125. 条件検証
鈴木氏の名前は、鈴木湊さんで。 年齢は43才とのことだった。 年の割には大分若く見える人で、服装とかを工夫すればギリギリ学生でも通用する感じだが、会議の場ではわざと老けて見えるように気をつかっていたようだ。 現在の役職はダンジョン省の特命室長だそうだ。 どうやら全世界のダンジョン連盟にも関係しているらしいエリート中のエリートだ。 鈴木さんのそういう所に僕は少し反発を覚えるのだが、今後のことを考えると頼りにしなければならない人物であることには違いない。
僕らの貰えた猶予は2週間。 多少の遅れは進捗状況次第で不問とはなりそうだが、それでも急がなければならないことだけはハッキリとしている。 もちろん家出娘の件もミレイさんの治療師としての義務関係の話も全世界レベルの課題の前には霞んでしまった。
秘密保持契約を結んだ以上、全て隠さない覚悟で打ち合わせに望むことにした。 またエミリにも連絡を取ってこちらへ向かうようお願いしておいた。 トゥルーコアタッチ条件を満たすかもしれないし、そうなるとエミリも重要人物の仲間入りだ。 多少予定は狂ってしまったがミミックの検証もあるし教育だってできるだろう。 日本では法律で18才未満は冒険者になれないのだが、現状ではそんなことを言ってられないだろう。
鈴木さんを含めた話し合いの結果、トゥルーコアタッチ解放条件にはダンジョンに直接関係する項目が怪しいということになったため、僕たち5人の共通点を抜き出すことにした。
そして今思いついた僕らの共通点で重要そうな項目は以下ということになった。
・ ステータスは全て1000以上でレベルは全員90以上。
・ 使ったスキルオーブ数は11個以上でスキル種類は7種類以上。
・ 使った通常のオーブ数は不明だが250個程度か。
・ 共通するスキルは、アイテムボックス、頑健、筋力、器用、知力。
・ 攻撃魔法は全員が持っている。
・ 初級ダンジョンのトゥルーコアタッチを経験済。
・ 倒した魔物の数は、数知れず。
・ 初めてのレベル取得やスキル取得からの時期が短い。
この中でエミリが持っていない条件は、レベル、知力、攻撃魔法、トゥルーコアタッチ経験、討伐魔物数である。 エミリが解放できるかどうかで少しは条件の絞り込みができそうだ。
条件解放の候補として怪しいのは使ったスキルオーブ数とレベルじゃないかと思ったのだが、鈴木さん情報によれば、これらを満たしている猛者は、日本にも数名いるし条件をクリアしていないとのことだった。 もちろんそのような猛者たちは、初級のトゥルーコアタッチも経験済とのことだった。 それに米国での中級トゥルーコアタッチ経験者はかなりのベテランでスキルを多数持つ人物との報告があったそうだ。
「はぁ~。 君たちが高レベルでしかもレアなスキルを多く持っていたとは確かに信じがたい話だ。 君たちが警戒するのは理解できるよ」
「ねえヨシ君。 とりあえずスキルオーブ集めからよね?」
「そうなんだけどさ、今の僕達にはレアのスキルオーブを入手できる手だてがないよね」
「ぐだぐだ言ってねーで、とにかく何でもいいからスキルオーブの数だけは揃えておこーぜ。 10個以上は必要になるからな」
「たしかにその通りです。 材料不足ではそもそも実験が成り立ちません」
「君たちはどこでスキルオーブを手にいれているんだ? 中級ダンジョンを攻略したってそうそう手に入らないはずだ」
「それは僕のユニークスキルに関係しているんです。 これからお見せしますね」
僕は強化ガラス板をアイテムボックスから出してダンジョン生成を行った。
「こ、これは?」
「プライベートダンジョンです。 その名の通り僕個人が作り出したダンジョンで、奥の方には強い魔物がいるのでソイツ等を狩ることでスキルオーブを手に入れることができます」
「な、なるほど。 それで私も中に入っていいのかい?」
「ええどうぞ。 まずは中を見学ください。 第一区画は魔物がいなくて安全なので安心してください」
「あ、ああ。 私もダンジョン経験が無いわけではないからその辺は大丈夫だ。 もっともレベルは12で止まってしまっているけどね」
鈴木さんをプライベートダンジョンの中へ招き入れた。 左右には高級な建物が建設中で、中には僕らの個人ルーム、2D版VRルームや大浴場、大規模なトイレ設備などもあって、もはや高級リゾートホテル並みだ。 そして真ん中付近には人工の公園みたいな雰囲気のスペースが出来上がっている。 イミテーションではあるが木や花などの植物も設置し池や噴水まである。 ダンジョンの中はそのままでは少し薄暗いのでダンジョンの天井には照明を設置して明るくしてある。
「これは驚いた。 これはストレート型ダンジョンじゃないか。 その中にこんな快適空間を作るなんて……。 少年のころに夢にみた秘密基地みたいだ」
「あっ、わかります? そうなんですよ。 僕はついに秘密基地を手に入れたんですよ」
「吉田君。 これは正直、羨ましいとしか言いようがないな。 だけどこれって君だけのスペースなのかい。 こんなのを沢山つくれれば世の中がさらに変わってしまうぐらいのインパクトがありそうなんだけど」
「残念ですが、このスペースは僕がここを出ると消滅します。 というかダンジョン崩壊のような感じになります」
「それはどういう?」
「身をもって体験してみます? 僕らは一度はそれを体験済です」
「い、いやいい。 それが君たちの共通体験であるならば今は試さない方がよいだろう」
「そこまでトゥルーコアタッチ条件を考える必要がありますかね? 確かに僕らはダンジョン崩壊のような現象に遭遇して一旦叩き出されるという共通項はありますけど」
「可能性の話さ。 攻略部隊の古株の隊員にはそれの経験者も数名はいたはずだから、可能性は低いかもだがね」
「おい、それでスキルオーブ取得はどうするだ? 鈴木さんも連れて行くのか。 このまま連れて行ったんじゃステータス的にヤバイんじゃねーのか?」
「あ、ああそうだな。 鈴木さん。 僕らは奥へ狩りに出かけますね。 そうだな~、2時間位で戻って来れると思います」
「私もついて行くことは可能か?」
「いえ、鈴木さんのステータスでは、絶対にやめておくべきです。 レベル200越えの奴と戦う必要がありますし、そこへたどり着くまでに思いっきり走りますから、ついてこれないと思います」
「なるほど、足手纏いと言うことなんだね。 了解だ、ここで待たせてもらうよ」
「ええそうしてください。 あっ! そこに2D版VRルームのオフライン版がありますから、シミュレーターで魔物を確認するのもいいかもです。 ええと魔物の名前はブラックカウとハジケホウセンカです。 シミュレーターで自分を無敵状態に設定しておけばどんな奴かわかるはずです」
「なるほど、ではそうさせてもらおうかな」
僕達は鈴木さんを第一区画へ残してからスキルオーブ取りを実施した。 一回目の討伐の成果はスキルオーブ7個だった。 高レベル帯の魔物はもれなくエネルギー石をドロップするし、ブラックカウは超高級エムレザーを、そしてハジケホウセンカは黄色の種を確定ドロップする。 それでいて結構な頻度でスキルオーブも得られるのだから不満はない。
けれど得られたスキルオーブが全て使えるわけではないことが問題だ。 魔法系スキルオーブは5種類だから使えるどれかの魔法を覚えたら、次から確率は1/5になる。 今のプライベートダンジョンでは魔法攻撃系スキル以外は、知力増強スキルつまりINT増加スキル以外はでない。 つまり、スキルオーブを10個使うには恐らくかなりの量のスキルオーブが必要かもしねないのだ。 一回目の討伐を終了して第一区画へ戻ってきて、魔物をリセットするための一旦外へ出た。
いつもの通りゲートが消えるのを待ってから再び入ろうとした時に、鈴木さんがプライベートダンジョンから掃き出されきた。
あっ! 忘れてたっ!
鈴木さんはシミュレーション中だったのか2D版VRルームで身に着けていたVRゴーグルとVR手袋を付けたままだった。 たぶんそれらの用具は鈴木さんが身に着けていると認識していたから一緒に掃き出されたものと思われる。
「ぐふっ、シミュレーターで痛みを感じるって、どういう……。 ん?」
「ああっ!。 み、ミレイさん駄目じゃか~。 ダンジョンを出るときにはちゃっと鈴木さんに事前に伝えないと危ないよ?」
「ええっ! ど、どうして私が……」
「コラ、ヨシっ。 これはお前のミスだろうが~」
「ええと、僕だってミス位したっていいじゃないか~。 それをカバーするのがパーティだろ?」
「いやいや。 俺らはお前より遅く出るわけにはいかないんだぞ? だからお前を最後にしてるんじゃねーか」
「ねえヨシ君。 確かにこれは私達も気を付けないといけないことだったんだけど……」
鈴木さんはよろけながら立ち上がり、責任の押し付け合いに夢中になっている僕らをじっと見つめてきた。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ。 君たちは一体何の話をしているんだ?」
「……」
「わたくしから状況をご説明いたします。 ヨシ君のプライベートダンジョンは生成も消滅もヨシ君次第です。 一旦消滅させてから再度生成させると中の魔物のスポーン状態がリセットされるので、リポップ時間を待たずに魔物が狩れるのです」
「ほう。 それはまた特殊なダンジョンだね。 それで今のは?」
「はい。 鈴木さんが第一区画で待っていることを忘れてしまい、ダンジョンを消滅させてしまったのです。 スキルオーブを一定割合でドロップする魔物を狩りつくしたのでリセットを掛けたのです」
「なるほど、つまり私が経験したのはダンジョン消滅時の強制排出現象なのか」
「ええそうです」
「いやはや、中々貴重な経験をさせてもらったよ。 今時間違えて消滅させてしまうダンジョンは無いと言っていいくらい少ないからね」
「驚かせてしまい、申し訳ありませんでした」
「いやいや、ミスは誰にでもあるものさ。 今、協力してもらっているのは我々なんだからこの程度は気にすることはないよ」
「これからは、わたくしレイナが責任をもってお伝えすることにします」
今後はレイナさんが責任を持ってくれるようだ。 これは僕としても歓迎だ。 パーティの中で一番信頼できるのは彼女だと改めて認識できた。
「気を使ってもらってありがとう。 そうしてもらえると僕も驚かずにすむよ。 それで、その……、成果はどうだったんだい?」
「先程の討伐でわたくし達はスキルオーブを全部で7個獲得できました。 ただご存じの通り魔法攻撃系は同系統ででないと使用できなくなるのでこれでは不十分です」
レイナさんの発言を裏付けるために、僕はスキルオーブをアイテムボックスから取り出して鈴木さんに見せてあげた。
「なんと! いやはや、この短時間でスキルオーブを7個ですか。 ふぅ、ちょっと眩暈がしてしまうな。 これは日本全体の2、3週間の獲得量に相当するじゃないか。 全くもって凄い事だ。 それでも今回の検証では不十分とは……」
「なので、もう一度討伐してスキルオーブを獲得しに行ってきます」
「あ、ああ。 申し訳ないね頼むよ。 その間にもう一度私もシミュレーターで魔物を見ておくよ。 ……それにしても、レベル200以上の魔物が登録されていたようなんだが、君たちの誰かは高レベルの看破スキルを持っているのかい?」
レイナさんが困った顔をしたので僕が説明を引き継ぐことにした。
「え、えとですね。 あれはですね………………。 これは駄目だな。 あのですね、隠したかったですが、仕方が無いのでお話します。 そうです、僕達の内の一人が超強力な看破スキルを持ってます。 それでレベル500位までなら識別できるんです」
「ヨシ、俺の看破EXのことなら隠すこたーねーぞ。 俺はもう覚悟は出来てる。 それに俺のスキルだと看破できるレベルに制限はないかもしれねーよ」
「あ、ああ。 マリがそれでいいならいいか。 そうですマリはユニークスキルの看破EXを持っています。 だから強敵でも事前にシミュレーションで対策を練れるんです」
「ユニークスキルとは。 ………なるほど、それでレベル200以上の魔物も登録されていたわけか。 先程の会議で説明した例のメッセージ石板絡みのシミュレーションプログラムが機能したわけだね」
「はい、そういうことです」
「ははは、君たちには驚かされるばかりだが、今は中級ダンジョンのトゥルーコアタッチ条件の解明が先決だ。 仮に条件が分かった後でも、ダンジョン省は君たちの事を全面的にバックアップすることになるだろうね」
「あ、ありがとうございます?」
そういうわけで僕らは2度目のスキルオーブ獲得作業に戻ることにしたのだった。