうか聞いただけだ」


 そのガラの悪い冒険者が言い逃れをした瞬間に遠くから悲鳴が聞こえた。


「きゃ~」

「ぎゃ~」

「やばいぞ~。 逃げろ~」



 何事かと思って皆が一斉にそちら側を見た。 そして僕等も理解した。

 そこにはハイオーガと思われる魔物が出現していた。 第一階層で普通はスライムしか居ないはずの所にレベル50付近のハイオーガ。 つまりイレギュラースポーンが起こったのだ。


「戦闘隊形F! 目標ハイオーガ。 戦闘用意!」


 直ぐに小泉さんが部下に指示を出した。 だが距離が遠すぎて、襲われそうになっている一般人の方の救助には間に合いそうにない。 そう状況判断した僕はとっさにミレイさんの手を掴んだ。 


「種、お願い」


 一瞬戸惑った表情を見せたミレイさんだったが、すぐに僕の意図を察して種を取り出したので、そこへ僕は微妙に雷属性を付与した。 そして僕が狙いを定めると、ミレイさんは例のごとく土魔法で種弾丸を打ち出した。

 無音で打ち出された種弾丸が飛んでいき、一瞬にしてハイオーガの頭を吹き飛ばし、奴はエネルギー石とエムレザーを残して消え去った。 



「あ、あらっ? レベルが上がった?」


 メガネをかけた警護の女性の方の一人が戸惑ったように声をあげた。


 し、しまった。 つい警護の方に仲間意識を持ってしまって、パーティ経験値を分け与えてしまったようだ。 だかこのぐらいでレベルが上がるなんて、余程レベルアップ直前まで経験値が(たま)っていたにちがいない。 


「……」


「お、お前ら何者だ。 レベルアップしたってことは、お前らがアイツを一瞬で倒したってことか?」


 ガラの悪い冒険者は、僕に向かって驚いたような顔をして(にら)んできた。


 ……この状況で、なぜコイツは僕に話しかけるんだ? お前は僕やミレイさんの方を見ていなかっただろ? 誰ががやったとかなら小泉さん達がやったと思うのが普通の考え方だと思う。 僕やミレイさんの冒険者タグはD-1ランクのものを付けているし、小泉さんたちは見かけが凄いしランクもB-4以上の方々ばかりだ。



「えっ? 何のことでしょう? 僕は何もしていませんよ?」



 普通に見られていたとしても、僕やミレイさんがしたことは低レベルの冒険者には分からないはずだし、コイツは僕達を見ていなかった。 


「いや、俺の勘ではお前が何かをしたはずだ」


 な、なんと。 お前もカナさんのように勘が働く奴なのか! これはどうしよう。



「ははは、貴方の勘も当てにならないな~。 僕が何かをしたかなんて証拠はありますか?」


「そりゃ~おめ~。 レベルが上がったって言っただろう。 つまりお前らがあの魔物を倒したってことだ」



 ま、そう返してくるだろうと思っていたので僕は動じない。



「確かにあの人は僕等の仲間みたいなものですけど、レベルが上がったって言うのはたぶんゲームですよゲーム。 あの人は恐らく暇を持て余して、歩きながらゲームをしていたんですよ。 レベルが上がったってのは、ゲームキャラクタのことじゃないかな。 やだな~、あのメガネというか、ゴーグルが見えませんか?」


「お、おお? そう言われれば、お前らがこんなところからアレを倒せるとは思えんな。 ということは、誰がやったんだ?」


「き、きっとダンジョンの神様がやったんじゃないですかね。 一瞬で消え去るなんて不思議ですよね」


「……」


 それを聞いた、ガラの悪い冒険者は、ハッとして真剣な顔つきになって固まった。 そこへ警護の方が割り込んだ。


「君、もういいかね? これ以上我々ににちょっかいを出すようなら、我々もしかるべき処置を講じなければならないよ?」



 その言葉で我に返ったガラの悪い冒険者は僕達から逃げるようにしてその場を立ち去っていった。 そして僕等は先程使った種を回収後、少し歩いて付近に誰もいなくなってから小泉さんから質問を受けた。



「さっきのは、どうやったの~? 彼女は真面目だからね、勤務中ゲームをするなんてことはありえないね~」


「すみませんでした。 僕達がやったことをバラしたくなかったので、とっさに嘘をついてしまいました。 ごめんなさい」



 僕がそのように謝ると、先程のメガネをかけた警護の方は、少し涙ぐみつつも返答してきた。


「いえ、我々は貴方達を守るのが役目です。 仕事のためなら多少の屈辱は受け入れて当然です。 それに驚いて声を上げてしまったのは私に非があります」



 警護の方とはいえ女性を泣かせてしまった。 そのことに多少後ろめたさを感じながらも、僕は小泉さん達には要点だけ答えることにした。


「本当にすみませんした。 それで、僕達が何をやったかということなんですけど、……先程拾いに行ったコレを土魔法で高速に打ち出して、あのハイオーガの頭を吹き飛ばしたんです。 ですが、このことはトップシークレット扱いでお願いします。 これが知れ渡ると鈴木さんに迷惑がかかりますので」


「なるほどね~。 君たちは何かと秘密が多いんだね~。 まあ我々の警護体制に支障がないならこれ以上聞かないことにするよ~。 それにしてもあんなイレギュラースポーンは珍しいね~。 第一階層ではイレギュラースポーンがあったとしても精々レベル10付近が普通なんだけどね~」



 確かに普通ならそうだ。 だがこの前のミーアンキャットゾーンに上位種の上位種と思われる魔物が沸いていたように、そして思い返してみれば初級ダンジョンにめちゃくちゃレベルの高い”噛み付き石”が居た。 さすがに”噛み付き石”は例外かもしれないが、それでもレベルの大きく異なる魔物がスポーンすることもある程度の頻度で起こるだろう。  


 第二階層へのゲートの所へとやって来たところで僕たちは小泉さん達と分かれることになった。 第二階層以降は施設などもなく、普通のダンジョンと同じになる。 そして人影もまばらになるので、人の脅威はほぼ無くなる。 それならば僕等は時間節約のために全力で走ることが効率的だ。 



 第二階層に入るとダンジョンの中を魔物無視で走っていき、途中で魔物に絡まれてモンスタートレイン状態になっても僕のダンジョン内探知で冒険者がいるところの直前で処理すればいい。 そもそも今の僕達の移動速度に追いついてこれる魔物はいないし、感知そのものも殆どされなくなるのでトレイン自体も発生しない。 感知して追って来ても精々2、3匹といったところだ。 これなら置き去りにしても特に問題はないはずだ。 

 それでも所々で見つけたイレギュラースポーンと思われる個体だけは安全確保のために一応倒しておいた。 完全にダンジョンクリーニングをすることが理想だが、他の冒険者が多数入り込んでいるダンジョンで目立たずにクリーニングすることは不可能に近い。


 そして午前中で第6階層まで踏破し、第7階層に入ったところでプライベートダンジョンを生成して一旦休息を取ることにしたのだった。  


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