126. コアルーム
プライベートダンジョンを再び生成して、鈴木さんはシミュレータで僕らが登録した魔物調査に入り、僕らは第15区画と第16区画を目指した。 そしてブラックカウとハジケホウセンカの討伐を行った。 その結果得られたスキルオーブの数は5つだけだった。 この変質後のプライベートダンジョンではオーブドロップが渋めな気がする。
ハジケホウセンカの黄色い種を集め終わったところでミレイさんがため息をついた。
「はぁ~。 これでスキルオーブの数は合計で12個になったのね。 あとどの位集めれば検証に十分なのかな? 黄色い種が増えるのは嬉しいのだけれど」
本来の目的はスキルオーブ集めだが、土魔法の弾丸集めを兼ねて黄色い種集めも行っている。 種を多く吐き出させて集めるために、一体の討伐に掛ける時間を長めにしているのだ。 従ってスキルオーブ集めにも時間が掛ってしまっている。 ちなみに今までに集めた種の数は5万個を超えている。
「あのさ、スキルオーブなんだけど、鈴木さんの話だと日本全体で2週間位かかるところを、僕達は3時間程で獲得できているんだよ。 だとすると時間的なことでは文句は言えないね。 まぁ今回は途中でお昼も挟んだからそれ以上に時間はかかったけどね」
「時間とかそういう事じゃなくて、何個集めればいいかの目標が知りたかったの。 100個必要なのか、それとも500個なのか」
確かにそうだ。 鈴木さんの検証が上手くいかなかった場合、検証する人を増やしていかねばならない。 その人数は数人、いや数十人単位になり、それぞれに10個ずつ使ってもらうことになるかもなのだ。
「私の勘では、そうね一旦50個あればいいんじゃない?」
そんな時こそカナさんだ。 彼女の勘は、理不尽なまでに当てになるようだ。
今の発言が希望的観測から出たのだったとしても、カナさんが僕達に安心材料を提供してくれたことには違いない。
「50個か~、その程度ならそれほど苦労しなくてすむな。 それでもこれって面倒だよな。 もっと効率的に集めることができればいいんだけど、そのためにはもっと高レベルの魔物を倒して見せろっていうことだよね」
「おい、ヨシ。 お前まさか第17区画に挑もうなんて考えてないだろうな」
「……」
「ええと、ゲート調査スコープもあるんだし、ちょっと覗いてみてもいいんじゃないかな。 そして安全そうなら一旦僕が入ってから直ぐにレイナさんがウインドバリアを展開できれば安全が確保できるわけだし」
「……」
賛同が得られない。 まぁいらない危険を冒したくない気持ちはわかる。
それにこのゲートは透明度が低く第16階層からは中の様子を知ることが出来そうにないから怖さがあるのは理解できる。
「もしかしてスコープを入れるのが怖いの? なら先っちょだけならいいでしょ……」
「スコープを入れるのが怖いわけないでしょ? 壊れても予備があるわ」
「それなら見てみようよ~。 怖かったら止めればいいし」
結局僕の意見は受け入れられて、第16区画と第17区画を隔てるゲートに、ゲート調査スコープを突っ込んで様子を見ることになった。
スコープで見た第17区画は予想に反して多角形状で奥行10m程の小さいイベントホールのような部屋だった。 部屋の中央には台座の上に丸くて直径1m程の大きな玉が置いてある。
「あれっ? これってコアルーム?」
「そうかもしれないわね。 そこは第17区画というよりこのダンジョンのコアルームといった感じね」
「なら、このダンジョンでもコアを持ちだせば消滅してしまうのかな。 ダンジョン生成のスキルも無くなってしまうのかな?」
「持ちだす必要なんてねーよ」
「まあそうだけど、……どうしようかな。 入ってみる?」
「そ、そうですわね。 カナはどう思うの?」
「ええとね。 安全だと思う。 入ってコアタッチしてみて何が起こるか知りたいかも」
判断に迷うまでもないと思うのだが、カナさんに確かめてみるレイナさんの気持ちも分かるような気がした。 やはり新しい区画は少しは怖いのだ。
僕、マリ、そして女性陣が第17区画――コアルームの中へ入った。 そして早速このルームの中にある別のゲートは無視して勇敢なカナさんがコアタッチを試みた。 ところが……。
「あれっ? 何も感じられない。 これって本当にダンジョンコアなの?」
続いてマリがタッチしてみたが何も感じられなかったようだった。
そして僕がタッチしたところで、僕には例の感覚が感じられた。
結局コアタッチで何かを感じることが出来たのは僕だけということだった。
「これって私達はトゥルーコアタッチ条件を満たしていないということなのかしら。 そういえばここはセーフティーゾーンの奥でしたわ。 ということはヨシ君のプライベートダンジョンは上級ダンジョンだったということですね」
レイナさんの意見にミレイさんが頷いた。
「上級ダンジョンはトゥルーコアタッチどころか、攻略もされたことも無いはずよ? それを、私達は攻略して、さらにヨシ君はトゥルーコアタッチに成功したということね」
「それって、ヨシ君は例の、……ソリン装置から出力されるデータに記載されたのかな? そしてこのダンジョンも」
「ええっ!! それは不味ったかも、どうしよう」
「……」
「いいじゃない。 世界で唯一、上級者ダンジョンを攻略してトゥルーコアタッチに成功した男、英雄、吉田幸大さん。 本当のヒーローじゃない。 かっこいいじゃない」
「え、ええと。 ありがとう?」
「これでヨシ君だけに世界の目が向いたということね。 おめでと~」
「い、いやいやいや。 それは嫌だ。 君たちも絶対に巻き込んでやる。 そうだな、えーとスキルオーブをもっと使ってもらって、レベルも上げることにしようね」
「……」
「まぁ冗談はさて置いて、わたくしの意見としまして、ヨシ君が上級ダンジョンのトゥルーコアタッチに成功したのは喜ばしいことだと思います。 ユニークスキルについては無理でも、その他の条件に対しては私達も満たせる可能性がありますから、そのうち上級ダンジョンでもイレギュラースポーンが抑えられるということになります。 これは世界全体にも好ましいことだと思います」
良識的なレイナさんらしい意見だ。 だが目立ちたくない僕として面白くないとしか言いようがない。
「早めに皆の強化を急ごう。 マリ、まずはお前からだ」
「ヨシ、当初の目的を忘れているぞ。 俺たちが今すべきことは中級ダンジョンのトゥルーコアタッチ条件の解明だ」
「……」
「ま、まあいいじゃない。 やってしまったことは仕方がないわ。 それよりも、この部屋にあるゲートが気になるわ」
ミレイさんが、話題を切り替えて来た。 確かにコアタッチについては言われてみれば後の祭りである。 今後のことを対処すべきだ。
「ええと、もしかしてこのゲートの奥には強い魔物がいるのかな?」
「どうかしら、ゲート調査スコープで確かめる必要がありそうですね」
おっ! さっきは第17区画を怖がっていたくせに、レイナさんはこのゲートの奥は怖くないのだろうか。 まさかコアタッチで安心してしまったか? どちらにしても調査自体には賛成だ。
「そうね、私の勘でも、ここのゲートは全て安全だと感じるわね。 それでもスコープでの調査はしておいた方がよいけれど」
そして全てのゲートの調査が終わった。 入って来たゲート以外は空っぽな小さめな部屋が見えるだけだった。
「安全そうに見えるけれど、ここはダンジョンなんだよな~。 一応安全確認のためにステータスが一番高い僕が先に入ってみようかな。 罠だったら直ぐに逃げることにするよ」
「大丈夫よ安全よ。 私が言うのだから間違いないわ」
カナさんのお墨付きも貰ったので僕は躊躇いなくゲートの中の一つの中へと入っていった。 そのとたん不思議な感覚と同時に周囲の景色が一変した。 そして背後で音がした。
パタパタパタパタパタ
マリやミレイさん達、そして鈴木さんまでもが倒れている。
あ、あれっ? これは一体。
「ぐっ、一体何が起こったの?」
「おわっ、またか! またなのか?」
「鈴木さん、重いから早くどいてっ」
例のダンジョンから強制的に吐き出された時のように皆が倒れ伏して重なっていた。
そして、周囲の景色。 それは見覚えがある場所だった。
「……」
「みなさん、どうかされましたか?」
ダンジョンの管理担当職員の方が倒れている彼女達を心配して声をかけてきた。
これは不味いな、この状況をどう説明しよう。
僕は餡パンを一つアイテムボックスからこっそり出してみた。
「え、ええ。 大丈夫です。 女子達がパン食い競争をやってみたいって言う話になったんです。 倒れていたのは、……そこのポッタリした女子がつまずいて倒れて、皆が巻き込まれた感じです。 あ! そこのオジサンみたいな人は僕らの先生です。 けっして女子達を襲おうとした変態さんではないです」
「パン食い競争? それは、……あっ! 数十年前の運動会とかでそんなのがあったと聞いてますね。 しかしパン食い競争ですか……。 なかなか面白いことをしますね」
「ええ、その先生がパン食い競争を教えてくれたんです。 そしたらやってみようということになって、僕がパンを持ってゲートを出たところでこうやってパンを掲げて待っていたんですよ。 結局みんな食べることが出来なくて敗北したようですけどね、 はっはっは」
「ま、まあ。 いいです。 でもここはダンジョンなので余り変な遊びは推奨できませんね。 次からは気を付けてください」
僕らを心配してくれた職員の方は呆れながら引き返していった。 そして僕は皆の冷たい視線に晒された。
「ヨシ君。 これってどういうことなの?」
ミレイさんが怒ったような顔で僕に迫って来た。 怒って迫られるのも悪くない。
「え、ええと。 ダンジョンから吐き出されたようだね」
「あっ! 確かにこれは叩き出された時の感触ね。 それにここは2986ダンジョンの入口? どうして?」
「いや、僕に聞かれてもさっぱり……」
「……」
次にカナさんが僕に絡んできた。
「それよりもヨシ君。 私のことをポッタリって言ったわね? ホッチャリより酷いじゃない」
「いや、それは単なる言い間違いです。 実名を出すのはまずいからポッチャリって言おうとして噛んだんです」
さらにレイナさんが不満を口にだした。
「パン食い競争って、いくらなんでも酷いのではないでしょうか。 もう少しマシな言い逃れをしていただければ……」
「だってとっさ思い浮んだのがそれだったんですよ。 ほら、君たちがこの前美味しそうにハンバーガーを食べていたのを思い出してしまって……。 それに時間をかけて考えていたら不審に思われるじゃないですか。 皆がすぐに反応しなかったから僕が対応したんです」
そしてマリ。
「まさか、お前。 俺も女子だと思わせようとしたんじゃなーだろうな」
「ま、マリ。 それは誤解だ。 お前はあの職員さんの死角にいただろ? 男女混合のパン食い競争なんて、何となくみだらな感じがしたから誤魔化しただけだよ」
そして最後に鈴木さん。 レイナさんに向かって一言。
「え、ええと。 ダンジョンを消滅させる時には君から一言説明があると思っていたんだが。 それにここは一体どこなんだい? さっき2986ダンジョンとか言っていたようだが」
これにはレイナさんが狼狽えた。
「あ、ああ。 鈴木さん。 すみませんでした。 今回のはアクシデントだったのです。 わたくしたちもビックリしてしまっています。 こんなことが起こるなんて思わなかったです」
「そ、そうでしたか。 危うく変態オジサン扱いされるところだったが、まあいいです。 それにしても、ここは? 2986ダンジョンの入口ということなのかい?」
「はい、そのようです」
「どういう経緯でこんなことになったんだね?」
「はい、……でも、ここは人目に付きますので、一旦会議室へ移動しませんか?」
レイナさんの提案に従って僕らは2986ダンジョンの会議室をレンタルして、そこで改めて状況整理を行うことにした。