131. 世界にその名を
明くる日、満を持して僕らは立ち入り禁止にされている6963中級ダンジョンの中へと入った。 ここの中級ダンジョンも結構広大だ。 ステータス強化が全くない人だと移動速度を上げることができないので、コアルームへ辿り着くまでに何日もかかってしまうことが問題だ。
僕らの調査期限はあと長くて1週間程だ。 こうやって考えると随分厳しい要求を受け入れてしまったものだと後悔してしまう。
そうとなれば中級ダンジョンのコアルームへと行く移動速度を高めたい。 そのためには鈴木さんのステータス強化を行う必要がある。 初級ダンジョンのトゥルーコアタッチ条件が全ステータスが1000以上であることから、中級ダンジョンのトゥルーコアタッチ条件はそれよりも上である必要がありそうだ。 つまり先ず鈴木さんにオーブを使ってもらうことになった。
中級ダンジョンに入って早々なのだが、プライベートダンジョンを出して中でオーブを使ってもらうのだ。
「では、実験開始です~。 まずは鈴木さんにオーブを試食してもらいましょ~」
僕はかなり大き目のフルーツバスケットを出して、その上に山盛りにオーブを積み上げた。 それを見たエミリが質問をしてきた。
「お兄ぃ。 エミちゃんも食べていい? ステータスで未だ2000まで行ってないのがあるしぃ~」
「ん? 今2000と言ったかい?」
ま、不味い。 ステータス限界突破については秘密にしていた事だ。
「い、いいえ。 それは鈴木さん聞き間違いですよ。 いやだな~。 今だ、に、千まで行ってないのがあるということですよ~。 エミリの話し方がおかしいから聞き間違えたんですよ」
「そ、そうか。 未だに千まで到達してないステータスがあるんだね」
「そうです」
「お兄ぃ、何言ってるの?」
エミリが余計なことを言いそうだったので、 慌ててミレイさん達に目配せを送って抑えてもらった。
「だが食べるってなんだい?」
「ええとですね。 ほらこのようにフルーツバスケットの上にオーブを積み上げると美味しそうなお菓子に見えませんか? こいつ――エミリの奴は食いしん坊なんで、お菓子と間違えて食べてみたらしいです」
「お、お兄ぃ。 お兄ぃだって食べたじゃないか~。 食いしん坊はエミちゃんかけじゃないぞ~」
「そ、そうなのか。 オーブって食べることができるとは初耳だね。 それで僕はオーブを使うことになるのかい?」
何故か鈴木さんが怯えているように見えた。 この期に及んで諦めが悪い。 というか検証をするという時点で、オーブどころかスキルオーブもかなりの量を使うことになる覚悟があったはずだ。
「あの~。 まさか今更オーブを使うのが怖いとかですか?」
「い、いやそんなことはないんだが、一応私は公務員なので、これが汚職になると不味いんだ。 事前会議で君たちから実験のために色々なオーブの供与を受けるということは説明してあったんだがね、大方認められたが何をいくつ使ったかを映像記録に残しておく必要があるということになったんだ」
「そんなことまでする必要が?」
「ああ、使ったオーブ数によって、公費から君たちに費用の補填しないとならないからね」
「なるほど。 でもオーブは1個220万円程度ですが、スキルオーブの値段は決まってませんよね? 最低1億円とは聞いてますが」
「ああそうだね。 我々が引き取る金額は、オーブ1つが220万円、スキルオーブは1個あたり1億5千万円ということになるね。 それも使ったことを示す映像記録を提出しての上でなんだ」
「……そうですか。 結構良心的な価格設定をしてくれたんですね」
「いや、こんな緊急事態だからね。 水増し価格でも良かったが経理関係者が頑固でね、かなり議論を重ねたんだよ。 中にはお国のために寄付させろとか言うバカ者もいたぐらいなんだ」
「ははは、なかなか大変ですね。 でもまあ、それだけの予算をかけてもらうんだから是非トゥルーコアタッチ条件を知りたいですね。 少なくとも十分条件だけでも開示できればと思いますね」
「ね~ね~。 エミちゃんはこれ食べていい?」
「そうだな。 一個220万円だな。 今までの食べた量を考えたら、パーティへの借金は2、3億。 いやスキルオーブのことを考えたら、十億円を超えるな。 まあそれに比べれば誤差だから食べていいぞ」
「えええっ! やっぱりエミちゃんを借金漬けにしたってこと?」
エミリは驚愕して泣きそうな顔をした。 何とも揶揄い甲斐のある奴だ。 でも忘れているだろうが、僕とエミリは母を世帯主として家計を一緒にしている。 つまりエミリの借金は僕の借金だし、貸し手は僕というか僕が支配している会社だからチャラみたいなもんだ。 もちろん税金とかは後で必要になるだろうが、そういうのはAI経理がすべて上手くやってくれているはずだし、僕達の会社にとってオーブの使用は必要経費だ。 つまり取得して使ってもダンジョン法によってそんなに税金は掛らないはずだ。
「ヨシ君! 冗談でもエミちゃんを苛めるなんて最低よ? 可哀そうじゃない」
「あ、ああ。 すまん。 エミリ冗談だ。 お前はもう僕達のパーティの一員。 つまり僕の会社の社員だ。 オーブ使用は会社の業務で必要なことだからお金は必要ないぞ。 だけど食べるのは、……まあいいか。 好みの問題だし実害はないからな」
「やった~。 じゃあ食べるね~」
「ちょっと待て。 お前カンストしても食べ続けたりしないだろうな? 一応数は数えさせてもらうからな。 ランダムとはいえ、どの位でカンストするかはだいたいわかるからな」
「ええ~? いちいちステータスを確認しながら食べるの? エミちゃん結構メンドクサイかも」
「なら10個単位でいいからさ。 10個食べたら一応ステータスを報告するんだ。 あ、いや、具体的な数値の報告はいい。 カンストした数を教えてくれ」
「わかった~」
エミリは嬉しそうな顔でオーブを食べ始めた。 実に美味しそうだ。 僕もついでに食べてみようとして手を伸ばしたが、ミレイさん達に首を振られてしまった。
今は鈴木さんと言う外部のお客様がいるのだ。 はしたない真似はしてほしくないといったところだろう。 でもエミリは良くて、何故僕は駄目なんだ?
「ええと、鈴木さん? 録画の準備はできましたか?」
「あ、ああ。 AIを使ったCG映像でないことを証明するために特別な暗号化処理された記録機器を使う必要があってね。 でもこれでいいだろう」
鈴木さんは、録画を開始してオーブを1つずつ手に取り握り潰して使い始めた。 傍らではエミリがオーブを食べている。
あれっ? エミリも写り込んでないかこれ。
まあでも既に記録してしまったところは取り返しがつかないのでこのまま続行してもらうことにした。 それにしてもエミリは幸せそうに食べている。 そして……。
「あっ! そうだっ!」
「突然どうしたんだい?」
「そういえば僕達全員が、オーブを食べたことがありました」
「ちょっ、ヨシ君。 それは言わなくてもいいことだった……」
「いや、もしそれがトゥルーコアタッチ条件に関係しているかもしれないじゃないか。 それにオーブは食べても実害ないから問題ないよ? ただ最初ちょっとだけ躊躇するだけだ。 一回やってしまえば後は気にならなくなるさ」
「それはそうだけど。 ちょっと恥ずかしいわね」
「え、ええと。 僕もオーブを食べる必要があるということなのかい?」
「はいそうです。 それも僕達の共通条件の一つですから」
「そ、そうか。 う、うう。 これは、ま、まあ仕方が無いことなのか」
鈴木さんは恐る恐るオーブを手に取って一気に口の中に放り込んで食べた。 少し驚いたような顔をした後に、僕達に言われるまま10個を完食した。 その後は恥ずかしさが食欲に打ち勝ったのか、握り潰して使う方法へと戻った。
「ふぅ。 私のステータスはこれで全部1000になったよ。 確かにこの感じだとダンジョンの中だとスーパーでウルトラなマンになったような万能感があるね」
それから僕らは全速力――鈴木さんの全速力でダンジョンの移動を開始した。 もちろん先導はカナさん。 そしてスポーンしている雑魚は無視して進んだ。 そして半日程で第三階層の手前のゲートまで辿りついた。 鈴木さんは事務系の人だが、体格的にひ弱な感じではない。 したがって基礎体力は女子達よりも高めなようなので、オーブブーストが少な目とはいえ思ったよりもペースを早めることができていた。 というかレイナさんやカナさん達の方が疲弊しているぐらいだった。
一旦プライベートダンジョンの中で昼食をとって休息した後、第三階層へと入り移動を再開した。 今まで第一から第三階層までは魔物がすでにスポーンし始めていたが、第四階層に入ると全くいなかった。 つまり第四階層の魔物はレベルが比較的高めだったので再スポーンする前だったということだ。 そして午後6時近くにはコアルームへ辿りつくことが出来ていた。
さて、検証の始まりだ。 まずは、エミリからだ。
「それではトゥルーコアタッチ条件の検証を始めたいと思います」
「まずは、エミリ。 コアに触ってみてくれないか?」
「お兄ぃ。 これが世に聞くダンジョンコア? とりあえず触ってみればいいの?」
「ああそうだ。 怖くはないから触って見せてくれ」
エミリは恐る恐るコアに触ってみた。
「あ、あれっ。 何か腕から胸に何かが流れてくるような気がする」
「お、おめでとうエミリ。 お前もトゥルーコアタッチに成功したようだな。 世界にその名を知らしめたな」
「おめでと~」
「おお、やったな」
「よかったねエミちゃん」
「ふふ。 わたくしはエミちゃんを信じていたわ」
「そ、それで。 エミリさんがトゥルーコアタッチに成功したということは何を意味するんだい?」
「ええとですね。 まずレベルは関係ないということです。 エミリ、お前のレベルは今いくつだ?」
「お兄ぃ。 エミちゃんはスライムしか倒してないからレベルは1だよ~」
「そして、エミリは属性スキルを覚えていません。 あとは、……初級ダンジョンのトゥルーコアタッチを成功させていません。 あとは何かあったかな」
記憶を探っていると携帯端末のメモをみてミレイさんが補足してくれた。
「共通するスキルから知力と攻撃魔法が抜けて、あとは魔物討伐数が1体だけというね」
「う~ん。 やはり希少スキルが関係しているのかな~。 だとすると面倒だな~」
これでエミリの役目は果たされた。 あとは鈴木さんの番だ。 攻撃魔法と知力のスキルオーブが関係ないとすると、希少スキルオーブを使ってみることになるだろう。
鈴木さんに目を向けると緊張した顔を見せた。 さて、これからが本当に検証の本番だ。