123. 個人的な用件
僕達は緊張しながらダンジョンの出口を目指してゆっくりと歩いていった。 洞窟の曲がり角の陰からそこにいるはずの冒険者たちの様子をこっそり窺った。 すると20m程先に冒険者たちが何やら機材を持ち込んで作業しているのが見えた。
「彼らってこのダンジョンの攻略が目的で来たんじゃないかな?」
僕は感じたままを口にだしてみた。
「見たところそうだな。 普通に物資を運び入れてるからな。 まあ俺たちにはアイテムボックスがあるからあんなに大がかりにする必要は無いがな」
「そうですね。 私もその攻略部隊の可能性が高いと思ます」
安心した僕らは、その作業している冒険者たちにゆっくりと近づいて行った。 そして僕はそのうちの一人に近づいていって聞いてみた。
「こんにちは~。 これからダンジョンの攻略ですか?」
「ああ、君は? ……君たちは? おおっ! 無事だったのか! お~~い、彼女達が帰って来たぞ~!!! 無事だったぞ~~!」
僕達は一瞬にしてこの状況を理解した。 彼らは攻略目的でダンジョンへ侵入した僕達を救出するために編成された部隊なのかもしれない。
こ、これは不味い状況なのではないだろうか。
いや、考えて見れば僕達は力も示した上で正式な攻略許可を取っているし、救出を受ける理由はない。 それにこのダンジョンに入ってからまだ3日目の朝だ。 救出部隊が編成されるには早すぎる。
僕らは余りの事態に困惑してその場で固まっていたが、そこへこの救出部隊の責任者と見られる人物が僕らの前に進み出た。 ダンジョン探索部隊の制服を着ていてA-2ランクの冒険者証を胸に張り付けている。
「君らは一昨日このダンジョンに入った吉田君のパーティで間違いないね?」
僕はレイナさんに振り向いて、交渉するように目で合図を送った。 しかし彼女は首を振って僕の要請を拒んだ。 どうして?と思ったが、話しかけられているのは僕だし後ろめたいところは何もないのだから僕が受け答えすることにした。
「はい。 そうです。 何か問題がありましたか?」
「なるほど、特に問題は無かったということのようだね。 まあいいでしょう。 私はダンジョン探索部隊、第6救出課所属の諸星といいます。 君たちに色々と聞きたいことがあるから、とりあえずここの管理センターに来てくれるかい?」
諸星さんはそう言って部下と思しき人物に合図を送ると、その部下らしき人はダンジョンの外へと走って行った。
僕達も諸星さんの後についてダンジョンを出て管理センターへ歩き出した。
「え、ええと。 それはいいですけど。 攻略証は発行していただけるんですよね?」
「信じがたい事だが状況から考えて攻略は間違いないのだろう。 でもこれだけの騒動なんだ。 他にやることがあるのは分かるね?」
な、なんですと? 僕達が騒ぎを起こしたって言うのか? そんなつもりは全く無かったし、騒ぎの原因に心当たりもない。
「え、ええと、何故騒ぎになったんですか?」
「それは君たちにも心当たりがあるだろう? もっとも、それ以外の理由の方が大きいけどね」
「分からないです。 すみません」
「……」
僕らはこのダンジョンの管理センターの会議室へと案内されて、そこ待機するよう要請された。 暫くすると、ここの職員のハミンちゃん?さんが、お茶を持ってきてくれた。
「あ、あの。 お騒がせしてすみません。 一体、何が悪かったんでしょう?」
「……」
「俺たちは何も悪いことはしてねーぞ? 教えてくれたっていいじゃねーか」
「は、はい。 えーとですね。 上の方から二件問い合わせが有ったんです。 一件は個人的な用件で、もう一件は……。 そちらは話せないです。 後で担当と相談してください」
「それで、一件目の個人的な用件って何ですか?」
「あらっ? 貴方は知らなかったの? ……そこのお嬢様方は、結構な家のご令嬢なのよ?」
「あ、ああ。 それなら知ってますよ。 それが何か?」
「……ええと、吉田君だったかな? そんなお嬢様方を連絡なしに無断で2日もダンジョンの中に連れ込むだなんて。 それは問題になって当然と思いますけど?」
「ええっ!! そんな馬鹿な!」
僕は驚いて彼女達に振り返ったが、彼女達は皆一斉に目を逸らした。
こ、これはまさか何も言わずに家を飛び出してきたパターンか? それは不味い、非常に不味いだろこれは。 青少年保護法に引っかかって僕は犯罪者になってしまうのか? い、いや彼女達は18才になって成人しているはずだ。 恐らくそれは無いだろう。
「あの、ミレイさん、カナさん。 それにレイナさんまで無断で家を飛び出して来たんですか? そんなこと聞いてないですよ~」
「ごめんなさい。 まさかこんなに早く手が回って来るとは思いませんでした。 それにしてもこんな騒ぎになるはずは無いと思います。 いくら私達の家の事情が特殊でも、あり得ないことです」
「そ、そうですよね。 家出娘の捜索にダンジョン探索部隊が動くなんてあり得ないですよね。 ハミンさん、そんなことで部隊が動いたんですか?」
「……なるほど、吉田さんは、そのような意図はなかったということなのね? まあでも、部隊が動いたのは別の事情だとハッキリしているわ。 私にもダンジョン法の守秘義務が適用されていて話せないですけどね」
うえっ! 守秘義務とか、何か話がややこしくなって来たぞ! いや、家出娘の件でも十分頭が痛いけれど、それより何か凄く大事みたいじゃないか。 僕達が何をしたっていうんだ?
ハミンさんは、それだけ言うと逃げるように会議室から退出してしまった。 取り残された僕は困ってしまった。 だがこれだけはハッキリしておかねばならない。
「ええと、レイナさん。 なぜ黙って家を出て来たんですか? 一言声をかけてくれていれば捜索願いなんて出されずに済んだはずです」
「……ごめんなさい。 私達には時間が無かったのです。 どうしてもこのパーティを続けたくて、それにミレイの件もあったから……。 黙って攻略を進めたのは反省していますが、家の者に一言声をかけても中級ダンジョン攻略なんて認めてくれるはずは無いのだわ」
「そ、そんな! で、でも初級ダンジョンの攻略の時は認めてくれていたじゃないですか。 というより単独攻略が条件だったような」
「ええ、そうですね。 でもそれは不可能なことを提示したつもりだったはずなのよ。 一か月以内で、しかもルーキーだけで初級ダンジョンとはいえ攻略だなんてあんまりな条件だわ」
「た、確かにそうですが。 でもお父さん、ええと神降さんは僕らが強くなっていくのをご存じだったはずですよね?」
「ええそうですね。 攻略が出来てしまいそうなことは父に事前に話しておきました。 でもその時になって、攻略を始める時にはミレイの叔母に同行してもらうように言われてしまったの。 私達だけで攻略するのを見届けてくれるため、そして問題が起きないようにするためにね」
「な、ならその叔母さんに同行してもらえば良かったんじゃないかな」
「ヨシ君、それの意味するところは、皆のスキルを公開することと同じなのです。 私達にはヨシ君が実力を隠したがっているように思えたましたし、それに、……。 その叔母さんというのが強烈な方なので出来れば避けたかったのです。 それでも一応相談したのだけれど、相手にしてくれなかったの」
「な、なるほど。 それで我慢しきれずにやっちゃったってことか~。 でもその後大変だったんじゃ?」
「いえ? 攻略したことについては未だ話してませんから、それに攻略中はカナの所へ外泊したことにしてますからね」
「お、おう。 お前ら実は不良娘だったんだな。 驚いたぜ全く」
「……」
「ああ。 君たちはちょっとやり過ぎだったかな~。 それにしてもこの時代、娘たちが何処にいるかなんて調べりゃわかるはずだけど……」
その発言にはカナさんが反応した。
「確かに携帯端末を持っていれば何処へ行ってもAI経由でバレるわね。 でもね電源を切れば、AIはむやみに成人の個人情報を開示しないし、私達の親なんてそれほど暇じゃないからね。 私のお父さんなんて攻略に出たまま帰ってなかったし」
なるほど、カナさんのお父さんは攻略に出たままってことか。 あれっ? でも母親は? それにカナさんのお父さんってトップレベルの冒険者って話だよね。 攻略ってあの大規模攻略のことかな? ま、まあいい。 その辺については触れないでおこう。
「それで、これからどうなるんだろう」
「私達個人の件については、私達で責任もって対処します。 でも、もう一件の方って何かしら? 私達が何処にいるかを調べてまで何をしたいのでしょうね」
もう一件の方については推測しようが無いのでどうしようもなかったが、彼女達はその後言い訳を考える打ち合わせを始めてしまった。 僕とマリはそんな彼女らの話を聞きながらも携帯端末を操作して暇をつぶしていた。
そして2時間程経って大分焦れてきた頃に外にAI船が到着して、人が降りてくる様子が窓から見えた。 さてこれからが本番だ。 一体全体、何が待っているんだろう。 僕らはその時を固唾をのんで待ったのだった。