134. 予約OK
僕らの楽しいボケと突っ込みの応酬の時間は、鈴木さんからの連絡で中断された。 僕らはサロナーズオンラインにはログインしていなかったというか、連絡先は携帯端末しか教えていなかったので携帯で連絡を受けた後、大急ぎでサロナーズオンラインにログインし、鈴木さんが用意した政府専用のバーチャル空間に招待された。
「やあ、やっとこちらに戻って来たというわけだね。 君たちの事だから心配ないとは思っていたんだが、念のために2986初級ダンジョンへは外国関係の入場はこっそりと制限させてもらっていたよ」
「僕達は国内の次の候補者達から逃れていたはず? 外国も関係あったんですか?」
「私と妹さんが中級ダンジョンのトゥルーコアタッチ条件をクリアしたことはソリン装置で全世界に知られることになるから、その時点から各勢力は動きだしたんだ。 まぁ一番先に辿り着いたのは地理的に近い国内勢だったわけだがね」
「じゃあ6963中級ダンジョンはあれから大変なことに?」
「ははは、大変だったよ。 直ぐに条件を開示することで混乱は避けられたけどね、オーブの件とか色々とね。 それに君たちの行方も取り沙汰されたんだが、中級ダンジョンの攻略ついでにダンジョンクリーニングを行ってもらっているということで君たちの不在を説明しておいたよ。 もちろんプライベートダンジョン経由で転移できることは秘密にしておいたよ」
「そうでしたか。 でも折角突き止めた検証結果を他国に教えてしまっても良かったんですか?」
「そこは世界情勢が絡むところだからね。 エネルギー問題、特にエネルギー石絡みの知見は各国の重大な関心事項だ。 もし我が国がダンジョン絡みの秘密を独占しようものなら一気に世界情勢が不安定化する恐れもあったんだ。 秘密を公開することは、条件調査プロジェクトが始まる時点から決まっていたことなのさ」
「それでも外国勢は押し寄せたのですか?」
「各国にはそれぞれ独自の思惑があるからね。 それでも情報を公開して自国で検証できた時点でほとんどの国は引き返して行ったそうだ。 私は中級ダンジョン内で、国内勢と一緒に更に詳しい検証実験を行っていたから、あくまでも聞いた話だがね」
「それで今はどういう事になってますか? そして僕らの処遇とか、これからどうなるんでしょう?」
「今は中級ダンジョンの件は後回しになってしまっているよ」
「ええっ? それはどういう?」
「実はつい先日なんだが、ある国が新たなメッセージ石板の内容を公開したんだ。 そして、その内容が初級ダンジョンの崩壊についてで衝撃的だったんだ。 初級ダンジョンの最初のトゥルーコアタッチから5年以内にトゥルーコアタッチしないと崩壊するという話で、これは我々が掴んでいる情報では期限は後1年ちょっとだね」
「……それで初級ダンジョンの攻略を優先することにしたんですね?」
「ああそうだよ。 イレギュラースポーンが多発していなければ攻略そのものは容易なはずなんだ。 だが我が国の問題は初級ダンジョンでトゥルーコアタッチが可能なステータスの者が上級ダンジョン攻略のために出払ってしまっていて今は手薄な状況なんだ」
「呼び戻せばいいのでは?」
「それがね……」
鈴木さんはカナさんに視線を向けて苦しそうな顔つきをした。
「攻略に出た0023上級ダンジョン、通称、阿修羅ダンジョンのセーフティゾーンへ通じるゲートの一つ手前のゲートが消失してしまったらしいんだ。 つまり上級ダンジョン攻略部隊、約1000名が現時点で行方不明になっているんだ」
「そ、それってカナのお父さんも参加しているプロジェクト?」
「ええ、確かにアイツは今、阿修羅ダンジョンの攻略部隊に入っているわ。 ……行方不明なんて、そんなこと……」
「上級ダンジョンでは何等かの条件でトラップが発動して強力な魔物がスポーンしてゲートが閉まることがあるんだ。 今回もその可能性が高いと思われるんだが、それならその強力な魔物を倒して暫くすればゲートは開くはずだ。 精鋭が1000名もいるんだからその点、我々も未だ楽観視しているんだが、だからと言って現状何も対策をしないわけにいかないという訳だ」
「ええと、ゲートを開くために何かできることがあるんですか?」
「……い、いや。 すまない。 そっちではなくて、初級ダンジョン攻略の方の対策だよ。 上級ダンジョンのトラップの件については、現時点で我々にできることは無いという見解なんだ。 本当にすまないが、こればかりはどうしようもない」
「……」
「では、初級ダンジョンの攻略の方は、……ステータスがオール1000の者を増やすということになるんですね。 つまりオーブが多量に必要ということ……」
「あ、ああ。 そういうことだ」
「わ、わかりました。 事情は理解しました。 ええと、僕達が持っているオーブを、全部、……ではないですがお譲りします。 個数は、……1万個ほどです。 これで約40から50名近くのステータスをオール1000にできるはずです」
「ええっ? そんなに? ……ああでも獲得したスキルオーブの数から考えると不思議ではないのか。 ……正直助かるよ。 攻略に出ていない者でステータスがオール1000の者は現時点で約80名程いるんだがね、その大半は非戦闘員なんだ。 戦闘員でトゥルーコアタッチができる者を40名増やせるというのは有難いことだ」
「ん? 非戦闘員? どうして?」
「医療関係者さ。 ダンジョン内の治療施設では治療魔法を使うんだが、MPが足りないことが多々あるからオーブで補充するケースがあるんだ。 オーブを使うからステータスが上がっている者が多いんだ」
なるほど、ミレイさんはそういう運命になるかもだったんだな。 治療魔法を覚えてすぐに治療施設に配属された人なら確かに戦闘経験は少ないはずだ。 だが訓練するなり、多少の経験者もいるのではないだろうか。
「非戦闘員も訓練すれば……」
「それは不可能な話ね。 今でも治療施設ではオーブを使用してまで治療魔法を使っているぐらいだもの、医療関係者を削減するなんてあり得ない話だわ」
「その通りなんだ。 オーブも今まで通り供給しないと……。 MP不足で助からなかった患者が出たら、それこそ大問題なのさ」
うへぇ、治療施設のオーブ需要は今まで通りで、初級ダンジョン攻略のための派遣も無理なのか。 それはわかったけど、これじゃオーブは慢性的に不足するんじゃ?
「あの。 もしかして僕らに求められるのはオーブ供給役なんですか?」
「……いや、ある程度は君たちにもお願いしたいところだが、オーブ価格は上昇しているし、急なことで我々の予算も今回の1万個でかなり苦しくなるからね。 当分そのような要請は出せないよ」
「ふぅ、それでは僕らはどうすれば?」
「当面は、初級ダンジョンの攻略に専念とも考えたが、君たちの実力は群を抜いているはずだからね。 主な中級ダンジョンの攻略とダンジョンクリーニングを進めてほしいというのが我々からの要望になるね。 初級ダンジョンに攻略に期限があるなら中級ダンジョンにだって期限はあるはずだ。 初級ダンジョンの消滅は防ぎたいが、中級ダンジョンの消滅はもっと防ぎたいのだよ」
「わ、わかりました。 それでは攻略目標のダンジョンと許可証をいただいて、って、あっ! そういえば6963中級ダンジョンの攻略報告をしてなかったっ! 折角D-1ランクに昇格できたはずなのに、……攻略してから有効期限ってあったかな」
「はっ、ははははは。 そういえば忘れていたよ。 君たちのランクはB-5にすることが決まっているんだ。 新しい冒険者タグは、これだ。 今持っているE-1ランクの冒険者タグもそのまま持っていることを推奨するよ。 いろいろとカモフラージュとかも必要になるかもだからね」
そういって鈴木さんは、自身のアイテムボックスからB-5ランクの冒険者証を出して渡してくれた。 B-5ランクといえばBランクでも最高位だ。 中級ダンジョンを一つ攻略というか認証しただけではD-1ランクになり、5回認証でC-1ランクになるはずだった。 いきなりBランクでしかも最高位のB-5ランクとは驚きだ。 だがこれで僕らは上級冒険者グループの仲間入りだ。 というか、全員がB-5ランクとなるとトップレベル冒険者グループと言ってよいだろう。
「いきなりB-5ランクというは驚きです。 どうしてそうなったんですか?」
「君たちの功績は全世界でもトップレベルと言ってよいのだよ。 本当はAランクでもおかしくないのだが、こればかりは全世界のダンジョン連盟で半年に1度開催されるAランク者認定会議でないと決められないからね」
「そ、そうなると僕らは実質的にVIPになってしまったとか?」
「君たちには警護の者が付いているだろう? この前からすでに実質的にVIPだよ。 そのことは自覚しておいた方が良いだろうね。 だが年齢的なことを考えると、まだ表に出ない方が良いだろう。 君たちは表向きE-1ランクで通すのが楽だと思うよ。 君たちは保護対象でもあるから、ネット上での個人情報流出や誹謗中傷もAI監視によって守られているから安心なんだがね」
「ねえヨシ君。 スキルオーブの件はどうするのかしら?」
「あ、ああそうだった。 鈴木さん、スキルオーブを新たに獲得してきましたがどうしましょう? ダンジョンに潜伏している間に修行も兼ねてスキルオーブを確保したんです。 僕らにはもう必要ないスキルオーブなので提供しますよ?」
「……」
鈴木さんは一瞬驚愕したが、直ぐに立ち直り今度は考え込んでしまった。
「どうしました?」
「スキルオーブはもちろん喉から手が出るぐらい欲しいんだが、……予算的に厳しいところなんだ」
「そうですか~。 でも残念ですね~。 でも一応知っておいてほしいです」
そう言って僕は獲得したスキルオーブを机の上に置いてみた。
「この12個はアイテムボックスのスキルオーブで、 これらはアイテムボックスか頑健のです。 そしてこれはアイテムボックスか頑健か俊敏で……」
それを見た鈴木さんが目を丸くした。
「ま、まさか君たちは……、種類が分かるということは、君たちはそれらのスキルレベルをカンストさせたということか? いやいやいや、それはちょっと信じられないというか、衝撃的すぎて頭がクラクラしてしまうよ」
「もちろん、アイテムボックス、体力、筋力、頑健、俊敏、器用は全員20にしました。 それでレベルカンストで使えなくなったスキルオーブがこれらです」
「……」
「これは、どうしたものか。 いやしかし……、う~ん」
「特にこれはアイテムボックスが確定のスキルオーブですよ? いかがです?」
「あ、アイテムボックス……」
鈴木さんは悩んでいる。 もう一押しで落ちるかもしれない。
「アイテムボックスが複数あるんですよ? 複数使えば超巨大なアイテムボックスが使えるようになるんです。 そうすれば、物資運搬なんか楽勝ですね~」
「う~ん。 しかしな~」
「あれっ? 欲しくないんですか? 予算の面とかなら少しは考慮してもいいかと……」
「いや、そういう訳じゃないんだ。 あ~そういう訳にもなるのかもだが、今の上級ダンジョン攻略部隊の目的が、スキルオーブや高級エネルギー石の確保だったんだ。 巨大な予算をつけて大々的に始めたプロジェクトの成果を待たずに、それ以上の成果を上げるとなると色々と問題が……」
「……そうだったんだ。 それなら仕方がないで……」
「い、いや。 アイテムボックスと、アイテムボックスと頑健のスキルオーブについては、予約。 そう予約させてくれ。 巨大なアイテムボックスは最重要だ。 私が得たアイテムボックス8でも、防御のための装甲車や物資運搬用の車両を何台も出し入れできるからね」
「あれっ? 運搬する車両をアイテムボックスへ入れるってどういう事なんですか?」
「ああ、巨大なアイテムボックスは主にゲートを潜るために使うのが普通なんだ。 ゲートは直径2.5m~3m弱程の円じゃないか。 そこを通すために巨大なアイテムボックスがあるのと無いのでは行軍スピートや労力に大きな差がでるんだよ。 現実問題として私もそのうち部隊に組み込まれることが確定しているぐらいなんだ。 必要なアイテムボックスが無い場合にはゲート手前で一旦ばらして、人手で運び込んで組み立てるなんてことをすることになるんだよ」
ダンジョンでは従来型の兵器はほぼ役立たずだが、防御となるとエムレザーを貼り付けた装甲車などは非常に有用だ。 それに物資運搬も人手に頼るのと車両を使うのでは大分差が出るのは間違いない。 最近の大規模攻略では、装甲車や運搬車が使われることが多い。 まあホウセンカの種の銃弾が実用化されれば、ライフルによる攻撃も可能になるわけだが、それはまだ公表していない話だ。
「わかりました。 予約OKです。 鈴木さんのために残しておきます。 なら残りは市場に出して……」
「ヨシ君。 それは止めておいた方がよさそうだわ。 将来的にスキルオーブ獲得だけの仕事をさせられそう」
結局僕らはスキルオーブ売却は保留し、今後の活動方針は中級ダンジョンの攻略ということに落ち着いた。 それにしても、あの大部隊の目的がスキルオーブの獲得とエネルギー石の確保だったなんて皮肉なことだ。 まあでも無事に帰ってきたらスキルオーブの出処はその部隊に押し付けてしまえばいいのかもしれない。 貰えるものを貰えれば、今の僕らは目立たない方が都合が良い。
大変申し訳ありません。 大変忙しい状況なので1週間程投稿をお休みします。